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第四章
二人の探偵 04
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翌日、部室には大翔と颯太だけがいた。
捺樹からは連絡がなく、クロエはその内来るのではないかという話だった。ただし、大翔の言うことはいつも曖昧である。
珍しいことではない。捺樹は大抵クロエにしか連絡しないし、彼女は補習を受けていたりする。
最近では丈二が仕事を押し付けていたりなどということがあるようだ。
数分後、やってきたのはクロエだった。
彼女の姿を見ただけで颯太はぶるりと震える。
入ってきた瞬間からわかる。彼女は怒っている。不機嫌が体外に放出されている。
だが、美人は怒った顔も綺麗だ。恐怖と同時に引き付けられてしまう。
彼女はコートも脱がずに大翔へと近付き、いつものように悠々と他のことには一切無関心にアームチェアに座る彼を見下ろす。
「龍崎、会長権限で捺に接近禁止命令出せないの?」
「今更だろ?」
彼は彼女のことなど怖くはないのだろう。普段と変わらず面倒臭そうだ。
一瞥しただけで、それっきりファイルから目を離さない。
事件の方が大事だと言わんばかりだ。彼が調べる事件は何年も前に迷宮入りして、すぐに状況が変わるというものではないはずなのだが。
「確かに今更だけど、あなたも迷惑してるでしょ?」
「無理だ」
即答だった。颯太もそう思う。あの捺樹を遠ざけられる命令などないだろう。
「どうにかしなさいよ、会長でしょう?」
無茶苦茶だ、颯太は思う。
彼女が大翔を会長として扱ったことなどない。
「めんどくせぇ」
「私、今度は本当に殺されるかもしれない」
なんて、物騒な。颯太はクロエに注目する。
彼女は冗談を言わない。だから、これも冗談ではないのだろう。
一度誘拐されて、二度殺されかけている彼女のことだ。二度目の誘拐も、三度目の殺人未遂も全く不思議ではない。そうは思っていたが、こうも早く予感するのは異様だ。
「そりゃあ大変だな」
彼は全く興味を示さない。他人事だ。彼にとっては、冗談でもそうでなくとも関係ないことなのだろう。
「あ、あの、何かあったんですか……?」
恐々と颯太は聞いてみる。今の彼女は普段の捺樹と同じぐらい怖い。あるいは、それ以上かもしれない。
触れれば切れたり、あるいは低温火傷しそうな様子だ。
するとクロエはコートのポケットから何かを取り出して、大翔のファイルの上に乗せた。それから別のポケットや鞄からも取り出して颯太の膝の上にぼとぼとと落とす。
メモや封筒に入った手紙のようだ。それから手袋だ。
顎で言うクロエに颯太は怒りの矛先を自分に向けられたら堪らないと、さっと手袋をはめて手紙を確認する。その間、クロエはコートを脱ぎ、ソファーに座った。
「こういうのは宝生本人に言えよ。俺に言うな、めんどくせぇ」
クロエから渡された一枚だけを見た大翔はぽいっとそれを投げ捨てる。
ゴミ同然だと颯太も思う。何枚か見たが、内容は似たようなものだ。どれも『宝生捺樹に近付くな』や『死ね』という意味の言葉が含まれている。
大翔が突き放すのも当然の事かもしれないが、クロエの表情は曇る。
「だって、あの人、何するかわからないじゃない。今日は警察行ってていないからいいけど……」
「俺もそう思います」
捺樹はクロエのことを本気だと大翔に宣戦布告までしている。彼女が傷付くようなことがあれば全ての女子を敵に回すかもしれない。それを予感させるだけの言動を普段からしている。
彼が本気でないと思っているのはクロエだけだ。
「あいつの問題だ」
「校内に猟奇の嵐が吹き荒れても?」
「宝生先輩だったら本当にありえますよ!」
颯太も援護すれば大翔は深く溜息を吐き、パタンとファイルを閉じた。それから考え込むような仕草を見せる。
「大体、前からなかったか? 俺もしつこく言われたことがある気がするんだが……」
「宝生先輩のファンにですか?」
「いや、御来屋のだ。あの野郎のファンに色々聞かれたような気もしなくもないが……」
必死に記憶を探る素振りは捺樹のような演技ではないだろう。彼は脳内に膨大な過去事件のデータベースを持っているくせに、最近のことでさえあまり記憶していない。
バンドのことはまた別なようだが、要するに興味を持たないことはすぐに朧気になってしまうようだ。
「あなた、本当に過去の事件以外のことは全然覚えてないのね」
