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しおりを挟む一 身代わりの逢瀬
「やっと終わった~」
「ねえねえ、これから飲みに行かない?」
オフィスの壁にかけられた時計の針が午後六時を指すと、みな作業を止め、帰り支度を始める。
中には楽しげに、このあとの予定を話す人達もいた。
そんなやりとりを横目に、私も仕事で使っているノートパソコンをシャットダウンして、机上の電卓を引き出しの中にしまった。
私、桜井志穂は、事務機器やOA機器を扱う商社で経理事務をしている。
所属している経理課は定時退社が推奨されていて、月初や決算前以外は基本、みんな定時で上がれた。
今日は花の金曜日。二連休を前にした仕事終わりということもあって、帰り支度をする同僚達の表情は解放感に溢れ、とても晴れやかだった。
(でも、私は……)
電源が落ち、真っ黒に染まった液晶画面に、冴えないOLの顔がぼんやりと映る。
肩下まで伸びた髪は、仕事中はいつも首の後ろで一本に結わえていた。化粧も最低限で、華やかさは微塵もない。
「…………」
疲れの色が見える表情がいつも以上に陰気くさい。私は自分から目を背けるようにパタンとノートパソコンを畳んだ。
(早く、行かなくちゃ……)
「桜井さん」
席を立ったところで、同僚に声をかけられた。
彼女は私の同期で、同じ経理事務員の鈴木さんだ。栗色に染めたふわふわの髪が、彼女の愛らしい顔立ちによく似合っている。
「これから何人かで、女子会としてごはんを食べに行こうって話してるんだけど、桜井さんもどう?」
鈴木さんは社交的な性格で、しばしば会社の人と飲みに行ったり食事に行ったりしているらしい。そして私のような付き合いの悪い人間にも、明るく誘いの言葉をかけてくれる。
(女子会かあ、楽しそう)
正直、行ってみたいと思った。けれど――
「ごめんなさい。今日は、先約があって……」
私はぺこりと頭を下げ、鈴木さんのお誘いを断った。
「そっかそっかー。先約って、もしかしてデート?」
「……みたいな、ものです」
鈴木さんの言葉に、私は曖昧に笑う。
「ごめんなさい」
「いやいやいや、気にしないで! こっちこそ、急に誘ってごめんね」
「いえ、声をかけてもらえて嬉しかったです。また誘ってください」
私はもう一度頭を下げ、バッグを手にオフィスを出た。
すると背中越しに、鈴木さんや他の女性社員達の声が聞こえてくる。
「ほらー、やっぱ桜井さんだめだったじゃん」
「んー、今日こそはって思ったんだけど」
「金曜日は毎週そそくさと帰っちゃうんだよね。彼氏とデートかあ、いいなあ」
「でも、デートにしてはテンション低くない?」
「桜井さん、いっつもテンション低いじゃーん」
あははははと、女性社員達の笑い声が耳を打つ。
確かに今の自分の顔は、恋人と会う女にしては暗すぎるし、テンションも低すぎるのだろう。
(だって、仕方ない……)
これから会う彼は、『私の恋人』ではないのだから――
更衣室で制服から通勤着に着替えた私は、足早に会社の最寄り駅へと向かう。
そして改札内にあるコインロッカーから、小ぶりなキャリーケースを取り出した。
その、なんの変哲もない黒いキャリーケースをガラガラと転がして電車に乗り、二駅先で降りる。
真っすぐ進む先はトイレ。この駅は数年前に改装されたばかりで、トイレも新しくて綺麗かつ、個室が広めなのでとても助かっている。
幸いにしてトイレは混んでいなかった。私は個室に入り、キャリーケースを開ける。
この中には服、靴、アクセサリー、メイク道具が一式入っている。私は地味な通勤着を脱ぎ、キャリーケースに入っていた服に着替えた。
今日持ってきたのは、なめらかな光沢が美しいホワイトシルクの半袖ブラウスと、鮮やかな深紅のウールツイードスカート。膝丈のプリーツスカートで、重厚感のあるシルエットが非常に上品に見える。アクセントとして、腰にはゴールドのチェーンベルトを巻いた。
