旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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幼馴染は魔法使いの弟子

黄色い薔薇の物語編 3

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少し生々しいネタが含まれます。
『思春期』『少年』『第二次性徴』なお話です。
苦手な方はご注意ください。
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 夢を、見た。
 秘密の夢を。
 夢の中の、アニエスの肌が、黒髪が、焼けつく様に心に残った。
 まだ誰も触れたことの無い、雪原のような白い肌。
 汗ばんで、首筋に絡みつく漆黒の髪。
 夢の中の彼女は、とても美しかった。
 アニエスを美しいと思ったのは、この時が初めてかもしれない。
 可愛いアニエス。
 天使のように、無邪気な幼馴染。
 その少女が、夢の中で、自分に……。

 目覚めた時、サフィールは愕然とした。
 自分は、なんという想いを彼女に抱いてしまったのだろうと。



 子供の頃は良かったと、サフィールは思う。
 何も考えずに、ただ彼女の傍に居られた。
 でも、年を経るごとに、二人は変わってしまった。
 伸びた身長。大きくなった身体。
 そして身体と共に成長していく、精神。
 いつからだろう。アニエスと一緒に遊ばなくなったのは。
 二人で遊ぶよりも、魔導書を読んだり、実験をしたり。
 魔法に関わる時間が、うんと長くなった。
 それでも、サフィールとアニエスは一緒に居た。
 アニエスはよくこの家に来ては、食事を作ったり掃除をしたりした。
 サフィールはそんな彼女の傍で、魔法の研究に打ち込む。
 遊ばなくはなったけれど、二人は同じ時をこの家で過ごしたのだ。
 それこそ、家族のように。
 けれど…、
(…アニエス…)
 サフィールは自室の窓から、帰路につくアニエスの姿を見つめる。
 彼女は今日も、食事を作りにこの家に来ていた。
 もうずっと、会っていない。話もしていない幼馴染の少女。
 可愛らしい少女から、美しい娘に成長したアニエス。
 小さかった背が伸びるにつれて、自分と同じようにのっぺらだった身体は次第に丸みを帯びてきた。可愛らしく無垢な顔はどこか大人びて、今にも綻びそうな花の蕾を思わせる。
 彼女の周りの男達が、彼女を見る目を変えたように。
 サフィールもまた、昔のようには彼女の事を見られなくなっていた。
(………)
 アニエスがこちらを振り返って、サフィールは慌てて窓辺から離れた。
 彼女の目を、真っすぐに見られない。
 
 サフィールがそういう夢を見たのは、初めてではなかった。
 十三の歳で初めて経験した時はひどく動揺したものだ。しかし師であり義父であるクラウドに、「男の身体はそういう仕組みになっている」と諭され、これが自然なことなのだと理解した。
 それから、第二次性徴を迎えたサフィールに、クラウドは様々な知識を与えてくれた。
 それは、今まで無知だったサフィールには衝撃的なこともあったけれど。
 サフィールがその夢を見る時、大抵は内容も漠然としたもので、目覚めても覚えてはいなかった。ただ、確かにシーツに残る残滓で、「ああ、またか」と思うだけで。
 自慰をすれば減ると書物にあった。が、サフィールはどうもそういった欲求が希薄なようで、成長すればしなくなるならそれで良いとも思っていた。
 けれど、十七の歳になり、初めて夢の内容をはっきりと覚えている朝を迎えた。
 自分は、まだ十五のアニエスに、欲情したのだ。
 その事実は、サフィールを酷く落ち込ませた。
 夢の中でアニエスにしたことに、サフィールは心の底から嫌悪感を抱いた。
 今までの二人の思い出も何もかもを、汚してしまったような気がした。
 それから、サフィールはアニエスの顔を見られなくなった。
 見ると、どうしてもあの夢がちらついて、離れない。
 泣いていた少女の顔が、頭から離れない。
 自分に汚され、乱れていた少女の肢体が目に焼き付いて消えない。
 サフィールは、自分がアニエスに抱く想いに恐怖を覚えた。
 自分は、幼馴染として、兄妹のような情を少女に感じているのではない。
 女としてのアニエスを欲しているのだ。
 けれど、それを素直に受け止めることが、まだ若いサフィールにはできなかった。
 自分の感情から、欲望から目をそらして、やり過ごせば…。
 時が過ぎれば、また…。
 昔のように、穏やかな気持ちでアニエスの傍に居られるのだと信じていた。
 信じて、いたかった。


「サフィール」
 コンコンと、ノックの音。
 サフィールは目を通していた魔導書から顔を上げて、自室の扉を見つめた。
「師匠」
「入るよ」
 トレイに食事を載せて、クラウドは弟子の部屋へ入る。
 師匠に似て物を片付けるのが苦手なサフィールの部屋は、魔導書や魔道具、薬草やらで雑然としている。
「…研究、ね…」
「…………」
 サフィールは、クラウドにもアニエスを避ける本当の理由を言っていなかった。
 ただ研究に集中したいので、部屋に引きこもっているだけだ、と言い張っていた。
「私は昼夜を問わず引きこもって魔導書と睨めっこしなければ成果も出せない愚かな弟子を、もったつもりはないんだが…」
「………」
 けれど、クラウドにはとうにバレているのだろう。
 それがただの言い訳でしかないことを。
 テーブルの上に積まれた本をずらして、トレイを置く師を見つめたまま、サフィールは押し黙る。
「…お前が戸惑う気持ちも、わかるよ。サフィール」
 いつもは食事を置いて、すぐに部屋を出ていく師が珍しく居残ったまま、サフィールを見据える。
 全てを見透かすような、紫の瞳で。
「女の子の成長は、男のそれより突然訪れる。アニエスは美しくなった。街の男達は、彼女を放ってはおけないだろう。ずっと傍にいたお前が、その変化に戸惑うのも、無理はない…。自然なことなんだよ」
「………師匠…」
「お前が彼女に対して、どういう想いを抱き、どうして距離を置こうとしているのか、解っているつもりだ。それは、当人同士の問題だと、思っていた。けれどね、サフィール」
 クラウドは、アニエスが自分達のために作ってくれたスープを見、目を細める。
 最近のアニエスは、何かに縋るように家事に打ち込んでいる。
 それは、僅かに残るサフィールとの繋がりを、確かめるように。
 その姿が、痛々しくてならないのだ。
「いつまでも自分の気持ちから逃げ続けても、何も変わらない。…失ってから後悔しても、遅いんだよ…?」
 余計なお節介だけれどね、と言って、クラウドはサフィールの部屋から出ていった。
 残されたサフィールは、師から贈られた言葉を、噛みしめるように呟く。
「失ってから…」
 失う? 自分が? アニエスを?
 アニエスが自分の傍からいなくなる。そんなことがあるのだろうかと、

 高を括っていたサフィールは、文字通り後で悔やむことになる。
 

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