毎度のことだが、クロエは呆れている。
「ちょっと待て、もしかしたら、思い出せるかもしれねぇ。俺はてめぇに文句を言おうと思ってたんだ。丁度、今のてめぇみてぇに」
こういう時の大翔は普通の男子と何ら変わりないように見える。
「あれは、とんでもない物好き野郎だったな……どこかの妄想女に近付くなとか、付き合ってもねぇのに別れろとか言われて……」
「そんな人、心当たりないけど」
「とりあえず、腕をねじ上げて話を聞かせたんだ。二度と俺にめんどくせぇ話をすんなって」
(気の毒だ……)
颯太は心の中で合掌した。見ず知らずの人間だが、哀れに思えてくる。大翔が極度の面倒嫌いだとは知らなかっただろう。
「つまり、自分でどうにかしろってことだ」
「前の時はどうにかしてくれたじゃない。今回もなんて虫がよすぎるかもしれないけど、あなたしか頼れないのよ。だって、何だか悪化してるんだもの」
不本意だけど、と小さな声で付け足したのが颯太には聞こえた。
「あれは、てめぇが教室で指紋採取キットなんか出すからだ。あん時は俺までああいうものを持ち歩いてると思われて大変だったんだ。おかげで無駄なことを覚えちまってんだよ。俺の貴重な記憶領域をどうしてくれんだ」
大翔は案外執念深いのかもしれない。全て忘れてしまうわけではない。どうでもいいことばかり覚えていてしまうのは彼も変わらないようだ。
「後から、ちょっと見せてくれとか言ってきたくせに」
「時と場所を弁えろって話だ。ここにもロッカーがあるのに、何でてめぇは教室のロッカーにあんなもん入れてやがんだ。俺は学校にいる時はここでしかファイルを見ねぇ。持ち出し禁止だ」
クロエが一体、ロッカーに何を入れているのか颯太としても気になるところだった。今、はめている手袋の出所もそこなのだろうか。
「公衆の面前で変態行為はできないものね。でも、問題が起きるのは下駄箱か私の席、ここじゃないのよ、安楽椅子探偵さん?」
颯太はクロエがこれまでどんな目に遭ってきたのかを知らない。手紙を見ても、こういうのって本当にあるんだ、という感想が浮かぶくらいだ。少女漫画並のことが降り懸かっているということだろうか。
しかしながら、話が逸れているのは大問題である。放っておくと、とにかく収拾がつかない。クロエと大翔ではまともな会話が成立しないのだ。
自分だけの使命があると颯太は思っていた。
捺樹からは連絡がなく、クロエはその内来るのではないかという話だった。ただし、大翔の言うことはいつも曖昧である。
珍しいことではない。捺樹は大抵クロエにしか連絡しないし、彼女は補習を受けていたりする。
最近では丈二が仕事を押し付けていたりなどということがあるようだ。
数分後、やってきたのはクロエだった。
彼女の姿を見ただけで颯太はぶるりと震える。
入ってきた瞬間からわかる。彼女は怒っている。不機嫌が体外に放出されている。
だが、美人は怒った顔も綺麗だ。恐怖と同時に引き付けられてしまう。
彼女はコートも脱がずに大翔へと近付き、いつものように悠々と他のことには一切無関心にアームチェアに座る彼を見下ろす。
「龍崎、会長権限で捺に接近禁止命令出せないの?」
「今更だろ?」
彼は彼女のことなど怖くはないのだろう。普段と変わらず面倒臭そうだ。
一瞥しただけで、それっきりファイルから目を離さない。
事件の方が大事だと言わんばかりだ。彼が調べる事件は何年も前に迷宮入りして、すぐに状況が変わるというものではないはずなのだが。
「確かに今更だけど、あなたも迷惑してるでしょ?」
「無理だ」
即答だった。颯太もそう思う。あの捺樹を遠ざけられる命令などないだろう。
「どうにかしなさいよ、会長でしょう?」
無茶苦茶だ、颯太は思う。
彼女が大翔を会長として扱ったことなどない。
「めんどくせぇ」
「私、今度は本当に殺されるかもしれない」
なんて、物騒な。颯太はクロエに注目する。
彼女は冗談を言わない。だから、これも冗談ではないのだろう。
一度誘拐されて、二度殺されかけている彼女のことだ。二度目の誘拐も、三度目の殺人未遂も全く不思議ではない。そうは思っていたが、こうも早く予感するのは異様だ。
「そりゃあ大変だな」
彼は全く興味を示さない。他人事だ。彼にとっては、冗談でもそうでなくとも関係ないことなのだろう。
「あ、あの、何かあったんですか……?」
恐々と颯太は聞いてみる。今の彼女は普段の捺樹と同じぐらい怖い。あるいは、それ以上かもしれない。
触れれば切れたり、あるいは低温火傷しそうな様子だ。
