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双子のハロウィン
しおりを挟むクレス島では毎年十月三十一日になると、ハロウィンのイベントが行われる。
島の子ども達が思い思いの仮装に身を包み、家々を回ってお菓子を貰うのだ。
アウトーリ家の子ども達、ルイスとステラももちろん仮装して参加する予定だ。数日前から、ハロウィンに向けて母のアニエスと仮装の用意を始めている。
「ねえねえルイス」
ハロウィンを間近に控えた夜のこと。
ベッドにもぐりこんだステラは、隣のベッドにいる兄を呼ぶ。
「なんだよ……」
もぞりと寝返りをうち、ルイスはステラの方を向いた。寝入り端だったのだろう。その声はいつになく不機嫌そうだったが、ステラは気にしない。
「もうすぐハロウィンね!」
「うん」
「今年もいっぱいお菓子をもらえるかしら。楽しみね!」
「うん」
「……あのね、私、思うんだけど……」
「なんだよ」
「トリック・オア・トリートって、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ! って意味なんでしょ? でも、みんなお菓子をくれるから悪戯したことないわよね」
「まあね」
あれは子どもがお菓子を貰うための決まり文句に過ぎない。
島の大人達はハロウィンの日は必ずお菓子を用意してくれているし、子ども達だってそれがわかっているからお菓子を貰いにいくのだ。
「……でも、たまには悪戯してみたいと思わない?」
そう声を潜めて言う妹の提案に、いつものルイスだったら「馬鹿を言うな」とけして乗らなかっただろう。
だが、同年代に比べて大人びているとはいえ、彼もまだ幼い子ども。
大人達に悪戯してみるという行為に、興味が沸いた。
「……それ、いいかも」
「! でしょう! お菓子ももらうけど、悪戯もしちゃうの!」
「だけど、ただ悪戯をしただけじゃ叱られるだけだから……」
コショコショと小声で、双子の兄妹は秘密の相談をした。
大人達には内緒の、ハロウィンの計画。
それはとても楽しいものに思えた。
来るハロウィン当日。
アニエスの店では、島の子ども達のためにたっぷりお菓子を用意している。今年はキャンディのように包んだチョコレートボンボンだ。子供向けということもあって、中にはリキュールではなく木苺のジャムを詰めている。
それをカゴいっぱいに入れ、それぞれ手にしているのはアニエスと七匹の猫達。一応サフィールのお店にもチョコレートボンボンの入った籠を置いているのだが、子ども達はちょっと怖い魔法使い様よりも優しいパン屋の女主人のところを目指してくるので、もしかしたらあまり減らないかもしれない。
ちなみにハロウィンの日は、子ども達だけでなく迎える大人側も仮装をすることがある。アニエスはせっかくだからと、家族全員分の仮装を用意していた。自分は修道女の恰好で、サフィールは吸血鬼。使い魔猫達はそれぞれアレンジを変えた海賊の仮装をしている。今日は一日この恰好で、お菓子を貰いに来る子ども達を相手にしつつ、お店を営業するのだ。
そしてアウトーリ家の双子達はというと……
「お母さん、できたわ!」
「…………」
吸血鬼の恰好をしたサフィールに連れられ、ステラとルイスが開店前のアニエスの店に現れる。二人の姿に、アニエスは「まあ」と感嘆の声を上げた。
今年の二人の仮装は悪魔。ステラは黒いワンピース、ルイスは黒いシャツに黒の半ズボンで、お揃いの黒い羽を背に負っている。頭には羊のような角をカチューシャでつけ、先っぽが三角になっている尻尾もつけていた。
「可愛い悪魔さんだこと!」
アニエスはそう言って、我が子を二人とも抱き締める。
修道女の母が悪魔の我が子を抱き締めている図を、吸血鬼の父と海賊姿の使い魔猫達が微笑ましく見守っていた。
「「…………」」
母の抱擁から解放された双子が、互いに顔を見合わせニッと笑う。
そしてお菓子の籠を持つ使い魔達に向き直り、声を揃えて「「トリック・オア・トリート」」と言った。
「うんうん。二人にもお菓子をあげるにゃ~」
そう言って籠からチョコレートボンボンの包みを手にとったのは、縞猫のアクア。だがそれが災いし、彼は双子の最初の標的になった。
「ごめんね、アクア」
「えっ」
「俺達、お菓子も欲しいけど」
「「悪戯もしたいんだっ」」
そう言って、双子はアクアに向かって指を指すと、無詠唱で魔法を放つ。
次の瞬間、指差されたアクアの髪が……
「にゃあっ!!」
ぼふんっと、アフロ頭になった。
「ブフッ」
思わず笑ってしまったのはアクアの隣にいたブチ猫キースだ。しかし双子は当然のように、今度はキースに向けて魔法を放った。
「って、え!? オレも!?」
「「当然ッ」」
アフロになったアクアに対し、キースの髪はみるみる長く伸びていく。うねうねと床に届くまで伸びていくそれは、はっきり言って不気味だ。
この段になって、他の猫達はようやく双子から逃げたり双子を窘めようと動いた。
「わあ~!」
