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白猫のデレ期……?
しおりを挟むその日、クレス島に来ていた領主・クレス伯爵エドワードは、領主館の執務室で「はあ…」と重いため息を吐いた。
執務机の上に置かれているのは、両親から山のように届く縁談の手紙。
中には、どこそこの令嬢と見合いをセッティングした、という先走った物まである。
そういった話は、エドワード自身が相手方に断ってはいるが、こうも続くとさすがに気が滅入る。
(…くそ…。伯爵家の後継ぎはウィルに作らせると言っているのに…)
使い魔猫の少年に心を奪われて以来、エドワードは人間の女と結婚する気になれなかった。
よしんば、これも家のためと愛の無い結婚したとしても、子供を作る気になれないので意味はない。
だがエドワードには、王都で王太子殿下の近衛騎士をやっている弟がいる。
自分の代わりに弟を結婚させ、後継ぎを作らせる。
(本人の了承は得ていないが)だから大丈夫だと両親に言っているのだが、彼らは「なにを馬鹿な事を…」と、結婚の催促を増やすばかりだ。
「…元気ない…にゃ」
突然、透き通るような少年の声が、エドワードの耳朶をうつ。
はっと、顔を上げて扉の方を見てみると、そこには美しい毛並みの白い猫が一匹。
「ジェダ君…」
エドワードは恋に浮かされた乙女のように、彼の名を呼ぶ。
猫は応えるように「にゃー」と鳴いて、とてとてと伯爵の足元に歩み寄った。
そして…
「!!」
すり…。すり…と。
甘えるように、エドワードの足に体を摺り寄せる。
そして驚きに固まるエドワードを、名前の由来になった美しい翡翠の瞳で見上げ、
「にゃお~ん」
と、鳴いた。甘えたような声で。
「じぇっ、じぇじぇyじぇああkだじぇだくんんんん!?」
これは夢か!! とエドワードは驚愕する。
未だかつて、あの気位の高いツンと澄ました白猫が、こんなにも……
こんなにも愛らしく、甘えてきたことがあったろうか!!
「にゃーお」
ジェダはすりすりと、なおも甘えるように身を寄せてくる。
(こっ、これは…!!)
これは彼が、とうとうエドワードの求愛を受け入れてくれたのだと。
(そう解釈しても良いのかい!! ジェダ君!!)
エドワードは興奮を押さえきれず、がばっとその白い体を抱き上げる。
そして……
「嬉しいよッ!! ジェダ君!!」
んちゅーっと、唇を寄せ……
「にゃっ」
ようと、したのだが…。
「えっ?」
白猫はするっと、エドワードの腕から逃れて。
「ばいばいにゃ~」
素っ気なく言い捨てると、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
残されたエドワードはしばし、茫然としていたが…。
(ジェ、ジェダ君の貴重なデレっ…!!)
白猫の素っ気なさを嘆くより(むしろそのつれなさがエドワードの心を揺さぶる)、彼は降って沸いた短い幸運を素直に喜んだ。
そして、心潤ったエドワードは……
「ふふふ…!! 君の愛にいつでも応えられるよう、私は独身を貫くよジェダ君!!」
滅入っていた気力を回復させ、以降も山のように寄せられる縁談を切っては捨て切っては捨て、断り続けたという。
「ありがとうございます、ジェダ様」
エドワードに仕える若き執事、セバスチャンは自分の所に戻ってきた白猫にそう礼を言って、頭を下げる。
「ん~。別にいいのにゃ~」
いつものようにパンを配達に来たジェダはこの執事から、「エドワードが山のような縁談を寄せられて、気が滅入っているようだ。できれば慰めてやってほしい」と頼まれたのである。
それが先ほどの、ジェダの甘えたような行動の理由。
結果として、エドワードは元気になった。
よかったよかった、と喜ぶセバスチャン。
大好きなセバスチャンのお願いだから、ジェダはエドワードの所に行った。
だが、それだけではない。
(……フン。僕が好きなら、僕以外を見ちゃ駄目なのにゃー)
ジェダは心の中で呟いて、領主館を去る。
エドワードの机の上に、たくさん載っていた縁談の手紙。
あんなもの、早く処分してよね、と。
そう、思いながら。
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