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第三章
スリーヤミーゴス 02
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颯太はクロエに視線を送る。
彼女はいつものように小説を打っているように見えるが、そのペースは好調な時よりも随分と遅い。頻繁に右上に指が行くのも打っては消しているせいだろう。
気付かせないために打ち込んでいるのかもしれないが、半年以上彼女を観察してきた颯太に言わせればバレバレというものだ。
彼女は打ちながら考え事をしているのだ。それも、小説とは違うことを。
「御来屋」
大翔が不意に声をかけ、クロエの細い肩がビクリと跳ねたのがわかった。
彼女は自分を殺しかけたという捺樹への態度がほとんど変わらないどころか、助けてくれた大翔への態度も変えていない。相変わらず少し怖がっているようであるが、颯太にはその理由がわからない。
「その……無事で何よりだ」
龍崎大翔という男は《リュウ》としてステージに立っている時と違い、ひどく不器用だ。
「迷惑かけたってあなたに詫びればいいの?」
クロエは大翔に冷めた視線を送る。
「いや……そうじゃない」
大翔も今回のことは心配していたのだろうが、伝わらないのは彼の普段の行いが悪いせいだと言わざるを得ない。
「あなた、私を助けるチャンスを与えられて、それを興奮しないとか勃たないとか言って無視したらしいじゃないの」
颯太は思い出す。正にここで聞いたのだ。彼女の耳にも入っているとは気の毒だ。
「ダメだよ、クロエ。卑猥なこと言っちゃあ」
「今更、でしょ? そこの龍崎は私を女扱いしてみないだし」
紅一点とは言え、クロエを女扱いしているのは捺樹だけだ。
クロエ自身も変に女として意識されない方が楽だとは言っているのだ。暴言も平気で吐く。
「そうだね。でも、俺は不能の大翔と違っていつでもフル稼働できるから」
「あなたこそ、やめたら? ファンが減るわよ」
クロエは捺樹を睨む。捺樹も犯研では周りを取り囲む女子達がいないせいか好き勝手なことを言う。
「君がなってくれるなら、俺は他のファンなんていらないけどね」
「ありえないから、今のファンを大切にしてあげたら? 龍崎もね」
大翔も捺樹も表の顔は華やかだ。ファンというものがくっついて回る。クロエにも隠れファンというものが存在するものの、本人が認めていない。
「あのさ、大翔と俺、どっちがいいの?」
急に捺樹が改まってクロエを見て問う。
「え、何?」
急に何だろうか、そう思っていたのだろう。颯太もクロエと同じ気持ちだった。
「あの時、大翔のこと呼んだでしょ?」
「あれは、あなたがあんなことするから……先生も双子だし」
救出されたクロエの首には絞められた痕跡があった。捺樹の仕業だと颯太も後で知った。
「ふーん、そうかな?」
捺樹は疑わしげだが、颯太は蚊帳の外、いつも通りだ。
あの時も颯太は一人外で待たされていた。けれど、不安になって階段を上がっていると女性が出てきた。そして、鉢合わせた颯太を見て上に行ったのだ。颯太も追った。それから、逃げられないと悟ったのか、あっと言う間に彼女は柵を越えて飛び降りてしまったのだ。そういうことになっている。
「でも、はっきりさせてよ。俺か大翔か」
「俺を巻き込むんじゃねぇ」
大翔は迷惑そうだ。今回一番損をしたのは彼なのかもしれない。捺樹に懐かれてしまったのは彼にとって不幸だろう。
「選べない? じゃあ、俺ね」
捺樹は勝手に決めるが、クロエはささやかに彼の足を踏み付けた。
「あなた、絶対、将来DVに走るからお断り」
「うわっ、ひどい……俺、優しい男だよ?」
踏まれた足にはダメージがなかったようだが、心には傷が付いたようだ。
彼女はいつものように小説を打っているように見えるが、そのペースは好調な時よりも随分と遅い。頻繁に右上に指が行くのも打っては消しているせいだろう。
気付かせないために打ち込んでいるのかもしれないが、半年以上彼女を観察してきた颯太に言わせればバレバレというものだ。
彼女は打ちながら考え事をしているのだ。それも、小説とは違うことを。
「御来屋」
大翔が不意に声をかけ、クロエの細い肩がビクリと跳ねたのがわかった。
彼女は自分を殺しかけたという捺樹への態度がほとんど変わらないどころか、助けてくれた大翔への態度も変えていない。相変わらず少し怖がっているようであるが、颯太にはその理由がわからない。
「その……無事で何よりだ」
龍崎大翔という男は《リュウ》としてステージに立っている時と違い、ひどく不器用だ。
「迷惑かけたってあなたに詫びればいいの?」
クロエは大翔に冷めた視線を送る。
「いや……そうじゃない」
大翔も今回のことは心配していたのだろうが、伝わらないのは彼の普段の行いが悪いせいだと言わざるを得ない。
「あなた、私を助けるチャンスを与えられて、それを興奮しないとか勃たないとか言って無視したらしいじゃないの」
颯太は思い出す。正にここで聞いたのだ。彼女の耳にも入っているとは気の毒だ。
「ダメだよ、クロエ。卑猥なこと言っちゃあ」
「今更、でしょ? そこの龍崎は私を女扱いしてみないだし」
紅一点とは言え、クロエを女扱いしているのは捺樹だけだ。
クロエ自身も変に女として意識されない方が楽だとは言っているのだ。暴言も平気で吐く。
「そうだね。でも、俺は不能の大翔と違っていつでもフル稼働できるから」
「あなたこそ、やめたら? ファンが減るわよ」
クロエは捺樹を睨む。捺樹も犯研では周りを取り囲む女子達がいないせいか好き勝手なことを言う。
「君がなってくれるなら、俺は他のファンなんていらないけどね」
「ありえないから、今のファンを大切にしてあげたら? 龍崎もね」
大翔も捺樹も表の顔は華やかだ。ファンというものがくっついて回る。クロエにも隠れファンというものが存在するものの、本人が認めていない。
「あのさ、大翔と俺、どっちがいいの?」
急に捺樹が改まってクロエを見て問う。
「え、何?」
急に何だろうか、そう思っていたのだろう。颯太もクロエと同じ気持ちだった。
「あの時、大翔のこと呼んだでしょ?」
「あれは、あなたがあんなことするから……先生も双子だし」
救出されたクロエの首には絞められた痕跡があった。捺樹の仕業だと颯太も後で知った。
「ふーん、そうかな?」
捺樹は疑わしげだが、颯太は蚊帳の外、いつも通りだ。
あの時も颯太は一人外で待たされていた。けれど、不安になって階段を上がっていると女性が出てきた。そして、鉢合わせた颯太を見て上に行ったのだ。颯太も追った。それから、逃げられないと悟ったのか、あっと言う間に彼女は柵を越えて飛び降りてしまったのだ。そういうことになっている。
「でも、はっきりさせてよ。俺か大翔か」
「俺を巻き込むんじゃねぇ」
大翔は迷惑そうだ。今回一番損をしたのは彼なのかもしれない。捺樹に懐かれてしまったのは彼にとって不幸だろう。
「選べない? じゃあ、俺ね」
捺樹は勝手に決めるが、クロエはささやかに彼の足を踏み付けた。
「あなた、絶対、将来DVに走るからお断り」
「うわっ、ひどい……俺、優しい男だよ?」
踏まれた足にはダメージがなかったようだが、心には傷が付いたようだ。
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