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婚約者の嫉妬心
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本編完結記念リクエスト企画第四弾!
「婚約中、アニエスと仲の良かった別の男の子と再会し、嫉妬するサフィール」のお話です。リクエスト下さった方、ありがとうございました!!
********************************************
「ねえ見て、サフィール。美味しそうな林檎があるわ」
アニエスは婚約者のサフィールと連れ立って、港の市場を歩いていた。
今日は魔法使いの店が休みで、アニエスもそれに合わせて宿屋の手伝いを一日休みにしてもらったのだ。街の店で現在改装中の新居に運ぶ家具や調度品を選び、今は夕飯の買い物をと市場を回っているところである。
「ん、そうだね」
「デザートに買っていこうかしら……。ねえサフィール、カル達は林檎を食べる? 好き?」
「好きかどうかはわからないけど、食べると思うよ。……それよりアニエス、俺には聞いてくれないの?」
「なにを?」
「俺が林檎を好きか、って」
子供じみたことを言う婚約者に、アニエスはふふっと笑みを深めた。
「だって、聞かなくっても知ってるもの」
あなたは林檎のジャムやコンポートより、剥いただけの林檎が好きなのよね?
そうアニエスが言うと、サフィールは満足気に頷いた。
「その通り。というわけで、買っていこうか。林檎」
「ええ」
くすくすと笑うアニエスが、林檎を売っている店の主に声を掛けようとした、その時。
「アニエス……? アニエスじゃないか!?」
若い男の声がして振り向くと、そこにはがっしりとした体格の男が驚いた顔をして立っていた。
「……まあ! もしかして、デューイ!? デューイなの?」
男の顔に懐かしい面影を見出して、アニエスもまた驚きの声を上げた。
「久しぶりだなあ! クレス島に帰っていたのか?」
「ええ。あなたは船乗りになったって聞いたけど……」
「ああ。世界中を回ってる。ちょうど今日、久しぶりにクレス島に寄港したんだ。……まさかそこで、アニエスに会えるなんて……」
再会を懐かしむ二人の横で、サフィールはむっと眉を顰める。
そんなサフィールの様子に、アニエスは慌てて彼にも話を振った。
「サフィール、ほら、覚えているでしょう? 学校で同じクラスだった、デューイよ」
「……そういえばそんなのもいたっけね」
「もう! サフィール」
「……誰かと思えば、根暗引き籠りのサフィールじゃないか。まだアニエスにひっついてるのか?」
「デューイ!」
サフィールの態度も大概だが、デューイの言葉はもっと酷い。
アニエスは諌めるように彼の名を呼んだ。
「ふん。……なあアニエス、せっかくこうして久しぶりに会えたんだ。一緒に飯でも食いに行かないか? ああ! 珍しい土産もあるんだ。アニエスにやるよ。なあ、いいだろう?」
「デューイ……。ごめんなさい、せっかくのお誘いだけど……」
「サフィールのことなら、放っておけばいいじゃないか。この歳になって、いつまでも幼馴染だからって一緒にいることはないだろ」
「あのね、デューイ……」
「幼馴染だから、じゃない」
どう断ったものかと逡巡するアニエスの肩をぐいと抱いて、サフィールは不機嫌を露わにした低い声で言った。
「恋人同士、いや、婚約者同士だから一緒に居るんだ。わかったらお前こそ引っ込んでろ」
「なんだと!?」
「行こう、アニエス」
「あっ……」
サフィールが半ば強引にアニエスを連れていく。
アニエスは少しだけ申し訳なさそうに、「ごめんね、デューイ!」と手を振った。
