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オレンジと蜂蜜
しおりを挟むアニエスは製菓用のビターチョコレートを細かく刻んで、ボウルに入れた。
後は湯せんで、温度を測りながら丁寧に溶かし混ぜていく。
「……うん」
人差し指をちょん、とチョコレートにつけ、味を見る。
とろりと柔らかい舌触りにほろ苦い甘さ。上出来だ。
次に取り出したのは、瓶に入ったオレンジピール。
この日のために、作り置きしていたものだ。
棒状に切ってあるオレンジピールに、軽くブランデーをふりかける。
ブランデーがオレンジピールに馴染むのを待って、今度はオレンジピールを溶かしたチョコレートに浸した。
あとはそれをバットに並べて、固まれば完成である。
次に取り掛かったのは、猫達用のお菓子。
小鍋に水を少々と蜂蜜をたっぷり入れて火に掛け、きつね色になるまで混ぜ合わせていく。
あとは星やハートの形をした型に流し込んで、棒を付ける。
固まれば、蜂蜜キャンディの出来上がりだ。
一つ一つをセロファンで包み、リボンを結ぶ。砂糖をほとんど使っていないので、猫達の体にも優しい飴だ。
「…喜んでくれるかしら…」
アニエスはふふ…と微笑む。
ああ、サフィール用のオレンジピールチョコも頃合い良く固まったようだ。
バットから丁寧に一品ずつ剥がし、出来栄えを見る。
鮮やかなオレンジ色に、艶々とした黒のチョコレート。
ためしに一本口にすれば、オレンジピールの爽やかな甘さと、ビターチョコレートの苦みが合っていて、とても美味しい。
「うん、ばっちりね」
アニエスはにこにこと微笑みながら、上機嫌でオレンジピールチョコを用意していた瓶に入れ始めた。
高さのある瓶に棒状のチョコレートを入れ、蓋をして、包装用紙で包んでからリボンで結べばラッピングも完成である。
最後に使った物と余った材料を綺麗に片づけて、アニエスはぱたぱたと深夜の厨房を後にした。
そして翌日。
アニエスのパン屋は大盛況だった。
猫達と協力し、数日前から店内をバレンタイン仕様に飾り付けてムードを盛り上げていた甲斐もあったのだろう。
トリュフチョコを嬉しそうに受け取ってくれたお客さん達の顔を思い返し、アニエスは微笑む。
昨日遅くまでチョコレートを作っていたせいで体は疲れていたが、心は満たされていた。
「…機嫌が良いね、アニエス」
「ええ、とっても。来年は何を作ろうかしらって、今から楽しみなの」
鏡台に座り、アニエスは髪を梳かしながらそう答える。
声を掛けたサフィールはというと、寝台に寝そべってチョコレートを食べていた。
アニエスが贈った、オレンジピールチョコだ。
「もう、サフィールったら。こんな時間に食べたら、虫歯になっちゃうわよ?」
「ちゃんと歯を磨くから大丈夫だよ」
まるで子供と母親のようである。
が、アニエスは内心、サフィールがチョコを気に入ってくれたのが嬉しかった。
サフィールはゆっくりと味わうように一本食べ終えると、瓶の蓋を閉じる。
大事に大事に、食べ進めていくつもりらしい。
(…いつだって作ってあげるのに…)
ふふふ、と笑ってしまうアニエス。
だが、その気持ちが嬉しい。
「ねえサフィール」
「ん?」
「大好きよ。旦那様」
アニエスは最愛の夫に微笑みかける。
「俺もだよ。奥様」
サフィールも微笑んだ。そして最愛の妻に、キスを贈る。
その口付けは、ほろ苦いオレンジピールチョコの味がした。
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