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三毛猫と吟遊詩人

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 夫婦のクリスマス・ディナーを彩る音楽。
 三毛猫セラフィは一心にバイオリンを奏でながら、思い返していた。
 このバイオリンを教えてくれた、吟遊詩人のことを。


 十一月初旬。三毛猫のセラフィは、言い付かった仕事を終えて夜の自由時間になると、猫の姿のままで港街のある場所に向かった。
 それは港に程近い、一軒の酒場である。そこには今、他の土地から流れの吟遊詩人が来ていて、夜になると酒場で音楽を奏でているのだ。
 夜の散歩をしている時にその音楽を耳にしたセラフィは、それから「自分もこんな風に音を奏でてみたい」と思うようになった。
 猫の自分の手では、楽器を奏でることは難しいかもしれない。でも、自分は使い魔猫だ。人の姿になれる。人の姿になれば、自分も。
 人のように、楽器を奏でることができるかもしれない。

 今夜も、吟遊詩人の音楽を聞きに来たセラフィは、猫の姿でふらりと酒場に入り、床にちょこんと座って耳を済ませる。
(…うん、今日も良い…)
 目を細めてじっと聞き入っている内に、演奏は終わった。
 これから彼が夕食をとるのだと、ここ数日通っているセラフィは知っている。
 意を決して、セラフィは隅のテーブルに座る吟遊詩人の元へ近付き、「こんばんは」と話しかけた。
 吟遊詩人は、三毛猫が突然話し掛けて来たので驚いたのだろう。目を見開き、「ああ、」と呟いて、言った。
「いつも聞きに来てくれる猫さんだ。君、使い魔だったんだね」
 魔法使いや魔女の使い魔は人語を話す。
「はいですにゃ。この島の魔法使い様にお仕えしておりますにゃ」
「そうなんだ。いつも聞きに来てくれて、ありがとう」
 吟遊詩人はそう言って手を伸ばし、セラフィの頭を撫でる。
 ごろごろと喉を鳴らしながら、セラフィは目を細めてされるがまま。
「…実は、お願いがありますのにゃ」
「? なんだい?」
「私に、楽器の演奏を教えてほしいのですにゃ」
 突然のお願いで、申し訳ないのですが…とセラフィは頭を下げる。
「あなたの演奏を聞いて、私も音楽を奏でてみたい…と思いましたのにゃ。そして、それを敬愛するご主人様と奥方様に聞いていただきたい…と。無茶なお願いと、わかっています。それでもどうか、私に…」
 楽器の演奏を教えてください、と。
 三毛猫は吟遊詩人に頭を下げる。
「………うーん。楽器の演奏は、見た目ほど簡単じゃないよ?」
 吟遊詩人は柔和な笑みを浮かべたまま、目の前の猫を見つめる。
「わかって、おりますにゃ」
「あまり時間もとってあげられない」
「それも、承知しておりますにゃ。あなたの邪魔にならないようにしますにゃ」
「…僕も、これが商売でね。タダでは教えて上げられないよ?」
「私にできることなら、なんでもしますにゃ」
「…………」
 吟遊詩人はしばらく思案すると、「それじゃあ」と切り出す。
「これから、毎晩僕の所へ通っておいで。仕事の後、少しの時間だけ教えてあげよう。報酬は、次の日の朝食に食べるパン、でどうかな?」
「…パン、ですかにゃ?」
 セラフィはきょとん、と目を見開く。
 それだけ、でいいのだろうか、と。
「そう。君が仕えてる魔法使い様の奥方って、あのパン屋の主人だろう? 使い魔達が手伝ってるって、噂を聞いたことがある」
「…そうすれば、教えてくれるのですか?」
「うん、いいよ。あそこのパンは美味しいって評判だからね。それが毎朝食べられるなら、僕も張り切って教えよう」
「ありがとうございますにゃ!!」
 こんな、突然現れた猫の願いを、「毎朝のパン」ひとつで快諾してくれて。
 吟遊詩人は言葉通り、張り切って。懇切丁寧に、セラフィに楽器の扱い方を教えてくれた。
 彼が夕食をとった後、次の演奏をするまでの短い時間ではあったけれど。
 予備に持っているというもう一丁のバイオリンを貸してくれて。
「君は耳が良いね。曲もすぐに覚えるから、弾けるようになるのも早いよ」
「ほんとうですかにゃ!!」
「ああ。それに姿勢も良い。あとはようく弾き込んで、指の動きを覚えることだ」
「はいですにゃ!」
 セラフィは張り切って、練習した。
 酒場以外でも、暇を見ては貰った楽譜を見たり、指の動きや弓の返しを復習したり。
(…楽しい…にゃ…)
 何よりセラフィは、楽器を奏でることができるのが楽しくて仕方なかった。
 もっと練習して、上手くなって…。
(…お二人に…、聞いてもらうのにゃ…)
 大好きな二人に。
 自分が奏でる旋律を、楽しんでもらいたい、と。


 そして今、こうして二人の前でバイオリンを奏でていられる。
(…喜んでもらえて、よかった…)
 そう、セラフィは思った。
(ありがとうにゃ…。吟遊詩人さん)


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