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第三章
スリーヤミーゴス 01
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事件から数日、クロエは犯研に復帰していた。
学校に来るのにはあまり抵抗がなかった。休んでいたのは単に事情徴収で疲れたからだ。
元々、学校が嫌いというわけでない。好きでもない。どうでもいいのだ。
クロエ自身、それほど深いショックはないのだが、捺樹が協力している生嶋刑事は何かと気を使ってくる。
突然思い出すかもしれないと言われてもクロエは自分が薄情なのだと思う。感情が長続きしないのだ。喜びも悲しみも怒りも感動も何もかも。
今回のことも例外ではなく、はっきり言えば鬱陶しかった。心のケアは必要ない。そもそも、心が正常ではなく、首の絞め痕も捺樹にやられたのであって今回の犯人の仕業でもない。その痕もすっかり薄くなった。
尤も、そのことは生嶋には言っていない。知られれば、面倒なことになるのは明白だ。
強がっているだけだと生嶋は言うが、これが平常なのだ。
全ては夢のようだったと感じている。悪い夢、けれど、すぐに薄れてしまう。首の痕と共に消えて行くような、その程度のものだ。
だが、ほとぼりが冷めてから来たかったというのはある。
双子の姉が殺人を犯し、自殺したことで山岸蘭子は学校を辞めていた。担任が辞めたことでクラスは騒然となっていると思ったのだ。事件があったその日にクロエは無断欠席し、その後数日休んだ。関与していますと言っているようなものだが、クラスメイトが不用意に近付いてこないことはわかっていた。
大翔がどうにかしてくれると期待もしていなかったが、思っていた以上に平和であった。視線やひそひそ話が煩わしいというだけだ。クロエは《スリーヤミーゴス》の中で最もアンタッチャブルな人間という扱いなのである。今になってそのことに感謝している。
煩わしいだけの友達がほしいとは思わない。一人ぼっちでも構わないのだ。大翔と捺樹、この二人の面倒臭すぎる探偵の知人だけでクロエはもう手一杯だった。
仲間と言うほど絆はない。友達と言うほど仲も良くない。それでも、消えてしまいそうなほど細い糸で確かに繋がっている。その糸の名はやはり《スリーヤミーゴス》なのかもしれない。
ただし、部室ではやはり普段通りというわけにはいかない。
できれば捺樹から距離を取りたいのが、不可能というものだ。
その捺樹はいつものようにぴったりと隣に座って、目の前に拳を差し出してくる。しゃらりと赤い石のついた十字架が落ちる。
「はい、恒例の解決記念」
にっこりと捺樹は笑む。今まで何度か見た光景ではある。
「あれで解決したって言うの?」
クロエは呆れた。これまで捺樹は事件を解決する度にペアのネックレスを押し付けてきた。そして、次を解決するまでずっと同じ物を付けさせられる。
「俺、ちゃんと守ったでしょ?」
本気でそう思っているのか。
捺樹がくれたネックレスはもう返した。あれにはGPSが仕込まれていた。捺樹はこれからも不安だと言ったが、そうなると最早ストーカーである。
盗聴はしていないと言うが、なぜ、彼に動向を監視されなければいけないのか。
「あなたに殺されそうになった気がするんだけど」
いつものように捺樹が新しいネックレスを首にかけようとするのをクロエは阻止した。
あの時は本当に殺されると思った。それは気のせいではない。だから、今は首に触れて欲しくなかった。
クロエにショックがあるとすれば、全て捺樹のせいだ。
「あ、あれは俺の愛情表現かな? 興奮しちゃって、つい」
あはは、と捺樹は笑う。
しかし、つい、で殺されたくないものである。
常人ならば、あんな風に興奮するはずもない。彼はどうかしていると思っていたが、警戒心は強まった。
それでも、どこかでは許してしまっているのだが、きっと彼が好きだからではない。同じように自分もどこかが壊れているからだ。
「失った信頼は必ず回復するから」
捺樹は諦めたようにネックレスをクロエの手に握らせた。それから立ち上がり、大翔の方へと進む。
「はい、これは大翔の」
同じように捺樹は大翔の前にネックレスを垂らす。石の色は黒、大翔にふさわしい色だろう。
「何のつもりだ?」
大翔は眉を顰め、訝しげに捺樹を見る。
「俺とお前はライバルなんだろ?」
あれは自分を助けるための嘘ではなかっただろうとクロエは思う。不器用な男なのだ。いつでも本心を告げないが、あの時は確かに捺樹を見ていた。
真っ直ぐに捺樹を、捺樹だけを見ていた。やっと、きちんと向き合ったのだ。捺樹の求めに応えた。
「勘違いしないで、今回だけだから」
捺樹は彼なりに反省しているのかもしれない。大翔がいなければ彼は黒の世界に足を踏み入れて戻ってこられなかった。
それこそホームズに対するモリアーティになったかもしれない。大翔にそんな存在は必要ない。