逃げたのは茶色猫のネリーだ。だがそれを逃すまいと、ステラが「えーいっ」と魔法を放ち、彼のくりくりの髪がたくさんのリボンに飾られる。
あっというまにリボンの海賊の出来上がり。
「こら! やめなさい!!」
そう咎めたのは黒猫のカル。しかし聞き入れるわけもなく、今度はルイスがカルに向けて「ごめんね」と魔法を放った。
「にゃっ!!」
カルの真っすぐな黒髪が、アクアのアフロほどではないものの、まるでワカメのようにうねうねと広がる。
「にゃー!! 気持ち悪ッ」
そう悲鳴を上げたのはカルの隣にいた白猫のジェダ。彼に向かって、ステラは「ジェダはこれ~」と魔法を放った。次の瞬間、ジェダの髪がくりんっと縦ロールに変わる。
「「ぶはははははは!!」」
これにアクアとキースが指を指して大爆笑。だが笑われた張本人は綺麗に巻かれた髪を手に、「……悪くないかも」とまんざらでもない様子だった。
残る使い魔猫は三毛猫セラフィと灰色猫ライト。彼らは他の猫達が犠牲になっている間に、さっと距離を詰めて双子の手を掴んだ。
「こら」
「悪戯がすぎるよ」
ライトとセラフィに窘められ、二人はうっと言葉に詰まる。
だが、これで諦める双子ではなかった。
「だって今日はハロウィンだよ」
「そうよ! だから思いっきり、悪戯するの!!」
そう言って、二人は互いの魔力を合わせて放つ。
すると、店中に大小様々なかぼちゃの飾りが降ってきた。
「わっ」
本物より重くはないものの、いきなりかぼちゃに降られてライトとセラフィの拘束が緩む。その隙をついて逃げ出した双子は、二人に向けて魔法を放った。
「「それっ」」
二人の頭にスポッと巨大なかぼちゃ頭が被せられる。
「「にゃっ」」
かぼちゃ頭は目と口が描かれているだけで切り抜かれておらず、あれでは二人とも前が見えないだろう。いきなり視界を奪われ、二人は慌ててかぼちゃ頭をとろうとするが、とれないらしい。必死にもがいている。
「「あはははははは!!」」
変な髪形になった猫達とかぼちゃ頭になった猫達を見て、双子は大爆笑だ。
してやったり! と満足気な顔をしている。
「こ、こら~! いい加減にしなさいっ」
それまで茫然と事の成り行きを見守っていたアニエスが、双子に雷を落とす。
「「ひゃっ」」
「……ルイス、ステラ。もう満足だろう?」
そして父のサフィールにも窘められ、双子はこれ以上の悪戯を諦めた。
本当は両親にも悪戯をしてやろうと思っていたのだが、双子の実力ではあの父を出し抜けないだろう。
「「……ごめんなさーい」」
二人は殊勝に謝って、自分達が掛けた魔法を解除した。
元の姿に戻った猫達は、やれやれと双子を見る。いきなり悪戯を掛けられてびっくりはしたものの、彼らの顔に怒りはなかった。
「「…………」」
双子は互いに目を合わせ、頷き合う。
そして魔法でバスケットを出現させると、その中に入っていた包みを一つずつ猫達に手渡し始めた。
「ごめんね、アクア。これ、ごめんなさいと、いつもありがとうのお菓子なの」
そう言ってステラがアクアに手渡したのは、クッキーが入った透明な袋。クッキーはかぼちゃが練り込まれた黄色い生地で、猫の形をしている。クッキーにはチョコレートで目と鼻、口が描かれていた。
「ステラ……」
「ごめん、キース。それからいつもありがとう」
そう言って、今度はルイスがキースにクッキーを手渡す。そうして、双子は使い魔猫達全員にクッキーをプレゼントした。
もちろん両親にも、ステラがサフィールに。ルイスがアニエスにクッキーをプレゼントする。こちらは猫の形ではなく、サフィールのクッキーは彼がいつも使っている調合用の釜を、アニエスのクッキーはクロワッサンを象ったものだった。
いったいいつの間にこれを作っていたのかわからないが、クッキーには家族に対する双子の愛情がいっぱい詰まっていた。
「「いつもありがとう!! 大好き!!」」
ルイスとステラはそう声を合わせる。
すると、二人が魔法で出したかぼちゃの飾りが綺麗に消え、代わりにたくさんの花が天井から降ってきた。
「わあ……」
「綺麗……」
「いつの間にこんな魔法を……」
「ううっ、ルイスとステラが俺達にこんなプレゼント……」
「いつもありがとうって、ううっ……」
双子からの思いがけないプレゼントに目を見開き、喜んだり感動したり、泣いたりする大人達に、ステラとルイスはにししっと笑う。
「「悪戯成功!!」」
成功を喜び合い、ステラとルイスはぱちんと手を合わせた。
彼らは決めていたのだ。ただ悪戯するだけでは怒られるから、最後に喜ばれる悪戯をして締め括ろうと。
「「それじゃあ、いってきまーす!!」」
二人は感動にむせび泣く黒猫カルの籠からちゃっかりチョコレートボンボンをいただくと、店の外に飛び出していった。
まだまだハロウィンは始まったばかり。これから島中を楽しい悪戯とお菓子で笑顔に変えていくのだ。
「「トリック・アンド・トリート! お菓子をくれても悪戯するよ!」」
それが今年の、双子のハロウィンである。
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