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兄と妹 前編
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本編完結記念リクエスト企画ラスト!
「大人になったルイスとステラのお話」です。
リクエスト下さった方、ありがとうございました!!
※新キャラいます。
※双子19歳。双子の下に年の離れた妹(7歳)が生まれています。
********************************************
カルディア国西部に位置する港街・セレントの東。海を見下ろす丘の上に、昔の灯台を改築した家がぽつんと建っている。石造り円形の塔は三階建になっていて、とんがり屋根は赤く染められていた。
そこには現在、双子の兄妹が住んでいる。兄は街の菓子店で働いており、妹はこの街に古くから店を構えている魔女――銀灰の魔女セレーニアに師事していた。
双子の兄妹はクレス島の出身で、兄は菓子職人としての修行のため、そして妹は魔女として知識を学ぶために国中をめぐっているらしい。
そんな二人がこの街に住みついてから、はや一年が経とうとしていた。
『前略 お父さん、お母さん、お元気ですか? シェリルやカル、ジェダ、ライト、ネリー、キース、アクア、セラフィ。皆も変わりありませんか?
俺とステラは変わらず元気にやっています。
ステラは相変わらず――』
「きゃああああああああああああ!! もうこんな時間!? どうして起こしてくれなかったのよおおお!!」
二階からけたたましい絶叫が響いて、ルイスは羽ペンの動きをぴたりと止めた。
今日、ルイスが勤めている菓子店は定休日である。のんびりできる休日の朝、常の習慣通りに早く目を覚ましたルイスは軽い朝食をとった後、爽やかな朝の光を浴びながら故郷の家族に手紙をしたためているところだった。
この家は街から離れているせいで少々不便だが、近所の喧騒に悩まされないのは良い。微かな潮騒の音を聞きながら、コーヒーを飲みつつ離れて暮らす家族に想いを馳せる。そんな心落ち着く静寂が、妹によって引き裂かれる。
(あいつめ……)
整った顔に渋面を浮かべる兄がいるリビングへと、ドタバタと大きな音を立てて階段を下りてきたのは、長い黒髪を振り乱した妹――ステラ。
兄と同じく十九歳となったステラは、セレントでも評判の美しい魔女見習いだ。この街一番の美少女、ミス・セレント! 若い男達の間でそう評されている彼女は、寝ぐせでぐしゃぐしゃになった髪によれよれのシャツ姿である。確かに見目は整っているが、だらしない。彼女に想いを寄せる男達がこの姿を見たらどう思うか、いや、案外こんな所も好きだと思うのかもしれないが。
(『あんな可愛い妹と一緒に暮らせるなんて羨ましい!! 代われ!! 代わってくれ頼む!!』なんて言って来るような馬鹿ばっかりだからな)
自分にステラとの間をとりもってくれと詰めかけてくる男達の必死な様子を思い出し、ルイスはさらに機嫌を損ねる。
「ルイス! どうして起こしくれなかったの!?」
「どうしてって、いつもは昼前に家を出てるだろ。なんだ、今日は早いのか?」
現在の時刻は朝の八時。朝早くから仕事が始まるルイスとは違い、夜型のステラはいつもならこの時間寝台でぐっすり眠っている。
「今日は朝から来いって、師匠に言われてたのよ~!! 八時までに来なさいって!!」
それはそれは……
すでに遅刻決定じゃないか。
「……聞いてない。お前が悪い。以上」
「なっ!!」
ルイスの言うことはもっともである。ステラは今日朝早くに師匠のもとへ行かなければならないことも言っていないし、だから起こしてほしいと兄に頼んでもいない。それで「どうして起こしてくれないの!?」はないだろう。
「あああああ! もう!! どうしよう~!! 怒られる~!!」
そうしてガシガシと髪を掻き毟る暇があったらとっとと準備して師匠の所に行けばいいのに。ルイスはそう思いながら立ち上がり、キッチンに向かった。
