俺様御曹司は義妹を溺愛して離さない

なかゆんきなこ

文字の大きさ
上 下
1 / 17
1巻

1-1

しおりを挟む



   プロローグ


「ようやく人心地つけたな、小春こはる

 私、大神おおかみ小春のかたわらに立つ男性がため息混じりにつぶやく。彼はフルートグラスを傾け、黄金色のシャンパンでのどうるおした。

「お疲れさまです」

 私は苦笑し、彼があっという間に空にしたグラスを受け取る。
 ここは東京都内にある某高級ホテルのボールルーム。今日はこの広間で、とある大企業の会長の寿じゅを祝うパーティーが開かれていた。
 豪奢ごうしゃなシャンデリアの下、着飾った老若男女ろうにゃくなんにょが極上の料理と酒を味わい、談笑している。そのきらびやかな会場の片隅で、私と彼は招待客達の姿を眺めていた。

「なあ、そろそろ帰ってもいいだろう?」

 パーティーの主役と取引先、知り合いへの挨拶あいさつは済ませた。もう十分役目は果たしているし、せっかくの料理と酒を楽しもうにも、女性達の化粧と香水の匂いがきつくて味わうどころじゃない。
 苦虫をつぶしたような表情でそうぼやく彼を、私は「いやいや、もう少し頑張りましょうよ」となだめる。
 彼の言う化粧や香水の匂いは、何も会場中に広まっているわけではない。ただ、先ほどまでたくさんの女性達に囲まれては逃げ、囲まれては逃げを繰り返していた彼は、すっかり鼻がまいってしまったのだろう。今だって、若いお嬢様方に捕まっていたところを「仕事の連絡が入ったので」と嘘をつき、抜け出してきたばかりだ。
 こうなることはあらかじめ予想できていた。そう思いながら、私は隣に立つ彼――兄であり、上司でもある大神勇斗ゆうとあおる。
 百八十センチを超す長身、スポーツできたえられたたくましい肉体にオーダーメイドのスーツをまとい、姿勢良くりんと立つ。彼は身内の贔屓目ひいきめを抜きにしても野性的でとても男らしく、精悍せいかんだ。普段は下ろしている色の前髪を、今夜は整髪剤で軽く後ろに流しひたいあらわにしているのが、妙に色っぽくてさまになっている。
 光沢のあるネイビーの生地であつらえた、クラシカルなスリーピーススーツがまたよく似合っていて、俳優やモデルと言われても納得できるほど格好良い。
 おまけに名家の三男坊で、若くして一流企業の常務取締役に就任したエリート。かつ独身とくれば、会場にいる女性達がわらわらと寄ってくるのも道理だろう。
 彼と話したがっている招待客は女性だけではない。ビジネスでもプライベートでも、彼と繋がりを持ちたいと考える人間はたくさんいるのだ。
 だから彼は、昔からこういう場に参加することを苦手としていた。本人いわく、自分がこいえさになったような気がして嫌だし、面倒なのだそうだ。
 自分に群がる女性達をこいと称する感性はさておき、苦手と言いつつも本心を綺麗に隠し、如才じょさいない笑顔と堂々とした態度で相手を上手うまくあしらうのだからすごい。未だこういう場に慣れず、緊張してしまう自分とは大違いだ。

(本当に、私がパートナー役でよかったのかな……)

 兄の専属秘書を務めている私は、今日は仕事としてパーティーの同伴をおおせつかっている。
 彼に恥をかかせないよう、『派手すぎず、されど地味すぎず』を心がけ、自分なりに精いっぱいドレスアップしてきたつもりだけど、どうだろう?
 彼のスーツに合わせて選んだネイビーのドレスはマーメイドラインで、オフショルダー風のエレガントなデザインが気に入っている。胸元をレース生地でおおう形のドレス本体は無地でシンプルながらも、レースの花模様が華やかさを演出していた。
 だが服は素敵でも、それをまとう私の容姿は平々凡々。パーティー仕様でいつもよりお化粧に力を入れたとはいえ、彼と釣り合っていないのでは? と、心配は尽きない。
 このドレスは本当に自分に似合っているのだろうか。やっぱり、着慣れたスーツ姿の方が無難だった? 
 ううん。そもそもパートナーは私ではなく、もっと場慣れしたベテラン秘書にお願いした方がよかったのかもしれない。……と、今更の不安が次から次へと湧いてくる。

