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第四章

二人の探偵 05

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「あ、あの! 小原先生に相談してみるっていうのはどうでしょう?」

 我ながらいい提案をしたと颯太は思った。
 アウトローでも教師は教師だ。そもそも、クロエのクラスは彼の管轄であるのだ。
 たとえ、短期間で問題行動の多さが取り沙汰されている男であっても、人生相談くらいは乗ってくれるはずだ。
 少なくとも、この殺伐とした空気から大翔と颯太を解放する犠牲にはなってくれるだろう。
 そのためなら、颯太は自分が彼を呼びに行っても構わないという考えだった。とにかく、この呼吸をするのさえ痛いような空気をどうにかしたかった。

「ん? 呼んだか?」
「わ、わぁっ!」

 聞こえるはずのない声に颯太は飛び上がるほど驚いた。
 いつの間にか丈二が室内にいたのだ。まるで、どこからか湧いたかのようであるが二人は驚きもしなかったようだ。彼らはもう慣れてしまったのかもしれない。
 毎度、ノックもせず、なぜか物音も立てずに丈二は現れるのだから、一々驚くのも無駄だと思っているのかもしれない。本人もそれを面白がっている節があるのだから質の悪いことだ。

「おいおい、何だよ、コックローチが出たみたいな声上げやがって。あ、コックローチってわかるか? ゴキブリだ。だから、くれぐれもリスペクトすべきティーチャーである俺と一緒にしなように」

 実際、犯研における丈二の扱いはゴキブリも同然なのだが、颯太は黙っておいた。今は彼を率先してゴキブリ扱いする捺樹がいないから平和なのだ。

「んで、俺に用だったか?」

 丈二がなぜ現れたかは不明だが、話を聞く気はあるようだ。
 颯太は開封済みの手紙を何枚か丈二に渡す。それを受け取って目を通した丈二は顔を顰める。

「うぇっ……こういうのってマジであるんだな。本当に女子ってのは暇な人種だ。男にゃ理解できねぇよ」

 丈二は大袈裟に肩を竦め、それからソファーに座った。クロエの隣、いつもならば捺樹がいる場所だ。

「宝生みたいなのはやめとけ、やめとけ。あいつはDVタイプだ。将来、きっついぞー。もっと酷くなるぞー」
「私もそう思います」

 手紙を見た上で丈二は相談に乗る気があるようだ。クロエも聞くつもりらしい。
 大翔は再びファイルに目を通す。助かったとでも思っているのだろうか。
 颯太は聞きながら手紙を一つ一つ確認してみることにした。

「御来屋ちゃん、男ってのは躾が大事なんだ」
「実にその通りですね」

 素直に頷くクロエを見て颯太は違和感を覚え、自分は彼女のことを本当はよくわかっていないのだと思い知る。
 これは彼女の外向きの顔なのかもしれない。彼女が二人以外の人間といるのを見たことはない。怒りはすっかり収まっているようだ。

「つまり、悪女になることだ。上手く翻弄してやることだよ」

 颯太から見ればクロエはある意味では十分に悪女の領域なのだが、彼女が捺樹を弄ぶところなど全く想像できない。
 あるいは、あの捺樹が弄ばれることが考えられないのかもしれない。

「それができるなら苦労はしていません」
「最初に失敗しちまったら、なかなか難しいかもな」

 ガハハ、と丈二は豪快に笑う。
 捺樹の場合、すぐに入れ知恵に気付いてしまうだろう。そうなると彼女の手には負えないことになるかもしれない。

「そういうわけで、先生から顧問権限で宝生に接近禁止命令を出していただけませんか?」

 会長権限の次は顧問権限、諦めていなかったのかと颯太は少し驚く。

「あー、そりゃー無理だ。俺みてぇな下っ端ティーチャーにそこまでの権限ねぇよ」

 丈二はまたガハハと笑う。しかしながら、実際は面倒臭いだけに違いない。捺樹が丈二をゴキブリ扱いするように、丈二は捺樹を面倒臭がっている。尤も、捺樹を面倒臭がっている人間は彼に限らず非常に多いのだが。

「まあ、そういうこった。じゃあな」

 さっと丈二が立ち上がり、颯太は驚く。

「先生、何の用だったんですか?」
「そりゃ、監視だ。本日も異常なしってこった。問題起こすなよ? 起こしても絶対俺に責任が降り懸からない形にしてくれや」

 そのまま丈二は出て行ってしまった。つくづくわからない教師である。
 そして、颯太の提案は全く意味のないものになったわけでもある。だからこそ必死に別の案を考え、閃いた。我ながら、と思うほどの名案だった。


「いっそ、龍崎先輩と付き合ったらいいんじゃないですか?」

 これぞ名案と颯太は思っていた。

「いてっ!」

 急に後頭部に何か硬い物が当たり、とっさに手をやる。床を見て気付く。殻付きのマカダミアナッツが転がっている。
 振り返れば大翔の掌の上で同じ物が跳ねている。次に変なことを言えば、また容赦なくそれを投げ付けてくるだろう。
 ギターのピックだけでなく、ナッツ類まで彼は投げる。その命中率は恐ろしいほど高く、的確だ。世界一殻が硬いナッツで確実に頭を狙ってくる。今度は眉間を狙ってくるかも知れない。
 聞いていないようで聞いていたのか、不都合なことを高性能の耳が拾ってしまったのかはわからない。

「絶対に嫌、ありえない」

 クロエも収まったように見えていた怒りが再燃しているようだった。

「何で俺がこの変態女と付き合ってやらなきゃいけねぇんだ。ただでさえ毎日の送りっていう苦痛を強いられてるってのに」
「私だってこんな過去しか愛せない変態は嫌よ」

 睨み合う二人、颯太は本格的に身の危険を感じる。

「い、いや、本当に付き合うんじゃなくて、付き合うことにするだけですって! いたっ! いたたたたっ!」

 大翔が次のナッツを投げ付けてくる。クロエは足を伸ばしてすねを蹴ってくる。捺樹がいなくても二人を敵に回した颯太はいじめられる運命のようだった。不幸なことに、今は誰も止める人間が存在しない。

「だ、だって、元々そういう噂はあるじゃないですか。外でだけどうにかしておけばいいんですよ。ほら、既に一緒に下校とかしてるわけですし」
「近くに最大の敵がいるのに?」
「宝生先輩だって聞き分けのない子供じゃないんですから」

 捺樹はある意味では大人だ。クロエの送りを命じているのも彼である。ならば、彼女を守るためと言えば我慢するのではないのだろうか、というのが颯太の淡い考えだった。

「いや、あいつは十分に聞き分けがねぇだろ」

 正直、颯太は大翔ならば捺樹を黙らせることができると思っていたが、黙っておくことにした。
「とりあえず、それ、あなたがどうにかしてくれる?」
「あ、はい……」
「捨ててくれればいいし、コレクションしてもいいし、犯人捜してもいいから」

 きっと、これからまた増えるのだろうと颯太はぼんやり考える。
 できることなら犯人は見付けたくない。見付けてどうすればいいのだろうか。彼女はどうしたいのだろうか。
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