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魔法使いとブチ猫
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サフィールと使い魔猫の出会い編、五匹目はブチ猫のキースです。
********************************************
大きな街と大きな街をつなぐおっきな道の途中にある、小さな宿場町。
そばには大きな森があって。湖があって。
いろんな人間が、やってくる町。
この町で、オレは生まれた。
オレの寝床は、この町にたくさんある宿屋の一つ。
年寄りのじっちゃんとばっちゃんが切り盛りしている宿屋の、他にただ一人だけいるじゅーぎょーいんの、「ミナライ」の部屋。
ミナライはじっちゃんの弟子、なんだって。
じっちゃんの料理に憧れて、この町に来て、おしかけ弟子ってやつになって。
宿屋の一室に寝泊まりしながら、働いている。
ミナライはオレのたったひとりの家族だ。
あんまり覚えてないけど、オレは雨の日に死にかけているところを、このミナライに拾われたんだって。以来オレは、ミナライと一緒に暮らしている。
朝はミナライと一緒に起きて、ミナライが皿についでくれた山羊の乳を飲んで、外へ飛び出す。
森でひとしきり遊んでから宿屋に戻れば、客に朝飯を作り終わったミナライが、俺にもゴハンをくれる。
それを食べて、また外に飛び出して、遊んで。
腹が減ったら、宿屋に戻って。ゴハンを食べて。
またくたくたになるまで、外で遊ぶんだ。
日が沈むころ、オレのお腹はぐうぐうと鳴る。
それで、オレはミナライの所へ帰る。
「おー、ブチ。今日もいっぱい遊んできたか」
ミナライは戻って来たおれの頭を撫でて、体についた森の落ち葉を払ってくれて、にっと笑う。
「今日も美味い飯、作ったぞ」
って。
オレはミナライの作るゴハンが大好きだ。
ちゃんと猫の体に合うように、薄味に作ってくれるゴハン。
待ちきれなくて、皿にゴハンをよそうミナライの足元をうろうろして。
「ほら」
って床に皿を置かれた途端、がっついてしまう。
はぐ、はぐ、はぐぐっ!
「美味しいか、ブチ」
「にゃー!!」
美味しいよ、ミナライ。
とっても、とっても、美味しいよ!!
オレの言葉はミナライには通じないけれど、オレは大きな声で、にゃー!! と鳴くんだ。
「……はは。そう……か」
ミナライは笑ってるのに泣きそうな顔で、ずるずると床に座り込む。
「オレ。今日も師匠に怒られちまったよ」
「にゃー」
「オレじゃあ、師匠のようにはなれねぇのかなぁ」
なんだいミナライ。今日も弱音を吐いているのか。
確かにじっちゃんは、怖い人だ。厳しい人だ。
客にだって容赦なく怒鳴るし、オレがちょっと厨房を覗いただけで、「テメエこのクソ猫が!! おい見習い!! 猫を厨房に近付けんじゃねえ!!」って、めっちゃくちゃ怒るもんな。
だけどさ、ミナライ。
じっちゃんは厳しいけど、その料理でたっくさんの人を笑顔にする。すごい人だ。
厨房に近付くと怒鳴るけど、たまにオレの頭を撫でてくれてさ。
「見習いには内緒だぞ」
って、美味い魚を食わせてくれるんだ。
それで言うんだ。俺にだけ。
「見習いなぁ、あいつ、頑張ってんだよなぁ」
って。嬉しそうに、言うんだ。
だから、大丈夫だよミナライ。
