旦那様は魔法使い 短編集

なかゆんきなこ

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喧嘩はいけません!

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ルイスとステラが生まれる前、まだ少年時代の使い魔猫達のお話です。
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 普段は主人夫婦に忠実でおりこうさんな使い魔猫達。
 ですが、まだまだやんちゃ盛りでもありますから、たまにこんな騒動も……


「ああああ!! 僕のリボン!! ちょっと!! これ破ったの誰!?」
 それはある朝のこと。
 身支度をしていた白猫のジェダがリボン入れにしているお菓子箱の中から今日のリボンを選んでいたら、一等お気に入りの深緑色のリボンが少しだけ破れているのに気付いたのだ。
「ん~?」
 ひょいとジェダの掌を覗きこみ、破れたリボンを見たのは縞猫のアクア。
「あ、ごめんごめん! 昨日物干し場から取りこむ時にちょっと爪が引っ掛かったのにゃ~。でも、はしっこだしわかんないって!」
 アクアはそう言って、あっけらかんと笑う。
 そういえば、昨日の洗濯当番はアクアとブチ猫のキースだった。
 ちっとも反省の色が見えないアクアに、ジェダの怒りはさらに募っていく。
「僕の洗濯物は丁寧に扱えって言ってるじゃないか! こんなのもう使えないよ!!」
 一番のお気に入りだったのに! と、ジェダはリボンを乱暴に菓子箱の中に投げ入れる。
「ええー。面倒くさいにゃあ。そんなに神経質なら、自分の分は自分で洗えばいいじゃないか」
 使い魔猫達が普段着ている服やエプロンなどはアニエスがまとめて洗おうとしてくれているのだが、家事にパン屋にと忙しい奥方様の手をあまり煩わせたくないと、猫達が自分達の分は自分達で交代制にして洗うようにしているのだ。
 けれどおおざっぱなところのあるアクアやキースなどは、洗濯物にもいちいち細かい注文をつけてくるジェダに辟易していた。
「そうにゃ。シルクとか、レースとか、めんどくさいにゃ」
 アクアの言葉にキースもうんうんと頷く。
 やれもっと優しく洗えとか、これじゃあ乾いたあとの手触りが悪いとか、こんな干し方じゃ皺が……とか、本当に口うるさいのだ。
「……ふんっ。どうせお前らみたいに不細工な猫には、僕みたいに繊細な美しさを大切にする気持ちがわからないのにゃ~」
 ジェダは高慢に鼻を鳴らすと、そうふたりを貶した。
「ぶっ!」
「不細工だとおおおおお!!」
 ナルシストのジェダほど外見に頓着していないふたりも、不細工とまで言われてさすがにカチンとくる。
「本当のことじゃないか。ああヤダヤダ、無神経で不細工な猫と一緒なんて」
「にゃにを~!」
「ジェダなんて、性格ブスじゃないかっ!!」
「そうだそうだ! ブス!!」
「ぶっ!」
 ふたりから返ってきた暴言に、ジェダは毛を逆立て、目を吊り上げる。
「ブス!? 僕がブスだって!?」
 ジェダは「信じられない!!」と声を荒げる。
「お前ら目が腐ってるんじゃないの!?」
 僕のどこをどう見たらそんな単語が出てくるのさ!! とジェダ。
「腐ってるのはジェダの性根にゃー!!」
 とアクアが叫び、
「そうにゃ! どんなに見てくれが良くても、性格が悪ければ台無しなのにゃこのブス!!」
 キースがさらに「ブス」と追い打ちをかける。
「なんだとこの!!」
 もう許さない! とばかりにジェダがふたりにとびかかり、三人はとっくみあいの喧嘩になった。
「……け、喧嘩はダメにゃ~」
 はらはらとさんにんのやりとりを見守っていた茶色猫のネリーが、おろおろと喧嘩を止めようとする。が、彼らの耳には入らない。
「おいお前ら、はやく支度を……って、な、なんにゃ?」
 一足先に支度を終えてアニエスのところに行っていた黒猫のカルが、ちっとも現れない仲間達を呼びに部屋に戻ってきた。そして、「シャー!!」「フー!!」と威嚇しながら取っ組み合いの喧嘩をしている三人と、おろおろしているネリー。そして呆れて無視している灰色猫のライトを見てぎょっとする。
 ちなみに三毛猫のセラフィは、これまた一足先に支度を終えてアニエスの所にいる。
「あのっ、ジェダのリボンが破れてて、それで……」
 ネリーが事の次第をカルに伝えようとするが、
「この不細工共が悪いんだ!!」
 とジェダが叫び、
「うるさい! ジェダの性格ブス!!」
「ブス!!」
 とアクアとキースも反論して、もう泥沼だ。
「貴様らああああ!! 絶対許さないからな!!」
「シャー!!」
「フー!!」
「あああああああ……」
 喧嘩はますます酷くなるばかり。
 頭を抱えたカルが、とりあえず止めなければと間に入ろうとするが……、
「だあっ! 痛ッ!! 爪を、立てるな馬鹿ども!! このっ、にゃっ、にゃあああああ!!」
 あっという間に傷だらけに。頭に血が上っている三人は、加減も忘れているようだ。
 いっそ魔法を使ってやろうか。いやしかし、そう広くないこの部屋でそんなことをしたらめちゃくちゃになるし……と、カルはどうにか穏便に済ませたいと歯噛みする。
「ああああ、カル! 大丈夫にゃ? 三人も、も、もうやめるにゃ~!!」
 涙目のネリーもカルに続いて三人を止めようとするが……
「にゃっ!」
 ジェダと揉み合うキースの爪が頬に当たり、切り傷を作ってしまう。
「い、痛いにゃあ……」
「!!」
 それまで呆れて様子見をしていた灰色猫のライトは、ネリーの頬に走る赤い傷を見て目を見開いた。
 ネリーの目が痛みに潤んでいる。だがネリーは、懲りずにまた三人を止めようとする。
「ちっ……」
 不機嫌さを露わに発せられる舌打ち。
 その瞬間、喧嘩中の三人の背にぞくりと悪寒が走った。

