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第四章 二人の日常3
魔法の薬編 2
しおりを挟むその時、アニエスはちょうどパン屋の店番を抜けて昼食の準備をしているところだった。
突然、ばたばたと騒がしい音が響き。
「おっ、奥方様ー!!!」
ばたん!! と厨房の扉が開いて、息を切らした縞猫のアクアが飛び込んでくる。
「一体どうしたの? アクア」
アニエスは濡れた手をエプロンで拭きながら、アクアに近付く。
「たっ、たたたたた大変ですのにゃ!! ご主人様が!! け、煙が!! キノコがぁッ!!」
「サフィールに何かあったの!?」
アクアの言葉では詳しい事情は窺えないが、とにかくサフィールに何か大変なことがあったらしい。
「ですにゃっ!! 煙が、ぶわー!! で、ご主人様が…」
身振り手振りで何とか伝えようとするアクアだが、よほど気が動転しているのかさっぱり要領を得ない。
アニエスはとにかく、サフィールのいる店へ向かおうと厨房を出た。
しかし…。
二階へ向かおうと厨房の隣にある自宅一階のダイニングに足を踏み入れた途端、アニエスの視線は一点に釘付けられる。
ダイニングから二階へと伸びる階段。
そこに、一人の人物が立っていた。
ぶかぶかの黒いローブを引きずるように立つ、幼い少年。
歳の頃は四、五歳だろうか。
銀の髪に褐色の肌。そして赤と青の異なる双眸と、とても見覚えのある容姿をしている。
「…サフィール…?」
アニエスは「信じられない…」と呟きながら、階段に立つ少年を見上げる。
間違えようがない。あれは夫であるサフィールの、幼い頃の姿だ。
「…薬の調合に、失敗したんだ…」
幼い少年、いや、サフィールはそうばつが悪そうに呟くと、今の体には大きいローブの裾を掴んで、ゆっくりと階段を下りてくる。
足も短くなっているので、一段一段を降りるのがとても大変なのだ。
「入れるキノコを間違えたらしい。鍋から溢れ出た煙を浴びたらこの通り」
「ごっ、ごめんなさいですにゃー!!」
泣き叫びながら、アクアが階段のサフィールの元へ突進する。
小さなサフィールを押しつぶすように抱きつき、「ごめんなさい!!」と謝るアクア。
「…く、苦しい…。離れろ、アクアマリン…」
「にゃっ!!」
慌てて身を離したアクアの、涙でぐちゃぐちゃになった目元を小さな手で撫でながら、サフィールは言う。
「…アオココモダケと、アカココモダケを間違えたんだな。あれのカサは生の状態ではその名の通りの色をしているが、乾燥させると真逆になる。アオココモダケの干物は、カサが赤いんだよ…」
「にゃー…」
「…ちゃんと言っておかなかった俺が悪いし、確認せずに鍋に入れさせたのも俺が悪い。気にしなくていい」
アクアを見つめるサフィールの目には、使い魔の失敗を責めるような色は一切なかった。
「ご主人様…」
「それに浴びた煙の量からいって、二、三日もあれば元の姿に戻れるだろう」
それまでは不便だが、これはこれで面白い実験結果になったから構わないと、サフィールは言う。
「…だから心配しなくても…、…アニエス?」
サフィールは、階下で自分達のやりとりを黙って聞いていた自分の妻に視線を送る。
アニエスは驚きの表情のまま口元に手を当て、こちらを見つめていた。
その目は泣きそうに潤み、頬は赤く上気している。
そしてその肩が小さく震えているような気がして、「そんなに心配しなくてもいいよ」と微笑むサフィールだったが、
「…っ! 可愛い…っ!!」
妻が放った一言は、まったく予想外の言葉だった。
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