「……いいから、その鳥の巣みたいな頭をどうにかして顔を洗って着替えて来い。サンドイッチ作ってやるから、行きの箒の上で食え」
母の厳格な教えで、ルイスは一食でも食事を抜くのを許さない。遅刻寸前……というか、すでに遅刻確定でも食事はちゃんととれと、片手でも食べられるサンドイッチを作ってやることにした。
「~っ! ありがとうルイス!!」
言うなり、ステラは電光石火の勢いで二階に駆け上がる。
やれやれと、ルイスはため息を吐いた。
「……お手数をおかけしますにゃ~、ルイス様ぁ~」
大きな黒パンを切り分けて、ステラ用に作っていた朝食のスクランブルエッグ、それからハムにレタス、トマトをスライスして挟んでサンドイッチを作ってやるルイスに、足元から声が掛る。
「……そう思うなら、お前がちゃんと主人の面倒をみろよ」
「てへ~。ついつい、ご主人様と一緒に寝過ごしちゃったのにゃ~」
ルイスの足元にいたのは一匹の白猫である。彼らの実家で父親に仕えている使い魔、白猫のジェダよりも短い毛足の小柄な猫だ。名をフィンという彼はステラの使い魔猫なのだが、のんびりした性格で……、主人に仕えているというよりは、主人の傍でごろにゃ~んと猫ライフを満喫したり、主人が失敗しているのを「大変だにゃ~」と横で見ているタイプである。
だからステラは最初から自分の使い魔猫ではなく、ルイスを当てにしている。フィンに目覚ましを頼んでも、高確率で一緒に寝過ごすからだ。
ならば何故そんな猫を使い魔にしたのかというと……
「というわけでルイス様ぁ~、僕にもゴハンくださいにゃ~」
それはまたの機会に語るとしよう。
「……はいはい」
ルイスはフィン用にもサンドイッチを作って皿に乗せてやった。そしてミルクもカップに注いでダイニングテーブルに置いてやると、ぼわんっと白煙が上がり、十二、三歳の少年姿になったフィンがいそいそと椅子に座る。
「美味しそうにゃ~」
主人達に倣い、食前の祈りを捧げたフィンがぱくっとサンドイッチにかじりつく。そして「おいふぃいふゃ~」と相好を崩した。
ルイスは「口に物を入れたまま喋るな」と彼の頭を軽くこつんっと小突く。彼にとっては妹の使い魔も自分の弟のようなものだった。
そして彼らの家族は、もうひとり……
「ああ~、フィンばっかりずるいの~!!」
二階から、フィンよりも幼い歳の頃八歳ほどの少年がぷっくりと不満げに頬を膨らませて下りてくる。
ふわふわとカールした髪に、アーモンドのようにつぶらな瞳の愛らしい少年だ。
「「おはよう、コリン」」
「おはよう~。ねえルイス~、ボクもごはん~」
とことことルイスの元に駈け寄って朝食をねだる少年のお尻には、大きくてふわっ、くりんっとしたリスの尻尾が生えていた。
「ああ、今用意してやるから座ってろ」
「わーいなの~」
コリンと呼ばれた少年は、ルイスが契約した使い魔のリスだ。
妹と同じく父譲りの魔力はあったものの、ルイスは菓子職人の道を選んで魔法使いにはならなかった。だがまったく魔法を使えないわけではなく、簡単な魔法なら使えるし、動物と使い魔契約をする方法も知っていたのだ。
コリンはまだ幼くてルイスが面倒を見てやることの方が多いが、美味しい木の実やベリーを見つけてくるのがものすごく上手い。コリンがとってきた木の実やベリーは、ルイスの手によって美味しいお菓子や料理に変わる。姿も愛らしく愛想もいいので、ルイスが勤めている菓子屋でも看板娘ならぬ看板息子として活躍していた。
そんな彼との出会いも、またいつかの機会に語るとしよう。
「あわわわわわわ!! ルイス!! ごはん!!」
フィンとコリンが仲良くサンドイッチを頬張っていると、二階からバタバタと慌ただしくステラが下りてきた。長い黒髪には一応ブラシを通したらしいが、所々跳ねている。だが髪を綺麗に纏める余裕はない。
黒いローブを纏い、大きな肩かけのバックを下げて、彼女は兄に手を差し出した。
その手にサンドイッチの包みを渡してやりながら、ルイスは妹に小言を言う。
