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第五章
王子様は永遠に 06
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通話が切れた後も美奈は愕然としていた。
捺樹を後ろから殴って気絶させたのは自分だ。なのに、今は自分の頭が殴打されたような気分だった。目の前がグラグラするようだ。
「ほら、ひどいでしょ? ほんと、たまんないな」
捺樹は全て聞いていたはずなのに、嬉しそうに笑っている。
「な、なんで……なんで、あんな人が好きなんですか?」
漸く出た声は情けないほど震えている。
なんで、どうして、通話中も繰り返していた。彼女と話したのは初めてだ。だからこそ、わからなくなってしまった。
「あんな人だからかもね。この話、もっと聞きたい?」
美奈はコクリと頷く。彼のことならば何でも知りたい。どんなことでも。
「初めて彼女を見た時、普通の女の子じゃないと思った。あれくらい綺麗な子は他にもいるけど、噂に聞いてた通りミステリアスでエキセントリック、それが彼女の魅力なんだってね」
美奈もクロエを見かけたことがある。美人と言えないこともないが、今時ではない。長い黒髪は重く見えるし、スカートの丈も長い。正に《スリーヤミーゴス》のヤミが彼女にあると感じた。噂の全てを鵜呑みにしたわけではないが、彼女ならばあり得る。
「初めは俺を全く相手にしない大翔がむかつくから、ちょっと彼女を奪ってみようかなんて思ったよ。色々つまらなかった頃だしね」
噂の中にはクロエと大翔が付き合っているというものもあるが、二人はクラスと所属する部が同じというだけのようだった。
「でも、あいつはあれほど危うい子もいないってのに、これっぽっちも見てないし、本人はしたたかだし」
想像してみても、よくわからない。《彼》もそんなことを言っていた気もするが、どうだっただろうか。
「いや、したたかは違うかな……彼女も俺のこと全然見てくれないし」
目を伏せた捺樹は自嘲気味に笑う。
苦悩に満ちた表情、今すぐにそこから解き放ってあげたいと美奈は思う。でも、彼が望むなら、話を聞いてあげなければ。
「気を引こうとしても無駄。けど、彼女が好きな話をすると耳を傾けてくれて、お礼にもっと素敵な話を聞かせてくれる。だから、色々話したよ。気付いたら囚われてたのは俺の方。笑えるよ、本当に。二年目になるのに、ちょっとステップアップしようとすると足は踏まれるし、手はペンで刺されるし」
宝生捺樹に何てことをするのだろうか。美奈は心の中で憤慨したが、感情は分厚い殻に覆われてしまったように出て行かない。そうしたら捺樹に嫌われてしまうと思っているからだろうか。彼はうるさいものが嫌いだから。
「大体、彼女、俺のことをさ、女の子に触れてないと死んじゃう病気か何かだと思ってるんじゃないかな? だから、何とも思わないから触らせてあげるみたいなさ……いや、それを可愛いと思ってる時点で病気だよね、どうしようもない。俺って、ドMだったのかな?」
捺樹は饒舌だ。いつも、こんな風にして彼女と話しているのだろうか。最早、独演会のようだ。美奈が相槌を打たなくとも彼は何も気にせずに進める。
「君はどっち?」
「え?」
不意に問われ、美奈は困惑した。話を聞いていなかったわけではない。脈絡がないのだ。
「金と顔、それとも両方? あ、金の方は知らなかったんだっけ……いいや、答えなくて」
彼に言い寄る女はみんなそうだったのだろうか。
美奈の周りにも捺樹のファンは多い。けれど、彼氏がいたり、他にも好きなアイドルがいたりする。そんな人間は真に宝生捺樹を好きとは言えないが、自分は、自分だけは違うのだ。
「彼女はどっちも見てないんだ。どうでもいいんだよ、俺のことなんか」
