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第四章 二人の日常3
図書館司書アリスの幸福 前編
しおりを挟む朝、カーテン越しの朝陽に目を覚まして。
淹れたてのコーヒーと、アニエスさんのお店で買ったパンで朝食を取る。
パンとコーヒーだけで朝食を済ませているって言ったら、キース君に「駄目ですにゃ!!」って怒られてしまって…。
次の日には、ほっぺたに土汚れをつけたキース君が「掘りたてですにゃ!!」といってたくさんのジャガイモを差し入れてくれた。
それからは、野菜もちゃんとサラダやスープにして一緒に食べるようになって…。
前よりもずっと、体調が良い。
美味しい朝ご飯を食べると、心も体も力がみなぎっていく気がする。
私は今日も元気だって。
今日も、頑張れるって。
返却された本を書架に戻しながら、アリスはエプロンのポケットに差した小さなはたきで埃を払う。
平日の午後は、利用者も少なくて図書館はいっそう静寂に包まれている。
本を全て書架に戻し終えると、今度はカウンターに座ってカードを整理し始める。
それも、すぐに終わってしまって…。
こういう時は、カウンターに座って自分も読書をするのが習慣になっていた。
以前勤めていた大きな図書館では、本を読む暇なんてないほど忙しかったけれど…。
ここではこうして、自分もゆっくり本を読めるのが良い。
途中まで読み進めていた本を開いて、栞を脇に置き。
アリスはゆっくりと、目で字を追った。
(…そういえば…)
あれから、手紙の返事が来ない。
妹から送られてきた結婚式の招待状に返事を返してから、半月ほど経ったけれど…。
また何か手紙で言って来るのだろうかと思っていた妹から、なんの便りも無いのだ。
(…嫌だなあ、私…)
今度は何を言われるんだろうって、手紙がくるのを怖がっている自分がいる。
勇気を出して書いた返事も、結局は「結婚式には出れない」ことと、「元気でやっているから心配しないで」ということしか書けなかった。
「結婚おめでとう」なんて。
「祝福している」なんて。
書けなかった。
「……………はぁ」
考え始めると、どうにも本に集中できない。
アリスはため息を吐いて、また本に栞を挟み、閉じた。
「………アリス…?」
その時、だ。
カウンターに誰かが来たと思い、顔を上げると。
「…どう…して…?」
そこには、一人の男が立っていた。
柔らかい金髪に、緑の瞳。
困ったような顔で、自分を見つめているのは…。
「エリオット…」
かつての、アリスの恋人。
そして、今はアリスの妹の、婚約者。
「どうしてここに…」
「君に、会いに来たんだ…」
どうしても、話をしたくて…。
エリオットは言う。
アリスは叫びたくなった。
何を話すの!! これ以上何を!!
どうして現れたの!? ようやく…、
(…気持ちが、落ち着いてきたのに…)
どうして妹といい、この男といい。
自分の心を、掻きまわすのだろうと。
「…………ここは人目があるから…」
アリスは震える唇で、それだけを言った。
図書館には利用者がいる。島の住人のいる場所で、エリオットと話をしたくはなかった。
自分が平静でいられる自信が、ないから…。
「…お昼の休憩の時まで、待っていてくれる…?」
「ああ、もちろん。突然来て、すまない…」
(謝って欲しいのはそんなことじゃないわ…)
「……ごめんなさい。そこの庭で待っていてくれる…?」
「わかった」
エリオットは頷いて、カウンターから離れた。
アリスは、お昼の鐘が鳴り響くまで…。
ずっと、震える手を握りしめていた。
胸と喉に何かが詰まっているような気がして、昼食を食べようという気にはなれなかった。
カウンターに休憩中と伝えるプレートを置いて、アリスは図書館の庭に出る。
そこには、大きな木の下に座り、持参したのだろう本を呼んでいるエリオットの姿があった。
ああ、そういえば昔も…。
待ち合わせには、いつもエリオットが約束の時間より早く来ていて。
ああして、本を読みながら私を待っていてくれたっけ。
アリスは幸福だった過去を思い出し、ふっと自嘲する。
思い出に浸って、どうするの? この人はもう、私の恋人じゃないのに…。
「エリオット…」
アリスが彼に近付き、声を掛けると。
「アリス…」
エリオットは読んでいた本を閉じて、立ち上がった。
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