「ほら。くれぐれも急ぎ過ぎて人様の家の洗濯物につっこんだり、屋根につっこんだり、木にぶつかったりしないように」
「そんなことしないわよっ!!」
「嘘つけ。全部お前の前科だぞ」
「~っ!! もうしないったら!! 行くわよフィン!!」
ステラは兄に向って「いーっ」と舌を出すと、玄関に立てかけていた箒を手にとり使い魔を呼んだ。
フィンは「美味しかったにゃ~、ありがとうにゃルイス様ぁ~」と頭を下げてから猫の姿に戻り、とんっと跳躍してステラの箒に乗る。
あっという間に空へ飛び立っていった妹を見送りながら、ルイスはやれやれと開けっぱなしの扉を閉めた。
妹は大人と呼べる歳になっても変わらず手が掛る。目先のことに没頭すると寝食を忘れるのは父親譲りだと、かつて母は苦笑して言った。
その通りに、妹は家事能力、そして自己管理能力が低い。
だから最初にステラが故郷を出て国中を……いや、世界中を回って修業したいと言い出した時、両親は大反対したのだ。
結果、妹と同じく修行のために各地を回りたいと思っていたルイスがステラと行動を共にすることを約束して両親を安心させた。ルイスの生活能力の高さは両親も認めていたし、何かと暴走しがちな妹の面倒を兄が見てくれるなら安心だ、と。
「……コリン、この間買った桃はまだ残ってたよな?」
「うん。えっとね~、五個くらい残ってるの~」
もぐもぐとサンドイッチをほおばっていたコリンが(ほっぺたがぷっくりふくらんでいる)そう答えると、ルイスは再びキッチンに戻った。
(タルトでも焼いて、セレーニアさんの所に持って行ってやろう。ステラ、かなり怒られるだろうからな)
ステラが師事している銀灰の魔女は、見た目は四十を過ぎた細身の婦人である。(実年齢はわからない)真っ白い髪をきっちりと結い上げた彼女は、魔女というよりは厳格な女学校の教師のような人だ。
魔法の基礎的な理論を研究している彼女は、感覚で魔法を使いがちでたびたび魔力を暴走させてしまうステラに今一番必要なことを教えてくれる魔女だと、王都にいる彼らの祖父・黒の魔法使いクラウドの紹介でステラの師匠になってくれた。
セレーニアは見た目の印象通り、とても厳しい性格をしている。細かくてきちっとしていて、だからこそ基礎理論の研究に向いているのだろうが、おおざっぱでおっちょこちょいな所のあるステラは度々セレーニアに雷を落されていた。
だがセレーニアには甘い物に目が無い……という弱点もあって、ルイスは妹が何かやらかすたびに手作りのお菓子を差し入れていた。(もちろんそうでない時に差し入れることもあるが)
ルイスにとっては店の常連であり妹がお世話になっている恩人だ。おまけに甘い物好きと言うだけあって、セレーニアの感想は的を射ていて後学のためにもなる。
「コリン、食事が終わったら手伝ってくれ。桃のタルトを作るぞ」
「はーいなの!」
家族への手紙はいったん置いて、ルイスは妹の尻拭いを兼ねたタルト作りにとりかかった。
「大人になったルイスとステラのお話」です。
リクエスト下さった方、ありがとうございました!!
※新キャラいます。
※双子19歳。双子の下に年の離れた妹(7歳)が生まれています。
********************************************
カルディア国西部に位置する港街・セレントの東。海を見下ろす丘の上に、昔の灯台を改築した家がぽつんと建っている。石造り円形の塔は三階建になっていて、とんがり屋根は赤く染められていた。
そこには現在、双子の兄妹が住んでいる。兄は街の菓子店で働いており、妹はこの街に古くから店を構えている魔女――銀灰の魔女セレーニアに師事していた。
双子の兄妹はクレス島の出身で、兄は菓子職人としての修行のため、そして妹は魔女として知識を学ぶために国中をめぐっているらしい。
そんな二人がこの街に住みついてから、はや一年が経とうとしていた。
『前略 お父さん、お母さん、お元気ですか? シェリルやカル、ジェダ、ライト、ネリー、キース、アクア、セラフィ。皆も変わりありませんか?
