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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
「ようやく人心地つけたな、小春」
私、大神小春の傍らに立つ男性がため息混じりに呟く。彼はフルートグラスを傾け、黄金色のシャンパンで喉を潤した。
「お疲れさまです」
私は苦笑し、彼があっという間に空にしたグラスを受け取る。
ここは東京都内にある某高級ホテルのボールルーム。今日はこの広間で、とある大企業の会長の喜寿を祝うパーティーが開かれていた。
豪奢なシャンデリアの下、着飾った老若男女が極上の料理と酒を味わい、談笑している。その煌びやかな会場の片隅で、私と彼は招待客達の姿を眺めていた。
「なあ、そろそろ帰ってもいいだろう?」
パーティーの主役と取引先、知り合いへの挨拶は済ませた。もう十分役目は果たしているし、せっかくの料理と酒を楽しもうにも、女性達の化粧と香水の匂いがきつくて味わうどころじゃない。
苦虫を噛み潰したような表情でそうぼやく彼を、私は「いやいや、もう少し頑張りましょうよ」となだめる。
彼の言う化粧や香水の匂いは、何も会場中に広まっているわけではない。ただ、先ほどまでたくさんの女性達に囲まれては逃げ、囲まれては逃げを繰り返していた彼は、すっかり鼻がまいってしまったのだろう。今だって、若いお嬢様方に捕まっていたところを「仕事の連絡が入ったので」と嘘をつき、抜け出してきたばかりだ。
こうなることはあらかじめ予想できていた。そう思いながら、私は隣に立つ彼――兄であり、上司でもある大神勇斗を仰ぎ見る。
百八十センチを超す長身、スポーツで鍛えられた逞しい肉体にオーダーメイドのスーツを纏い、姿勢良く凛と立つ。彼は身内の贔屓目を抜きにしても野性的でとても男らしく、精悍だ。普段は下ろしている濡れ羽色の前髪を、今夜は整髪剤で軽く後ろに流し額を露わにしているのが、妙に色っぽくて様になっている。
光沢のあるネイビーの生地で誂えた、クラシカルなスリーピーススーツがまたよく似合っていて、俳優やモデルと言われても納得できるほど格好良い。
おまけに名家の三男坊で、若くして一流企業の常務取締役に就任したエリート。かつ独身とくれば、会場にいる女性達がわらわらと寄ってくるのも道理だろう。
彼と話したがっている招待客は女性だけではない。ビジネスでもプライベートでも、彼と繋がりを持ちたいと考える人間はたくさんいるのだ。
だから彼は、昔からこういう場に参加することを苦手としていた。本人曰く、自分が鯉の餌になったような気がして嫌だし、面倒なのだそうだ。
自分に群がる女性達を鯉と称する感性はさておき、苦手と言いつつも本心を綺麗に隠し、如才ない笑顔と堂々とした態度で相手を上手くあしらうのだからすごい。未だこういう場に慣れず、緊張してしまう自分とは大違いだ。
(本当に、私がパートナー役でよかったのかな……)
兄の専属秘書を務めている私は、今日は仕事としてパーティーの同伴を仰せつかっている。
彼に恥をかかせないよう、『派手すぎず、されど地味すぎず』を心がけ、自分なりに精いっぱいドレスアップしてきたつもりだけど、どうだろう?
彼のスーツに合わせて選んだネイビーのドレスはマーメイドラインで、オフショルダー風のエレガントなデザインが気に入っている。胸元をレース生地で覆う形のドレス本体は無地でシンプルながらも、レースの花模様が華やかさを演出していた。
だが服は素敵でも、それを纏う私の容姿は平々凡々。パーティー仕様でいつもよりお化粧に力を入れたとはいえ、彼と釣り合っていないのでは? と、心配は尽きない。
このドレスは本当に自分に似合っているのだろうか。やっぱり、着慣れたスーツ姿の方が無難だった?