そして上に羽織るのは、スカートとお揃いのジャケット。シャツは長袖にしようかとも思ったけれど、このジャケットを着るから、結局半袖にした。まだ十月の半ばだし、これくらいがちょうどいいだろう。
ストッキングも穿き替えて、通勤用のぺったんこ靴を七センチヒールの黒いパンプスに替える。
次に取り出したのはヘアアイロン。これはコードレスタイプで、充電しておけばコンセントに繋がなくても使えるから重宝している。
私はひっつめ髪を解き、毛先をふんわりと巻いた。続いてティアドロップ形で内側に小粒のダイヤモンドが輝く、ゴールドのイヤリングを着ける。
そこまで終わったら、通勤用のバッグの中身とメイクポーチをこの服に合わせたブランドバッグに入れ、残りの荷物をキャリーケースにしまって、個室を出た。
そして仕上げは、女子トイレ内にあるパウダールームで。
一度メイクを落とし、ファンデーションを塗り直すところまでは、会社のトイレでやっておいた。
あとはいつかデパートの美容部員さんに教わったように、チークをほんのり塗り、アイラインを引き、ブラウン系のアイシャドウをまぶたに重ねていく。
眉ペンシルで眉毛も整えて、睫毛にマスカラを塗り、品の良いピンクのルージュを引いたら完成だ。
人が多く出入りする駅のトイレに長時間居座るのが申し訳なく、メイクはなるべく早く終わらせるようにしている。
それでも、いつもの何倍もの手間をかけて施した化粧は、私の顔の印象をがらりと変えた。
(……ああ、本当に、見てくれだけはそっくり)
鏡に映る自分に、にっこりと笑いかける。
この笑い方も、このメイクも、この服装も。全て私の亡くなった姉を模したものだ。
(行かなくちゃ。美穂の、代わりに……)
自分の姿に不備がないか鏡でチェックして、トイレをあとにする。
駅の出入り口付近にあるロッカーにキャリーケースを預け、そこからはタクシーを使い、彼の待つホテルに向かった。
道すがら、タクシーの運転手さんに「デートですか?」と尋ねられる。
それに、会社で鈴木さんに聞かれた時と同じく「ええ、そんなようなものです」と答えた。
私はこれから、死んだ双子の姉の代わりに、姉の婚約者だった男性と会う。
姉の美穂と私は一卵性の双子で、同じ顔かたちをしていた。
けれど同じなのは造形だけ。中身は正反対。
地味で内気な私と違って、美穂は明るく社交的で、いつも人に囲まれていた。
見た目も華やかで、自分を磨く努力を怠らず、どんな時も綺麗に装っていた美穂と、私を見間違える人はいなかった。
だけど今、私はこうして美穂そっくりに自分を作り変えている。
たぶん、会社の人が今の私を見ても、すぐにはあの地味で冴えないOLの桜井志穂だと気づかないんじゃないかな。
そんなことを思っている間に、タクシーは目的地である都内でも有数の高級ホテルに着いた。
彼はよく、私との逢瀬にこの場所を選ぶ。お互いの勤め先から近く、通いやすいからだろう。
高級ホテルらしい毛足の長い絨毯の上を歩き、一階にあるカフェラウンジに向かう。そこが彼との待ち合わせ場所だ。
約束の時間は七時で、今は六時四十分を少し過ぎたあたり。少し早いけれど、彼はもう来ているかもしれない。
「志穂」
彼の姿を探して席を見回すと、聞き慣れた声が私の名を呼んだ。
「楓馬さん……」
声がした方に視線を向ければ、四人用のソファ席に座り、こちらに軽く手を上げている人物がいる。
長身で細身の身体にぴったり合ったフルオーダーのスーツを嫌みなく着こなす彼の名は、三柳楓馬。業界でも一、二を争う大企業、三柳建設の御曹司で、亡くなった姉の婚約者だった人。
そして、今は私の婚約者でもある人だ。
顔立ちは人形のように整いつつも優しい雰囲気があり、淡い茶色の髪と相まって優雅な印象を与える。人の――特に女性の目を惹きつける容貌だ。現に今も、カフェラウンジにいる女性客がちらちらと彼を見ては頬を染めていた。
