旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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幼馴染は魔法使いの弟子

黄色い薔薇の物語編 22

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「サフィール、離してっ…」
 無言でアニエスの手を引いたまま食堂を出、宿屋も出て夜の道を歩くサフィールに、アニエスが声を掛ける。
 しかしサフィールは、その声に応えなかった。
 怒っている。
 その背中が、そう語っていた。
「っきゃっ」
 ずんずんと歩いていたサフィールが急に立ち止まったので、アニエスはその背にぽすんとぶつかってしまう。
 そうしてようやく自分に向き合ったサフィールは、わずかに怒りの滲む表情で、アニエスに言った。
「アニエスは…っ」
「………」
「警戒心が足らな過ぎる」
「それは…っ」
「君は自分が綺麗だってことを、もっと自覚したほうが良い。アニエスの無防備な様は、男の欲を煽り過ぎる」
「なっ…」
 助けてくれて、ありがとうと。
 素直にそう、礼を言うつもりだったのに。
 先ほどの件を自分の非のように責められて、アニエスはかあっと頭に血が上った。
「俺の所にも、もう来ない方がいい。さっきのあれで、この島に居る魔法使いが師匠じゃなく俺だって知られただろう。…若い男の所に、未婚の娘が通ってるって」
 悪い噂が立つからと言って、サフィールはようやくアニエスの手を離した。
(…なによ、それ…)

「俺だって、あの男と変わらない。君に、劣情を抱いてる」

「え…?」
 アニエスは一瞬、自分が何を言われているのかわからなかった。
「君に触れたいって、キスしたいって、…抱きたいって、思ってる」
 だからもう、来ない方が良いと言って。
 サフィールは立ち去ろうとしている。アニエスを置いて。
 言いたいことだけ、言って。
 自分、だけ。
「サフィールの馬鹿!!」
 アニエスは駆け寄って、サフィールのローブを掴んだ。
「どうしてそう自己完結しちゃうの!? 私の気持ちを、聞いてくれないのよ!!」
 アニエスの瞳から、涙が零れた。
 悔しくて、やるせなくて。
 嬉しくて。

「私、サフィールことが好き! ずっと前から、好きだったわ!! 今だって!!」

「それは!!」
 サフィールは振り返らず、声を荒らげる。
「俺がアニエスに感じている気持ちと、君が俺に感じている気持ちは違う」
 君はただ、幼馴染への親愛の情を恋と勘違いしているだけだと、サフィールは言う。
「違わないわ!!」
 勘違いでこんな想い、するもんですか!!
「私だって、サフィールに触れたいし、キスしたいし…その…抱かれても良いって、思っているもの!!」
「アニエス…」
 サフィールは驚いて振り返った。
 目の前には、顔を真っ赤にして涙ぐむアニエス。
「寝惚けたサフィールにキスされて、私、悲しかったわ! それに悔しかったの!! 他の誰かと間違われたんだと思って…。どうして逃げるの? ちゃんと私を見てよ! 私を見て、キスして、」
 好きだって、言って…とアニエスは泣いた。
 子供のように、大粒の涙が溢れてきて止まらなかった。
「…ごめん」
 サフィールは恐る恐る、というように、泣きじゃくるアニエスの身体をそっと抱きしめた。
「…俺、寝惚けて君にキスをしたの…?」
「そうよ…。覚えていないんでしょう…?」
「うん…」
 ごめんと、もう一度サフィールは囁いた。
 本当に、ごめんと。
「それは何に対する謝罪なの? キスをしたこと? それとも、私の想いには、応えられないってこと…?」

「…君が好きだよ、アニエス」

 サフィールはぎゅうっと、アニエスを抱きしめる。強く。
「ずっとずっと、好きだった。君が好きで、どうしようもなくて。君を避けて、酷いことを言って、傷付けて、ごめん…」
「サフィール…」
「夢を見ていたんだ。君が、俺に『大好きだ』って、言ってくれる夢。夢の中で、俺は君にキスをした」
「それは…」
 もしかして、あの時。
『大好きよ、サフィール…』と囁いた声が。
 彼にも、届いていたのだろうか。
「夢だけど、夢じゃ無く。俺は君にキスをしたんだね。本当に、ごめん…」
 でも、とサフィールは言う。
「今度は夢の中の君じゃなくて、今目の前に居る君に、キスをしたい」
「…うん…っ」
 頷くアニエスの瞳に溢れる涙を拭って、瞼に口付けを落とし。
 サフィールはゆっくりと、アニエスの唇に口付ける。

「愛してる…」

 と、囁いて。

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