ううん。そもそもパートナーは私ではなく、もっと場慣れしたベテラン秘書にお願いした方がよかったのかもしれない。……と、今更の不安が次から次へと湧いてくる。
(はあ……)
そんな気持ちで自分のドレスのスカートを見ていたら、彼が呆れた顔で、「まだ不安がっているのか」と言った。
「う……、だって……」
「そんな心配しなくても大丈夫だ。よく似合ってる」
そう言って、彼はサイドを編み込んでシニヨンにした髪型が崩れない程度に、私の頭をぽんぽんと叩く。
「ゆうちゃ……」
っと、いけない。ついいつもの呼び方が口から出かけたが、今は仕事中だと改める。
「ありがとうございます、大神常務」
「おう。というわけでお前のドレス姿も堪能したことだし、帰るか」
(あはは……。結局、行きつくところはそこなんだね)
やたらと帰りたがる上司に苦笑して、私は「仕方ありませんね」と頷いた。
先ほど彼がぼやいていた通り、必要な相手への挨拶は全て済ませてある。できればパーティーの終わりまでいてほしかったけれど、当人がこれほど嫌がっているのだから、だらだらと居座り続けるのはストレスが溜まるだけだ。
(今日は、女性の参加者がやけに多かったし)
大勢の女性達に話しかけられるという、普通の男性なら喜びそうなシチュエーションも、彼にとっては面倒でしかなかったらしい。
かくしてパーティーの途中で帰ることを決めた私達は、主催者に一言声をかけようと、相手の姿を捜した。
すると目当ての人物とは別の相手が、こちらに気づく。
「大神くん! なんだ、こんなところにいたのかね」
見事な太鼓腹を抱えた中年の男性が、笑みを浮かべて近づいてくる。隣には、ピンク色の可愛らしいドレスを着た若い女性がいた。年齢や顔立ちからして、彼の娘だと見当がつく。
「……誰だ?」
相手に聞こえないよう小声で尋ねる彼に、私も声をひそめて答えた。
「水川商事の水川社長とそのお嬢様です。うちとは直接取引はありませんが、以前別のパーティーでお言葉を交わされていましたよ」
しかし彼は「覚えてないな」と、あっさり言い捨てる。
まあ、無理もない。そういう相手は数えきれないほどいるし、いちいち覚えていられないだろう。
そのために秘書である私がついてきたのだ。今日の招待客のデータは、全て頭に叩き込んでいる。
せめてこれくらいの役目は果たさなければと、私は彼に相手の情報を伝えた。
「水川社長とは、前回ゴルフの話で盛り上がっておられました。ちなみに、お嬢様とお会いするのは今回が初めてです」
小声で言い終えたタイミングで、水川社長とお嬢様が目の前で足を止める。
「久しぶりだねぇ、大神くん。よかった、君に会いたいと思っていたんだ」
「お久しぶりです、水川社長。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
さっき「覚えてない」と言っていたのが嘘のように、彼は親しげな笑顔と丁寧な口調で水川社長の相手をした。
「いや何、君は人気者だからね。今日も女性陣に囲まれていただろう? 見ていたよ」
はっはっはと鷹揚に笑いながら、水川社長は自分の娘を彼に紹介する。
「私の長女で、麻衣子というんだ。今年二十歳で、都内の女子大に通っている。君にぜひ紹介したくて、連れてきたんだ」
「はじめまして。水川麻衣子と申します」
綺麗な黒髪をふんわりと結い上げたその女性はぺこりと頭を下げると、頬を赤らめてじいっと彼を見つめた。
兄の容姿は、うら若き乙女の心をがっちり掴んだらしい。
「綺麗なお嬢様ですね、水川社長。はじめまして。大神勇斗と申します」
彼はにっこりと笑みを浮かべると、ついで私を麻衣子さんに紹介した。
「彼女は私の秘書で」
「はじめまして。大神の秘書を務めております、大神小春と申します」
「え、大神……? もしかして、お二人はご夫婦なのですか?」
私達の苗字が同じだから、麻衣子さんは咄嗟にそう連想したのだろう。
「いえ、小春は……」
「麻衣子、彼女は大神くんの妹さんなんだよ。確か、今年から大神くんの専属秘書になったんだってね」
言いかけた彼に代わって答えたのは、水川社長だった。
「はい。今は兄の下で勉強させてもらっています」
「ええっ、ご兄妹なんですか!?」
麻衣子さんは目を見開き、信じられない……と言いたげな表情を浮かべた。
こういう反応には慣れている。野性的な美形の兄に対し、凡庸な容姿の妹。私達はまったくといっていいほど似ていない。
だって、私達は……
「びっくりです~。全然似てないんですねぇ」
麻衣子さんは私の方を見て、くすっと笑った。
その笑顔には、わずかながらも嘲りの色が滲んでいる。
(あはは……)
このお嬢様、見た目は清楚で可愛いけれど、なかなかにいい性格をしているらしい。