気持ちはわかる。私だって、楓馬さんを見ると未だに心が騒いでしまうもの。
「お待たせしてすみません」
女性達の熱い視線に居心地の悪さを覚えながら、私は彼のもとへ行き、遅参を詫びた。
「ううん、俺も今さっき着いたばかりだから、気にしないで」
楓馬さんはそう言って、自分の向かいに座るように勧める。
私が着席すると、タイミング良く店員さんがオーダーをとりにきた。
彼の前にはホットコーヒーのカップ。私も同じものを頼んだ。店員さんが席を離れたのを見て、楓馬さんが再び口を開く。
「今日も綺麗だね、志穂。そのイヤリングも着けてもらえて嬉しい。よく似合っているよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
私の耳を飾っているイヤリングは、以前彼に贈られたものだ。
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……でも同じだけ、胸が痛い。
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けれど、私の両親はどうしても彼の家――三柳家と繋がりを持ちたかったし、楓馬さんもまた、私が新しい婚約者になることを望んだらしい。
私が、見てくれだけは美穂にそっくりだったから。
そう。楓馬さんは私を通して、亡くなった姉を見つめ続けている。
彼が与えてくれる優しさも、愛情の籠った甘い眼差しも、全ては私ではなく、美穂に向けられたもの。
そうとわかっていて、私は楓馬さんに会いに来る。
それを私の両親と、彼自身が望んだから。
そして、私も楓馬さんを……
「志穂?」
「……っ、ごめんなさい。ぼうっと、しちゃって」
食事の途中、物思いに耽っていたところに声をかけられ、慌てて謝る。
あのあとラウンジでコーヒーを飲んだ私達は、楓馬さんが予約してくれていた、ホテル内にあるフレンチレストランに移動し、夕食をとっていた。
「仕事で疲れているのかな? いつも俺の都合で呼び出してごめんね」
「いえ、そんな……」
気遣われ、心苦しくなる。
大企業の後継者として日々多忙を極めている彼に比べたら、私の仕事の疲れなんて軽いものだ。
私は曖昧に笑って、食べかけの肉料理を切り、口に運ぶ。
神戸牛ロースのポワレ、だったっけ。ミディアムレアに焼かれたお肉はうっとりするほど柔らかく、脂もしつこくなくて、とても美味しい。
他の料理も、見た目、味ともに最高の一品ばかりだった。
しかも、ホテルの上階に位置しているので、テーブルから都内の夜景が一望できる。いかにも人気のデートスポットといった感じの店だ。
彼は、身代わりの私にも非常によくしてくれる。高価なプレゼントをくれて、素敵なレストランで美味しい料理を食べさせてくれる。
たぶん、これが楓馬さんと美穂の当たり前のデートだったのだろう。
思えば姉は、いつも上等なものに囲まれていた。そして、それが似合う人だった。
「すごく、美味しいです。ありがとうございます、楓馬さん」
美穂ならきっと、そう言って笑うはずだ。
生前の姉の華やかな笑顔を思い出し、なるべく似せて笑ったところ、楓馬さんは「よかった」と、嬉しそうに微笑んだ。
(楓馬さん……)
彼の笑顔を見ると、胸が熱くなる。
そして同じくらい、ツキンと痛くなる。
(ああ、どうして美穂は死んでしまったんだろう)
あんなことが起こらなければ、今ここでこうして彼と微笑み合っているのは、私ではなく美穂だったのに。
楓馬さんと会っていると、より強く、亡くなった美穂のことを意識してしまう。
そんな内心を表に出さないよう必死に笑顔を取り繕いながら食事を終え、私は彼に連れられて同じホテル内にある客室に移動した。
