旦那様は魔法使い 短編集

なかゆんきなこ

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兄と妹 後編

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「あ~、疲れたぁ~」
 夕方の港街の空を、ステラは箒に乗ってふよふよと飛んでいた。
 そのスピードが遅いのは、夕方までみっちり師匠に扱かれて心身ともに疲れているからである。
「……でも、お師匠様機嫌直してくれてよかったにゃあ~」
「うん……」
(機嫌を直してくれてもとんでもない量の課題を出されたけどね!!)
 今朝、遅刻してきた弟子にセレーニアは烈火の如く怒り、「人に教えを乞う立場の者が~」「時間も守れないのは~」「魔力を律することは自分を律することから始まる~」などなどと長いお説教が始まった。それがようやくおさまったのは、ルイスが彼女達の元に桃のタルトを差し入れに来てくれたからである。(つまりそれまでずっとお説教が続いたのだ)
『まあ! 美味しそうなタルトね!!』
 それまで眉間に深い皺を寄せ、厳しい声音で弟子を叱っていたセレーニアは一転、淡いピンク色の果肉が美しく載せられたタルトに満面の笑みを浮かべた。
 確かに美味しそうなタルトだった。そして実際に美味しかった。
『先日、港で美味しそうな桃があったのでたくさん買ってしまったんです。お口に合えばいいのですが……』
 そう言って遠慮がちに言う兄に、師匠は嬉しそうに笑い声を上げた。
 何せ兄は師匠の大のお気に入りなのである。常々、「あなたが魔法使いになっていれば偉大な魔法使いになっていたでしょう。でもそうしたらあなたのお菓子が食べれなくなるから、たくさんの人が悲しむわね。もちろんワタクシも」と言っているくらいだ。
 実際、ルイスは自分よりも魔法を使う才があるとステラは思う。自分のように魔力を暴走させたことも無ければ、覚えも早い。
 だが彼が熱狂し生業にと選んだのは、菓子職人の道。幼い頃から菓子や料理の本を読むのが好きだった兄らしいといえばらしい。かつて王都の一流店で修業した店主の菓子店で腕を振るうルイスは、早くも店の者達、そして客達から認められている。容姿も整っているので、若い女性客には彼のファンも大勢いた。本人は気付いていないようだけれど、ステラは妹だからと彼女達にルイスのことを聞かれたりすることが多いのだ。兄との恋を成就させるまじないを掛けてくれと頼まれたこともある。それはセレーニアが断ってくれたけれど。
(ルイスはすごいなぁ……)
 故郷から遠く離れた地で、菓子職人として充分評価されている兄。だが彼が現状には満足せずに影で努力を続けている姿を知っている。
 だというのに、自分はまだまだ師匠に怒られることの方が多く、苦手な勉強に苦戦するばかり。この苦手な勉強こそが今の自分に足りないもの、必要な物だとわかっているし、師匠だって厳しいばかりではなく、根気強く教えてくれている。知識や理論がしっかりすれば、元々持っている才を活かして難解な魔法を操ることもできるだろうと、励ましてもくれている。
 けれど着実に前へと進んでいる兄を見ていると、自分の歩みの遅さに落ち込むことも多かった。
 それに、目下大量に出された課題を思うとため息しか出て来ない。
(世界一の魔女への道は、まだまだ遠いな~)
 だからといって、諦められるものではないけれど。

「ただいまぁ~」
 疲れた声を上げて玄関の扉を開けると、美味しそうな香りが鼻をかすめた。
 これは……
「……トマトとお魚のスープ、だぁ……」
 食欲をそそる、香辛料たっぷりのトマトスープの香り……!!
 嗅いだだけでわかる。これはステラの大好物、魚介をふんだんに使ったトマトスープだ。懐かしい故郷の……母の味でもある。
「遅かったな、ステラ。フィン」
「もうごはんできてるの~。早く食べようなの!」
 ダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいたルイスが立ち上がり、キッチンに戻って食事の用意を始める。コリンもテーブルにランチョンマットを敷き、食器を運び始めた。
「……ルイス……」
 いつも、こうだ。
 兄は自分が落ち込んでいるだろう夜は、ステラの大好物を食卓に並べる。
 嫌味は言うし意地悪を言う時もあるし母より細かくてうるさいし、自分より要領の良い彼を妬んでしまうこともあるけれど……
「ルイス~!! 大好きっ!!」
「わっ、気持ち悪いこと言うな! いいから大人しく席に着け!!」
 妹想いの、優しい兄だ。
 大好きな、自慢のお兄ちゃんだ。



