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第五章
王子様は永遠に 01
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可愛らしい物やシンプルな物、いかにも怪しい黒い物――様々な封筒の中身はどれも同じようなものだった。
まるで犯行声明のような脅迫文、カミソリ入り、内容はより過激になっていく。
隠し撮りらしいクロエの写真には赤で大きく×が書かれている。カッターで傷を付けられたもの、顔が黒く塗り潰されたものもある。
颯太の予想通りクロエへの嫌がらせは増える一方だった。誰かが煽っているらしい。犯人もわからないまま、颯太の元には手紙が溜まっていく。処分場にされているのは気のせいではないだろう。
彼女は颯太に任せると言った。そうして毎度持ってくる。下駄箱を確認させるほどだ。だが、せいぜい手紙程度である。
けれど、犯人を捕まえろとは言わない。嫌がらせがやめば、そんなことはどうでもいいのだろう。手紙だけならば、大した害もない。
黒江は教室の机は自分で確認しているらしいが、その光景はあまりに異様だという話が颯太の耳にも入るほどだ。
それなのに、捺樹は何も言わない。そのことの方が颯太には不思議だった。
捺樹は決して鈍感ではない。その鋭すぎる勘で数々の事件を解決に導いてきたはずだ。
たとえ、クロエが平静を装っても、人の口に戸は立てられない。必ず耳に入るはずだ。
もしくは、クロエに対しては鈍るものだとでもいうのか。
邪険にされてもめげないのは気付いてないからだとでも言うのだろうか。
考えれば考えるほどわからないのは、彼らがやはり《スリーヤミーゴス》であって、自分が凡人でしかないからなのか。
その日、部室にはクロエしかいなかった。彼女は既に小説の執筆作業を進めているようだ。
嫌がらせに屈するわけでもなく、いつも通り淡々としている。
殺されかけた時のことに比べれば殺す気のない悪意など何でもないのだろう。
立ち向かうわけでもなく、何でもないものとして扱っている。彼女が遠ざけたいのは、嫌がらせよりも根本的な原因である捺樹の方に違いないのだから。
「龍崎はバンド、捺は……よくわからない」
「珍しいですね」
颯太も少し用があって遅くなったのだが、捺樹の場合、些細な用事で遅れる場合でも必ずクロエには連絡を入れているはずだった。
クロエが鬱陶しがろうとも、彼はそれを欠かさない。
「龍崎に連絡があったらしいの。部活行けないって」
「それ、もっと珍しいですね」
捺樹は大翔を会長として認めていなかった。最近、多少態度が軟化してきたとは言っても、クロエを蔑ろにするほどとは考えられない。
「仕事だとも警察だとも言わなかったみたい」
「何かあったんでしょうか……?」
クロエに連絡しなかったとすれば、彼女には言えない何かがあったのかもしれない。
さあ、とクロエは首を傾げる。聞かれても困ると言いたいのかもしれない。彼女にとって彼の事情など退屈なだけであって、このまま自分から離れてほしいと思っていることは間違いないのだから。
「わかるのは、だから、どっちもこないってだけ」
犯研は会長がいなかろうと、全員が鍵を持っているのだから勝手に部室を使うこともできる。
大翔はファイルを見ながらコーヒーを飲むのが活動である。クロエは小説を執筆し、捺樹がいれば彼に絡まれる。
捺樹はクロエがいなければ姿を現さないが、彼女がいればフレーバーティーを入れ、事件の話をする。それ以外でも隅に運び込んであるベッドで休んだりと一番部室を私物化しているのは彼だ。
しかし、颯太だけでは活動することもない。本を一人で読むならば他に場所がある。
彼女は待っていたのだろうか。
「私はここの方が集中できるから、少しだけ」
以前に颯太はここでは集中できないのではないかと思ったことがあるが、捺樹や大翔がいてもいなくても自宅より進むのだと彼女は言う。
「じゃ、じゃあ、俺もご一緒していいですか?」
「勝手にしたら?」
そう言われることはわかっていた。彼女は拒まない。颯太がいてもいなくても彼女は物語を紡ぐことができる。
「三人って、なんか似てますよね」
「そういうところもあるってだけでしょ。人間どこかしら似てるところはあると思う」
「根本的な部分が似てますよ。持ってる雰囲気が同じっていうか」
