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第五章
王子様は永遠に 05
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颯太は必死に口を閉じて震えた。
何が起きているのか想像はついている。捺樹の身に何かが起きているのは確実だ。それも命に関わるような危険が。
まるで、あの時のようだ。クロエを誘拐した百合子からの電話を受けた大翔は彼女がどうなってもいいという旨の発言をした。彼は捺樹が動いていることをわかっていたようだが、今回、ここにいない大翔が動いているということがあるだろうか。
電話をするクロエは心底楽しんでいるように見える。物語を作る時以上に、これまで颯太が見たことないほど生き生きとして見える。
それが怖いのだ。彼女は大翔とは違う。殺し方の希望まで出すのだからひどい。けれど、あの時のように今度は彼女を罵る言葉は浮かんでこない。
怖い。怖い。怖い。見ないでほしい。自分まで殺されそうだ。
颯太には彼女が走り書きしたメモの意味がよくわからなかった。ただ静かにしていなければと手が動いた。
「本当は鞭に打たれるところとか見てみたいんだけど、ないんでしょ?」
クロエはおそらく相手のことなどお構いなしに話しているのだろう。控え目な彼女らしからぬ喋りっぷりだ。だが、《スリーヤミーゴス》の御来屋クロエらしいとも思える。彼女は完全に狂人として敬遠されている。
「さっきから同じことばっかり聞くのね。宝生捺樹は永遠にあなたのもの、その方が私には都合がいい」
何で、どうして、そんな思いが颯太の中を駆け巡るように電話の相手もきっとそうだろう。
仲良しでないからと言ってもあんまりだ。言い過ぎである。それとも、他人に殺させたいほど彼を嫌っているのだろうか。先日、小説のアイデアを語った時には冗談だと思っていた。だが、もし、本気だったとしたら?
「監禁はおすすめしないわ。人一人飼うのって大変だと思う。宝生は維持費がかなりかかるんじゃないかしら。多少彼が壊れて構わないならコストも安く抑えられると思うけど……どうする?」
アドバイスなのか、取材のつもりなのか。どちらにしても嫌だ。怖くて仕方がない。口を塞いでいなければ声が漏れてしまうが、耳を塞ぎたい。こんなに怖いとは思わなかった。
「色男は死ななきゃいけない。でも、私、あの人のジュリエットになんかなりたくないわ――バイバイ、本物のジュリエット」
凍えるほど美しく、彼女は微笑む。そして、ピッと通話を切ってしまう。まるで氷の女王、全てを冷気によって支配する。
「あ、あの……」
歯の根が合わない。けれど、聞かなければと颯太は必死に口を開こうとする。
「過激なファンって本当にいるのね。自分の妄想癖を認めるとしても、ああいう風には絶対なりたくないわ」
クスクスと笑いながらクロエが携帯電話の画面を見せてくる。椅子に縛り付けられている様子の捺樹が映っている。
颯太は犯人が送ってきたクロエの写真を見ているが、その時とは感覚が違う。今日は真犯人がすぐ近くにいるような感覚だ。
「警察には……」
「言うわけないでしょ? 私は何もしない」
彼女は何事もなかったようにキーを叩き始める。
「この前、助けてもらったのに……?」
「でも、私、その捺に殺されるところだった」
彼に助けられたのは事実、彼に殺されそうになったのも事実だ。あの時の彼は本気だった。それは間違いないだろう。颯太はその現場は目撃していないが、クロエの首の絞め痕がふざけて付けられたものとは思えなかった。
三人の中で一番、立ち位置が危ういのは捺樹だ。《スリーヤミーゴス》として最も未完成なのは彼だと言えるかもしれない。彼は時折不安定だ。残る優しさの全てをなくしてしまえば闇に堕ちる。それでも、颯太よりはずっと自分を制御できている。
彼を揺るがしている存在があるとすればクロエで、留めているのも彼女だ。颯太を闇に引き込もうとしていたものもまた同じだ。彼女は全く意識していないのだろうが。
「彼が私に望むことはもうないと思う」
彼女は捺樹とは話していないだろう。それで、何がわかると言うのだろう。
颯太はすくっと立ち上がる。
「お、俺、助けに行きます!」
「場所、わからないけど」
「いえ、その場所、知ってるんです。クラスメイトが肝試しに行って、写真を見せてくれましたから」
「そう、いってらっしゃい」
クロエは事務的で淡々としていた。
何を期待していたのだろうか。颯太自身もそう思う。
「やっぱり、一緒には来ないんですね」
「行かない。私は何もできないから。万が一、捺が死んでたら連絡して」
