旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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婚約者は魔法使い

蜜月 中編

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 そして二人は存分に愛を確かめ合い、遅い朝食(というよりは、昼食と言うべきだろう)をとった。
 その後は、アニエスが計画していたように、小魚を獲りに行ったり、井戸から水を汲んできたり、掃除をしたり、と過ごし。
 夕方には近くの森を散歩して。
 早めの夕食を、二人で作り。
 山の夕暮れを、言葉も無くただ見つめて過ごした。
 寝室の隣にある居間には、床の中に囲炉裏と呼ばれる炉が埋め込まれていた。
 そこで火を焚いて、小さな薬缶を吊るしてお湯を沸かす。
 そのお湯を使って入れた紅茶を二人で飲んでいた時、サフィールがふと、「ああ、そろそろ見れるかもしれない」と呟いた。
「……?」
「アニエス、これから散歩に行こう」
「え……?」
 これから? と。アニエスは首を傾げる。
 日はすっかり落ち、辺りは暗く染まっていた。
 こんな刻限に散歩をしても、見えるのは暗闇ばかりではないか。
「アニエスに、見せたいものがあるんだ」
「なぁに?」
「……秘密。それは見てからのお楽しみ、だよ。ね? 行こう、アニエス」

 そしてアニエスは彼に手を引かれ、夜の森を歩いた。
 サフィールが魔法で作りだした小さな火が、ふよふよと二人の傍を漂い道を照らしてくれる。
(……なんだかわくわくするわ)
 二人手を繋いで夜の森を歩きながら、アニエスは子供の頃を思い出していた。
 幼い頃、二人でこうして手を繋いで探検した森。
 一人では心細い道も、二人一緒なら、怖くなかった。
「ふふ……」
「……アニエス?」
 どうしたの? と、サフィールが振り返る。
 アニエスはただ、楽しそうに笑って。
「なんでもない」
 ただ、なんだか楽しく思えてきただけなの、と。
 ただ、幸せなだけなの、と微笑んだ。

 目的地が近付いた頃、サフィールは言った。
「アニエス、しばらく目を瞑ってて」
 大丈夫。俺がしっかり手を引くから、と。
 アニエスは言われるまま、素直に目を閉じる。
 そして自分の右手を掴むサフィールに導かれるままに、ゆっくりと、見えない道を歩いた。
 そうして、どれほど歩いただろうか。
 サフィールが、立ち止まり。
「……もういいよ。開けてみて」
 目を開けるよう促され、ゆっくりと……瞬きするアニエス。
「……まぁ……!」
 すると、目を開いた先。
 森を包む暗闇の中に、緑色の小さな光がいくつも浮かんでは星のように瞬いているではないか。
 なんて、幻想的な光景だろう。
「綺麗……! どんな魔法を使ったの? サフィール」
 アニエスは驚き、傍らのサフィールに尋ねた。
 こんな幻想的な風景。きっと、サフィールが魔法を使ったのだと思った。
「これは魔法じゃないよ、アニエス。『ホタル』っていう、この島に生息する虫が放つ光なんだ」
 だがこれは魔法で作られた光景ではなく、自然の風景だという。
 確かにようく目をこらせば、緑の光の先には虫のような影があった。
「本当……! 虫のお尻が光ってるの?」
「うん」
 ……凄い!
 初めてホタルを、そしてホタルが放つ光を目にするアニエスは、そう何度もつぶやいては、目の前の風景に魅入る。
 まるで、星空がすぐ近くにあるみたい。
 手の届く場所に、星の光が。
「この島の人はこの季節になると、こうしてホタルの光を愛でるんだって。虫籠に捕まえて、家の中で放したりもするらしいよ」
 サフィールは、かつて自分が師に教えられた話をアニエスに語って聞かせる。
 そして、手近な光にゆっくりと手を近付け。
 そっと両手で包むように、光を捕まえた。
 それをアニエスの前で、ゆっくりと開いてやる。
「わぁ……」
 サフィールの褐色の両手の平を内側から照らす、緑色の光。
「何匹か捕まえて帰ろうか?」
 そして山荘の部屋に離し、暗闇を仄かに照らす光を愛でながら眠りにつくのもいいだろう。
 だが、アニエスはふるふると首を横に振った。
「……ううん。ちょっと可哀そうだもの。こうして見ているだけで、十分」
 だけど、と。
「あの……もう少しここにいても……いい?」
 アニエスはサフィールに、そうねだった。
「もちろん。気に入ってもらえて、良かった」
 かつてクレス島を離れ、薬草を採取するためにこの島に渡った時。
 サフィールは使い魔猫達と、ホタルの舞うこの夜の森を歩いたことがある。
 あの時はまさか、こんな風にアニエスと二人でここに来られるようになるとは思ってもいなかったけど。
 それでも、思ったものだ。
『……この景色を、アニエスにも見せてやりたい』と。
 アニエスを永遠に失ってしまったと思っていた、あの頃。
 それでも美しい風景を見る度に、愛した少女の姿を思い描いていた。
 この風景に、彼女は何を思うだろう。
 自分と同じように、感じてくれるだろうか。
 綺麗だと、笑ってくれるだろうか。
「……ありがとう、サフィール。こんなに綺麗なものが見られて、私、嬉しい……!」
 喜んで、くれるだろうか、と。
「……! ……ありがとう……アニエス」
 だから彼は今、とても……
 とてもとても、幸せだった。


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