じっちゃんはミナライが頑張ってるってこと、ちゃんと、ちゃんとわかってるよ。
「……ブチ」
オレは励ますように、ミナライの手をぺろぺろと撫でる。
じっちゃんと同じ、ごつごつしたミナライの手。
じっちゃんと同じ、たっくさんの人を笑顔にする、手だ。
「……ありがとう、な」
どういたしまして、だぜミナライ。
俺達はたった一人と一匹の、家族じゃないか。
そして俺達は、狭いベッドに一緒に眠る。
一緒にいると、どんなに寒い夜だって、へいちゃらなんだ。
最近、ミナライの様子がおかしい。
ぼーっとする時間が増えて、たまに、オレのゴハンを作り忘れるようになった。
オレが腹減った!! ってにゃーにゃー泣きわめけば、「はっ! わ、悪ぃブチ!!」って。すまなそうに謝ってから、いそいでゴハンを作ってくれる。
……その原因は、すぐにわかった。
ミナライは、恋をしたんだ。
まだ仔猫のオレには、その感情はよくわからなかったけど。
最近引っ越してきた花屋の女の子に惚れてんだって、じっちゃんが呆れながら言っていた。「あの野郎、ぽーっとしやがって」って。
それでもじっちゃんは、どこか嬉しそうで。
ばっちゃんも、「あの子にもようやくねえ」って嬉しそうで。
何より、ミナライがとっても幸せそうだったから。
オレは、もうすぐ家族が増えるんだろうなって、思っていたよ。
ミナライが、花屋の女の子の話をよくするようになった。
笑顔が可愛いんだ、って。
とっても働き者なんだ、って。
今日はこんな話しをした、って。
「でな、でな、ブチ」
猫相手に惚気るなよ、って思ったけど、オレは花屋の女の子の話を聞くのが好きだった。
だってミナライが、とっても、幸せそうだったから。
花屋の女の子に恋をした、ミナライ。
「嫁にしたい女ができて、やっと身ィが入るようになったな」って、じっちゃんは笑う。
そう。ミナライはこのごろ、とってもとっても、頑張ってるんだ。
じっちゃんに、「よくやった」って褒められることも多くなって。
オレが慰めてやることは、少なくなった。
……少しだけ、寂しかったけど、オレも嬉しかったよ。
そんなある日のこと。
ミナライが、嬉しそうな顔でオレに言った。
「今日、あの子が遊びに来てくれるんだ」
って。
「お前を、オレのたったひとりの家族を! 彼女に紹介するぞ、ブチ!!」
って。
オレは今日も森に遊びに行きたかったけれど、新しい家族と会う日だからって我慢して、いつもより念入りに毛づくろいをして、部屋で大人しく待っていた。
ミナライはいつもより念入りに部屋を掃除をして、朝早くからご馳走を仕込んでた。
テーブルにはそのご馳走がいーっぱい、並んでる。(もちろんオレのゴハンもさ)
「……汚い部屋だけど、どうぞ」
夕方になって。
ミナライの声がしてドアが開いて、一人の人間の女の子が、入って来た。
その子はミナライと同じ、幸せそうな笑顔で「ありがとう」って部屋に入ってきて。
「…………」
オレを、見て。
「っ」
びくっと、体を震わせた。
その時にはオレは、どうして女の子が怯えたのかがわからなくて、とびっきり愛想よく「にゃあ~」と鳴いて、彼女の足元に擦り寄ったんだ。すりすり、って。
こうすれば、たいていの人間は「かわいい」って言ってくれるから。喜んでくれるから。
だけど……
「いやあっ!!」
女の子は大きな悲鳴を上げて、逃げてしまった。
ひょうし、女の子の足にすり寄っていたオレは軽く蹴飛ばされてしまう。
な、なんで……?
オレはただただびっくりして、床に転がったまま目を丸くする。
ミナライは女の子の名を呼んで、追いかけて、出て行っちゃった。
それからしばらくして、落ち込んだ様子のミナライが一人帰って来た。
「……あの子、猫が嫌いなんだってさ」
嫌いっていうか、怖いんだって。
子供の頃から、わけもなく。猫が怖くてしょうがないんだって、さ。
大好きな人が、「家族だ」って、とっても可愛がっている猫だから。
とっても、大切にしている猫だから。
我慢しようって。仲良くしようって、頑張って来てくれたけど。
やっぱり……駄目だったって。
だからオレと一緒に暮らしているミナライとは、一緒に暮らせない、って。
ミナライのことは大好きだけど、一緒には暮らせないって。
ごめんなさい。ごめんなさい。って。
そう言って泣くんだ、って。
ミナライも泣きそうな顔で、言う。
「……あの子とは、暮らせないなあ……」
「にゃあ(ばかだなあ)……」
優しい、ミナライ。
なあ、オレの家族。
オレを追いだせば済む話なのにさ。
優しいお前は、それをしようなんて考えもしないんだな。
オレは久しぶりに、ミナライの手を舐めた。
慰めるように、舐めた。
これが……最後だ、ミナライ。
「っ!! ブチ!?」
オレはだっと、住み慣れた宿屋の一室を飛び出した。
そして走る。走る。走る。
もう二度と、あの部屋へは戻らない。
ミナライの元へは、戻らない。
だって、さ。
オレはお前が、どれだけあの女の子を好きなのか、知ってる。
オレはさ、まだ恋がどんなものかは知らない仔猫だけど、さ。
お前のことが、いっとう大好きなんだよ。ミナライ。
お前がいつか、じっちゃんの後を継いで、あの女の子と家族ってやつになるのを、楽しみにしていたんだ。
それをこの目で見ることは、もう叶わないかもしれないけれど。
お前が、幸せになるんなら。
「……っ」
お前が、幸せ……に……っ
なるんなら……
「…………っにゃああああああああああああああ」
オレはお前の傍にいられなくなっても、いいんだ。
お前のゴハンがもう食べられなくったって、いいんだ。
走って、走って、走って。
走りつかれて。
立ち止まって。オレは鳴いた。
大きな、大きな声で。鳴いた。
「にゃあああああああああああああああああああおおおおおお」
あれ? おかしいな。
雨は降っていないのに、顔が濡れてる。
「にゃあああおおおおおおおおおおお」
おかしい、な。
今は叫びたくって、叫びたくってしょうがないんだ。
「にゃああおおおおおおおおおおお」
オレは、鳴いたよ。
初めての、夜の森で。
オレの顔にだけ降る雨に打たれて、鳴いたよ。
ひとしきり、鳴いて。
オレはフラフラと、木の洞に潜り込んだ。
ミナライのベッドとは違う、湿った落ち葉の寝床だ。
「……つめたい……」
そういえば、まだ、ゴハン食べてなかったなあ……
ミナライの作ったご馳走、美味そうだったなあ……
腹、減ったなあ……
これからはオレ、自分でとった鼠とか鳥を食べるのかな。
今までは遊びで捕まえて、食べたことなかったけど。(だってミナライのゴハンの方が美味しいんだもんな)
これからは……
「……ああ、こんなところにいた」
「っ」
洞の中で、うつらうつらと眠っていたら、かさっと、落ち葉を踏む音が聞こえて、覗きこんでくるのは、一人の人影。
ミナライ!? ……じゃ、ない。
「お前、ずっと泣いていたろう?」
「…………」
手にランプを持ってオレを見つめるのは、黒いローブに身を包んだ銀の髪の人間。
「……迷子になったのか?」
ちがう……。ちがうよ、人間。
「オレは家を出たんだ。ひとりで、生きて行くんだ」
「……ほう」
え……?
オレの言葉、通じるの!?
びっくりするオレに、その人間は言った。
「俺は魔法使いだから、お前達の言葉もわかる。迷子が泣いているのかと思ったが、そうじゃないなら……」
「待って!!」
「?」
あ……
なんでオレ、呼び止めちゃったんだろう……
ひとりで生きて行くって、決めたばっかりなのにな。
でも……もしかしたら。
ミナライや、あの花屋の女の子も。じっちゃんも、ばっちゃんも。
この魔法使いみたいに、オレのこと、探してくれてるかもしれない。
見つかるまで、探してしまうかもしれない。
「……アンタに、頼みがあるんだ」
そしてオレは、願った。
オレの言葉がわかる、人間の魔法使いに。
そしてオレは、魔法使いに抱かれて町に戻った。
町では、じっちゃんと、ばっちゃんと、ミナライと、そして花屋の女の子が……
「ブチー! どこにいるのー! ブチー!!」
「出てきてくれ、ブチ!! ブチー!!」
オレのことを、探してくれていた。
……変だな。また、じわりって雨が降りそうだ。
でも、オレは心を決めたよ。
「……オレ、ずっと前から使い魔に憧れてたんだ。だからこの人についていく。今まで、いっぱい、いっぱい、ありがとう!! 花屋の女の子と、幸せになって。世界一の、料理人になって。お前ならなれるよ、ミナライ!!」
それが、魔法使いを通してオレがミナライに伝えた言葉。
ミナライ達は、魔法使いに抱かれて戻ったオレに、泣きながら「よかった。本当に良かった」「ごめんね、ごめんね」って言ってくれて。
また前みたいに一緒に暮らそうって、言ってくれたけど。
俺はやっぱり、ミナライには幸せになってほしいから。
女の子と二人で、幸せになってほしいから。
生まれて初めて、嘘をついたよ。
「この魔法使い様の使い魔猫になる」って。
そして、オレの嘘に付き合ってくれた魔法使いと一緒に、町を出た。
魔法使いは、隣の大きな街へ向かう途中、だったんだって。
森を通っている時に、オレの鳴き声を聞いて、探してくれたんだって。
「……で? お前はこれからどうするんだ? ブチ猫」
「……さぁね。気ままにあちこち回ってみるよ」
「……そうか。なら」
「本当に俺の使い魔になるか? ブチ猫」
「え……?」
「どうせあちこち回る気なら、俺達と一緒に、来るか?」
そう言って、魔法使いは地面を歩く俺を見つめた。
あ、この人。
目の色が、みぎとひだりで違うんだ。
いつか見た、ビー玉見たいな赤と青の目。
……綺麗、だなあ。
「……食いっぱぐれない?」
「ああ。三食昼寝付きだ」
「……寂しく、ない?」
「……他に使い魔猫の仲間が四匹いる。皆、良い奴らだ」
「……オレ、一緒に居ても、いいの……?」
「ああ」
「……じゃあ、なる」
そして俺は、魔法使いサフィール・アウトーリ様の五匹目の使い魔猫になった。
使い魔になると、人の言葉が喋れるようになるし、人の姿にもなれるんだって。
人の姿になったなら、花屋の女の子を怖がらせることもないかなあ。
その話を聞いた時、思った。
人の姿になって、いつか。
いつか、会いに行ってみようかな、って。
あの町の、宿屋に。ミナライの、ところに。
今すぐに、じゃないよ。
これでも一大決心して出てきたんだ。すぐには帰れない。
オレが、ご主人様の使い魔として立派になったころ、に。
また、ミナライのゴハンを食べに行きたいな。
新しい仲間と、新しいご主人様と、一緒に。
きっとそのころにはミナライも、もう「見習い」じゃ、なくなってるよね。
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大きな街と大きな街をつなぐおっきな道の途中にある、小さな宿場町。
そばには大きな森があって。湖があって。
いろんな人間が、やってくる町。
この町で、オレは生まれた。
オレの寝床は、この町にたくさんある宿屋の一つ。
年寄りのじっちゃんとばっちゃんが切り盛りしている宿屋の、他にただ一人だけいるじゅーぎょーいんの、「ミナライ」の部屋。
ミナライはじっちゃんの弟子、なんだって。
じっちゃんの料理に憧れて、この町に来て、おしかけ弟子ってやつになって。
宿屋の一室に寝泊まりしながら、働いている。
ミナライはオレのたったひとりの家族だ。
あんまり覚えてないけど、オレは雨の日に死にかけているところを、このミナライに拾われたんだって。以来オレは、ミナライと一緒に暮らしている。
朝はミナライと一緒に起きて、ミナライが皿についでくれた山羊の乳を飲んで、外へ飛び出す。
森でひとしきり遊んでから宿屋に戻れば、客に朝飯を作り終わったミナライが、俺にもゴハンをくれる。
それを食べて、また外に飛び出して、遊んで。
腹が減ったら、宿屋に戻って。ゴハンを食べて。
またくたくたになるまで、外で遊ぶんだ。
日が沈むころ、オレのお腹はぐうぐうと鳴る。
それで、オレはミナライの所へ帰る。
「おー、ブチ。今日もいっぱい遊んできたか」
ミナライは戻って来たおれの頭を撫でて、体についた森の落ち葉を払ってくれて、にっと笑う。
「今日も美味い飯、作ったぞ」
って。
オレはミナライの作るゴハンが大好きだ。
ちゃんと猫の体に合うように、薄味に作ってくれるゴハン。
待ちきれなくて、皿にゴハンをよそうミナライの足元をうろうろして。
「ほら」
って床に皿を置かれた途端、がっついてしまう。
はぐ、はぐ、はぐぐっ!
「美味しいか、ブチ」
「にゃー!!」
美味しいよ、ミナライ。
とっても、とっても、美味しいよ!!
オレの言葉はミナライには通じないけれど、オレは大きな声で、にゃー!! と鳴くんだ。
「……はは。そう……か」
ミナライは笑ってるのに泣きそうな顔で、ずるずると床に座り込む。
「オレ。今日も師匠に怒られちまったよ」
「にゃー」
「オレじゃあ、師匠のようにはなれねぇのかなぁ」
なんだいミナライ。今日も弱音を吐いているのか。
確かにじっちゃんは、怖い人だ。厳しい人だ。
客にだって容赦なく怒鳴るし、オレがちょっと厨房を覗いただけで、「テメエこのクソ猫が!! おい見習い!! 猫を厨房に近付けんじゃねえ!!」って、めっちゃくちゃ怒るもんな。
だけどさ、ミナライ。
じっちゃんは厳しいけど、その料理でたっくさんの人を笑顔にする。すごい人だ。
厨房に近付くと怒鳴るけど、たまにオレの頭を撫でてくれてさ。
「見習いには内緒だぞ」
って、美味い魚を食わせてくれるんだ。
それで言うんだ。俺にだけ。
「見習いなぁ、あいつ、頑張ってんだよなぁ」
って。嬉しそうに、言うんだ。
だから、大丈夫だよミナライ。
じっちゃんはミナライが頑張ってるってこと、ちゃんと、ちゃんとわかってるよ。
「……ブチ」
オレは励ますように、ミナライの手をぺろぺろと撫でる。
じっちゃんと同じ、ごつごつしたミナライの手。
じっちゃんと同じ、たっくさんの人を笑顔にする、手だ。
「……ありがとう、な」
どういたしまして、だぜミナライ。
俺達はたった一人と一匹の、家族じゃないか。
そして俺達は、狭いベッドに一緒に眠る。
一緒にいると、どんなに寒い夜だって、へいちゃらなんだ。
最近、ミナライの様子がおかしい。
ぼーっとする時間が増えて、たまに、オレのゴハンを作り忘れるようになった。
オレが腹減った!! ってにゃーにゃー泣きわめけば、「はっ! わ、悪ぃブチ!!」って。すまなそうに謝ってから、いそいでゴハンを作ってくれる。
……その原因は、すぐにわかった。
ミナライは、恋をしたんだ。
まだ仔猫のオレには、その感情はよくわからなかったけど。
最近引っ越してきた花屋の女の子に惚れてんだって、じっちゃんが呆れながら言っていた。「あの野郎、ぽーっとしやがって」って。
それでもじっちゃんは、どこか嬉しそうで。
ばっちゃんも、「あの子にもようやくねえ」って嬉しそうで。
何より、ミナライがとっても幸せそうだったから。
オレは、もうすぐ家族が増えるんだろうなって、思っていたよ。
ミナライが、花屋の女の子の話をよくするようになった。
笑顔が可愛いんだ、って。
とっても働き者なんだ、って。
今日はこんな話しをした、って。
「でな、でな、ブチ」
猫相手に惚気るなよ、って思ったけど、オレは花屋の女の子の話を聞くのが好きだった。
だってミナライが、とっても、幸せそうだったから。
花屋の女の子に恋をした、ミナライ。
「嫁にしたい女ができて、やっと身ィが入るようになったな」って、じっちゃんは笑う。
そう。ミナライはこのごろ、とってもとっても、頑張ってるんだ。
じっちゃんに、「よくやった」って褒められることも多くなって。
オレが慰めてやることは、少なくなった。
……少しだけ、寂しかったけど、オレも嬉しかったよ。
そんなある日のこと。
ミナライが、嬉しそうな顔でオレに言った。
「今日、あの子が遊びに来てくれるんだ」
って。
「お前を、オレのたったひとりの家族を! 彼女に紹介するぞ、ブチ!!」
って。
オレは今日も森に遊びに行きたかったけれど、新しい家族と会う日だからって我慢して、いつもより念入りに毛づくろいをして、部屋で大人しく待っていた。
ミナライはいつもより念入りに部屋を掃除をして、朝早くからご馳走を仕込んでた。
テーブルにはそのご馳走がいーっぱい、並んでる。(もちろんオレのゴハンもさ)
「……汚い部屋だけど、どうぞ」
夕方になって。
ミナライの声がしてドアが開いて、一人の人間の女の子が、入って来た。
その子はミナライと同じ、幸せそうな笑顔で「ありがとう」って部屋に入ってきて。
「…………」
オレを、見て。
「っ」
びくっと、体を震わせた。
その時にはオレは、どうして女の子が怯えたのかがわからなくて、とびっきり愛想よく「にゃあ~」と鳴いて、彼女の足元に擦り寄ったんだ。すりすり、って。
こうすれば、たいていの人間は「かわいい」って言ってくれるから。喜んでくれるから。
だけど……
「いやあっ!!」
女の子は大きな悲鳴を上げて、逃げてしまった。
ひょうし、女の子の足にすり寄っていたオレは軽く蹴飛ばされてしまう。
な、なんで……?