(はあ……)

 そんな気持ちで自分のドレスのスカートを見ていたら、彼があきれた顔で、「まだ不安がっているのか」と言った。

「う……、だって……」
「そんな心配しなくても大丈夫だ。よく似合ってる」

 そう言って、彼はサイドを編み込んでシニヨンにした髪型が崩れない程度に、私の頭をぽんぽんとたたく。

「ゆうちゃ……」

 っと、いけない。ついいつもの呼び方が口から出かけたが、今は仕事中だと改める。

「ありがとうございます、大神常務」
「おう。というわけでお前のドレス姿も堪能たんのうしたことだし、帰るか」
(あはは……。結局、行きつくところはそこなんだね)

 やたらと帰りたがる上司に苦笑して、私は「仕方ありませんね」とうなずいた。
 先ほど彼がぼやいていた通り、必要な相手への挨拶あいさつは全て済ませてある。できればパーティーの終わりまでいてほしかったけれど、当人がこれほど嫌がっているのだから、だらだらと居座り続けるのはストレスが溜まるだけだ。

(今日は、女性の参加者がやけに多かったし)

 大勢の女性達に話しかけられるという、普通の男性なら喜びそうなシチュエーションも、彼にとっては面倒でしかなかったらしい。
 かくしてパーティーの途中で帰ることを決めた私達は、主催者に一言声をかけようと、相手の姿を捜した。
 すると目当ての人物とは別の相手が、こちらに気づく。

「大神くん! なんだ、こんなところにいたのかね」

 見事な太鼓腹たいこばらを抱えた中年の男性が、笑みを浮かべて近づいてくる。隣には、ピンク色の可愛らしいドレスを着た若い女性がいた。年齢や顔立ちからして、彼の娘だと見当がつく。

「……誰だ?」

 相手に聞こえないよう小声で尋ねる彼に、私も声をひそめて答えた。

水川みながわ商事の水川社長とそのお嬢様です。うちとは直接取引はありませんが、以前別のパーティーでお言葉を交わされていましたよ」

 しかし彼は「覚えてないな」と、あっさり言い捨てる。
 まあ、無理もない。そういう相手は数えきれないほどいるし、いちいち覚えていられないだろう。
 そのために秘書である私がついてきたのだ。今日の招待客のデータは、全て頭にたたんでいる。
 せめてこれくらいの役目は果たさなければと、私は彼に相手の情報を伝えた。

「水川社長とは、前回ゴルフの話で盛り上がっておられました。ちなみに、お嬢様とお会いするのは今回が初めてです」

 小声で言い終えたタイミングで、水川社長とお嬢様が目の前で足を止める。

「久しぶりだねぇ、大神くん。よかった、君に会いたいと思っていたんだ」
「お久しぶりです、水川社長。ご挨拶あいさつが遅れて申し訳ありません」

 さっき「覚えてない」と言っていたのが嘘のように、彼は親しげな笑顔と丁寧な口調で水川社長の相手をした。

「いや何、君は人気者だからね。今日も女性陣に囲まれていただろう? 見ていたよ」

 はっはっはと鷹揚おうように笑いながら、水川社長は自分の娘を彼に紹介する。

「私の長女で、麻衣子まいこというんだ。今年二十歳はたちで、都内の女子大に通っている。君にぜひ紹介したくて、連れてきたんだ」
「はじめまして。水川麻衣子と申します」