何も言えなかった。人でなし、などという言葉が今日は出てこなかった。颯太は乱暴に鞄とコートを掴んで部室から走り出た。
何が起きているのか想像はついている。捺樹の身に何かが起きているのは確実だ。それも命に関わるような危険が。
まるで、あの時のようだ。クロエを誘拐した百合子からの電話を受けた大翔は彼女がどうなってもいいという旨の発言をした。彼は捺樹が動いていることをわかっていたようだが、今回、ここにいない大翔が動いているということがあるだろうか。
電話をするクロエは心底楽しんでいるように見える。物語を作る時以上に、これまで颯太が見たことないほど生き生きとして見える。
それが怖いのだ。彼女は大翔とは違う。殺し方の希望まで出すのだからひどい。けれど、あの時のように今度は彼女を罵る言葉は浮かんでこない。
怖い。怖い。怖い。見ないでほしい。自分まで殺されそうだ。
颯太には彼女が走り書きしたメモの意味がよくわからなかった。ただ静かにしていなければと手が動いた。
「本当は鞭に打たれるところとか見てみたいんだけど、ないんでしょ?」
クロエはおそらく相手のことなどお構いなしに話しているのだろう。控え目な彼女らしからぬ喋りっぷりだ。だが、《スリーヤミーゴス》の御来屋クロエらしいとも思える。彼女は完全に狂人として敬遠されている。
「さっきから同じことばっかり聞くのね。宝生捺樹は永遠にあなたのもの、その方が私には都合がいい」
何で、どうして、そんな思いが颯太の中を駆け巡るように電話の相手もきっとそうだろう。
仲良しでないからと言ってもあんまりだ。言い過ぎである。それとも、他人に殺させたいほど彼を嫌っているのだろうか。先日、小説のアイデアを語った時には冗談だと思っていた。だが、もし、本気だったとしたら?
「監禁はおすすめしないわ。人一人飼うのって大変だと思う。宝生は維持費がかなりかかるんじゃないかしら。多少彼が壊れて構わないならコストも安く抑えられると思うけど……どうする?」
アドバイスなのか、取材のつもりなのか。どちらにしても嫌だ。怖くて仕方がない。口を塞いでいなければ声が漏れてしまうが、耳を塞ぎたい。こんなに怖いとは思わなかった。
「色男は死ななきゃいけない。でも、私、あの人のジュリエットになんかなりたくないわ――バイバイ、本物のジュリエット」
凍えるほど美しく、彼女は微笑む。そして、ピッと通話を切ってしまう。まるで氷の女王、全てを冷気によって支配する。
「あ、あの……」
歯の根が合わない。けれど、聞かなければと颯太は必死に口を開こうとする。
「過激なファンって本当にいるのね。自分の妄想癖を認めるとしても、ああいう風には絶対なりたくないわ」
クスクスと笑いながらクロエが携帯電話の画面を見せてくる。椅子に縛り付けられている様子の捺樹が映っている。
颯太は犯人が送ってきたクロエの写真を見ているが、その時とは感覚が違う。今日は真犯人がすぐ近くにいるような感覚だ。
「警察には……」
「言うわけないでしょ? 私は何もしない」
彼女は何事もなかったようにキーを叩き始める。
「この前、助けてもらったのに……?」
「でも、私、その捺に殺されるところだった」
彼に助けられたのは事実、彼に殺されそうになったのも事実だ。あの時の彼は本気だった。それは間違いないだろう。颯太はその現場は目撃していないが、クロエの首の絞め痕がふざけて付けられたものとは思えなかった。
三人の中で一番、立ち位置が危ういのは捺樹だ。《スリーヤミーゴス》として最も未完成なのは彼だと言えるかもしれない。彼は時折不安定だ。残る優しさの全てをなくしてしまえば闇に堕ちる。それでも、颯太よりはずっと自分を制御できている。
彼を揺るがしている存在があるとすればクロエで、留めているのも彼女だ。颯太を闇に引き込もうとしていたものもまた同じだ。彼女は全く意識していないのだろうが。
「彼が私に望むことはもうないと思う」
彼女は捺樹とは話していないだろう。それで、何がわかると言うのだろう。
颯太はすくっと立ち上がる。
「お、俺、助けに行きます!」
「場所、わからないけど」
「いえ、その場所、知ってるんです。クラスメイトが肝試しに行って、写真を見せてくれましたから」
「そう、いってらっしゃい」
クロエは事務的で淡々としていた。
何を期待していたのだろうか。颯太自身もそう思う。
「やっぱり、一緒には来ないんですね」
「行かない。私は何もできないから。万が一、捺が死んでたら連絡して」
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