旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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第四章 二人の日常3

執事と白猫

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島の人から見たアニエス達第三弾。
領主館の執事と、白猫ジェダのお話です。
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 クレス島を治めるカルディア国の大貴族、クレス伯爵の領主館。
 普段は領地に居ない主に代わり、この館を守るのは代官や使用人達。
 そしてその使用人達を束ねるのは執事。使用人達の長である。

「おはようございますにゃー。パンの配達に来ましたにゃ」

 ある日の朝。領主館の裏口に少年の声が響く。
 焼き立てのパンが入った大きなバスケットを持つのは、白い髪に白い猫耳の少年。
 この島の魔法使い、サフィール・アウトーリの使い魔猫である。
 魔法使いの妻であるパン屋の女主人アニエスを手伝って、使い魔猫達は毎朝領主館にパンを配達に来る。今日は、白猫のジェダが配達係だったらしい。
「おはようございます、ジェダ様。いつもご苦労さまです」
 恭しく、ジェダからバスケットを受け取るのは若い青年。
 料理人でも従者でもない。この館の執事だ。
 猫達が配達に来ると、決まって彼らの応対をするのがこの若き執事である。
 元々は父親がこの館の執事を務めていたが引退し、彼がその後を引き継いだ。
 少年の頃から執事見習いとして働いていたので、若いながらも主人や使用人達からの信頼は厚い。
 執事はその整った黒の双眸を優しく笑ませ、問うた。
「この後は、他に寄る所が?」
「ううん。ここで最後にゃ」
 ジェダがそう答えると、執事はにっこりと微笑んで言った。
「それでは、ミルクを一杯いかがです? ちょうどジェダ様のお好きな薔薇が、庭で見頃ですよ」
 
 領主館の若き執事。名をセバスチャンと言う彼が一介の使い魔猫であるジェダにこうも恭しく接するのには理由わけがある。
 ジェダは、セバスチャンの主人であるクレス伯爵エドワードの想い人、いや、想い猫なのだ。
 エドワード直々に、ジェダが館を訪れた折には大切にもてなしておくように、と言い付かっているのである。そして主人の命令には最大限の結果で応えるのが、セバスチャンの信条だ。
 だから彼は、本来なら料理人や下女が務める配達パンの受け取り役を務め、猫達をもてなすことにしている。その対象がジェダだけではないのは、もちろんエドワードに「他の猫ちゃん達にも優しくして領主館の心証をよくしておけ!」と命令されているがためであるが、それだけではない。
「どうぞ。今朝搾りたてのミルクを温めました。香り付けに薔薇の蜂蜜を垂らしましたが、お口に合いますでしょうか…?」
 そう言って差し出したのは、一級品の陶器のカップに淹れられたホットミルク。
 猫の舌に優しく、ぬるめに温められている。
 白猫の少年ジェダは、まるで貴族の子弟のように優雅な所作でカップを口に運ぶ。
 咲き誇る薔薇の庭にあって、まるで一枚の絵のような光景だった。
(ああ…、なんてお可愛らしい…)
 彼は、大の猫好き、であった。
 ぴくぴくと揺れ動く猫耳にうっとり、ああその小さな体を抱きしめて頬ずりしたい!! と思うほどに。
 もちろん、主人やその従者と違って彼は己の欲望を自制するだけの理性があるが。
「美味しいにゃ」
 それに薔薇の香りが良いにゃ。これ好きにゃとジェダは目を細める。
「それはようございました」
 一礼し、セバスチャンは心のメモ帳に刻み込む。
 ジェダ様は、薔薇の香りがお好き…と。
(…よし。ジェダ様には今度薔薇のキャンディをご用意しておこう…)
 薔薇の香りと一緒に、その花弁を一枚閉じ込めたピンク色のキャンディ。
 きっと、気に入ってもらえるだろう。
「そのマカロンは、主よりジェダ様にぜひ、と送られてきたお菓子でございます」
 どうぞ召し上がれ、と。
 セバスチャンはお茶菓子として用意していた色とりどりのマカロンを、ジェダにすすめる。
「にゃー。僕、こういう綺麗なお菓子大好きにゃ」
(だと思いました!!)
 このマカロンを主人に「ジェダ様がきっとお喜びになります」とすすめたのも、セバスチャンである。
 美しい物が好きなジェダ様は、口にする物も綺麗な色や形を好むので、と。
 ご機嫌良くマカロンを啄ばむジェダに、セバスチャンは内心でぐっとガッツポーズ。
「皆さまの分もご用意しておりますので、ぜひお土産に」
 そしてすかさずすっと差し出したのは、マカロンの入ったお菓子箱。
 抜かりの無い男である。
「いつもありがとうございますにゃ、セバスチャンさん」
 それを受け取り、ジェダはにっこりと微笑んだ。
 彼を想うクレス伯爵エドワードには滅多に見せない笑顔も、いつも良くしてくれる執事セバスチャンには大判振る舞いである。
(…っ!! 可愛いっ…!!)
「ジェ、ジェダ様っ。御髪が乱れているようです。ブラッシングさせていただいてよろしいでしょうか…?」
 心の動揺を隠すように、セバスチャンがさっと取り出したのは猫用ブラシ。
 ジェダは「ありがとうにゃ」と笑って、猫の姿に戻った。

