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第五章
王子様は永遠に 07
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「俺がどれほど愛しても彼女は俺を愛せない。でも、それでもいいんだよ。愛人でもいいっていう女の子みたいな気持ちかもね。一緒にいて話をして、ちょっと触れてるくらいが幸せなんだよ。振り向いてくれない子の気を一生懸命引こうとして、馬鹿だって思うけどさ……」
胸に炎が灯る。殺すべきは御来屋クロエだ。彼女がいなくなれば捺樹は解放される。
美奈は思わず捺樹を抱き締めていた。ずっとこうしたかったのだ。今ならばいくらでも叶う。夢でさえ会えなかった彼を独り占めできる。体重を預けるようにして服越しの温かさを味わう。
「可哀想な、捺樹先輩」
近くで見る捺樹はこんな廃墟の中でも綺麗だ。彼のような人間を見ているとクラスの男子が猿にしか思えなくなる。
美奈が背後から強襲し、こうして座らせるのに苦労したために乱れてしまったが、髪はいつも綺麗なフォルムで、光を受けてキラキラと光っている。狭い額、整えられた細い眉、長い睫、小さくすっきりとした鼻、頬は滑らかで肌荒れなど無縁そうだ。官能的な唇、シャープな顎、その全てが完璧でどうしようもなく愛しい。
「そうきたか」
彼が何を言ったのかはわからなかった。どうでも良かった。
美奈は口付ける。雑誌やポスターの彼にそうしてきたように。
彼の唇は想像したよりも柔らかかった。しっとりとして気持ちがいい。御来屋クロエはこの感触を知らない。
濡れた唇が誘うように薄く開かれる。美奈は迷わなかった。彼が自分を求めていると信じて、そっと舌を侵入させる。彼の口内は熱く、火傷しそうだ。けれど、やめなかった。
彼の腕が首に絡み付いてくる。美奈も腕の力を少し強めてみる。頭を押さえてくる彼は想像よりもずっと激しい。けれど、それに応えたくて必死だった。
キスは捺樹を知るより前、付き合っていた男としたことがある。その時は自分がこんな積極的なことができるとは思っていなかった。全てはあの優しい男子のおかげだろう。《彼》が自信と勇気をくれた。
「っ……!!」
舌に激痛を感じて、美奈は捺樹を思いっきり突き飛ばしていた。離れたくないと思っていたのが嘘になった。
歯を立てられたのだ。それも悪戯ではない。
「噛み切ってやろうと思ったのに、残念」
唾を吐き、唇を乱暴に指で拭って捺樹はひどく冷たく笑っていた。
なぜ、彼はそんなことができるのだろう。なぜ、腕を回されたのだろうか。彼の手首は椅子に縛り付けたはずなのに。
「君は詰めが甘すぎる。もうちょっと楽しめると思ったんだけど、飽きちゃった。つまらないね」
拾い上げたネクタイをポケットに押し込んで、そっと手首を撫でた。
「クロエなら、ロープを用意して特殊な縛り方をしてくれただろうね。ワイヤーで指の一本一本固定するとかさ。まあ、緩くて助かったんだけど」
どれくらい強く縛ればいいかわからなかったのだ。
殺すつもりで呼び込んだはずなのに痛んだら可愛そうだと思ってしまった。それでも、少し動かせば解けるまで緩くしたつもりはない。
美奈は後退る。今までは自分に主導権があった。捺樹を縛り付けたのは、そうしなければ彼には敵わないとわかっていたからだ。なのに、こうなっては分が悪い。
「彼女、頭がいいんだ。俺へのサヨナラは言わなかったでしょ?」
捺樹が一歩近付いてくる。美奈はポケットからナイフを出して構える。
彼は目を細めたように見えたが、怯えるわけでもなく、また一歩距離を詰めてくる。
「来ないでください! 刺しますよ!」
「あれ? 俺のこと、殺すんじゃなかったっけ? あ、頸動脈はここね」
クロエが言ったことを思い出したのだろうか、捺樹はクスクスと挑発的に笑いながら自分の首を指で示す。
捺樹は身長百七十九センチ、百五十センチ前半の美奈ではそこを狙うのは難しい。
最早、どうして彼を殺せると思ったのかもわからない。
逃げたい。逃げなければ。捺樹が近付いてこないようにナイフを振り回す。その手首に痺れるような衝撃を受け、ナイフを持っていられずに手放す。カランと落ちる音が空しく響く。
拾い上げようと視界に入れた瞬間、それは遠のく。捺樹が爪先で蹴り飛ばしたのだ。