その後、サフィールはアニエスが手作りした夕飯を食べている最中もその後もずっとむっつり押し黙ったままだった。
原因は言わずもがな、デューイとの再会だろう。
(……子どもの頃も、仲が悪かったものね……)
サフィールは内向的で外で遊ぶことを好まず、人付き合いも悪かった。関わるのはアニエスくらいで、あとは一人で難しい本を読んでいるような子どもだった。
対するデューイは明るく社交的で、子ども達のリーダー格のような存在だった。だが少し乱暴なところがあり、サフィールのことは気に入らないのかよく絡んでいた。今日のように、「根暗」「引き籠り」と馬鹿にして。言われたサフィールはまったく相手にせず、それが余計に癇に障ったのかもしれない。
だがアニエスや女の子達に対しては優しい所もあり、ハンサムな外見から彼に恋心を抱く子達もいた。遠い昔の記憶が甦り、アニエスは懐かしく思う。
しかし、再会を懐かしく思うのは自分だけ……のようだ。
重い沈黙が降りる食卓に、使い魔猫達は何事かとサフィールやアニエスの様子を気にしている。いつもは「美味しいにゃ~」と嬉しそうに言ってくれるブチ猫のキースも、言葉を控えていた。
「……ねえサフィール、そのパイ、美味しい?」
そんな空気を和らげるように、アニエスは努めて明るい声で、デザートの感想を彼に尋ねた。
結局林檎は買わずじまいだったので、買い置きしていたオレンジを使ってパイを焼いたのだ。自分では上手にできたと思うのだが……
「……うん。美味しいよ……」
そう言ってくれるが、言葉にまったく気持ちが籠っていない。
アニエスは「はぁ……」とため息を吐いた。
「と、とっても美味しいですにゃ!」
気を遣ってそう言ってくれたのは、黒猫のカルだ。
他の猫達もうんうんと頷いてくれる。
「……ありがとう、みんな」
そんな気まずい食事の後、猫達は店の方に移動してしまい、(いつもなら気を利かせて二人っきりにしてくれるのだが、今日の場合は逃げるように去っていった)家に残されたアニエスとサフィールは会話も無くただ悪戯に時を過ごしている。
いつもだったら、短い逢瀬を惜しむように……、時には肌を合わせて……甘い時間を過ごすのに。
今は小さなテーブルに向かい合わせに座ったまま、手持無沙汰を誤魔化すように、温くなったお茶のカップを弄ぶだけ。そんなアニエスを放っておいて、サフィールは無言のままお茶を飲んでいる。
(…………せっかく……)
今日はゆっくりと二人で過ごせるはずだったのに、不機嫌なままのサフィールと気まずいまま。
「……ねえ、サフィール……。機嫌、直して?」
もうすぐ帰らなくちゃいけない時間なのに、このままじゃ嫌だわ、とアニエス。
「…………」
けれど、サフィールは何も言わない。さすがのアニエスも、表情を曇らせる。
「…………私と一緒にいるの、嫌……?」
「そんなことないっ」
サフィールは反射的に叫んでから、はっと気まずげに視線を反らした。
「……それならどうしてそんなに機嫌が悪いの? 私と話してくれないの?」
アニエスの瞳が、少しの非難の色を帯びて彼を見つめる。
「……アニエスが……アイツなんかに笑いかけるから……」
観念したのか、サフィールはぽつぽつと不満を漏らした。
「デューイのこと? だって、友達に久しぶりに会えたのよ? 挨拶くらい……」
「……アイツ、アニエスのことが好きだったんだ。今だって……。アイツがどんな目で君を見てたか、気付いてないの?」
「そんな……」
デューイが自分を好きだった? そんなことは初耳だし、思いもよらなかったとアニエスは言う。
「考え過ぎよ、サフィール」
いいや、違う。サフィールは同じくアニエスを想う男として、デューイの気持ちを敏感に察していた。