 己の膝の上に、幸せな温もり。
 その重みと温かさにこの上ない喜びを感じながら、膝の上に乗った白猫の長く柔らかな毛を優しく梳いてやる。
(…ふ、ふわふわだ…)
 毛足の短い猫の、艶々としたベルベットのような毛並みを梳くのも好きだが、とセバスチャンは思う。
(この、柔らかすぎて絡まりやすい繊細な毛並みを美しく整える喜び…っ。たまりませんっ…)
「にゃー。セバスチャンさん、テクニシャンにゃ」
「っ。お、お褒めにあずかり光栄です。ジェダ様」
 にやけてしまいそうな顔を自制して、丁寧に毛を梳いてやるセバスチャン。
「それにしても…。ジェダ様はいつも綺麗に毛並みを整えておられますね…」
 うっとりと、白い毛並みを撫でながらセバスチャンは言う。
「やはり、シャンプーに拘っておいでで?」
「もちろんにゃー。毎日、シャンプーしてるにゃ」
 人の姿になった使い魔猫仲間の中でも、小器用な三毛猫セラフィや黒猫カルに毎晩洗ってもらっているのだ。縞猫アクアやブチ猫キースなどは、「毎日シャンプーなんて…」と嫌がるが。
「ご主人様が、僕達用のシャンプーも作ってくれたのにゃ。おかげで僕は毎日綺麗にゃ」
「ええ、本当に。ジェダ様は、とてもお美しい」
 そして、ブラッシングを終えて人の姿にもどった少年の髪に一輪、摘みたての薔薇を指してやる。
「とてもお可愛らしいですよ、ジェダ様」
「ふふん。さすが僕。なんでも似合うにゃん」
 セバスチャンに差し出された手鏡に映る自分の姿に、満足気に頷くジェダ。
 その白い肌にほんのりと上気した頬と同じ、淡い桃色をした薔薇は、ジェダを愛らしく彩った。
 気に入ったのだろう。そのふわふわの尻尾が、ぱーたぱーたと揺れている。
(…ああ、至福…)
 セバスチャンにとって、配達に来る使い魔猫との交流は、まさに至福の時であった。

「それじゃあ僕、そろそろ帰るにゃん」
「…お名残惜しい。どうぞ、また遊びに来てくださいね」
「(遊びじゃなくて、一応仕事で来てるんにゃけど…)もちろんにゃ。僕、セバスチャンさん大好きにゃー」
 ジェダは甘えたような声で、ぎゅっとセバスチャンに抱きついた。
「っ!! ジェダ様っ…!!」
 こんな、エドワードには絶対にしないような笑顔で甘えてくる白猫の少年を、どうして拒めようか。
 セバスチャンはきゅっと、その小さな体を抱きしめ返す。
「御馳走さまでしたにゃ。あ、今度はケーキが食べたいにゃん」
「ええ。次にお越しの時にはぜひ、ケーキを」
 

 そうして、白猫の少年は領主館を後にした。
(…。セバスチャンさん、良い人にゃ)
 ジェダはふっと、微笑む。
 彼が猫に、特に自分に甘いのを、ジェダはよく知っている。
 自分がそれを、都合良く利用していることも。
 だが、ジェダがセバスチャンを好きだと言ったのは嘘ではない。
(伯爵みたいにがっついてこにゃいし、優しいし、何よりブラッシングがとっても気持ち良いのにゃー)
 自分の嗜好をわかってくれているし、何より自分だけをひいきするでなく他の猫達にも優しくしてくれるところも好ましい。
 だからジェダは、最近配達の仕事が楽しみなのだった。
 それはきっと、黒猫カル以外の他の猫達も同様だろう。
 カルは領主館そのものに苦手意識を持っているので、セバスチャンにもぎこちない。
(ケーキ、楽しみにゃあ…)
 それに…とジェダは思う。
 猫好きであることを、思わず緩みそうになるその顔を隠そうとして隠し切れていない、あの人間の傍は。
 とてもとても、居心地が良いのだった。
 素直ではないジェダが、子猫のように甘えてしまうほどに。



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