旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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婚約者は魔法使い

蜜月 前編

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たいっへん長らくお待たせいたしました……っ!!
二人の新婚旅行のお話です。後編に濡れ場がございますので、苦手な方はご注意ください。
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 結婚式を終えたら、二人でゆっくり過ごしたい。
 それが、新婦であるアニエスの希望だった。
 二人の新居、そしてサフィールの魔法使いの店と、アニエスのパン屋。これらの改装は順調に進んでいる。ちょうど、二人が新婚旅行から帰ってくる頃には完成している予定だ。
 そして新居では、夫婦二人だけでなくサフィールの使い魔猫達と一緒に暮らすことになる。それに、店の改装が終わって開業すれば、忙しい日々を送ることになるだろう。
 その前に、たった数日でも良いから。
 誰の邪魔も入らない場所で、二人でゆっくり過ごしたいのだと、アニエスはサフィールに願った。
 もちろんサフィールも、それを二つ返事で了承した。彼もまた、同じことを考えていたからだ。
 新しい生活が始まる前に、二人っきりで過ごす時間が欲しい。
 そんな彼らが、新婚旅行ハネムーンの行き先に選んだのは……
 クレス島から遥か東の果てにある、小さな島国の。
 人里離れた山の中にある、小さな山荘だった。
 この島国へは、普通に船を乗り継げば片道でゆうに三ヶ月はかかる。だがサフィールは、(正確には彼の師匠であるクラウドは)この地に自生する貴重な薬草を採取するため、クレス島の近海にある無人島と、この山荘とを移動用の魔法陣で繋いでいたのだ。
 そしてこの山荘も、元はクラウドが使っていたものである。
 カルディア国には無い、珍しい建築様式の山荘。
 煮炊きするのに使う竈のある、土間が一つあり。部屋は寝室と囲炉裏のある居間が一つ。
 そしてトイレと、風呂は露天の天然温泉が一つ。
 滅多に人の踏み入れない地に建つ山荘は、二人で静かに過ごすには最適の場所だった。
 散歩がてら、二人でキノコや山菜を摘んできて。
 アニエスが初めて目にするようなそれらの食材は、サフィールが調理法を教えてくれて。二人で土間に並び、食事を作り。(また時には、近くの川で魚を釣ったりもした)
 植物で編まれた床材―畳の上に直に寝具を敷いて、二人抱き合って眠る。
 ゆっくりと流れる時間。
 目新しい、けれどどこか落ち着く空間で。
 二人は、穏やかで幸せな時を過ごしていた。

「んん……」
 真っ白い朝陽が、紙と木材とでできた窓(障子戸)越しに差し込む時刻に。
 アニエスは自然と、目を覚ます。
 ゆっくりと布団から身を起こせば、ぽすん、と。
 自分の体を抱きしめるように伸ばされていた夫、サフィールの腕が布団の上に落ちた。彼はまだ、眠りの中にいるようだ。
 す……、と。アニエスは纏っていた寝着(この国の寝着で、浴衣というらしい。サフィールが用意していたものだ)の乱れを直すと、布団から出て障子戸を開けた。
 とたん、清涼な山の空気がいっぱいに室内に入ってくる。
 さあ、今日はどんな風に一日を過ごそうかしら。
 昨日川に仕掛けていた魚とり用の籠を見て、それから……
 ああ、その前に水を汲んでおかなくっちゃ。
 天気も良いし、洗濯をするのも良い。
 布団をこのお日様の下で干しておけば、きっと今夜もふかふかで、良い夢が見られるだろう。
 異国の地にあっても、アニエスはそんな風に、家事の事を考える。それがちっとも苦ではない。むしろ……
(……楽しい)
 結婚前にも、アニエスはよくサフィールの元へ甲斐甲斐しく通っては食事の世話をしたり、家の掃除をしたりしていた。
 でも、今は違う。サフィールの妻として、炊事洗濯をやっている。そしてサフィールも、自然に手伝ってくれる。それだけの違いが、こんなにも、嬉しい。
 自分達は夫婦になったのだ。こんな風に、これからも生活していくのだと、そう思うと……
 少しだけ、こそばゆく。そしてたまらなく、幸せなのだった。
(……あら?)
 すす……と、微かに衣擦れの音がして。
 先ほどまで自分が寝ていた布団を振り返れば、眠っていたはずのサフィールが、口元に笑みをたたえてこちらを見つめていた。
「おはよう、サフィール」
「ん……。おはよう」
 言って、サフィールは眩しげにアニエスを見つめる。
 朝陽に包まれて、異国の寝着をしどけなく纏う我が妻の、なんと麗しいことかと。
 その目は語っていた。
「アニエスは今日も綺麗だ」
「っ!」
 そんな、直球の賛辞に。
 アニエスはかあっと、頬を赤らめる。
「も、もう……。からかわないで」
「からかってなんてないよ。本心」
「サフィール……」
 頬を真っ赤に染める新妻は、困ったように眉をしかめる。
 サフィールは苦笑して、ゆっくりと布団から起き上がると。
 立ち上がって、後ろからぎゅっと、畳の上に座るアニエスを抱きしめた。
 アニエスも、そんなサフィールに身を預ける。
 なんて幸せなんだろう。こんな風に、愛する人の胸に抱かれていられるなんて。 
(……愛しい……)
 ここへ来て、何度そう思ったかわからない言葉を、アニエスは心の中で噛み締める。
「……あ」
 やがて、アニエスを抱き締めていたサフィールの手は、すす……と彼女の浴衣の合わせ目に伸びた。
 ここへ来て数日経つが、まだ着慣れない寝巻はすぐにしどけなく乱れてしまう。その姿はとても艶めいていて、サフィールの劣情を誘った。
「ん……駄目よ、サフィール」
 背後から首筋に口付けてくる夫に、アニエスはやんわりと拒絶の意を示す。
「どうして……?」
 誰の邪魔も入らない、この場所で。
 時も気にせず、思うがまま愛し合いたいのに。
「……あっ、だって……昨夜ゆうべも……」
「昨夜は昨夜、だよ。俺は今、すっごくアニエスが欲しい……」
 ちゅ……と、サフィールは音を立てて彼女の項に口付けた。
 そしてぱさりと、彼女の襟元を開けば。
 露わになる白い肌には、いくつもの赤い痕が散っている。
「……もう。朝ご飯はどうするの……?」
「ん。……アニエスを食べてからにする……」
「……馬鹿」
 アニエスは恥ずかしそうに、目を伏せた。
 だがその手には、先ほどのような拒絶はもうなかった。




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