俺とステラは変わらず元気にやっています。
ステラは相変わらず――』
「きゃああああああああああああ!! もうこんな時間!? どうして起こしてくれなかったのよおおお!!」
二階からけたたましい絶叫が響いて、ルイスは羽ペンの動きをぴたりと止めた。
今日、ルイスが勤めている菓子店は定休日である。のんびりできる休日の朝、常の習慣通りに早く目を覚ましたルイスは軽い朝食をとった後、爽やかな朝の光を浴びながら故郷の家族に手紙をしたためているところだった。
この家は街から離れているせいで少々不便だが、近所の喧騒に悩まされないのは良い。微かな潮騒の音を聞きながら、コーヒーを飲みつつ離れて暮らす家族に想いを馳せる。そんな心落ち着く静寂が、妹によって引き裂かれる。
(あいつめ……)
整った顔に渋面を浮かべる兄がいるリビングへと、ドタバタと大きな音を立てて階段を下りてきたのは、長い黒髪を振り乱した妹――ステラ。
兄と同じく十九歳となったステラは、セレントでも評判の美しい魔女見習いだ。この街一番の美少女、ミス・セレント! 若い男達の間でそう評されている彼女は、寝ぐせでぐしゃぐしゃになった髪によれよれのシャツ姿である。確かに見目は整っているが、だらしない。彼女に想いを寄せる男達がこの姿を見たらどう思うか、いや、案外こんな所も好きだと思うのかもしれないが。
(『あんな可愛い妹と一緒に暮らせるなんて羨ましい!! 代われ!! 代わってくれ頼む!!』なんて言って来るような馬鹿ばっかりだからな)
自分にステラとの間をとりもってくれと詰めかけてくる男達の必死な様子を思い出し、ルイスはさらに機嫌を損ねる。
「ルイス! どうして起こしくれなかったの!?」
「どうしてって、いつもは昼前に家を出てるだろ。なんだ、今日は早いのか?」
現在の時刻は朝の八時。朝早くから仕事が始まるルイスとは違い、夜型のステラはいつもならこの時間寝台でぐっすり眠っている。
「今日は朝から来いって、師匠に言われてたのよ~!! 八時までに来なさいって!!」
それはそれは……
すでに遅刻決定じゃないか。
「……聞いてない。お前が悪い。以上」
「なっ!!」
ルイスの言うことはもっともである。ステラは今日朝早くに師匠のもとへ行かなければならないことも言っていないし、だから起こしてほしいと兄に頼んでもいない。それで「どうして起こしてくれないの!?」はないだろう。
「あああああ! もう!! どうしよう~!! 怒られる~!!」
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「……いいから、その鳥の巣みたいな頭をどうにかして顔を洗って着替えて来い。サンドイッチ作ってやるから、行きの箒の上で食え」
母の厳格な教えで、ルイスは一食でも食事を抜くのを許さない。遅刻寸前……というか、すでに遅刻確定でも食事はちゃんととれと、片手でも食べられるサンドイッチを作ってやることにした。
「~っ! ありがとうルイス!!」
言うなり、ステラは電光石火の勢いで二階に駆け上がる。
やれやれと、ルイスはため息を吐いた。
「……お手数をおかけしますにゃ~、ルイス様ぁ~」
大きな黒パンを切り分けて、ステラ用に作っていた朝食のスクランブルエッグ、それからハムにレタス、トマトをスライスして挟んでサンドイッチを作ってやるルイスに、足元から声が掛る。
「……そう思うなら、お前がちゃんと主人の面倒をみろよ」
「てへ~。ついつい、ご主人様と一緒に寝過ごしちゃったのにゃ~」
ルイスの足元にいたのは一匹の白猫である。彼らの実家で父親に仕えている使い魔、白猫のジェダよりも短い毛足の小柄な猫だ。名をフィンという彼はステラの使い魔猫なのだが、のんびりした性格で……、主人に仕えているというよりは、主人の傍でごろにゃ~んと猫ライフを満喫したり、主人が失敗しているのを「大変だにゃ~」と横で見ているタイプである。
だからステラは最初から自分の使い魔猫ではなく、ルイスを当てにしている。フィンに目覚ましを頼んでも、高確率で一緒に寝過ごすからだ。
ならば何故そんな猫を使い魔にしたのかというと……
「というわけでルイス様ぁ~、僕にもゴハンくださいにゃ~」
それはまたの機会に語るとしよう。
「……はいはい」
ルイスはフィン用にもサンドイッチを作って皿に乗せてやった。そしてミルクもカップに注いでダイニングテーブルに置いてやると、ぼわんっと白煙が上がり、十二、三歳の少年姿になったフィンがいそいそと椅子に座る。
「美味しそうにゃ~」
主人達に倣い、食前の祈りを捧げたフィンがぱくっとサンドイッチにかじりつく。そして「おいふぃいふゃ~」と相好を崩した。
ルイスは「口に物を入れたまま喋るな」と彼の頭を軽くこつんっと小突く。彼にとっては妹の使い魔も自分の弟のようなものだった。