デューイは、久しぶりに寄港した故郷で偶然出会った初恋の女の子――それも美しく成長した――に運命を感じた! と言わんばかりの態度だった。あのまま一緒に食事でもしようものなら、警戒心の薄いアニエスはあっという間に食われていたかもしれない。彼女にその気が無くても、彼女の魅力は男をその気にさせてしまう。
サフィールはそれが嫌で、そして……怖かったのだ。
「……そうかな。でも……」
サフィールはアニエスの手を掴んだ。
「君があんまり魅力的だから、俺はいつだって、周りの男に嫉妬してしまうんだ」
「サフィール……」
「わかってる。俺の心が狭いんだって。嫌なことばっかり考えて、苦しい……のも、君は悪くない。俺が悪いんだ。頭ではわかってるのに……心が……」
ぎゅっと、アニエスの手を掴む手に力が籠る。
「君を独り占めしたいって、誰にも渡したくないって、叫ぶ……」
ごめんね、アニエス……と、サフィールは俯いたまま小声で謝った。
「嫌な思い、させた。ごめん……」
「……サフィール……」
ふうとため息を一つ吐いて、アニエスは囁くように言った。
「……たとえデューイが、あなたの言うようにその……私のことを好きでいてくれていても、私はあなた以外は考えられないわ」
「…………」
もう片方の手をサフィールの手に重ねて、アニエスはにっこりと微笑んだ。
「私はあなただけのものよ、サフィール。あなたが不安だっていうなら、何度だってそう、あなたに教えてあげるわ」
「アニエス……」
「だからあなたも私に教えてくれる? あなたが……私だけのものだって」
たくさんの言葉で。
互いの温もりで。
これからも確かめ合っていきたいと、そう……
アニエスは乞い願うように、サフィールに口付けた。
その日二人に残された時間は短くて、肌を合わせることはできなかったけれど……
二人はたくさんキスをして、互いの気持ちを確かめ合った。
サフィールはすっかり機嫌を直していたし、アニエスもそんな彼に安心して、宿までの夜道を一緒に帰った。
だがアニエスは知らなかった。その後……
クレス島に寄港しているデューイがいつまたアニエスにちょっかいを掛けるかもしれないと危惧したサフィールが使い魔猫をこっそり彼女の護衛に貼りつかせ、そして彼の予想通りにアニエスにちょっかいを出そうとしたデューイが彼女の知らないところで使い魔猫に撃退されていたことを……
「やれやれ、なのにゃ。ご主人様は嫉妬深いのにゃ~」
「言うな、ジェダ。俺達はただ、アニエス様をお守りするのにゃ!」
「カルは真面目だにゃ~」
これはその日『アニエスの護衛役』に任ぜられた白猫と黒猫の会話、である。
「婚約中、アニエスと仲の良かった別の男の子と再会し、嫉妬するサフィール」のお話です。リクエスト下さった方、ありがとうございました!!
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「ねえ見て、サフィール。美味しそうな林檎があるわ」
アニエスは婚約者のサフィールと連れ立って、港の市場を歩いていた。
今日は魔法使いの店が休みで、アニエスもそれに合わせて宿屋の手伝いを一日休みにしてもらったのだ。街の店で現在改装中の新居に運ぶ家具や調度品を選び、今は夕飯の買い物をと市場を回っているところである。
「ん、そうだね」
「デザートに買っていこうかしら……。ねえサフィール、カル達は林檎を食べる? 好き?」
「好きかどうかはわからないけど、食べると思うよ。……それよりアニエス、俺には聞いてくれないの?」
「なにを?」
「俺が林檎を好きか、って」
子供じみたことを言う婚約者に、アニエスはふふっと笑みを深めた。
「だって、聞かなくっても知ってるもの」
あなたは林檎のジャムやコンポートより、剥いただけの林檎が好きなのよね?