華やかな二人、ミステリアスなクロエ、その向こう側にある空気感はどこか共通のものがある。それが闇や狂気というものなのだろう。彼らの日常には極自然にそれがある。
「三人とも変態だって言いたいのね」
「い、いや、そこまで言ってませんよ!」
彼らはお互いに貶しあっているが、颯太から見れば違うのだ。変態ではなく、ただの天才だ。
「三人とも生気が薄いっていうか。《スリーヤミーゴス》って言われるのもよくわかるなぁっていうか、うまいこと言ったなぁっていうか」
初めて《スリーヤミーゴス》を見た時、妙に納得したほどだった。
「その三人の内一人が目の前にいるのに、よく言えるわね。段々厚かましくなってきた」
「ありがとうございます」
彼女は褒めてはいないだろうが、非難というほどの鋭さのない。
「捺はわかるけど……龍崎なんかギラギラしてるじゃないの。闇っていうか光」
刹那主義の捺樹、夢や希望を持っているようには見えないクロエ、その二人に比べれば大翔は生気に満ち溢れているようにも見える。
「ええ、ステージの上では確かに」
《ドラグーン》のリュウはそうだ。激しい力を秘め、強烈なメッセージを届けようとしている。
尤も、彼女が言うギラギラは衣装などのことなのかもしれないが。
「でも、過去しか見ないって未来を否定してるってことね。自分のこともどうでもいい」
颯太は頷く。一番生きているような大翔でさえそうなのだ。
そして、三人ともきっと寂しがり屋だ。大翔がクロエを隠れ蓑にしようとしたのも本当は自分に似た人間に側にいてほしかったから、クロエがここで物語を紡ぐのは一人では作れないから、捺樹がクロエに執着するのは一人きりが嫌だからだろう。
(あなたは生きたいんですか、死にたいんですか)
颯太は聞いてみたかった。けれど、問うことができなかった。
再びキーボードを叩き始める彼女をただ見詰める。
だが、何か音がする。テーブルの上でピンクの携帯電話が唸っている。彼女が気付いていないはずもないだろう。
「あの……ケータイ鳴ってますよ」
もしかしたら、捺樹かもしれないと颯太は思うのだが、彼女は無視だ。
「ちょっとうるさいけど、気にしないで」
「宝生先輩じゃないんですか?」
「だから、気にしないの」
微笑んだ彼女はやはり冷酷に見えた。表情を作っている。
「わ、わかりました」
颯太はただ頷くしかなかった。
どうせ、彼女は出ざるを得なくなるだろう。いつまでも無視はできなくなる。
まるで犯行声明のような脅迫文、カミソリ入り、内容はより過激になっていく。
隠し撮りらしいクロエの写真には赤で大きく×が書かれている。カッターで傷を付けられたもの、顔が黒く塗り潰されたものもある。
颯太の予想通りクロエへの嫌がらせは増える一方だった。誰かが煽っているらしい。犯人もわからないまま、颯太の元には手紙が溜まっていく。処分場にされているのは気のせいではないだろう。
彼女は颯太に任せると言った。そうして毎度持ってくる。下駄箱を確認させるほどだ。だが、せいぜい手紙程度である。
けれど、犯人を捕まえろとは言わない。嫌がらせがやめば、そんなことはどうでもいいのだろう。手紙だけならば、大した害もない。
黒江は教室の机は自分で確認しているらしいが、その光景はあまりに異様だという話が颯太の耳にも入るほどだ。
それなのに、捺樹は何も言わない。そのことの方が颯太には不思議だった。
捺樹は決して鈍感ではない。その鋭すぎる勘で数々の事件を解決に導いてきたはずだ。
たとえ、クロエが平静を装っても、人の口に戸は立てられない。必ず耳に入るはずだ。
もしくは、クロエに対しては鈍るものだとでもいうのか。
邪険にされてもめげないのは気付いてないからだとでも言うのだろうか。
考えれば考えるほどわからないのは、彼らがやはり《スリーヤミーゴス》であって、自分が凡人でしかないからなのか。
その日、部室にはクロエしかいなかった。彼女は既に小説の執筆作業を進めているようだ。
嫌がらせに屈するわけでもなく、いつも通り淡々としている。
殺されかけた時のことに比べれば殺す気のない悪意など何でもないのだろう。
立ち向かうわけでもなく、何でもないものとして扱っている。彼女が遠ざけたいのは、嫌がらせよりも根本的な原因である捺樹の方に違いないのだから。
「龍崎はバンド、捺は……よくわからない」
「珍しいですね」
颯太も少し用があって遅くなったのだが、捺樹の場合、些細な用事で遅れる場合でも必ずクロエには連絡を入れているはずだった。
クロエが鬱陶しがろうとも、彼はそれを欠かさない。