「頭を冷やせ、馬鹿ども」

 ライトが恐ろしいほどに低い声でそう呟いた刹那、三人の頭上から冷たい水がバッシャアアア!! と降ってくる。
 彼らの傍にいたネリーは、ライトがすぐに抱き寄せたので助かったが、ジェダ、アクア、キース、そして巻き添えを食ったカルはすっかり濡れ鼠だ。

「なっ……」
 なにをするんだ! とジェダとアクア、キースは魔法で水を降らせたライトに文句を言おうとしたが、
「………………ああ?」
(((ほ、本気で怒ってるにゃ……!!)))
 何か文句があるなら言ってみろ? とばかり、不機嫌さと怒りを露わに自分達を睨みつけてくるライトを前にそれ以上何も言えず、ひっと小さく縮こまる。
「これ以上暴れるのは許さない。とっとと片付けて朝の仕事をするのにゃ」
「「「は、はい……」」」
 ライトの怒りに触れてようやく頭の冷えた三人は、そう殊勝に頷く。
「それから、ネリーに謝れ」
「ラ、ライト。ボクは別に……」
「「「ごめんなさい」」」
「……ふん。ここの後片付けもちゃんとやっておけよ。行くぞ、ネリー。奥方様に傷薬を出してもらおう」
「そんな、大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。ほら」
 そう言って、ライトはネリーの手を引いて部屋を出ていく。
 後に残された猫達はすごすごと濡れた床を掃除し始めたのだが……

(ちょっと待て!! 俺が一番可哀相にゃ!!!!)

 掃除の途中、カルははっと気付いた。
 喧嘩を止めようとしただけなのに一緒にずぶ濡れにされ、なし崩し的に床の掃除を手伝うはめになった自分が一番の被害者ではないか! と。



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