 綺麗な黒髪をふんわりと結い上げたその女性はぺこりと頭を下げると、頬を赤らめてじいっと彼を見つめた。
 兄の容姿は、うら若き乙女の心をがっちり掴んだらしい。

「綺麗なお嬢様ですね、水川社長。はじめまして。大神勇斗と申します」

 彼はにっこりと笑みを浮かべると、ついで私を麻衣子さんに紹介した。

「彼女は私の秘書で」
「はじめまして。大神の秘書を務めております、大神小春と申します」
「え、大神……? もしかして、お二人はご夫婦なのですか?」

 私達の苗字が同じだから、麻衣子さんは咄嗟とっさにそう連想したのだろう。

「いえ、小春は……」
「麻衣子、彼女は大神くんの妹さんなんだよ。確か、今年から大神くんの専属秘書になったんだってね」

 言いかけた彼に代わって答えたのは、水川社長だった。

「はい。今は兄の下で勉強させてもらっています」
「ええっ、ご兄妹なんですか!?」

 麻衣子さんは目を見開き、信じられない……と言いたげな表情を浮かべた。
 こういう反応には慣れている。野性的な美形の兄に対し、凡庸ぼんような容姿の妹。私達はまったくといっていいほど似ていない。
 だって、私達は……

「びっくりです~。全然似てないんですねぇ」

 麻衣子さんは私の方を見て、くすっと笑った。
 その笑顔には、わずかながらもあざけりの色がにじんでいる。

(あはは……)

 このお嬢様、見た目は清楚せいそで可愛いけれど、なかなかにいい性格をしているらしい。

「こら、失礼だろう麻衣子」

 水川社長も言葉でこそ娘をなだめたものの、その顔は笑っていた。

「いいんですよ。似ていない兄妹だとは、よく言われますので」

 そう彼がとりなすと、水川社長は「ははは」と笑い声を上げ、私に視線を向けた。

「似ていないのは当然だ。何せ、彼女は――」
「……っ」
「小春」

 水川社長が言うのをさえぎり、彼が私の名を呼ぶ。

「悪いが、飲み物をとってきてくれないか。シャンパンをもう一杯頼む。水川社長とお嬢様もいかがです?」
「あ、ああ。じゃあ、私も同じ物をお願いするよ」
「私はグレープフルーツジュースがいいです」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 一礼し、私は足早に彼らのもとを離れた。
 兄はたぶん、用を言いつけることで、私をあの場から逃がしてくれたのだろう。

「はあ……」

 水川社長がさっき言いかけたことは、おそらく私の出自についてだ。
 別段隠してはいないが、人が大勢いる場所で、あんな風に笑いながら話されたくはない。兄の気遣いは、ありがたかった。

(シャンパン二つと、グレープフルーツジュース一つ……だったよね)

 近くにスタッフの姿がなかったので、飲み物が置かれているテーブルに私が直接向かう。
 今日のパーティーは立食形式で、そこかしこに料理や飲み物を並べたテーブルがあった。会場のはしには歓談用のテーブルセットがいくつかしつらえられている。
 他にも、商談のためのボードルーム、いわゆる会議室を上の階に二部屋ほど押さえてあるのだとか。
 さすが、日本有数の大企業。会長の寿じゅ祝い一つに、えらい気合の入れようだ。
 あまり食べられなかったけれど、少しだけ口にしたお寿司もお酒もすごく美味おいしかった……と思いつつ目当てのテーブルに行き、持っていた空のグラスを戻す。ついで、小さめのトレイにシャンパンのグラスを二つとグレープフルーツジュースのグラスを一つ載せた。

「おお、小春ちゃんじゃないか」
(うっ。こ、この声は……)

 背後から聞こえてきた声に、嫌な予感を覚えつつ振り向く。そこには、趣味の悪いスーツに身を包んだ中年の男性が立っていた。
 あぶらぎった肌に、ニヤニヤと下卑げびた笑いを浮かべる分厚い唇。彼はどことなくガマガエルを髣髴ほうふつとさせる。

源田げんだ専務……。専務も、飲み物をお求めですか?」

 この男性はうちの会社と取引のある企業の専務で、私と何度か接待や契約の場などで顔を合わせたことがある。今日のパーティーでも、すでに挨拶あいさつを済ませていた。

「ああ、ワインを取りに来たんだ。うちの秘書は小春ちゃんと違って気が利かなくてねぇ、何度言っても間違えて持ってくるから、自分で足を運ぶことにしたんだよ」
「そうなんですね」

