旦那様は魔法使い 短編集

なかゆんきなこ

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魔法使いと茶色猫

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サフィールと使い魔猫の出会い編、四匹目は茶色猫のネリー。
シリアスです。そして若干の虐待表現も含みますので、ご注意ください。
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 温かくて優しい、ママの体に包まれて兄弟猫達と眠るボク。
 起きたらまたママのお乳にかぶりついて、お腹いっぱいになったら。
 ママに毛づくろいをしてもらって、兄弟猫達とじゃれあうんだ。
 ボクはずっと、ずっと…。
 この幸せが続くんだと、思っていた。

 ある日のこと。
 ママとボク達を飼っていたご主人様が、兄弟猫達の中からボクだけを抱き上げて「お前は今日から、ラドンさんの家の子になるのよ」って、言った。
 ご主人様のお家では、ボク達全員を飼うことができないから貰い手を探していたんだって。
 それでボクはこれからママや兄弟猫達と別れて、ラドンさんていう人の家で飼われるんだって。
(…いきたくないよう…)
 ボクはにゃあにゃあと鳴いて暴れた。
 でもボクはまだ小さくて、これくらいの抵抗じゃご主人様の手は緩まない。
 結局ボクは、ラドンさんの家に連れて行かれてしまった。
 最後に見たママは、ボクに向かって「幸せになるのよ、可愛い子」って言っていた。
 ママもご主人様も、ボク達に名前を付けなかった。
 いつも、「ママの可愛い子」とか、「茶色いちびちゃん」って呼ばれていた。
 それはきっと、いつかよその家の子になるって、わかっていたからなんだろうな。


 ボクが貰われていったラドンさんの家は、太っちょのお父さんと痩せたお母さん、それから金の髪を二つに結った女の子のいる家だった。
「かわいい! ぬいぐるみみたい!」
 ボクを見て、女の子はにっこりと笑ってくれた。
「よかったわね」
 お母さんはそう言って女の子を撫でてあげる。
「ずっと欲しがっていたものな」
 お父さんは満足そうに大きなお腹を揺すって笑った。
「はい。ごはんよ」
 そう言って、女の子は小さなお皿にミルクを注いでくれた。
 ママのお乳と違う、初めての牛のミルク。
 ボクはくんくんと匂いを嗅いで、ぺろりと一舐め。
 美味しい! 
 ボクは夢中になってミルクを舐める。
 ラドン家の人達はそんなボクを、満足気に見ていた。

 この家の女の子は、ボクをすごく可愛がってくれた。
 女の子は毎朝、お気に入りのリボンをボクの首に巻く。
 本当は少し苦しくて嫌だったけれど、無理やりに取ろうとすると「悪い子ね!」って怒られるから、ボクは我慢する。
 ゴハンだって、この女の子がいつも「めしあがれ」ってミルクを注いでくれるんだけど、ボクは少し大きくなっていて、もうミルクだけじゃ足りなかった。
 歯もしっかり生えて、それが少しむず痒い
 ある時どうしてもお腹が空いたから、食卓の上にあるパンにかぶりついたら、お母さんが「なんて悪い子なの!」って言って、ボクの背中をべしんと叩いた。
 すごく痛くてびっくりしたボクに、
「お腹が空いているなら自分のゴハンを食べなさい!」
 って、お皿に新しいミルクを注いでくれたけど。
 冷たいミルクをぺちゃぺちゃ舐めてもお腹はひもじくて、ボクは家の人達の目を盗んで、少しずつ人の食べ物を食べるようになった。

「またやったのか!」
 お父さんが顔を真っ赤にして怒っている。
 ダイニングの壁に走る引っかき傷。
 この頃のボクは爪が痒くて痒くて、ばりばりと何かを引っ掻かずにはいられなかったんだ。
 ボクのママはご主人様に専用の爪とぎを与えられていたけど、この家の人達は「そんな悪い子の爪は切ってしまえ!」って、すごく怒る。
 ボクは爪を切られるのが怖い。
 だって、すごくすごく痛いんだ。
 体をお父さんにがっしり掴まれて、お母さんが怖い顔でばちんばちんと爪を切る。
「こんな爪で! もしあの子に怪我をさせたら大変だわ!!」
 お母さんは、ボクが爪で女の子を傷付けるかもしれないって心配していた。
 そんなことしないよって、ボクは言いたかった。
 でも爪を切られる度に、ボクは痛くて痛くて、ただ「にゃー!! にゃーっ!!」って鳴くことしかできなかった。
「本当に悪い子だわ…。この子、よく盗み食いもするし…」
「手癖の悪い猫を貰ってしまったな…。ちゃんと躾けなければ」
「でもあなた…。あの子がね、言うのよ…。お隣の家みたいに、真っ白くて毛の長い猫の方が可愛いって…」
「ふむ…」
「この猫をくれた方には申し訳ないけど…、どうせならもっと良い子の方が…」
「いや。こんな悪い猫をよこした相手が悪いよ。そうだな…。別な猫をもらって来るか」
「そうね。今度はもっとおりこうで、綺麗な子にしましょうよ。きっとあの子も喜ぶわ!」

 そうしてボクは、月の無い夜にこっそりと、人目をはばかるように捨てられた。


 切られた爪の先がじんじんと痛んで、寒くてひもじくて、ボクは冷たい土の上に転がったまま、しくしくと泣いていた。
 思い出されるのは、ママや兄弟猫達と過ごした短くも幸せだった日々。
 優しい温もりに包まれて、お腹いっぱいになって眠っていた、あの頃の記憶。
(ママ…)
 会いたいよ。
 ねえ、毛づくろいして。
 尻尾を甘噛みして。
 また、「私の可愛い子」って、言って…
「ママぁ…」
 ボクはママを呼びながら、目を閉じた。
 