「こら、失礼だろう麻衣子」
水川社長も言葉でこそ娘をなだめたものの、その顔は笑っていた。
「いいんですよ。似ていない兄妹だとは、よく言われますので」
そう彼がとりなすと、水川社長は「ははは」と笑い声を上げ、私に視線を向けた。
「似ていないのは当然だ。何せ、彼女は――」
「……っ」
「小春」
水川社長が言うのを遮り、彼が私の名を呼ぶ。
「悪いが、飲み物をとってきてくれないか。シャンパンをもう一杯頼む。水川社長とお嬢様もいかがです?」
「あ、ああ。じゃあ、私も同じ物をお願いするよ」
「私はグレープフルーツジュースがいいです」
「かしこまりました。少々お待ちください」
一礼し、私は足早に彼らのもとを離れた。
兄はたぶん、用を言いつけることで、私をあの場から逃がしてくれたのだろう。
「はあ……」
水川社長がさっき言いかけたことは、おそらく私の出自についてだ。
別段隠してはいないが、人が大勢いる場所で、あんな風に笑いながら話されたくはない。兄の気遣いは、ありがたかった。
(シャンパン二つと、グレープフルーツジュース一つ……だったよね)
近くにスタッフの姿がなかったので、飲み物が置かれているテーブルに私が直接向かう。
今日のパーティーは立食形式で、そこかしこに料理や飲み物を並べたテーブルがあった。会場の端には歓談用のテーブルセットがいくつか設えられている。
他にも、商談のためのボードルーム、いわゆる会議室を上の階に二部屋ほど押さえてあるのだとか。
さすが、日本有数の大企業。会長の喜寿祝い一つに、えらい気合の入れようだ。
あまり食べられなかったけれど、少しだけ口にしたお寿司もお酒もすごく美味しかった……と思いつつ目当てのテーブルに行き、持っていた空のグラスを戻す。ついで、小さめのトレイにシャンパンのグラスを二つとグレープフルーツジュースのグラスを一つ載せた。
「おお、小春ちゃんじゃないか」
(うっ。こ、この声は……)
背後から聞こえてきた声に、嫌な予感を覚えつつ振り向く。そこには、趣味の悪いスーツに身を包んだ中年の男性が立っていた。
脂ぎった肌に、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる分厚い唇。彼はどことなくガマガエルを髣髴とさせる。
「源田専務……。専務も、飲み物をお求めですか?」
この男性はうちの会社と取引のある企業の専務で、私と何度か接待や契約の場などで顔を合わせたことがある。今日のパーティーでも、すでに挨拶を済ませていた。
「ああ、ワインを取りに来たんだ。うちの秘書は小春ちゃんと違って気が利かなくてねぇ、何度言っても間違えて持ってくるから、自分で足を運ぶことにしたんだよ」
「そうなんですね」
愛想笑いを浮かべて相槌を打ちつつ、私はさりげなく源田専務と距離をとった。
この人は、秘書達の間で密かに『セクハラガエル』とあだ名されるほどのセクハラ常習者なのである。うちの女性社員が何人も被害に遭っているし、かくいう私も過去に何度かお尻を触られたり、遠回しに枕営業を求められたりしたことがあった。
部下に対する態度も横柄で、いつも無理難題を秘書や部下に押しつけるせいで、会う度に同伴者の顔が変わるというのは有名な話。
つまり、一対一ではなるべく会いたくない相手だ。
(秘書が飲み物を間違えるっていうのも、指示通り持ってきたものに「自分が言ったのはこれじゃない」「お前の聞き間違いだ」とか言って、いちゃもんつけてるだけなんだろうなぁ)
源田専務付きになってしまった秘書に同情を禁じ得ない。あの会社も、どうしてこんな問題のある人間を重役に据えているのか。
「いやあ、さっき会った時も思ったけど、今日の小春ちゃんは一段と可愛いねぇ。やっぱり若い女の子はいいなぁ。特に、小春ちゃんみたいに胸の大きい子、おじさん大好き」
(ひぇ……っ)
人の胸元をじろじろ嘗め回すように見ながら言う源田専務に、嫌悪感が湧く。
うん、ここは早く退散しよう。
「大神が待っておりますので、私は失礼いたしますね」
「まあまあ、もう少しいいじゃないか」
(げっ)
立ち去ろうとした私の腕を、源田専務がはしっと掴む。
汗ばんだ手に触れられて、ぞわっと鳥肌が立った。
「実はね、小春ちゃんの会社にまた新しい仕事をお願いしようと思ってるんだ。その話、聞きたいだろう?」
「そ、そういうお話でしたら、常務の大神も交えて……」
というか、そんな話があったならさっき挨拶した時に口にしていたはずだ。どうせ嘘に決まっている。
「いやいやいや! おじさんはまず先に、小春ちゃんだけに教えてあげたいんだよ。ね? いいでしょ?」
私の腕を掴んでいた手が、今度はさりげなさを装って背中、そしてお尻に回った。
(ちょっ……!)