楓馬さんとの逢瀬は、ホテルで食事をしてそのまま客室に籠るパターンが多い。二人で泊まっていくこともあれば、どちらかが先に帰ることもある。そのあたりは都合によってまちまちだ。
彼にエスコートされてやってきたのは、いつもと同じ、広々とした部屋の中央に立派なベッドが置かれたダブルルーム。室内はブラウンを基調とした落ち着いた色合いでまとめられていて、一流ホテルならではの上品な雰囲気を醸し出していた。
部屋の奥にある大きな窓からは、先ほどのレストランと同じく都内の夜景を楽しめる。
けれどこれまでの経験上、ゆっくりと夜景を眺めることはないだろう。
「志穂……」
バタンと重い音を立てて、私達の背後でドアが閉まる。
まるでその音を合図にするかのように、楓馬さんは私を強く抱き締め、唇を奪った。
「んっ……」
激しく貪られ、否応なく、身体に情欲の火が灯る。
食事のあと、レストランの化粧室で塗り直した口紅は、きっとすっかり剥がれてしまっただろう。
「んっ……んぅ……っ、ふあ……っ」
「……っ、やっと、二人きりだね」
熱っぽく囁いて、楓馬さんはくすりと笑う。
彼の薄い唇は、私の唇から移った口紅の色でほんのりと染まっている。それが妙に艶っぽくて、背筋がぞくっと震えた。
「可愛い、志穂……」
「……あっ……」
そして今度は首筋に口付けられ、甘噛みされる。
その刺激は甘い官能をもたらし、より私の劣情を煽った。
外ではとても紳士的な人なのに、二人きりになったとたん、楓馬さんは少しばかり性急に、荒々しく事を進める。
けれど私は、彼が見せてくれるそんな一面も嫌いになれなかった。
「あ……っ、ん……っ、は……っ」
再び唇を奪われ、身体が軋むほど強く抱き締められる。
息が苦しい。でも……やめられない。やめたくない。
「はぁ……っ、あ……っ」
楓馬さんとするキスは、いつも私を熱くする。
彼の舌で歯列をなぞられ、舌を絡め取られるだけで、私の中の女の部分が疼いて疼いてたまらなくなるのだ。
「……志穂……」
「……っ」
いったん顔が離れたかと思うと、吐息交じりの熱い声に名を呼ばれ、ドキッとする。
志穂、と確かに自分の名前を呼ばれたのに、一瞬『美穂』と呼ばれた気がしたのだ。
(なにを、馬鹿なことを……)
私は美穂の身代わりなんだから、そう呼ばれたっておかしくない。なのに『美穂』と呼ばれたような気がしただけで、こんなにも胸が痛むなんて……
傷つく資格など、私にはないのに。
(……ごめんなさい……)
罪悪感が込み上げてきて、私は心の中で亡き姉に謝った。
妹が自分に成り代わって婚約者に抱かれるのは、美穂にしてみればさぞ業腹だろう。
なのに私は、彼の手を振り払うことができない。
それどころか、自ら進んで楓馬さんに身を投げ出してしまっている。
(ごめんなさい……)
謝ったからといって許される行為ではないと、わかっている。
亡くなった姉の代わりに抱かれるのは、不毛な行為だとも。
それでも私は、彼と会うことをやめられないのだ。
楓馬さんに抱かれることを、心の底から拒めない。
だって、私も彼を愛しているから。初めて出会った時からずっと、姉の婚約者であり、姉の恋人であった楓馬さんに焦がれている。
(楓馬さん……)
いずれ、こんな歪な関係は終わりを迎えるだろう。
今は私を美穂の代わりとして求めている彼も、遠からず目を覚ますはずだ。
だけどその時までは……。楓馬さんが私を望んでくれる限り、彼の傍にいたい。
だから私は姉への罪悪感を抱きながらも、彼が与えてくれる快楽に身をゆだねてしまうのだ。
一時のことだから許してほしいと、亡くなった姉に言い訳して。
(なんて、嫌な女だろう……)
そう自分を蔑みつつ、今度はどちらからともなく唇を合わせ、お互いの身体を弄り合う。
「ん……っ、はぁ……っ」
何度も何度も深いキスを交わす間に、楓馬さんは私の肩からバッグをとり、床に落とした。続いてジャケットも脱がされ、もつれ合うようにベッドに押し倒される。
「あっ……」
その拍子に、私の足から靴が脱げかけた。
すると、中途半端に爪先に引っかかった靴に気づいた楓馬さんが、恭しくそれを手にとり、床にそっと並べて置いてくれる。
さっき落としたバッグやジャケットとはえらい違いだ。この差はなんなんだろうと思っていたら、彼はにやっと笑みを浮かべ、私の右足をとった。
「えっ、あっ、やっ……!」
楓馬さんは床に跪き、あろうことか私の足を――ストッキングに包まれた爪先を口に含む。
「だ、だめっ、汚いっ……」
「汚くなんてないよ」
そう言って、楓馬さんは親指の腹をぺろっと舐めた。
「んんっ……」
ねっとりと唾液を絡ませた舌に舐められただけで、私の身体はびくっと反応する。
止めなければならない。彼にこんなことをさせてはいけない。そう思うのに、ちゅぱちゅぱと音を立てて足の指をねぶられるのが気持ち良くて、足の裏を舐められただけで感じてしまって、止められなかった。
「はあっ……」
それに気を良くしたのか、楓馬さんは左足も同様に愛撫する。
彼の舌に、唇に触れられる度、私はびくっ、びくっと身体を震わせた。
やがて楓馬さんはベッドに上がって私の左足を持ち上げると、足首から太もも、膝へキスを落としていく。
「ごめん、志穂。このストッキング、破いてもいい?」
そう尋ねてくる彼は、いつも以上に興奮しているように見えた。
「……っ」
戸惑ったけれど、楓馬さんがそうしたいならと、小さく頷く。
「ありがとう」
彼は嬉しそうに微笑み、ストッキングに手をかけ、びりっと破いた。
「んっ」
左足だけでなく右足も、一か所だけでなく何か所も破かれて、私の両足を包んでいた薄い膜にはいくつもの穴が開いてしまう。
(なんだか、乱暴されているみたい)
荒々しくストッキングを破られ、無理やり犯されている気分になる。
でも怖いとか、嫌だとかは微塵も感じなくて、むしろ……興奮してしまった。
私って、自分で思うよりずっと変態なのかもしれない。
「んっ……」
そう思考を巡らせている間に、露わになった足に楓馬さんの唇が落ちてくる。
「あっ……ぁ……はぁっ……」
薄い膜越しに舐められるのとはまた違った感触に、艶めかしい吐息が零れた。
「はぁっ……、……ん……っ」
ぺろぺろと生肌を舐められて、軽く甘噛みされる。くすぐったくて、こそばゆい。
それでも楓馬さんは、痕が残るほどきつく吸ったりはしない。一度、服で隠れない部分に痕をつけられた時、「見えるところには残さないでほしい」とお願いしたのを、律義に守ってくれているのだ。
楓馬さんの唇は、どんどん上へと上がってくる。
スカートがめくられて、ストッキングと下着に守られた秘所が彼の眼前に晒された。
「…………っ」
楓馬さんとはもう何度も身体を重ねているけれど、こうしてまじまじと恥ずかしい部分を見られるのには未だ慣れず、つい顔を背けてしまう。
「……っあ……っ」
「んっ」
彼がそこに顔を埋めたかと思うと、布越しに、秘裂をぺろぺろと舐められた。
湿った感触が伝わってくる。なのにストッキングと下着に阻まれて、ひどくもどかしい。
早く直接触れてほしいのに、楓馬さんは執拗に、焦らすように布の上からの愛撫を続ける。
「あっ、ああっ……」
唇だけでなく指の腹で撫でられて、時折息を吹きかけられて、私はたまらず彼の頭を掴んだ。
「やっ、あっ、あっ……んっ」
気持ち良い、気持ち良い……っ。
でも、もどかしいの。これじゃ足りないの……っ。
「楓馬さ……っ」
求めるように、ねだるみたいに、私は彼の名を呼んだ。
すると楓馬さんは、私がそうするのを待っていたかの如く、愛撫の手をぴたりと止める。
「可愛いね、志穂」
彼はようやくストッキングごと私の下着に手をかけ、脱がしてくれた。
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