 たしっ、たしっ。
 ざらりとした温かい舌で毛並みを舐められる感触に、ボクははっと目を覚ました。
 あれ…、おかしいな…
 あんなに寒かったのに、今は温かい何かに包まれている。
「ん、ボク…?」
「目を覚ましたのか」
 ボクを包む灰色の体。
 声の主は、青い瞳の灰色の猫。
 灰色の猫はするっと身を離すと、ボクの前にちょんと座る。
「お前…、飼い主とはぐれたのか…?」
「え…?」
「野良猫じゃないだろう、お前。一匹で帰れないなら、送って…」
「…帰れない…よ」
 ボクはゆっくりと起き上がって、爪の切られた前足を見つめる。
「…ボクは悪い子だから、新しいご主人様に捨てられたんだ」
「悪い子…?」
「…うん。ミルクだけじゃ足りなくって、ご主人様達のゴハンを盗み食いした。おうちの壁で、爪とぎしちゃって…。いつか、あの家の女の子を爪で引っ掻いちゃうかもしれない。ボクは…悪い子…」
 だから、捨てられたんだ。
「…お前、もう歯が生えてるだろう。ミルクだけで足りるわけない。お前のご主人は、他にゴハンをくれなかったのか?」
「…うん」
「爪を研ぐのだって、猫の習性だ。家の壁を引っ掻かれたくないなら、代わりの爪とぎを用意しておく。そんなことも知らないのか、お前の…」
 灰色の猫はボクの前足を見て、はっと目を見開く。
 次の瞬間には真っ白い煙がぼわんと立って、目の前にいたのは猫ではなく、灰色の髪の人間の男の子だった。
「なんだこの爪は!!」
 男の子は灰色の猫と同じ声で叫び、ボクの前足を掴んだ。
 肉球をきゅっと掴まれると飛び出るはずのボクの爪は深く深く切られていて、血が滲んでいる。
「猫の爪には神経も血管も通ってるんだ! それをこんなに…っ」
「…ボクが悪い子だから、爪でひっかく悪い子だから、ご主人様が…」
「だからって切ったのか!! あげく、こんなところに捨てて…」
 ここは街から離れた山道の傍。
 猫を捨てたことが周りに知られると外聞が悪いって言って、お父さんがここまでボクを連れて来た。
 それに、万が一にも戻って来れないようにって。
 戻れるわけ、ないのに。
 家から一歩も出たことの無かったボクは、家がどこにあるのかもわからない。
 もちろん、ママのいる家がどこにあるのかも。
 ボクにはもう、帰る場所なんて無いんだ。
「……お前、俺と来るか…?」
「え…?」
「オレの仕えているご主人様は、魔法使いだ。その爪、手当てした方が良い。ご主人様なら薬も持ってる。それに……」
「魔法使い…?」
「ああ。それに、オレの他にあと二匹、使い魔猫がいる。頼めば、お前も使い魔にしてくれるかもしれない」
「………ボク、行ってもいいの……?」
「あたりまえだ!」
 そう言って、その男の子――魔法使いに仕える灰色の使い魔猫は、ボクの体を抱き上げて、魔法使い様が滞在しているっていう宿に連れてってくれた。
 灰色の猫はその魔法使い様のお使いで、山を越えた先にある隣町に行った帰りだったんだって。
 帰り道で倒れているボクを見かけて、冷えた体を自分の体で覆って、温めてくれた。
 土に汚れた毛並みを毛づくろいしてくれて、そして。
 ボクを、心配してくれた。ボクのために、怒ってくれた。
 ボクの赤い目から、涙が零れる。
 灰色猫は、「爪が痛むのか?」って言う。
 ううん。爪は痛かったけど、ボクが泣くのは痛いからじゃないよ。 
 嬉しくって、泣いているんだ。
「…ありが…とう…」

 そうして連れて行かれた宿屋で、ボクは黒いローブの魔法使い様に出会う。
 魔法使い様はボクの爪にお薬を塗ってくれた。
 冷たいお薬が爪に触れる度に痛かったけれど、ボクは我慢した。
 塗り終わった魔法使い様はそんなボクに「よく我慢したな」って言ってくれて、ボクの頭を優しく撫でてくれた。
 それから、黒い猫が人間の男の子の姿で現れて、ボクに温かいミルクと柔らかく煮たお肉と野菜のゴハンをくれた。
 毛足の長い白い猫はボクを見て「フン、」と鼻を鳴らし、「もっと綺麗にしておけにゃ」とボクの毛並みを毛づくろいしてくれた。
 ボクは久しぶりにお腹いっぱいになって、魔法使い様と、三匹の猫達と同じ寝台で眠った。
 あたたかい温もりに包まれて眠るボクは、とても、とても幸せな猫だと思った。

 次の日の朝。
 ボクは寝惚けていて、まるでママにしていたみたいに魔法使い様の体に擦り寄っていた。
 慌てて身を離すボク。
 恩人に、なんてこと!
 でも魔法使い様はふっと微笑むと、ボクの体を撫でて、
「お前も俺の家族になるか…?」
 って、言ってくれた。 

  そしてボクは、魔法使いサフィール・アウトーリ様の四匹目の使い魔猫になったんだ。


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