オレはただただびっくりして、床に転がったまま目を丸くする。
ミナライは女の子の名を呼んで、追いかけて、出て行っちゃった。
それからしばらくして、落ち込んだ様子のミナライが一人帰って来た。
「……あの子、猫が嫌いなんだってさ」
嫌いっていうか、怖いんだって。
子供の頃から、わけもなく。猫が怖くてしょうがないんだって、さ。
大好きな人が、「家族だ」って、とっても可愛がっている猫だから。
とっても、大切にしている猫だから。
我慢しようって。仲良くしようって、頑張って来てくれたけど。
やっぱり……駄目だったって。
だからオレと一緒に暮らしているミナライとは、一緒に暮らせない、って。
ミナライのことは大好きだけど、一緒には暮らせないって。
ごめんなさい。ごめんなさい。って。
そう言って泣くんだ、って。
ミナライも泣きそうな顔で、言う。
「……あの子とは、暮らせないなあ……」
「にゃあ(ばかだなあ)……」
優しい、ミナライ。
なあ、オレの家族。
オレを追いだせば済む話なのにさ。
優しいお前は、それをしようなんて考えもしないんだな。
オレは久しぶりに、ミナライの手を舐めた。
慰めるように、舐めた。
これが……最後だ、ミナライ。
「っ!! ブチ!?」
オレはだっと、住み慣れた宿屋の一室を飛び出した。
そして走る。走る。走る。
もう二度と、あの部屋へは戻らない。
ミナライの元へは、戻らない。
だって、さ。
オレはお前が、どれだけあの女の子を好きなのか、知ってる。
オレはさ、まだ恋がどんなものかは知らない仔猫だけど、さ。
お前のことが、いっとう大好きなんだよ。ミナライ。
お前がいつか、じっちゃんの後を継いで、あの女の子と家族ってやつになるのを、楽しみにしていたんだ。
それをこの目で見ることは、もう叶わないかもしれないけれど。
お前が、幸せになるんなら。
「……っ」
お前が、幸せ……に……っ
なるんなら……
「…………っにゃああああああああああああああ」
オレはお前の傍にいられなくなっても、いいんだ。
お前のゴハンがもう食べられなくったって、いいんだ。
走って、走って、走って。
走りつかれて。
立ち止まって。オレは鳴いた。
大きな、大きな声で。鳴いた。
「にゃあああああああああああああああああああおおおおおお」
あれ? おかしいな。
雨は降っていないのに、顔が濡れてる。
「にゃあああおおおおおおおおおおお」
おかしい、な。
今は叫びたくって、叫びたくってしょうがないんだ。
「にゃああおおおおおおおおおおお」
オレは、鳴いたよ。
初めての、夜の森で。
オレの顔にだけ降る雨に打たれて、鳴いたよ。
ひとしきり、鳴いて。
オレはフラフラと、木の洞に潜り込んだ。
ミナライのベッドとは違う、湿った落ち葉の寝床だ。
「……つめたい……」
そういえば、まだ、ゴハン食べてなかったなあ……
ミナライの作ったご馳走、美味そうだったなあ……
腹、減ったなあ……
これからはオレ、自分でとった鼠とか鳥を食べるのかな。
今までは遊びで捕まえて、食べたことなかったけど。(だってミナライのゴハンの方が美味しいんだもんな)
これからは……
「……ああ、こんなところにいた」
「っ」
洞の中で、うつらうつらと眠っていたら、かさっと、落ち葉を踏む音が聞こえて、覗きこんでくるのは、一人の人影。
ミナライ!? ……じゃ、ない。
「お前、ずっと泣いていたろう?」
「…………」
手にランプを持ってオレを見つめるのは、黒いローブに身を包んだ銀の髪の人間。
「……迷子になったのか?」
ちがう……。ちがうよ、人間。
「オレは家を出たんだ。ひとりで、生きて行くんだ」
「……ほう」
え……?
