旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

文字の大きさ
上 下
48 / 73
第四章 二人の日常3

図書館司書アリスの幸福 前編

しおりを挟む



 朝、カーテン越しの朝陽に目を覚まして。
 淹れたてのコーヒーと、アニエスさんのお店で買ったパンで朝食を取る。
 パンとコーヒーだけで朝食を済ませているって言ったら、キース君に「駄目ですにゃ!!」って怒られてしまって…。
 次の日には、ほっぺたに土汚れをつけたキース君が「掘りたてですにゃ!!」といってたくさんのジャガイモを差し入れてくれた。
 それからは、野菜もちゃんとサラダやスープにして一緒に食べるようになって…。
 前よりもずっと、体調が良い。
 美味しい朝ご飯を食べると、心も体も力がみなぎっていく気がする。
 私は今日も元気だって。
 今日も、頑張れるって。


 返却された本を書架に戻しながら、アリスはエプロンのポケットに差した小さなはたきで埃を払う。
 平日の午後は、利用者も少なくて図書館はいっそう静寂に包まれている。
 本を全て書架に戻し終えると、今度はカウンターに座ってカードを整理し始める。
 それも、すぐに終わってしまって…。
 こういう時は、カウンターに座って自分も読書をするのが習慣になっていた。
 以前勤めていた大きな図書館では、本を読む暇なんてないほど忙しかったけれど…。
 ここではこうして、自分もゆっくり本を読めるのが良い。
 途中まで読み進めていた本を開いて、栞を脇に置き。
 アリスはゆっくりと、目で字を追った。
(…そういえば…)
 あれから、手紙の返事が来ない。
 妹から送られてきた結婚式の招待状に返事を返してから、半月ほど経ったけれど…。
 また何か手紙で言って来るのだろうかと思っていた妹から、なんの便りも無いのだ。
(…嫌だなあ、私…)
 今度は何を言われるんだろうって、手紙がくるのを怖がっている自分がいる。
 勇気を出して書いた返事も、結局は「結婚式には出れない」ことと、「元気でやっているから心配しないで」ということしか書けなかった。
 「結婚おめでとう」なんて。
 「祝福している」なんて。
 書けなかった。
「……………はぁ」
 考え始めると、どうにも本に集中できない。
 アリスはため息を吐いて、また本に栞を挟み、閉じた。

「………アリス…?」

 その時、だ。
 カウンターに誰かが来たと思い、顔を上げると。
「…どう…して…?」
 そこには、一人の男が立っていた。
 柔らかい金髪に、緑の瞳。
 困ったような顔で、自分を見つめているのは…。
「エリオット…」
 かつての、アリスの恋人。
 そして、今はアリスの妹の、婚約者。
「どうしてここに…」
「君に、会いに来たんだ…」
 どうしても、話をしたくて…。
 エリオットは言う。
 アリスは叫びたくなった。
 何を話すの!! これ以上何を!!
 どうして現れたの!? ようやく…、
(…気持ちが、落ち着いてきたのに…)
 どうして妹といい、この男といい。
 自分の心を、掻きまわすのだろうと。
「…………ここは人目があるから…」
 アリスは震える唇で、それだけを言った。
 図書館には利用者がいる。島の住人のいる場所で、エリオットと話をしたくはなかった。
 自分が平静でいられる自信が、ないから…。
「…お昼の休憩の時まで、待っていてくれる…?」
「ああ、もちろん。突然来て、すまない…」
(謝って欲しいのはそんなことじゃないわ…)
「……ごめんなさい。そこの庭で待っていてくれる…?」
「わかった」
 エリオットは頷いて、カウンターから離れた。
 アリスは、お昼の鐘が鳴り響くまで…。
 ずっと、震える手を握りしめていた。


 胸と喉に何かが詰まっているような気がして、昼食を食べようという気にはなれなかった。
 カウンターに休憩中と伝えるプレートを置いて、アリスは図書館の庭に出る。
 そこには、大きな木の下に座り、持参したのだろう本を呼んでいるエリオットの姿があった。
 ああ、そういえば昔も…。
 待ち合わせには、いつもエリオットが約束の時間より早く来ていて。
 ああして、本を読みながら私を待っていてくれたっけ。
 アリスは幸福だった過去を思い出し、ふっと自嘲する。
 思い出に浸って、どうするの? この人はもう、私の恋人じゃないのに…。
「エリオット…」
 アリスが彼に近付き、声を掛けると。
「アリス…」
 エリオットは読んでいた本を閉じて、立ち上がった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

魔術師の妻は夫に会えない

山河 枝
ファンタジー
 稀代の天才魔術師ウィルブローズに見初められ、求婚された孤児のニニ。こんな機会はもうないと、二つ返事で承諾した。  式を済ませ、住み慣れた孤児院から彼の屋敷へと移ったものの、夫はまったく姿を見せない。  大切にされていることを感じながらも、会えないことを訝しむニニは、一風変わった使用人たちから夫の行方を聞き出そうとする。 ★シリアス:コミカル=2:8

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...