彼はもしかしたら本当の愛を知らないのではないか。だから、あんな悪魔のような女に惹かれてしまったのではないか。
捺樹を後ろから殴って気絶させたのは自分だ。なのに、今は自分の頭が殴打されたような気分だった。目の前がグラグラするようだ。
「ほら、ひどいでしょ? ほんと、たまんないな」
捺樹は全て聞いていたはずなのに、嬉しそうに笑っている。
「な、なんで……なんで、あんな人が好きなんですか?」
漸く出た声は情けないほど震えている。
なんで、どうして、通話中も繰り返していた。彼女と話したのは初めてだ。だからこそ、わからなくなってしまった。
「あんな人だからかもね。この話、もっと聞きたい?」
美奈はコクリと頷く。彼のことならば何でも知りたい。どんなことでも。
「初めて彼女を見た時、普通の女の子じゃないと思った。あれくらい綺麗な子は他にもいるけど、噂に聞いてた通りミステリアスでエキセントリック、それが彼女の魅力なんだってね」
美奈もクロエを見かけたことがある。美人と言えないこともないが、今時ではない。長い黒髪は重く見えるし、スカートの丈も長い。正に《スリーヤミーゴス》のヤミが彼女にあると感じた。噂の全てを鵜呑みにしたわけではないが、彼女ならばあり得る。
「初めは俺を全く相手にしない大翔がむかつくから、ちょっと彼女を奪ってみようかなんて思ったよ。色々つまらなかった頃だしね」
噂の中にはクロエと大翔が付き合っているというものもあるが、二人はクラスと所属する部が同じというだけのようだった。
「でも、あいつはあれほど危うい子もいないってのに、これっぽっちも見てないし、本人はしたたかだし」
想像してみても、よくわからない。《彼》もそんなことを言っていた気もするが、どうだっただろうか。
「いや、したたかは違うかな……彼女も俺のこと全然見てくれないし」
目を伏せた捺樹は自嘲気味に笑う。
苦悩に満ちた表情、今すぐにそこから解き放ってあげたいと美奈は思う。でも、彼が望むなら、話を聞いてあげなければ。
「気を引こうとしても無駄。けど、彼女が好きな話をすると耳を傾けてくれて、お礼にもっと素敵な話を聞かせてくれる。だから、色々話したよ。気付いたら囚われてたのは俺の方。笑えるよ、本当に。二年目になるのに、ちょっとステップアップしようとすると足は踏まれるし、手はペンで刺されるし」
宝生捺樹に何てことをするのだろうか。美奈は心の中で憤慨したが、感情は分厚い殻に覆われてしまったように出て行かない。そうしたら捺樹に嫌われてしまうと思っているからだろうか。彼はうるさいものが嫌いだから。
「大体、彼女、俺のことをさ、女の子に触れてないと死んじゃう病気か何かだと思ってるんじゃないかな? だから、何とも思わないから触らせてあげるみたいなさ……いや、それを可愛いと思ってる時点で病気だよね、どうしようもない。俺って、ドMだったのかな?」
捺樹は饒舌だ。いつも、こんな風にして彼女と話しているのだろうか。最早、独演会のようだ。美奈が相槌を打たなくとも彼は何も気にせずに進める。
「君はどっち?」
「え?」
不意に問われ、美奈は困惑した。話を聞いていなかったわけではない。脈絡がないのだ。
「金と顔、それとも両方? あ、金の方は知らなかったんだっけ……いいや、答えなくて」
彼に言い寄る女はみんなそうだったのだろうか。
美奈の周りにも捺樹のファンは多い。けれど、彼氏がいたり、他にも好きなアイドルがいたりする。そんな人間は真に宝生捺樹を好きとは言えないが、自分は、自分だけは違うのだ。
「彼女はどっちも見てないんだ。どうでもいいんだよ、俺のことなんか」
彼はもしかしたら本当の愛を知らないのではないか。だから、あんな悪魔のような女に惹かれてしまったのではないか。
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