「やめてください、源田専務」
「ん~? 声が小さくて聞こえないなぁ」
(こ、この、セクハラ親父!)
大声を出さなかったのは、こんな場所で騒ぎを起こしてはお互いに困ると思ってのことだ。
そもそも、取引先のパーティーでよその会社の秘書にセクハラ行為を働くだなんて、何を考えているのか、この人は。
「お願いですから、放しっ――」
「おや、源田専務じゃないですか」
なんとか源田専務から離れようとしたその時、聞き慣れた凛々しい声が割って入ってきた。
「お、大神くん……」
水川父娘と談笑していたはずの兄がにっこりと笑みを浮かべ、源田専務の顔を一瞥する。
その表情は、口元こそ優美に弧を描いていこそすれ、目はまったく笑っていない。
「うちの小春に、何かご用でも?」
丁寧な口調ながらも凄みのある声と鋭い眼光に気圧されたのか、源田専務は慌てて私から身を離すと、「いや、いやいや、す、少しおしゃべりしていただけだよ」と言ってこの場を後にした。
目下の相手にはとことん横暴に振る舞う源田専務も、取引先の重役であり、名門一族の御曹司である彼には弱いらしい。
「……ったく、あのスケベ親父が」
その後ろ姿にチッと舌打ちをし、兄が小声で悪態をつく。
そして私を見て、「ちょっと目を離すとすぐこれだ。おい小春、今すぐ帰るぞ」と言った。
「えっ、でも、水川社長とお嬢様は?」
「会社から急な連絡が入ったって言って抜け出してきた。問題ない」
私が離れたあと、彼は予想通り水川社長に娘さんとの縁談を打診されたらしい。
当たり障りのないよう断っても食い下がられ辟易していた時、私が源田専務に絡まれているのに気づいた。そこで適当な言い訳をでっちあげ、水川父娘と別れて助けに来てくれた……と。
「ありがとう。でも、迷惑かけてごめんなさい」
自分がもっと毅然と対応できていたら、兄の手を煩わせることもなかっただろう。
秘書として彼をサポートするために同伴したというのに、逆に手間をかけさせてしまって、申し訳ない。
そう落ち込む私に、彼は「俺こそ、お前を一人にして悪かった」と謝る。
「ゆうちゃん……」
「……呼び方。まだ仕事中だろ」
ふっと笑って咎めるその声は温かくて、私を見る瞳も表情も優しかった。
「あっ、ご、ごめんなさい」
私は普段、兄のことを『ゆうちゃん』と呼んでいる。
だが、彼の言う通り今はまだ仕事中だ。
「失礼いたしました、大神常務」
「ああ。それじゃ、主催者に挨拶してここを出るぞ」
「はい」
兄にエスコートされ、主催者のもとへ向かう。
そこで途中退席する失礼を詫びた私達は、そのまま会場のホテルを後にした。
(また、ゆうちゃんに助けられちゃったなぁ……)
私はもうずっと、それこそ初めて出会った時から、彼に守られ、助けられてばかりだ。
ちょっと口の悪いところもあるけれど、優しくて頼りになる上司であり、格好良くて自慢の兄でもある、ゆうちゃん。
私とはかけらも似ていない、私の……大切な家族。
水川社長が言っていたように、私達が似ていないのは当たり前のことだ。
だって、私は彼の本当の妹じゃない。
私達に、血の繋がりはないのだから……
☆ ★ ☆
私、大神小春は、本当の親が誰かもわからない元捨て子だ。
初冬の、穏やかな春に似た日和が続く時節に生まれたから『小春』と、そう名付けてくれた今の両親が実の父母ではないと知ったのは、物心ついたころ――確か、幼稚園の時……だった気がする。
世間では、親や兄姉が「お前はうちの子じゃない。実は橋の下で拾った子なんだ」と言って子どもを脅かしたりすることがあるらしいが、我が家の場合は冗談にならないからか、家族にそんな言葉をかけられたことはない。
まあ、私は橋の下ではなく森で拾われた子どもなんだけれど。
私は生後間もないころ、大神家が所有する別荘近くの森に捨てられていたのだそうだ。
白いおくるみに包まれ、木の根元で泣いていた私を見つけてくれたのは、この時たまたま家族と別荘に滞在していた大神家の三男坊、大神勇斗――ゆうちゃんだった。
当時五歳だったゆうちゃんは、朝方、家族の目を盗んでこっそり森へ探検に出かけていたらしい。
