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もしもクレス島に父の日があったら

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子ども時代のアニエスのお話です。
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 今日は父の日だ。
 アニエスは前々から母に協力を仰いで、前日の夜、父に内緒でこっそりとプレゼントを作り上げた。
 翌朝、それをプレゼントされた父はとても喜んで、涙まで浮かべでアニエスの頭を撫でてくれた。
 アニエスはにっこりとほほ笑み、もう一つ作り上げたプレゼントを持って、森へ向かう。

 魔法使いの森の奥。
 アニエスは魔法使いクラウドと、その弟子サフィールの住む家を訪ねた。
 いつものように、クラウドは薄暗い室内で本を読み、サフィールは奥の暖炉で鍋を掻き混ぜていた。
 何か薬を調合しているのだろうか。
 家の中には、薬草の匂いが強く充満していた。
「おはようございます! 魔法使い様、サフィール」
「おはよう、アニエス。今日は早いね。ちゃんと朝食は食べてきたかい?」
 読んでいた本を閉じて、アニエスを迎え入れるクラウド。
 暖炉の側ではサフィールも、動かないながらもアニエスに視線を向けて「おはよう」と言う。
「ちゃんと食べてきたわ! 魔法使い様とサフィールは、ちゃんと食べたの?」
「ああ、食べたとも」
「…昨日の夜にね」
 ぽつりと言うのは、サフィール。
 その言葉を聞いて、アニエスは目をきっと吊り上げる。
「それは夕食じゃない!! 朝ごはんは? まだ食べてないの?」
「…いや、実は食材を切らしていてね…」
 幼い少女に怒られてたじたじのクラウド。
 昨夜、彼は珍しく張り切って夕飯を作ったのだが、その際にたくさんの食材を(無駄に)使いきってしまい、すっからかんに。この家にはもう薬草の類しか残っていなかった。
 街に買いに出ようとは思ったのだが、読んでいた本が佳境で、かつ弟子も調合中の薬から手が離せない。
 まあ…、読み終わってから行こうか、と。
 昨夜(あまり美味しいとは言えない)食事をたらふく食べたのだから、まあ大丈夫だろう…とのんびり構えていたのだった。
「もう…。いっつもそうなんだから」
 そう。こんな風にこの師弟が食事を抜くのは日常茶飯事であった。
 呆れつつ、アニエスは後で自分の家から何か食材を運んでこよう…と思う。
 それに、ある意味ちょうどいいタイミングだったかもしれない。
「…ところでアニエス。さっきから君の持っているバスケットが気になるんだけれど…」
 なにやら美味しそうな匂いがする、アニエスのバスケット。
 もしかしてそれは、いつもの差し入れかい? とクラウドは言う。
「あっ。あのね、ちょっと違うの…。これは、私から魔法使い様にプレゼントよ」
「えっ?」
「今日は『父の日』でしょう? その、プレゼント」
「アニエス…」
 クラウドは不覚にも感動してしまった。
 素直に親愛の情を向けてくれる、可愛い少女。
 まさか、自分が『父の日』のプレゼントを貰える日がこようとは…。
 ちなみに、息子同然の弟子は素知らぬ顔で鍋を掻き混ぜている。
「私にとって、魔法使い様はもう一人のお父さんだもの!! お母さんに教わって、ベジタブルケーキを焼いたの。栄養たっぷりで、美味しいのよ!!」
「ありがとう…!! アニエス…!!」
 クラウドはぎゅっと、アニエスの体を抱きしめる。
 ああ本当に、なんて気が利いて可愛い娘だろう…。
 アニエスが本当の娘だったらどんなに…。
 いや、待てよ…とクラウドは思う。
 息子同然のサフィールと、アニエスが結ばれれば自分にとって彼女は義理の娘に…。
(…頑張れよ!! サフィール…!!)
 そんなあながち間違っていない未来予想図を描きながら、クラウドはアニエスの手作りのベジタブルケーキに舌鼓を打った。



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