そうアニエスが言うと、サフィールは満足気に頷いた。
「その通り。というわけで、買っていこうか。林檎」
「ええ」
くすくすと笑うアニエスが、林檎を売っている店の主に声を掛けようとした、その時。
「アニエス……? アニエスじゃないか!?」
若い男の声がして振り向くと、そこにはがっしりとした体格の男が驚いた顔をして立っていた。
「……まあ! もしかして、デューイ!? デューイなの?」
男の顔に懐かしい面影を見出して、アニエスもまた驚きの声を上げた。
「久しぶりだなあ! クレス島に帰っていたのか?」
「ええ。あなたは船乗りになったって聞いたけど……」
「ああ。世界中を回ってる。ちょうど今日、久しぶりにクレス島に寄港したんだ。……まさかそこで、アニエスに会えるなんて……」
再会を懐かしむ二人の横で、サフィールはむっと眉を顰める。
そんなサフィールの様子に、アニエスは慌てて彼にも話を振った。
「サフィール、ほら、覚えているでしょう? 学校で同じクラスだった、デューイよ」
「……そういえばそんなのもいたっけね」
「もう! サフィール」
「……誰かと思えば、根暗引き籠りのサフィールじゃないか。まだアニエスにひっついてるのか?」
「デューイ!」
サフィールの態度も大概だが、デューイの言葉はもっと酷い。
アニエスは諌めるように彼の名を呼んだ。
「ふん。……なあアニエス、せっかくこうして久しぶりに会えたんだ。一緒に飯でも食いに行かないか? ああ! 珍しい土産もあるんだ。アニエスにやるよ。なあ、いいだろう?」
「デューイ……。ごめんなさい、せっかくのお誘いだけど……」
「サフィールのことなら、放っておけばいいじゃないか。この歳になって、いつまでも幼馴染だからって一緒にいることはないだろ」
「あのね、デューイ……」
「幼馴染だから、じゃない」
どう断ったものかと逡巡するアニエスの肩をぐいと抱いて、サフィールは不機嫌を露わにした低い声で言った。
「恋人同士、いや、婚約者同士だから一緒に居るんだ。わかったらお前こそ引っ込んでろ」
「なんだと!?」
「行こう、アニエス」
「あっ……」
サフィールが半ば強引にアニエスを連れていく。
アニエスは少しだけ申し訳なさそうに、「ごめんね、デューイ!」と手を振った。
その後、サフィールはアニエスが手作りした夕飯を食べている最中もその後もずっとむっつり押し黙ったままだった。
原因は言わずもがな、デューイとの再会だろう。
(……子どもの頃も、仲が悪かったものね……)
サフィールは内向的で外で遊ぶことを好まず、人付き合いも悪かった。関わるのはアニエスくらいで、あとは一人で難しい本を読んでいるような子どもだった。
対するデューイは明るく社交的で、子ども達のリーダー格のような存在だった。だが少し乱暴なところがあり、サフィールのことは気に入らないのかよく絡んでいた。今日のように、「根暗」「引き籠り」と馬鹿にして。言われたサフィールはまったく相手にせず、それが余計に癇に障ったのかもしれない。
だがアニエスや女の子達に対しては優しい所もあり、ハンサムな外見から彼に恋心を抱く子達もいた。遠い昔の記憶が甦り、アニエスは懐かしく思う。
しかし、再会を懐かしく思うのは自分だけ……のようだ。
重い沈黙が降りる食卓に、使い魔猫達は何事かとサフィールやアニエスの様子を気にしている。いつもは「美味しいにゃ~」と嬉しそうに言ってくれるブチ猫のキースも、言葉を控えていた。
「……ねえサフィール、そのパイ、美味しい?」
そんな空気を和らげるように、アニエスは努めて明るい声で、デザートの感想を彼に尋ねた。
結局林檎は買わずじまいだったので、買い置きしていたオレンジを使ってパイを焼いたのだ。自分では上手にできたと思うのだが……
「……うん。美味しいよ……」
そう言ってくれるが、言葉にまったく気持ちが籠っていない。
アニエスは「はぁ……」とため息を吐いた。
「と、とっても美味しいですにゃ!」
気を遣ってそう言ってくれたのは、黒猫のカルだ。
他の猫達もうんうんと頷いてくれる。
「……ありがとう、みんな」
そんな気まずい食事の後、猫達は店の方に移動してしまい、(いつもなら気を利かせて二人っきりにしてくれるのだが、今日の場合は逃げるように去っていった)家に残されたアニエスとサフィールは会話も無くただ悪戯に時を過ごしている。