 愛想笑いを浮かべて相槌あいづちを打ちつつ、私はさりげなく源田専務と距離をとった。
 この人は、秘書達の間でひそかに『セクハラガエル』とあだ名されるほどのセクハラ常習者なのである。うちの女性社員が何人も被害にっているし、かくいう私も過去に何度かお尻を触られたり、遠回しに枕営業を求められたりしたことがあった。
 部下に対する態度も横柄おうへいで、いつも無理難題を秘書や部下に押しつけるせいで、会う度に同伴者の顔が変わるというのは有名な話。
 つまり、一対一ではなるべく会いたくない相手だ。

(秘書が飲み物を間違えるっていうのも、指示通り持ってきたものに「自分が言ったのはこれじゃない」「お前の聞き間違いだ」とか言って、いちゃもんつけてるだけなんだろうなぁ)

 源田専務付きになってしまった秘書に同情を禁じ得ない。あの会社も、どうしてこんな問題のある人間を重役にえているのか。

「いやあ、さっき会った時も思ったけど、今日の小春ちゃんは一段と可愛いねぇ。やっぱり若い女の子はいいなぁ。特に、小春ちゃんみたいに胸の大きい子、おじさん大好き」
(ひぇ……っ)

 人の胸元をじろじろめ回すように見ながら言う源田専務に、嫌悪感が湧く。
 うん、ここは早く退散しよう。

「大神が待っておりますので、私は失礼いたしますね」
「まあまあ、もう少しいいじゃないか」
(げっ)

 立ち去ろうとした私の腕を、源田専務がはしっと掴む。
 汗ばんだ手に触れられて、ぞわっと鳥肌が立った。

「実はね、小春ちゃんの会社にまた新しい仕事をお願いしようと思ってるんだ。その話、聞きたいだろう?」
「そ、そういうお話でしたら、常務の大神もまじえて……」

 というか、そんな話があったならさっき挨拶あいさつした時に口にしていたはずだ。どうせ嘘に決まっている。

「いやいやいや! おじさんはまず先に、小春ちゃんだけに教えてあげたいんだよ。ね? いいでしょ?」

 私の腕を掴んでいた手が、今度はさりげなさをよそおって背中、そしてお尻に回った。

(ちょっ……!)
「やめてください、源田専務」
「ん~? 声が小さくて聞こえないなぁ」
(こ、この、セクハラおや!)

 大声を出さなかったのは、こんな場所で騒ぎを起こしてはお互いに困ると思ってのことだ。
 そもそも、取引先のパーティーでよその会社の秘書にセクハラ行為を働くだなんて、何を考えているのか、この人は。

「お願いですから、放しっ――」
「おや、源田専務じゃないですか」

 なんとか源田専務から離れようとしたその時、聞き慣れた凛々りりしい声が割って入ってきた。

「お、大神くん……」

 水川父娘と談笑していたはずの兄がにっこりと笑みを浮かべ、源田専務の顔を一瞥いちべつする。
 その表情は、口元こそ優美に弧を描いていこそすれ、目はまったく笑っていない。

「うちの小春に、何かご用でも?」

 丁寧な口調ながらもすごみのある声と鋭い眼光に気圧けおされたのか、源田専務は慌てて私から身を離すと、「いや、いやいや、す、少しおしゃべりしていただけだよ」と言ってこの場を後にした。
 目下の相手にはとことん横暴に振る舞う源田専務も、取引先の重役であり、名門一族の御曹司である彼には弱いらしい。

「……ったく、あのスケベおやが」

 その後ろ姿にチッと舌打ちをし、兄が小声であくたいをつく。
 そして私を見て、「ちょっと目を離すとすぐこれだ。おい小春、今すぐ帰るぞ」と言った。

「えっ、でも、水川社長とお嬢様は?」
「会社から急な連絡が入ったって言って抜け出してきた。問題ない」

 私が離れたあと、彼は予想通り水川社長に娘さんとの縁談を打診されたらしい。
 当たりさわりのないよう断っても食い下がられ辟易へきえきしていた時、私が源田専務に絡まれているのに気づいた。そこで適当な言い訳をでっちあげ、水川父娘と別れて助けに来てくれた……と。

