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第五章
王子様は永遠に 08
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颯太が飛び出して行った後で、クロエはノートパソコンを閉じ、そっと撫でてみる。そのピンクの可愛らしいデコレーションを施してくれたのは捺樹だ。
けれど、こうしている間にこの世から彼がいなくなるとは思わなかった。なぜかはわからない。クロエ自身彼のことはよくわからない。
自信家、ナルシスト、軽薄、女好き、色々な言葉をぶつけてきたが、効果はなかった。
彼に触れられ、自分よりも高いその体温を感じるとどこか安心するような気もする。生きている感覚が呼び起こされるのかもしれない。同じ属性だから少しばかり心地よいのかもしれない。嫌な気はしないが、好きだとは思わなかった。彼の囁く愛の言葉はまやかし、戯言だ。
初めは必死に拒んだ。彼に見詰められただけでホイホイついていくような女と一緒にはなりたくなかったが、次第に疲れてしまった。しつこさに負けたのだ。捺樹は大翔への当て付けに躍起になっていたのかもしれない。
すぐ近くに座ることを許し、肩を抱かれることも、髪を撫でられることも許すようになってしまった。時折、思い出したようにささやかな抵抗を試みるが、正直どうでも良かった。
クロエにとって捺樹は環境だ。家具や部室内の空気と同じだ。ソファーの一部である。いつも愛用の椅子に座っている大翔は置物だ。
時折、彼は妄想の材料になる話をしてくれる。触れられるのはその代償だ。ベタベタしているようでクロエにはわかる。その手に性的な意図がないことを。雰囲気だけで、彼の本心がそこにない。
だが、彼でなくともいいのだと思う。彼も自分も本当は寂しがり屋なだけ、同族が身を寄せているだけだ。大翔もそうなのかもしれない。
友達ではない。仲間でもない。誰が言い出したか《スリーアミーゴス》をもじって《スリーヤミーゴス》と言われるが、仲良しトリオではない。絆はない。
何があっても助けないのは力になれないとわかっているからだ。余計なことはしない。そして、どこかでは大丈夫だとわかっている。
果たして、そんなものが友情や信頼などと言えるだろうか?
本当に《スリーアミーゴス》、自分が男で、本当に仲良し三人組だったなら楽しかっただろうか。龍崎の敬遠も捺樹のボディタッチもなかっただろうか。自然に友達でいられただろうか。
クロエは思考を追い出すように頭を振る。考えても仕方がない。本当は不安なのだと認めているようなものだ。
ここにいるべきではない。帰ろう、そう思った時だった。
「御来屋ちゃん、一人か」
ノックもなく無遠慮に丈二が入ってくる。彼は顧問だから当然だと思っているのだろうか。
クロエは彼がこの犯研を壊すような気がしてならなかった。そうしようとした時、大翔はここを守ろうとするのだろうか。
「狙い澄ましてきたくせに白々しいと思わないんですか」
「何のことやら」
丈二はとぼけるが、全速力で飛び出していった颯太を見たに違いないのだ。
「それで、用件はなんです?」
彼と話すのは時間と労力の無駄だ。特に彼が好きな無駄な話はしたくない。
「俺なりに一人一人面談でもしようと思ったわけだ。でも、言ったって応じねぇだろ? おめぇらは」
その通りだろう。クロエ達には彼と面談をする理由がない。
「でも、私、もう帰りますから」
それで振り切れると思っていたわけではない。
「まだ時間はあるぜ?」
「今日は龍崎がいないので」
全てを言う必要はなかった。彼は把握している。以前に『どっちと付き合ってんだ?』と下世話なことを聞かれて、きっちり説明しておいたのだ。彼は納得したらしかった。
けれど、こうしている間にこの世から彼がいなくなるとは思わなかった。なぜかはわからない。クロエ自身彼のことはよくわからない。
自信家、ナルシスト、軽薄、女好き、色々な言葉をぶつけてきたが、効果はなかった。
彼に触れられ、自分よりも高いその体温を感じるとどこか安心するような気もする。生きている感覚が呼び起こされるのかもしれない。同じ属性だから少しばかり心地よいのかもしれない。嫌な気はしないが、好きだとは思わなかった。彼の囁く愛の言葉はまやかし、戯言だ。
初めは必死に拒んだ。彼に見詰められただけでホイホイついていくような女と一緒にはなりたくなかったが、次第に疲れてしまった。しつこさに負けたのだ。捺樹は大翔への当て付けに躍起になっていたのかもしれない。
すぐ近くに座ることを許し、肩を抱かれることも、髪を撫でられることも許すようになってしまった。時折、思い出したようにささやかな抵抗を試みるが、正直どうでも良かった。
クロエにとって捺樹は環境だ。家具や部室内の空気と同じだ。ソファーの一部である。いつも愛用の椅子に座っている大翔は置物だ。
時折、彼は妄想の材料になる話をしてくれる。触れられるのはその代償だ。ベタベタしているようでクロエにはわかる。その手に性的な意図がないことを。雰囲気だけで、彼の本心がそこにない。
だが、彼でなくともいいのだと思う。彼も自分も本当は寂しがり屋なだけ、同族が身を寄せているだけだ。大翔もそうなのかもしれない。
友達ではない。仲間でもない。誰が言い出したか《スリーアミーゴス》をもじって《スリーヤミーゴス》と言われるが、仲良しトリオではない。絆はない。
何があっても助けないのは力になれないとわかっているからだ。余計なことはしない。そして、どこかでは大丈夫だとわかっている。
果たして、そんなものが友情や信頼などと言えるだろうか?
本当に《スリーアミーゴス》、自分が男で、本当に仲良し三人組だったなら楽しかっただろうか。龍崎の敬遠も捺樹のボディタッチもなかっただろうか。自然に友達でいられただろうか。
クロエは思考を追い出すように頭を振る。考えても仕方がない。本当は不安なのだと認めているようなものだ。
ここにいるべきではない。帰ろう、そう思った時だった。
「御来屋ちゃん、一人か」
ノックもなく無遠慮に丈二が入ってくる。彼は顧問だから当然だと思っているのだろうか。
クロエは彼がこの犯研を壊すような気がしてならなかった。そうしようとした時、大翔はここを守ろうとするのだろうか。
「狙い澄ましてきたくせに白々しいと思わないんですか」
「何のことやら」
丈二はとぼけるが、全速力で飛び出していった颯太を見たに違いないのだ。
「それで、用件はなんです?」
彼と話すのは時間と労力の無駄だ。特に彼が好きな無駄な話はしたくない。
「俺なりに一人一人面談でもしようと思ったわけだ。でも、言ったって応じねぇだろ? おめぇらは」
その通りだろう。クロエ達には彼と面談をする理由がない。
「でも、私、もう帰りますから」
それで振り切れると思っていたわけではない。
「まだ時間はあるぜ?」
「今日は龍崎がいないので」
全てを言う必要はなかった。彼は把握している。以前に『どっちと付き合ってんだ?』と下世話なことを聞かれて、きっちり説明しておいたのだ。彼は納得したらしかった。
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