旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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第四章 二人の日常3

魔法の薬編 3

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「………」
「さあ、召し上がれ!」
 小さくなったサフィールは、今。
「…うん…」
 アニエスの膝の上に座らせられ、両手にスプーンとフォークを持って、目の前の大きなオムライスを見つめていた。
(…子供の姿になったからって…)
 食事まで子供仕様にしなくてもいいのに、とサフィールは思う。
 アニエスがサフィールに用意した昼食は、大きめのお皿に盛ったオムライスと焼いたウインナーに、チーズとブロッコリーのサラダ。
 オムライスには小さな旗が刺さっており、ウインナーはタコとカニの形をしている。
 そしてサラダのチーズも、星の形になっていた。まさしく、お子様ランチ風である。
「? どうしたの? サフィール」
「ん…。なんでもない…」
 アニエスはにこにこと上機嫌であった。
 その笑顔をちらりと見上げ、サフィールは黄色いオムライスを一口分、スプーンで崩す。
 ぱくりと口に入れたオムライス。刻んだピーマンと玉ねぎ、そしてトリ肉の入ったケチャップライスととろとろのタマゴが絡み合い、とても美味しかった。
「美味しい?」
 問われ、サフィールはこくんと頷く。
「よかった」
 ほっとしたように、アニエスは微笑んだ。
 その母性溢れる微笑みに、サフィールは複雑な気持ちになる。
 突然幼くなった夫を前に動転したりしないでくれるのはありがたいのだが、彼女はむしろ…。
「デザートにはプリンも作ったの」
 そうして差し出されたプリンには、案の定小さな旗が刺さっていた。
(…楽しんでる…?)
 そう思わずにはいられない、サフィールであった。


 アニエスには好評らしいこの姿だが、本人としては動きずらいことこの上ない。
 まず、視線が低い。長く忘れていた視線の低さだ。
 そして、短い手足。小さな手。
 今の大きさに慣れず、ついつい今までの大人の体の感覚で動こうとして失敗してしまう。
 できることが限られているので、サフィールは早々に自分の店を閉め、ダイニングにある暖炉傍のソファの上で魔導書を読むことにした。
 すると、本当に体が子供になっているのだろう。
 満たされた腹と、心地よい暖炉の温もりが睡魔を呼び、サフィールはうとうとと舟を漕ぎ出したかと思うと、あっという間に寝入ってしまった。
 店番の合間に様子を見に来たアニエスは、ソファの上で丸くなって眠っているサフィールを見つけて、
「ふふ…」
 そっと、その小さな体にブランケットを掛けてやった。


 夜になっても、サフィールの体は元に戻らなかった。
 昼食時と同じくアニエスの膝の上で夕食を食べ(家には子供用の椅子が無いので、膝の上に乗らないと食卓に届かないのだ)、食後は一人で風呂に入った。
 アニエスが一緒に入って手伝おうかと申し出たが、サフィールは断った。
 幼くなった姿で妻と風呂に入ることに、少しの抵抗を感じたのだ。
 アニエスなら優しく、そして甲斐甲斐しく。
 自分の髪を洗ってくれたり、体を洗ってくれるだろう。
 けれど、それが少し恥ずかしく感じられるのだ。
 大人の姿でなら、互いに洗いあったりすることも当たり前のようにしているのに。
「ちゃんとあったまった?」
 浴室から出て、大きなタオル(いつもなら普通の大きさのバスタオルなのだが、今の体にはとても大きく感じられた)を体に巻き付けて寝室に戻ってきたサフィールに、先に風呂を終えて寝着に着替えていたアニエスがそう声を掛ける。
「うん」
「こっちへきて。髪を拭いてあげるわ」
 アニエスは腰をかがめ、自分の傍にきたサフィールの体をぎゅっと抱きしめる。
 そして濡れた髪を、そっとタオルで拭き始めた。
「………」
 タオルで水気を取り、ブラシで櫛梳る。
 洗いたての髪はとても細く、柔らかかった。
 髪質まで子供の頃に戻っているのだろう。
「はい。できた」
「ん。ありがとう…」
 サフィールは乾かしてもらった自分の髪に触れ、ふと目の前のアニエスを見上げた。
 彼女は慈愛の籠る瞳で、にこにこと自分を見て微笑んでいる。
 まるで可愛くてしかたのないものを、愛でるように。
「………アニエスは…」 
「?」
「この姿の俺の方が好き…?」
 サフィールは上目遣いに、そう妻に問うた。
「え…?」
「でも、俺は嫌だ。こんなに小さい手じゃ、君を守ることだってできないし…」
 小さくなった己の手を見て、サフィールは言う。
「こんなに短い腕じゃ、君を抱きしめることだってできないし…」
「サフィール…」
 サフィールはぎゅっと、アニエスにしがみつく。
「こんなに低い背じゃ、君にキスすることだってできない」
 そう言って妻を見つめるサフィール。
 アニエスは自分が腰をおろすことで彼と目線を合わせると、小さく「ごめんなさい」と言った。
「あなたが小さい体で不便な思いをしているのに、可愛いだなんてはしゃいで…。ごめんなさい」
「べつに、怒ってるわけじゃないよ。でも…」
「サフィール…」
 少し拗ねたような、サフィールの瞳。
「俺は君の子供じゃない。俺は、君の…」
 アニエスはくすりと微笑んで、その小さな唇にキスをした。
 そうだわ。この人は。
 今はこんなに、愛らしい姿をしているけれど。

「そうね。あなたは私の、とっても素敵な旦那様だわ」

「アニエス…」
 サフィールもまた、アニエスにキスをする。
 アニエスは瞳を閉じて、啄ばむようなそのキスを受け入れた。
 二人の手が重なって、絡み合う。
 その時になって、アニエスはある変化に気付く。
 自分の手に絡むサフィールの手が、大きくなっているのだ。
「サフィール、あなた…」
 そうして目を開けると、そこには…。
「…戻った、ね…」
 元の姿に戻った、サフィールが。
 大人の姿に戻れたのは、薬の効果が切れたからなのか。それとも…。
 愛する人の、魔法のキスのおかげだろうか。
 二人は笑いあって、今度は深く、深く。
 心までとろけるような、キスをした。



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これにて『魔法の薬編』は完結です。
ある意味ベタな(笑)薬で小さくなったサフィール、のお話いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけたなら、幸いです。
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