『――というわけで、ステラはセレーニアさんに怒られながらも頑張って勉強しています。この間、セレーニアさんに言われたよ。ステラは要領は悪いけど、粘り強くて、諦めない。一度理解したことは忘れないし、時間はかかるだろうけどきっと立派な魔女になるだろうって。自分の手元を旅立つ日もそう遠くないだろうって。
そうしたら、今度はどこの街に行こうかなって考えています。でも、その前に一度クレス島に帰ろうと思っています。そうしたら―― 』

 そこまで書いて、ルイスはペンを止めた。
 ステラは自室に籠って師匠から出された課題に取り組んでいる。フィンはステラの部屋でもう寝ているだろう。コリンも、ルイスの部屋にある自分の寝床に潜っている。
 自分一人ダイニングに残ったルイスは、書きかけていた手紙の続きを書いていた。
 故郷を離れて、もう三年ほど経つだろうか。度々故郷には顔を出していたけれど、この街に移り住んでからはまだ帰っていない。
 父……はきっと相変わらずだろうな。あの人は母が傍にいればそれで幸せな人だ。母もきっと、パン屋の女主人として忙しく働いていることだろう。歳の離れたもう一人の妹、シェリルはもう学校に慣れただろうか。兄同然の使い魔猫達は、それぞれ元気でやっているだろうか……
「……ふう」
 家族の顔を思い浮かべて、コーヒーを一口飲む。
 するとタイミング良く、二階からステラが降りてきた。
「ルイス~、私もコーヒー……」
 どうやら、休憩しようと降りてきたらしい。
「そこにあるから、自分で注げ」
「ううう~」
 そうとう煮詰まってるな……とルイスは思った。
 素直に自分でコーヒーを注ぎ、兄の向かい側に腰掛ける妹に、彼は自分が食べていたクッキーを差し出してやった。
「ほら。頭を使った時には甘い物がいい」
「ありがとう~」
 ルイスが作ったドライフルーツと胡桃がたっぷり入ったクッキーはざくっと食べ応えがあり、噛むほどに広がる甘味がじんわり、疲れを癒してくれる。
「美味しい……」
「ん」
 そっけなく頷き、ルイスは書きかけの手紙の上に白紙を重ねる。なんとなく、妹の目に触れるのは気恥ずかしかった。
「ありがとうね~、ルイス……」
「は?」
 クッキーを咀嚼し終えたステラが、だらーっと力なくテーブルにうつ伏せ、小さな声で兄に礼を言った。
「私、ルイスがいてくれなかったらもっとだめになってたと思う……」
「…………」
「ルイスやフィン、コリンが一緒にいてくれるから……寂しくないし、頑張ろうって、思えるんだぁ~」
(……それは……)
 それは、ステラばかりではない。ルイスも同じだ。
 彼は妹に比べてなんでもそつなくこなすし、弱音も吐かない。だが故郷から離れて、家族と離れて寂しいと思ったり、心細く感じているのは彼も同じだ。
 ルイスはステラの面倒を見てやるためにしょうがなく一緒に暮らしてやっているのではない。彼もまた、ステラと一緒にいることで自分の夢に向かって進むことができているのだ。
 もっとも……
(そんなこと、口が裂けても言ってやらないけどな)
 ルイスはふっと口元を笑ませて、妹にもう一枚クッキーを勧めた。


 妹は世界一の魔女に。
 兄は世界一の菓子職人になるため。

 二人はこれからも、共に旅を続けるだろう。


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