29 / 73
幼馴染は魔法使いの弟子
黄色い薔薇の物語編 22
しおりを挟む「サフィール、離してっ…」
無言でアニエスの手を引いたまま食堂を出、宿屋も出て夜の道を歩くサフィールに、アニエスが声を掛ける。
しかしサフィールは、その声に応えなかった。
怒っている。
その背中が、そう語っていた。
「っきゃっ」
ずんずんと歩いていたサフィールが急に立ち止まったので、アニエスはその背にぽすんとぶつかってしまう。
そうしてようやく自分に向き合ったサフィールは、わずかに怒りの滲む表情で、アニエスに言った。
「アニエスは…っ」
「………」
「警戒心が足らな過ぎる」
「それは…っ」
「君は自分が綺麗だってことを、もっと自覚したほうが良い。アニエスの無防備な様は、男の欲を煽り過ぎる」
「なっ…」
助けてくれて、ありがとうと。
素直にそう、礼を言うつもりだったのに。
先ほどの件を自分の非のように責められて、アニエスはかあっと頭に血が上った。
「俺の所にも、もう来ない方がいい。さっきのあれで、この島に居る魔法使いが師匠じゃなく俺だって知られただろう。…若い男の所に、未婚の娘が通ってるって」
悪い噂が立つからと言って、サフィールはようやくアニエスの手を離した。
(…なによ、それ…)
「俺だって、あの男と変わらない。君に、劣情を抱いてる」
「え…?」
アニエスは一瞬、自分が何を言われているのかわからなかった。
「君に触れたいって、キスしたいって、…抱きたいって、思ってる」
だからもう、来ない方が良いと言って。
サフィールは立ち去ろうとしている。アニエスを置いて。
言いたいことだけ、言って。
自分、だけ。
「サフィールの馬鹿!!」
アニエスは駆け寄って、サフィールのローブを掴んだ。
「どうしてそう自己完結しちゃうの!? 私の気持ちを、聞いてくれないのよ!!」
アニエスの瞳から、涙が零れた。
悔しくて、やるせなくて。
嬉しくて。
「私、サフィールことが好き! ずっと前から、好きだったわ!! 今だって!!」
「それは!!」
サフィールは振り返らず、声を荒らげる。
「俺がアニエスに感じている気持ちと、君が俺に感じている気持ちは違う」
君はただ、幼馴染への親愛の情を恋と勘違いしているだけだと、サフィールは言う。
「違わないわ!!」
勘違いでこんな想い、するもんですか!!
「私だって、サフィールに触れたいし、キスしたいし…その…抱かれても良いって、思っているもの!!」
「アニエス…」
サフィールは驚いて振り返った。
目の前には、顔を真っ赤にして涙ぐむアニエス。
「寝惚けたサフィールにキスされて、私、悲しかったわ! それに悔しかったの!! 他の誰かと間違われたんだと思って…。どうして逃げるの? ちゃんと私を見てよ! 私を見て、キスして、」
好きだって、言って…とアニエスは泣いた。
子供のように、大粒の涙が溢れてきて止まらなかった。
「…ごめん」
サフィールは恐る恐る、というように、泣きじゃくるアニエスの身体をそっと抱きしめた。
「…俺、寝惚けて君にキスをしたの…?」
「そうよ…。覚えていないんでしょう…?」
「うん…」
ごめんと、もう一度サフィールは囁いた。
本当に、ごめんと。
「それは何に対する謝罪なの? キスをしたこと? それとも、私の想いには、応えられないってこと…?」
「…君が好きだよ、アニエス」
サフィールはぎゅうっと、アニエスを抱きしめる。強く。
「ずっとずっと、好きだった。君が好きで、どうしようもなくて。君を避けて、酷いことを言って、傷付けて、ごめん…」
「サフィール…」
「夢を見ていたんだ。君が、俺に『大好きだ』って、言ってくれる夢。夢の中で、俺は君にキスをした」
「それは…」
もしかして、あの時。
『大好きよ、サフィール…』と囁いた声が。
彼にも、届いていたのだろうか。
「夢だけど、夢じゃ無く。俺は君にキスをしたんだね。本当に、ごめん…」
でも、とサフィールは言う。
「今度は夢の中の君じゃなくて、今目の前に居る君に、キスをしたい」
「…うん…っ」
頷くアニエスの瞳に溢れる涙を拭って、瞼に口付けを落とし。
サフィールはゆっくりと、アニエスの唇に口付ける。
「愛してる…」
と、囁いて。
0
お気に入りに追加
458
あなたにおすすめの小説
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
愛のない身分差婚のはずが、極上御曹司に甘く娶られそうです
水守真子
恋愛
名家・久遠一族のお抱え運転手の娘として育った原乃々佳は、久遠の末娘同然に可愛がられて育ったが、立場をわきまえ、高校進学後は距離を置いて暮らしていた。そんな折、久遠の当主が病に倒れ、お見舞いに向かった乃々佳に、当主は跡取り息子の東悟との婚約を打診。身分違い、それも長年距離を置いていた相手との婚約に一度は断るものの、東悟本人からもプロポーズされる。東悟が自分を好きなはずがないと思いつつ、久遠家のためになるならと承諾した乃々佳に、東悟は今まで見たことがない甘い顔を見せてきて……
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる