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第五章

王子様は永遠に 11

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「彼女のこと、多分好きだったんです。幼馴染みだったとか、同じ学校だったとか、全然そういうんじゃなくて、クラスが一緒になっただけの女の子でしたけど」

 颯太が瞳を伏せる。

「日誌の彼女の丸くて柔らかな字を見る度に恋をしてました。教科書を読み上げる声を聞く度に彼女に好きだと言われる夢を見ました」

 多分、ではない。本当に好きだったのだ。察して捺樹は複雑な気持ちになった。
 好きな女の子が自分をいじめる顔だけ男に想いを寄せていると知るのはどんな気持ちなのだろうか。捺樹は顔だけではないという自負はあるが、そんな価値を評価してほしいわけではない。

「ずっと、彼女を見ていたんです。気付かれないように、そっと視界の隅に入れて」

 その様は容易に頭の中に浮かべられた。自分もそんな微笑ましい恋ができたならば良かったのだろうか。

「ある日、彼女から話しかけてくれた時、嬉しかったんですよ。彼女が恋をしているのがあなたで、俺なんかちょうどいい繋ぎでしかないとしても浮かれていたかった。もしかしたら、これをきっかけに、なんて本気で思ってたんです」
「できたはずだよ」

 気休めではない。本心だった。こんな時に嘘を言うつもりはない。

「できなかったから、こうなってるんです」
「お前は敢えて最悪の方を選んだ。自分にとってマイナスの方向に刷り込んだ」

 颯太は言葉巧みなタイプではないが、無自覚にできるのだ。最近になってそれを意識している節がある。
 毎日言葉を交わして、彼女を誘導してきたのだ。いつも親切にされれば気持ちも揺れ動いただろう。高嶺の花よりも近場の雑草の方が身の丈に合っていると気付かせることができた。
 それなのに、彼は必要以上に協力した。少しずつ少しずつ毒を吐き出した。

「毎日刷り込みに失敗してる宝生先輩に言われても……」
「俺は別に失敗してないよ。刷り込んでるつもりはないからね」

 そんな誤解をしているから、彼は駄目なのだ。《ヤミーゴ》にはなれない。
 捺樹はクロエの心を操ろうとしているわけではない。初めこそ、大翔への当て付けで心を弄ぼうとしたが、今は違う。彼女の側にいたい、触れていたいというという自分の欲望に忠実なだけだ。

「あの子はわかってるんだよ。俺がどこまで踏み込んでくるか、わかってる」
「たまに嫌がってますよね」

 勝手な思い込みだとでも言いたいのだろうか。自分にしかわからないことなのだから、そう取られても仕方のないことなのかもしれない。

「それは警告。俺が、たまに自分を見失うから、距離を明確にしてくれる。俺を惑わすのは彼女なのに――わかるでしょ?」

 挑発するつもりはなかった。僅かに颯太の狂気が削れてきているのがわかる。元々、脆い鎧だ。荒療治をすれば捺樹は彼の心までも破壊するだろう。大して知らない後輩の少女のことはどうにもできないが、彼には否定しきれない情というものがある。
 そして、彼は今、少しずつ悪夢から覚めようとしている。

「大翔は面倒事を最小限で食い止めようとするけど、クロエは我慢する。優しいんだよね」

 クロエが誘いに乗らないのをわかっていて非生産的なことをしているが、捺樹には有意義なことだった。

「でも、あの人、ひどいことばっかり言ってましたよ」

 彼は愛されていないことを思い知らせたいのかもしれない。腹いせなのかもしれない。だけど、そんなことはわかりきっている。

「俺も全部聞いてたよ。ほんと、痺れるくらい残酷だよね。でも、俺、嬉しくて泣きそうだった」

 思い返せば興奮が再び沸き上がって止まらなくなりそうになる。今すぐ彼女に会いたい。会って辛辣な言葉を投げかけてほしい。そうして自分が生きているのだと実感させてほしい。


「クロエはあの子が俺を殺せないことをわかってたんじゃないかな? だから、あんなこと言ってショックを与えた。おかげであの子の意識が逸れてね」

 ちらりと捺樹は無造作に転がる美奈を一瞥する。彼女は何もかも甘かった。だから、捺樹は応じたのだ。自分が助からないとは思わなかった。
 呼び出しの手紙に捺樹が応じないということも考えなかったのだろう。来なければクロエに危害を加えるという旨のことを書いたところで多少の嫌がらせに彼女は屈しないし、捺樹だって守れないわけではない。
 実のところ、ここ数日、クロエへの手紙攻撃が激しいことに捺樹は気付いていた。その上で、こうなることを見越して彼女には我慢してもらった。必ず楽しませてあげるよ、と伝わらないことを胸に抱きながら。

「絶対本心ですよ、笑ってましたから」
「だろうね。でも、きっと忘れちゃうんだよ」
「龍崎先輩じゃあるまいし」

 自分の発言に責任を持てない大翔と持たないクロエ、二人は似ている。彼は面倒を忘れ、クロエは飽きれば忘れる。
 たとえば一年後、思い出話として語っても、「退屈」の一言で切り捨てるのだろう。

「だって、彼女、平然としてるでしょ? 夢見てたくらいの気持ちなんじゃないの?」

 先日の《ウェディングドレス殺人事件》のことだ。生嶋刑事が心配したようなことは彼女の身には起きていない。彼女自身が巻き込まれたあの事件ですら、やがて退屈なものに変わるだろう。既にそうなのかもしれない。

「あの人はそんなに冷血ですか?」

 女の子らしさを持っているように見えるが、彼女はそこに縋っていたいのだろう。全くの無傷ではないが、自分の痛みにさえ鈍感だ。傷付きやすいようで鋼鉄の心を持っている。
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