そして彼らの家族は、もうひとり……
「ああ~、フィンばっかりずるいの~!!」
二階から、フィンよりも幼い歳の頃八歳ほどの少年がぷっくりと不満げに頬を膨らませて下りてくる。
ふわふわとカールした髪に、アーモンドのようにつぶらな瞳の愛らしい少年だ。
「「おはよう、コリン」」
「おはよう~。ねえルイス~、ボクもごはん~」
とことことルイスの元に駈け寄って朝食をねだる少年のお尻には、大きくてふわっ、くりんっとしたリスの尻尾が生えていた。
「ああ、今用意してやるから座ってろ」
「わーいなの~」
コリンと呼ばれた少年は、ルイスが契約した使い魔のリスだ。
妹と同じく父譲りの魔力はあったものの、ルイスは菓子職人の道を選んで魔法使いにはならなかった。だがまったく魔法を使えないわけではなく、簡単な魔法なら使えるし、動物と使い魔契約をする方法も知っていたのだ。
コリンはまだ幼くてルイスが面倒を見てやることの方が多いが、美味しい木の実やベリーを見つけてくるのがものすごく上手い。コリンがとってきた木の実やベリーは、ルイスの手によって美味しいお菓子や料理に変わる。姿も愛らしく愛想もいいので、ルイスが勤めている菓子屋でも看板娘ならぬ看板息子として活躍していた。
そんな彼との出会いも、またいつかの機会に語るとしよう。
「あわわわわわわ!! ルイス!! ごはん!!」
フィンとコリンが仲良くサンドイッチを頬張っていると、二階からバタバタと慌ただしくステラが下りてきた。長い黒髪には一応ブラシを通したらしいが、所々跳ねている。だが髪を綺麗に纏める余裕はない。
黒いローブを纏い、大きな肩かけのバックを下げて、彼女は兄に手を差し出した。
その手にサンドイッチの包みを渡してやりながら、ルイスは妹に小言を言う。
「ほら。くれぐれも急ぎ過ぎて人様の家の洗濯物につっこんだり、屋根につっこんだり、木にぶつかったりしないように」
「そんなことしないわよっ!!」
「嘘つけ。全部お前の前科だぞ」
「~っ!! もうしないったら!! 行くわよフィン!!」
ステラは兄に向って「いーっ」と舌を出すと、玄関に立てかけていた箒を手にとり使い魔を呼んだ。
フィンは「美味しかったにゃ~、ありがとうにゃルイス様ぁ~」と頭を下げてから猫の姿に戻り、とんっと跳躍してステラの箒に乗る。
あっという間に空へ飛び立っていった妹を見送りながら、ルイスはやれやれと開けっぱなしの扉を閉めた。
妹は大人と呼べる歳になっても変わらず手が掛る。目先のことに没頭すると寝食を忘れるのは父親譲りだと、かつて母は苦笑して言った。
その通りに、妹は家事能力、そして自己管理能力が低い。
だから最初にステラが故郷を出て国中を……いや、世界中を回って修業したいと言い出した時、両親は大反対したのだ。
結果、妹と同じく修行のために各地を回りたいと思っていたルイスがステラと行動を共にすることを約束して両親を安心させた。ルイスの生活能力の高さは両親も認めていたし、何かと暴走しがちな妹の面倒を兄が見てくれるなら安心だ、と。
「……コリン、この間買った桃はまだ残ってたよな?」
「うん。えっとね~、五個くらい残ってるの~」
もぐもぐとサンドイッチをほおばっていたコリンが(ほっぺたがぷっくりふくらんでいる)そう答えると、ルイスは再びキッチンに戻った。
(タルトでも焼いて、セレーニアさんの所に持って行ってやろう。ステラ、かなり怒られるだろうからな)
ステラが師事している銀灰の魔女は、見た目は四十を過ぎた細身の婦人である。(実年齢はわからない)真っ白い髪をきっちりと結い上げた彼女は、魔女というよりは厳格な女学校の教師のような人だ。
魔法の基礎的な理論を研究している彼女は、感覚で魔法を使いがちでたびたび魔力を暴走させてしまうステラに今一番必要なことを教えてくれる魔女だと、王都にいる彼らの祖父・黒の魔法使いクラウドの紹介でステラの師匠になってくれた。
セレーニアは見た目の印象通り、とても厳しい性格をしている。細かくてきちっとしていて、だからこそ基礎理論の研究に向いているのだろうが、おおざっぱでおっちょこちょいな所のあるステラは度々セレーニアに雷を落されていた。
だがセレーニアには甘い物に目が無い……という弱点もあって、ルイスは妹が何かやらかすたびに手作りのお菓子を差し入れていた。(もちろんそうでない時に差し入れることもあるが)
ルイスにとっては店の常連であり妹がお世話になっている恩人だ。おまけに甘い物好きと言うだけあって、セレーニアの感想は的を射ていて後学のためにもなる。
「コリン、食事が終わったら手伝ってくれ。桃のタルトを作るぞ」
「はーいなの!」
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