するとクロエはコートのポケットから何かを取り出して、大翔のファイルの上に乗せた。それから別のポケットや鞄からも取り出して颯太の膝の上にぼとぼとと落とす。
メモや封筒に入った手紙のようだ。それから手袋だ。
顎で言うクロエに颯太は怒りの矛先を自分に向けられたら堪らないと、さっと手袋をはめて手紙を確認する。その間、クロエはコートを脱ぎ、ソファーに座った。
「こういうのは宝生本人に言えよ。俺に言うな、めんどくせぇ」
クロエから渡された一枚だけを見た大翔はぽいっとそれを投げ捨てる。
ゴミ同然だと颯太も思う。何枚か見たが、内容は似たようなものだ。どれも『宝生捺樹に近付くな』や『死ね』という意味の言葉が含まれている。
大翔が突き放すのも当然の事かもしれないが、クロエの表情は曇る。
「だって、あの人、何するかわからないじゃない。今日は警察行ってていないからいいけど……」
「俺もそう思います」
捺樹はクロエのことを本気だと大翔に宣戦布告までしている。彼女が傷付くようなことがあれば全ての女子を敵に回すかもしれない。それを予感させるだけの言動を普段からしている。
彼が本気でないと思っているのはクロエだけだ。
「あいつの問題だ」
「校内に猟奇の嵐が吹き荒れても?」
「宝生先輩だったら本当にありえますよ!」
颯太も援護すれば大翔は深く溜息を吐き、パタンとファイルを閉じた。それから考え込むような仕草を見せる。
「大体、前からなかったか? 俺もしつこく言われたことがある気がするんだが……」
「宝生先輩のファンにですか?」
「いや、御来屋のだ。あの野郎のファンに色々聞かれたような気もしなくもないが……」
必死に記憶を探る素振りは捺樹のような演技ではないだろう。彼は脳内に膨大な過去事件のデータベースを持っているくせに、最近のことでさえあまり記憶していない。
バンドのことはまた別なようだが、要するに興味を持たないことはすぐに朧気になってしまうようだ。
「あなた、本当に過去の事件以外のことは全然覚えてないのね」
毎度のことだが、クロエは呆れている。
「ちょっと待て、もしかしたら、思い出せるかもしれねぇ。俺はてめぇに文句を言おうと思ってたんだ。丁度、今のてめぇみてぇに」
こういう時の大翔は普通の男子と何ら変わりないように見える。
「あれは、とんでもない物好き野郎だったな……どこかの妄想女に近付くなとか、付き合ってもねぇのに別れろとか言われて……」
「そんな人、心当たりないけど」
「とりあえず、腕をねじ上げて話を聞かせたんだ。二度と俺にめんどくせぇ話をすんなって」
(気の毒だ……)
颯太は心の中で合掌した。見ず知らずの人間だが、哀れに思えてくる。大翔が極度の面倒嫌いだとは知らなかっただろう。
「つまり、自分でどうにかしろってことだ」
「前の時はどうにかしてくれたじゃない。今回もなんて虫がよすぎるかもしれないけど、あなたしか頼れないのよ。だって、何だか悪化してるんだもの」
不本意だけど、と小さな声で付け足したのが颯太には聞こえた。
「あれは、てめぇが教室で指紋採取キットなんか出すからだ。あん時は俺までああいうものを持ち歩いてると思われて大変だったんだ。おかげで無駄なことを覚えちまってんだよ。俺の貴重な記憶領域をどうしてくれんだ」
大翔は案外執念深いのかもしれない。全て忘れてしまうわけではない。どうでもいいことばかり覚えていてしまうのは彼も変わらないようだ。
「後から、ちょっと見せてくれとか言ってきたくせに」
「時と場所を弁えろって話だ。ここにもロッカーがあるのに、何でてめぇは教室のロッカーにあんなもん入れてやがんだ。俺は学校にいる時はここでしかファイルを見ねぇ。持ち出し禁止だ」
クロエが一体、ロッカーに何を入れているのか颯太としても気になるところだった。今、はめている手袋の出所もそこなのだろうか。
「公衆の面前で変態行為はできないものね。でも、問題が起きるのは下駄箱か私の席、ここじゃないのよ、安楽椅子探偵さん?」
颯太はクロエがこれまでどんな目に遭ってきたのかを知らない。手紙を見ても、こういうのって本当にあるんだ、という感想が浮かぶくらいだ。少女漫画並のことが降り懸かっているということだろうか。
しかしながら、話が逸れているのは大問題である。放っておくと、とにかく収拾がつかない。クロエと大翔ではまともな会話が成立しないのだ。
自分だけの使命があると颯太は思っていた。
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