オレの言葉、通じるの!?
びっくりするオレに、その人間は言った。
「俺は魔法使いだから、お前達の言葉もわかる。迷子が泣いているのかと思ったが、そうじゃないなら……」
「待って!!」
「?」
あ……
なんでオレ、呼び止めちゃったんだろう……
ひとりで生きて行くって、決めたばっかりなのにな。
でも……もしかしたら。
ミナライや、あの花屋の女の子も。じっちゃんも、ばっちゃんも。
この魔法使いみたいに、オレのこと、探してくれてるかもしれない。
見つかるまで、探してしまうかもしれない。
「……アンタに、頼みがあるんだ」
そしてオレは、願った。
オレの言葉がわかる、人間の魔法使いに。
そしてオレは、魔法使いに抱かれて町に戻った。
町では、じっちゃんと、ばっちゃんと、ミナライと、そして花屋の女の子が……
「ブチー! どこにいるのー! ブチー!!」
「出てきてくれ、ブチ!! ブチー!!」
オレのことを、探してくれていた。
……変だな。また、じわりって雨が降りそうだ。
でも、オレは心を決めたよ。
「……オレ、ずっと前から使い魔に憧れてたんだ。だからこの人についていく。今まで、いっぱい、いっぱい、ありがとう!! 花屋の女の子と、幸せになって。世界一の、料理人になって。お前ならなれるよ、ミナライ!!」
それが、魔法使いを通してオレがミナライに伝えた言葉。
ミナライ達は、魔法使いに抱かれて戻ったオレに、泣きながら「よかった。本当に良かった」「ごめんね、ごめんね」って言ってくれて。
また前みたいに一緒に暮らそうって、言ってくれたけど。
俺はやっぱり、ミナライには幸せになってほしいから。
女の子と二人で、幸せになってほしいから。
生まれて初めて、嘘をついたよ。
「この魔法使い様の使い魔猫になる」って。
そして、オレの嘘に付き合ってくれた魔法使いと一緒に、町を出た。
魔法使いは、隣の大きな街へ向かう途中、だったんだって。
森を通っている時に、オレの鳴き声を聞いて、探してくれたんだって。
「……で? お前はこれからどうするんだ? ブチ猫」
「……さぁね。気ままにあちこち回ってみるよ」
「……そうか。なら」
「本当に俺の使い魔になるか? ブチ猫」
「え……?」
「どうせあちこち回る気なら、俺達と一緒に、来るか?」
そう言って、魔法使いは地面を歩く俺を見つめた。
あ、この人。
目の色が、みぎとひだりで違うんだ。
いつか見た、ビー玉見たいな赤と青の目。
……綺麗、だなあ。
「……食いっぱぐれない?」
「ああ。三食昼寝付きだ」
「……寂しく、ない?」
「……他に使い魔猫の仲間が四匹いる。皆、良い奴らだ」
「……オレ、一緒に居ても、いいの……?」
「ああ」
「……じゃあ、なる」
そして俺は、魔法使いサフィール・アウトーリ様の五匹目の使い魔猫になった。
使い魔になると、人の言葉が喋れるようになるし、人の姿にもなれるんだって。
人の姿になったなら、花屋の女の子を怖がらせることもないかなあ。
その話を聞いた時、思った。
人の姿になって、いつか。
いつか、会いに行ってみようかな、って。
あの町の、宿屋に。ミナライの、ところに。
今すぐに、じゃないよ。
これでも一大決心して出てきたんだ。すぐには帰れない。
オレが、ご主人様の使い魔として立派になったころ、に。
また、ミナライのゴハンを食べに行きたいな。
新しい仲間と、新しいご主人様と、一緒に。
きっとそのころにはミナライも、もう「見習い」じゃ、なくなってるよね。
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「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
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2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
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