「ありがとう。でも、迷惑かけてごめんなさい」

 自分がもっと毅然きぜんと対応できていたら、兄の手をわずらわせることもなかっただろう。
 秘書として彼をサポートするために同伴したというのに、逆に手間をかけさせてしまって、申し訳ない。
 そう落ち込む私に、彼は「俺こそ、お前を一人にして悪かった」と謝る。

「ゆうちゃん……」
「……呼び方。まだ仕事中だろ」

 ふっと笑ってとがめるその声は温かくて、私を見る瞳も表情も優しかった。

「あっ、ご、ごめんなさい」

 私は普段、兄のことを『ゆうちゃん』と呼んでいる。
 だが、彼の言う通り今はまだ仕事中だ。

「失礼いたしました、大神常務」
「ああ。それじゃ、主催者に挨拶あいさつしてここを出るぞ」
「はい」

 兄にエスコートされ、主催者のもとへ向かう。
 そこで途中退席する失礼をびた私達は、そのまま会場のホテルを後にした。

(また、ゆうちゃんに助けられちゃったなぁ……)

 私はもうずっと、それこそ初めて出会った時から、彼に守られ、助けられてばかりだ。
 ちょっと口の悪いところもあるけれど、優しくて頼りになる上司であり、格好良くて自慢の兄でもある、ゆうちゃん。
 私とはかけらも似ていない、私の……大切な家族。
 水川社長が言っていたように、私達が似ていないのは当たり前のことだ。
 だって、私は彼の本当の妹じゃない。
 私達に、血の繋がりはないのだから……


