旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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第四章 二人の日常3

綺麗なお兄さんは好きですか?

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 クレス島の港街は坂状になっている。
 その坂をずっと上っていった所にある、港街と青い海を見渡す場所に建つカフェは、地元の女性や観光客に人気の店であった。
 洒落た内装の店内。そしてオープンテラスはいつも客で賑わっている。
 そのオープンテラスの席に、一人の若い男が座っていた。
 さらりと流れる銀糸の髪。日焼けとは違う質感の褐色の肌に、伏せられた長い睫毛の奥にある赤と青の異なる双眸。
 彼、サフィール・アウトーリはこの島でただ一人の魔法使い。
 いつも身に纏っている黒のローブではなく、珍しい私服姿で一人席に座って本を読んでいる。
 テーブルには、まだ半分ほど残っているブラックコーヒー。
 誰かを待っているのだろうか。本のページを捲る手もどこかゆっくりとしている。
 そして彼は、先ほどから店内の女性達の視線を集めていた。
 そのほとんどが、他所から来た観光客である。
 それも然り。何故ならこの青年が既に人の夫であること、また麗しい姿をした彼の性格も、地元民ならよく知っているからである。

「あー、珍しい。サフィールが一人でいるよ」
「えっ。あ、本当だ」
 カフェの店内で向かい合ってお茶を楽しんでいた若い女性二人が、オープンテラスの席に座るサフィールの姿を見つけた。二人とも、この島で生まれ育った地元民である。
 年頃はサフィールと同じくらい。もちろん、子供のころからその存在を知っている。
「どうりで、オープンテラスが女で埋まってるわけだ」
「あいつ、顔は良いからね~」
 二人はしみじみと頷く。
 子供の頃は滅多に森から出て来ず、たまに顔を見てもいつもローブを目深に被って話もしない、大人しいというか協調性の無い少年だった。
 それが、他所へ修業へ出たらしいと聞いてから数年後。島へ帰って来た彼を見てびっくりである。
 サフィール・アウトーリは、容姿が優れている。
 それこそ、女性客達の視線が一心に注がれるくらい。
「だね。あ~、このミルクティ美味しい~」
「ん。チャイもいけるよ~」
 どれどれ~、と二人は互いのカップを交換しあい、一口。
 うん、甘くて美味しい。
「にしても、あいつ何してるんだろ。一人でこんなとこいるなんて、珍しくない?」
「どうせあれでしょ。アニエス待ってるんでしょ」
 二人の視線は再び、オープンテラスのサフィールへと向けられる。
「なるほど。買い物してる間、ちょっとここで待ってて~、って感じかな」
「じゃない? あるじゃん。男について来て欲しくない買い物とか」
「下着とかね~」
「あれ男も嫌がるしね」
 この島に最近できた、若い女性向けの下着専門店。
 可愛いデザインの下着や、セクシーなデザインの下着など多種多様で、彼女達も愛用している。あの空間に若い男がいるのは、ちょっと抵抗があるだろう。
「喜んでついて来る男もいるけどさ」
「え~? それってどうなの」
「でも、選んでもらうのも嬉しいもんよ」
「ん~。まあ、そう言う時もあるかぁ」
 二人は再び、甘い飲み物を一口。
 あ~、温まる。
「お、勇気あるねあのコ達。声掛けるつもりみたいだよ」
「おお~」
 二人の視線の先で、オープンテラスに座っていた若い女性客二人組が立ち上がり、サフィールの席へと近付いていく。
 いやあ、怖いもの知らずだねえと二人は嘆息した。
 案の定、若い女性二人に声を掛けられてもサフィールは本から視線を離さない。
 無視である。
 それでもめげないのか、女性客の一人がサフィールの肩に触れようとするが、
「「………」」
 ぱしん、と音を立てて。
 サフィールは読んでいた本を閉じた。
 その音がやけに響いて、肩に触れようとしていた女性客の手が止まる。
 そのまま無言で本をテーブルに置くと、サフィールはコーヒーカップを手に一口それを飲む。
 そして、女性客達には一瞥もくれず、再び本を開き始めた。
「…………」
「…………あれは、」
 拒絶の言葉を吐かれるより、痛い。
 なにせ完璧に、その存在を無視されているのだから。
 さすがの女性客達も、これには大人しく引き下がって店から出ていった。
 ちなみにこの店は、先に商品と引き換えに代金を払うシステムになっている。
「…あいつ、見た目は極上、なんだけどね~」
「性格に難ありっつーか」
 二人は「ははは」と笑い合う。
 そしてどちらからともなく、そう言えば…と話し始める。
「あいつが戻って来てしばらくしてさ、肉屋のキャシーがサフィールの店に通い詰めたらしいんだけど」
「あ~、あのコ面食いだもんね」
「そ。でもまったく相手にされなかったらしいよ」
「キャシーも美人なんだけどねえ」
「でも性格悪いし。その点アニエスは、あいつには勿体ないくらい良い子だよ。あんなに美人なのに驕った所がなくてさ」
「優しいし、可愛いしね」
「ね。料理も上手いし。ぶっちゃけ、サフィールには勿体ないって」
 アニエスの話をしている内に、なんだか彼女の焼いたパンが食べたくなった。
 二人は帰りにアニエスのパン屋寄ってみる? と相談し合う。
「あ、でも今日って定休日か」
「ああ~!! でも話してたらすごく食べたくなった!! 明日行くわ、絶対」
 二人はアニエスのパン屋で売られている、さくさくのクロワッサンや甘くとろけるクリームパン。そして季節限定のタルトやパイの話で盛り上がった。
 そうこうしている内にカップの中の飲み物は空になるが、それでも席は立たない。
「あ。アニエスだ」
「ほんとだ。やっぱりあの下着屋の袋持ってるよ」
 オープンテラスの外からの入り口から現れたのは、長い黒髪の美女。
 この島で只一つのパン屋の女主人である、アニエス・アウトーリだ。
 手には、二人が話していた下着屋のロゴ入りの紙袋を持っている。どうやら、予想は当たっていたらしい。
「アニエスって何カップあるんだろうね」
「揉んでみたいわ~」
 なんて話をしている内に、アニエスはサフィールの席へ辿り着く。
 そうして、アニエスに気付いたサフィールがゆっくりと顔を上げて、

「うっわ」
「あの笑顔は反則だろ…」
 それはもう、先ほどまでの無表情が嘘のように。
 愛しげに、嬉しそうに。
 微笑んだ、のだ。
 周りの女性客達がはっと息を飲んでいるのがわかる。
 それはそうだろう。あの笑顔はやばい。
「でもさ、これであそこに居る人達もわかったんじゃない?」
「だね~」
 サフィールは読んでいた本を閉じて片手に持つと、もう片方の手でアニエスの手を繋ぐ。
 そうして二人は、仲良く帰っていった。

「「あいつにあんな顔させられる女は、一人だけだってこと」」


************************************************
島の人から見たアニエス達。第二弾はサフィール。
同年代の地元の女性視点で書いてみました。ちなみに、アニエスは同性にも割と好かれています。
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