すると、木立の奥から泣き声がしたので、猫でもいるのだろうかと思って探してみたら、人間の赤ん坊……つまり私が転がっていた、というわけ。
どんな事情があって別荘地の森に捨てられたのかはわからないけれど、この時彼に発見されていなければ、私は人知れず命を落としていただろう。
そして幼いゆうちゃんは、私を抱えて別荘に戻った。
突然赤ん坊を抱いて戻ってきた三男坊を見て、家族はパニックに陥ったという。まあ、五歳児がどこかから赤ちゃんを連れてきたのだから、そりゃあびっくりするよね。
そんな中、彼は私を「こいつは俺が見つけた。だから俺のものにする!」と言い張って放そうとせず、「赤ちゃんを渡しなさい」と迫る大人の手から逃げ回ったと聞いている。
とはいえ、所詮は五歳の子ども。すぐに捕まって赤ん坊を取り上げられた。
他の家族は「俺のものって……」と呆れていたそうだけど、この話を聞いた時、私は嬉しかった。
私はゆうちゃんのものだからこれからもずっと傍にいていいんだ、って。そう思えたから。
その後、私はゆうちゃんの強い希望もあり、また私を捨てた人物も肉親も見つからず他に引き取り手もいなかったことから、大神家に養女として迎えられた。
私はとても幸運だ。
『小春』という名前を与えてくれた大神家の両親は、私を実子と分け隔てなく深い愛情を持って育ててくれたし、上の兄二人も年の離れた妹をとても可愛がってくれた。
父方の祖父母だって、躾こそ厳しかったけれど、それは兄達に対しても同じだったし、差別することなく本当の孫のように接してくれたのだ。
私を見つけたゆうちゃんも、少しばかり乱暴で俺様気質なところはあったものの、根は優しくて面倒見が良く、何くれとなく私の世話を焼いてくれた。
私はそんなゆうちゃんのことが大好きで、小さいころからずっと、彼の背中ばかり追いかけていたように思う。
家族はみんな、私に優しい。
私を家族として、温かく受け入れてくれた。
もっとも、捨て子であった私を快く思わない人達は、周りにたくさんいる。
私が引き取られた大神家は古くから続く名家で、複数の会社を傘下に収める大企業の経営者一族でもある。
そんな一族の本家に、どこの馬の骨とも知れない娘を養子として迎えるなんてとんでもないと、反対する親戚は多かったそうだ。
祖父母や両親の手前、あからさまに言われることこそなかったとはいえ、家族の目の届かないところで意地悪されたり、嫌味を言われたり陰口を叩かれたり……なんてのはよくあることで。
だから私は、両親から事情を説明されるより早く、物心つくころにはすでに自分が捨て子で、家族とは血が繋がっていないのだと自覚していた。
他の子ども達が当たり前のように持っている家族との血縁――確固たる繋がりを、私だけが持っていない。
それは私にとって、今も昔も変わらない最大のコンプレックスだ。
親戚だけでなく隣近所でもこそこそ噂されて、幼いころはよくいじめっ子達に『捨て子』とか『もらわれっ子』とかと、からかわれたっけ。
そういう時、反論もできずめそめそ泣くばかりだった私を助けてくれたのは、ゆうちゃんだった。
私がからかわれていると、どこからともなくやってきて、いじめっ子達を蹴散らしてくれたのだ。
今でも時折夢に見る。
あれは確か、私が小学校に入学して一月ほど経ったころのことだ。
最初は私の事情を知らなかった同級生も、うちの近所に住む子達の口から私が捨て子であることを聞かされて、からかってくるようになっていた。
その日、私は当時六年生だったゆうちゃんと一緒に帰る約束をしていたため、昇降口近くで彼を待っていた。そこへ同じクラスの男の子達が近づいてきて、「お前、捨て子なんだってな」と言ってきたのだ。
ああ、またかと思いつつ無言で俯く私を小突いて、男の子達は笑いながら囃したてる。
『やーい、親なしっ子』
『親に捨てられるなんて、カワイソーなやつ~』
『お前、いらない子じゃん』
『……っ』
意地の悪い笑顔で絡んでくる男の子達が怖かったし、面白半分にからかわれて、悲しかった。特に『いらない子』という言葉が、胸にグサグサ突き刺さったなぁ。
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