いつもだったら、短い逢瀬を惜しむように……、時には肌を合わせて……甘い時間を過ごすのに。
今は小さなテーブルに向かい合わせに座ったまま、手持無沙汰を誤魔化すように、温くなったお茶のカップを弄ぶだけ。そんなアニエスを放っておいて、サフィールは無言のままお茶を飲んでいる。
(…………せっかく……)
今日はゆっくりと二人で過ごせるはずだったのに、不機嫌なままのサフィールと気まずいまま。
「……ねえ、サフィール……。機嫌、直して?」
もうすぐ帰らなくちゃいけない時間なのに、このままじゃ嫌だわ、とアニエス。
「…………」
けれど、サフィールは何も言わない。さすがのアニエスも、表情を曇らせる。
「…………私と一緒にいるの、嫌……?」
「そんなことないっ」
サフィールは反射的に叫んでから、はっと気まずげに視線を反らした。
「……それならどうしてそんなに機嫌が悪いの? 私と話してくれないの?」
アニエスの瞳が、少しの非難の色を帯びて彼を見つめる。
「……アニエスが……アイツなんかに笑いかけるから……」
観念したのか、サフィールはぽつぽつと不満を漏らした。
「デューイのこと? だって、友達に久しぶりに会えたのよ? 挨拶くらい……」
「……アイツ、アニエスのことが好きだったんだ。今だって……。アイツがどんな目で君を見てたか、気付いてないの?」
「そんな……」
デューイが自分を好きだった? そんなことは初耳だし、思いもよらなかったとアニエスは言う。
「考え過ぎよ、サフィール」
いいや、違う。サフィールは同じくアニエスを想う男として、デューイの気持ちを敏感に察していた。
デューイは、久しぶりに寄港した故郷で偶然出会った初恋の女の子――それも美しく成長した――に運命を感じた! と言わんばかりの態度だった。あのまま一緒に食事でもしようものなら、警戒心の薄いアニエスはあっという間に食われていたかもしれない。彼女にその気が無くても、彼女の魅力は男をその気にさせてしまう。
サフィールはそれが嫌で、そして……怖かったのだ。
「……そうかな。でも……」
サフィールはアニエスの手を掴んだ。
「君があんまり魅力的だから、俺はいつだって、周りの男に嫉妬してしまうんだ」
「サフィール……」
「わかってる。俺の心が狭いんだって。嫌なことばっかり考えて、苦しい……のも、君は悪くない。俺が悪いんだ。頭ではわかってるのに……心が……」
ぎゅっと、アニエスの手を掴む手に力が籠る。
「君を独り占めしたいって、誰にも渡したくないって、叫ぶ……」
ごめんね、アニエス……と、サフィールは俯いたまま小声で謝った。
「嫌な思い、させた。ごめん……」
「……サフィール……」
ふうとため息を一つ吐いて、アニエスは囁くように言った。
「……たとえデューイが、あなたの言うようにその……私のことを好きでいてくれていても、私はあなた以外は考えられないわ」
「…………」
もう片方の手をサフィールの手に重ねて、アニエスはにっこりと微笑んだ。
「私はあなただけのものよ、サフィール。あなたが不安だっていうなら、何度だってそう、あなたに教えてあげるわ」
「アニエス……」
「だからあなたも私に教えてくれる? あなたが……私だけのものだって」
たくさんの言葉で。
互いの温もりで。
これからも確かめ合っていきたいと、そう……
アニエスは乞い願うように、サフィールに口付けた。
その日二人に残された時間は短くて、肌を合わせることはできなかったけれど……
二人はたくさんキスをして、互いの気持ちを確かめ合った。
サフィールはすっかり機嫌を直していたし、アニエスもそんな彼に安心して、宿までの夜道を一緒に帰った。
だがアニエスは知らなかった。その後……
クレス島に寄港しているデューイがいつまたアニエスにちょっかいを掛けるかもしれないと危惧したサフィールが使い魔猫をこっそり彼女の護衛に貼りつかせ、そして彼の予想通りにアニエスにちょっかいを出そうとしたデューイが彼女の知らないところで使い魔猫に撃退されていたことを……
「やれやれ、なのにゃ。ご主人様は嫉妬深いのにゃ~」
「言うな、ジェダ。俺達はただ、アニエス様をお守りするのにゃ!」
「カルは真面目だにゃ~」
これはその日『アニエスの護衛役』に任ぜられた白猫と黒猫の会話、である。
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