   ☆ ★ ☆


 私、大神小春は、本当の親が誰かもわからない元捨て子だ。
 初冬の、穏やかな春に似た日和ひよりが続く時節に生まれたから『小春』と、そう名付けてくれた今の両親が実の父母ではないと知ったのは、物心ついたころ――確か、幼稚園の時……だった気がする。
 世間では、親や兄姉が「お前はうちの子じゃない。実は橋の下で拾った子なんだ」と言って子どもを脅かしたりすることがあるらしいが、我が家の場合は冗談にならないからか、家族にそんな言葉をかけられたことはない。
 まあ、私は橋の下ではなく森で拾われた子どもなんだけれど。
 私は生後間もないころ、大神家が所有する別荘近くの森に捨てられていたのだそうだ。
 白いおくるみに包まれ、木の根元で泣いていた私を見つけてくれたのは、この時たまたま家族と別荘に滞在していた大神家の三男坊、大神勇斗――ゆうちゃんだった。
 当時五歳だったゆうちゃんは、朝方、家族の目を盗んでこっそり森へ探検に出かけていたらしい。
 すると、木立こだちの奥から泣き声がしたので、猫でもいるのだろうかと思って探してみたら、人間の赤ん坊……つまり私が転がっていた、というわけ。
 どんな事情があって別荘地の森に捨てられたのかはわからないけれど、この時彼に発見されていなければ、私は人知れず命を落としていただろう。
 そして幼いゆうちゃんは、私を抱えて別荘に戻った。
 突然赤ん坊を抱いて戻ってきた三男坊を見て、家族はパニックにおちいったという。まあ、五歳児がどこかから赤ちゃんを連れてきたのだから、そりゃあびっくりするよね。
 そんな中、彼は私を「こいつは俺が見つけた。だから俺のものにする!」と言い張って放そうとせず、「赤ちゃんを渡しなさい」と迫る大人の手から逃げ回ったと聞いている。
 とはいえ、しょせんは五歳の子ども。すぐに捕まって赤ん坊を取り上げられた。
 他の家族は「俺のものって……」とあきれていたそうだけど、この話を聞いた時、私は嬉しかった。
 私はゆうちゃんのものだからこれからもずっとそばにいていいんだ、って。そう思えたから。
 その後、私はゆうちゃんの強い希望もあり、また私を捨てた人物も肉親も見つからず他に引き取り手もいなかったことから、大神家に養女として迎えられた。
 私はとても幸運だ。
『小春』という名前を与えてくれた大神家の両親は、私を実子と分けへだてなく深い愛情を持って育ててくれたし、上の兄二人も年の離れた妹をとても可愛がってくれた。
 父方の祖父母だって、しつけこそ厳しかったけれど、それは兄達に対しても同じだったし、差別することなく本当の孫のように接してくれたのだ。
 私を見つけたゆうちゃんも、少しばかり乱暴で俺様気質なところはあったものの、根は優しくて面倒見が良く、何くれとなく私の世話を焼いてくれた。
 私はそんなゆうちゃんのことが大好きで、小さいころからずっと、彼の背中ばかり追いかけていたように思う。
 家族はみんな、私に優しい。
 私を家族として、温かく受け入れてくれた。
 もっとも、捨て子であった私を快く思わない人達は、周りにたくさんいる。
 私が引き取られた大神家は古くから続く名家で、複数の会社を傘下さんかに収める大企業の経営者一族でもある。
 そんな一族の本家に、どこの馬の骨とも知れない娘を養子として迎えるなんてとんでもないと、反対する親戚は多かったそうだ。
 祖父母や両親の手前、あからさまに言われることこそなかったとはいえ、家族の目の届かないところで意地悪されたり、嫌味を言われたり陰口をたたかれたり……なんてのはよくあることで。
 だから私は、両親から事情を説明されるより早く、物心つくころにはすでに自分が捨て子で、家族とは血が繋がっていないのだと自覚していた。
 他の子ども達が当たり前のように持っている家族との血縁――確固たる繋がりを、私だけが持っていない。
 それは私にとって、今も昔も変わらない最大のコンプレックスだ。
 親戚だけでなく隣近所でもこそこそうわさされて、幼いころはよくいじめっ子達に『捨て子』とか『もらわれっ子』とかと、からかわれたっけ。
 そういう時、反論もできずめそめそ泣くばかりだった私を助けてくれたのは、ゆうちゃんだった。
 私がからかわれていると、どこからともなくやってきて、いじめっ子達をらしてくれたのだ。
 今でも時折夢に見る。
 あれは確か、私が小学校に入学して一月ほど経ったころのことだ。
 最初は私の事情を知らなかった同級生も、うちの近所に住む子達の口から私が捨て子であることを聞かされて、からかってくるようになっていた。
 その日、私は当時六年生だったゆうちゃんと一緒に帰る約束をしていたため、昇降口近くで彼を待っていた。そこへ同じクラスの男の子達が近づいてきて、「お前、捨て子なんだってな」と言ってきたのだ。
 ああ、またかと思いつつ無言でうつむく私を小突こづいて、男の子達は笑いながらはやしたてる。

『やーい、親なしっ子』
『親に捨てられるなんて、カワイソーなやつ~』
『お前、いらない子じゃん』
『……っ』

 意地の悪い笑顔で絡んでくる男の子達が怖かったし、面白半分にからかわれて、悲しかった。特に『いらない子』という言葉が、胸にグサグサ突きさったなぁ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

捨てられた花嫁はエリート御曹司の執愛に囚われる

冬野まゆ
恋愛
憧れの上司への叶わぬ恋心を封印し、お見合い相手との結婚を決意した二十七歳の奈々実。しかし、会社を辞めて新たな未来へ歩き出した途端、相手の裏切りにより婚約を破棄されてしまう。キャリアも住む場所も失い、残ったのは慰謝料の二百万だけ。ヤケになって散財を決めた奈々実の前に、忘れたはずの想い人・篤斗が現れる。溢れる想いのまま彼と甘く蕩けるような一夜を過ごすが、傷付くのを恐れた奈々実は再び想いを封印し篤斗の前から姿を消す。ところが、思いがけない強引さで彼のマンションに囚われた挙句、溺れるほどの愛情を注がれる日々が始まって!? 一夜の夢から花開く、濃密ラブ・ロマンス。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。