「龍崎に連絡があったらしいの。部活行けないって」
「それ、もっと珍しいですね」
捺樹は大翔を会長として認めていなかった。最近、多少態度が軟化してきたとは言っても、クロエを蔑ろにするほどとは考えられない。
「仕事だとも警察だとも言わなかったみたい」
「何かあったんでしょうか……?」
クロエに連絡しなかったとすれば、彼女には言えない何かがあったのかもしれない。
さあ、とクロエは首を傾げる。聞かれても困ると言いたいのかもしれない。彼女にとって彼の事情など退屈なだけであって、このまま自分から離れてほしいと思っていることは間違いないのだから。
「わかるのは、だから、どっちもこないってだけ」
犯研は会長がいなかろうと、全員が鍵を持っているのだから勝手に部室を使うこともできる。
大翔はファイルを見ながらコーヒーを飲むのが活動である。クロエは小説を執筆し、捺樹がいれば彼に絡まれる。
捺樹はクロエがいなければ姿を現さないが、彼女がいればフレーバーティーを入れ、事件の話をする。それ以外でも隅に運び込んであるベッドで休んだりと一番部室を私物化しているのは彼だ。
しかし、颯太だけでは活動することもない。本を一人で読むならば他に場所がある。
彼女は待っていたのだろうか。
「私はここの方が集中できるから、少しだけ」
以前に颯太はここでは集中できないのではないかと思ったことがあるが、捺樹や大翔がいてもいなくても自宅より進むのだと彼女は言う。
「じゃ、じゃあ、俺もご一緒していいですか?」
「勝手にしたら?」
そう言われることはわかっていた。彼女は拒まない。颯太がいてもいなくても彼女は物語を紡ぐことができる。
「三人って、なんか似てますよね」
「そういうところもあるってだけでしょ。人間どこかしら似てるところはあると思う」
「根本的な部分が似てますよ。持ってる雰囲気が同じっていうか」
華やかな二人、ミステリアスなクロエ、その向こう側にある空気感はどこか共通のものがある。それが闇や狂気というものなのだろう。彼らの日常には極自然にそれがある。
「三人とも変態だって言いたいのね」
「い、いや、そこまで言ってませんよ!」
彼らはお互いに貶しあっているが、颯太から見れば違うのだ。変態ではなく、ただの天才だ。
「三人とも生気が薄いっていうか。《スリーヤミーゴス》って言われるのもよくわかるなぁっていうか、うまいこと言ったなぁっていうか」
初めて《スリーヤミーゴス》を見た時、妙に納得したほどだった。
「その三人の内一人が目の前にいるのに、よく言えるわね。段々厚かましくなってきた」
「ありがとうございます」
彼女は褒めてはいないだろうが、非難というほどの鋭さのない。
「捺はわかるけど……龍崎なんかギラギラしてるじゃないの。闇っていうか光」
刹那主義の捺樹、夢や希望を持っているようには見えないクロエ、その二人に比べれば大翔は生気に満ち溢れているようにも見える。
「ええ、ステージの上では確かに」
《ドラグーン》のリュウはそうだ。激しい力を秘め、強烈なメッセージを届けようとしている。
尤も、彼女が言うギラギラは衣装などのことなのかもしれないが。
「でも、過去しか見ないって未来を否定してるってことね。自分のこともどうでもいい」
颯太は頷く。一番生きているような大翔でさえそうなのだ。
そして、三人ともきっと寂しがり屋だ。大翔がクロエを隠れ蓑にしようとしたのも本当は自分に似た人間に側にいてほしかったから、クロエがここで物語を紡ぐのは一人では作れないから、捺樹がクロエに執着するのは一人きりが嫌だからだろう。
(あなたは生きたいんですか、死にたいんですか)
颯太は聞いてみたかった。けれど、問うことができなかった。
再びキーボードを叩き始める彼女をただ見詰める。
だが、何か音がする。テーブルの上でピンクの携帯電話が唸っている。彼女が気付いていないはずもないだろう。
「あの……ケータイ鳴ってますよ」
もしかしたら、捺樹かもしれないと颯太は思うのだが、彼女は無視だ。
「ちょっとうるさいけど、気にしないで」
「宝生先輩じゃないんですか?」
「だから、気にしないの」
微笑んだ彼女はやはり冷酷に見えた。表情を作っている。
「わ、わかりました」
颯太はただ頷くしかなかった。
どうせ、彼女は出ざるを得なくなるだろう。いつまでも無視はできなくなる。
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