「色々重たい子は嫌いだよ。それに比べて彼女は羽のように軽い。触れていなければ飛んでいってしまいそうなくらいにね」
もう最後はわからなかった。腹部に衝撃を受けて美奈の視界は闇に包まれた。
崩れ落ちる体を止められない。彼は抱き止めてもくれない。ただ侮蔑に満ちた目を見た気がした。
胸に炎が灯る。殺すべきは御来屋クロエだ。彼女がいなくなれば捺樹は解放される。
美奈は思わず捺樹を抱き締めていた。ずっとこうしたかったのだ。今ならばいくらでも叶う。夢でさえ会えなかった彼を独り占めできる。体重を預けるようにして服越しの温かさを味わう。
「可哀想な、捺樹先輩」
近くで見る捺樹はこんな廃墟の中でも綺麗だ。彼のような人間を見ているとクラスの男子が猿にしか思えなくなる。
美奈が背後から強襲し、こうして座らせるのに苦労したために乱れてしまったが、髪はいつも綺麗なフォルムで、光を受けてキラキラと光っている。狭い額、整えられた細い眉、長い睫、小さくすっきりとした鼻、頬は滑らかで肌荒れなど無縁そうだ。官能的な唇、シャープな顎、その全てが完璧でどうしようもなく愛しい。
「そうきたか」
彼が何を言ったのかはわからなかった。どうでも良かった。
美奈は口付ける。雑誌やポスターの彼にそうしてきたように。
彼の唇は想像したよりも柔らかかった。しっとりとして気持ちがいい。御来屋クロエはこの感触を知らない。
濡れた唇が誘うように薄く開かれる。美奈は迷わなかった。彼が自分を求めていると信じて、そっと舌を侵入させる。彼の口内は熱く、火傷しそうだ。けれど、やめなかった。
彼の腕が首に絡み付いてくる。美奈も腕の力を少し強めてみる。頭を押さえてくる彼は想像よりもずっと激しい。けれど、それに応えたくて必死だった。
キスは捺樹を知るより前、付き合っていた男としたことがある。その時は自分がこんな積極的なことができるとは思っていなかった。全てはあの優しい男子のおかげだろう。《彼》が自信と勇気をくれた。
「っ……!!」
舌に激痛を感じて、美奈は捺樹を思いっきり突き飛ばしていた。離れたくないと思っていたのが嘘になった。
歯を立てられたのだ。それも悪戯ではない。
「噛み切ってやろうと思ったのに、残念」
唾を吐き、唇を乱暴に指で拭って捺樹はひどく冷たく笑っていた。
なぜ、彼はそんなことができるのだろう。なぜ、腕を回されたのだろうか。彼の手首は椅子に縛り付けたはずなのに。
「君は詰めが甘すぎる。もうちょっと楽しめると思ったんだけど、飽きちゃった。つまらないね」
拾い上げたネクタイをポケットに押し込んで、そっと手首を撫でた。
「クロエなら、ロープを用意して特殊な縛り方をしてくれただろうね。ワイヤーで指の一本一本固定するとかさ。まあ、緩くて助かったんだけど」
どれくらい強く縛ればいいかわからなかったのだ。
殺すつもりで呼び込んだはずなのに痛んだら可愛そうだと思ってしまった。それでも、少し動かせば解けるまで緩くしたつもりはない。
美奈は後退る。今までは自分に主導権があった。捺樹を縛り付けたのは、そうしなければ彼には敵わないとわかっていたからだ。なのに、こうなっては分が悪い。
「彼女、頭がいいんだ。俺へのサヨナラは言わなかったでしょ?」
捺樹が一歩近付いてくる。美奈はポケットからナイフを出して構える。
彼は目を細めたように見えたが、怯えるわけでもなく、また一歩距離を詰めてくる。
「来ないでください! 刺しますよ!」
「あれ? 俺のこと、殺すんじゃなかったっけ? あ、頸動脈はここね」
クロエが言ったことを思い出したのだろうか、捺樹はクスクスと挑発的に笑いながら自分の首を指で示す。
捺樹は身長百七十九センチ、百五十センチ前半の美奈ではそこを狙うのは難しい。
最早、どうして彼を殺せると思ったのかもわからない。
逃げたい。逃げなければ。捺樹が近付いてこないようにナイフを振り回す。その手首に痺れるような衝撃を受け、ナイフを持っていられずに手放す。カランと落ちる音が空しく響く。
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「色々重たい子は嫌いだよ。それに比べて彼女は羽のように軽い。触れていなければ飛んでいってしまいそうなくらいにね」
もう最後はわからなかった。腹部に衝撃を受けて美奈の視界は闇に包まれた。
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