「仕方ねぇな……迷惑料としてもらっといてやるよ」
大翔は満更でもないようだ。元々、大翔と捺樹はそれほど趣味が違うわけでもない。
クロエはいつも思っている。二人は対極にいるようで同一線上に存在するのだ。互いに背を向けているだけだ。白いか黒いかそれだけのようで、結局はどちらも灰色だ。
けれど、今回のことでお互いに背後にあるものを感じただろう。捺樹の方は顕著にそれが表れている。大翔の呼び方が変わっているのもそうだ。
クロエはそれを少し寂しく感じる。クロエも灰色だが、彼らと同じ線上には立てていない。
「俺のは、これね」
捺樹が見せるネックレスにはクリアーの石が輝いている。
いつもペアになったものを買ってくる時は大抵捺樹が黒でクロエがクリアーだが、今回は色違いでそれぞれ買ってきたようだ。
「あ、あの、一応、聞きますけど、俺にはないんですよね……?」
おずおずと颯太が問う。彼もまだまだだ、とクロエは思い、視線を外す。ここまで蔑ろにされれば自分はいないものと思った方がいいというのに。
「あるわけないでしょ、おちびちゃんが一体何をしたって言うの?」
捺樹の颯太への態度は相変わらずだ。目の前で犯人に自殺されたからと言って心のケアをしてやる術を彼らは持たない。
本来の活動が不謹慎なのも彼らの心に欠陥があるからだ。それぞれ、人の死には鈍感すぎる。
自分を殺そうとしておきながら何も変わらない捺樹も、その様子を見て動揺しなかった大翔も、殺されそうになりながら彼を許してしまう自分も、犯研を辞めることはありえないだろう。これからも変わらないだろう。《スリーヤミーゴス》は誰も代わらない。
クロエの隣に座り直した捺樹は少し距離を取ったようだが、それもすぐに縮んで、自分も何とも思わなくなるのだろうとクロエは感じている。
もしかしたら、それが自分の望みなのかもしれないと思うが、悟られないようにキーを打ち続ける。
学校に来るのにはあまり抵抗がなかった。休んでいたのは単に事情徴収で疲れたからだ。
元々、学校が嫌いというわけでない。好きでもない。どうでもいいのだ。
クロエ自身、それほど深いショックはないのだが、捺樹が協力している生嶋刑事は何かと気を使ってくる。
突然思い出すかもしれないと言われてもクロエは自分が薄情なのだと思う。感情が長続きしないのだ。喜びも悲しみも怒りも感動も何もかも。
今回のことも例外ではなく、はっきり言えば鬱陶しかった。心のケアは必要ない。そもそも、心が正常ではなく、首の絞め痕も捺樹にやられたのであって今回の犯人の仕業でもない。その痕もすっかり薄くなった。
尤も、そのことは生嶋には言っていない。知られれば、面倒なことになるのは明白だ。
強がっているだけだと生嶋は言うが、これが平常なのだ。
全ては夢のようだったと感じている。悪い夢、けれど、すぐに薄れてしまう。首の痕と共に消えて行くような、その程度のものだ。
だが、ほとぼりが冷めてから来たかったというのはある。
双子の姉が殺人を犯し、自殺したことで山岸蘭子は学校を辞めていた。担任が辞めたことでクラスは騒然となっていると思ったのだ。事件があったその日にクロエは無断欠席し、その後数日休んだ。関与していますと言っているようなものだが、クラスメイトが不用意に近付いてこないことはわかっていた。
大翔がどうにかしてくれると期待もしていなかったが、思っていた以上に平和であった。視線やひそひそ話が煩わしいというだけだ。クロエは《スリーヤミーゴス》の中で最もアンタッチャブルな人間という扱いなのである。今になってそのことに感謝している。
煩わしいだけの友達がほしいとは思わない。一人ぼっちでも構わないのだ。大翔と捺樹、この二人の面倒臭すぎる探偵の知人だけでクロエはもう手一杯だった。
仲間と言うほど絆はない。友達と言うほど仲も良くない。それでも、消えてしまいそうなほど細い糸で確かに繋がっている。その糸の名はやはり《スリーヤミーゴス》なのかもしれない。
ただし、部室ではやはり普段通りというわけにはいかない。
できれば捺樹から距離を取りたいのが、不可能というものだ。
その捺樹はいつものようにぴったりと隣に座って、目の前に拳を差し出してくる。しゃらりと赤い石のついた十字架が落ちる。
「はい、恒例の解決記念」
にっこりと捺樹は笑む。今まで何度か見た光景ではある。
「あれで解決したって言うの?」
クロエは呆れた。これまで捺樹は事件を解決する度にペアのネックレスを押し付けてきた。そして、次を解決するまでずっと同じ物を付けさせられる。
「俺、ちゃんと守ったでしょ?」
本気でそう思っているのか。
捺樹がくれたネックレスはもう返した。あれにはGPSが仕込まれていた。捺樹はこれからも不安だと言ったが、そうなると最早ストーカーである。
盗聴はしていないと言うが、なぜ、彼に動向を監視されなければいけないのか。
「あなたに殺されそうになった気がするんだけど」
いつものように捺樹が新しいネックレスを首にかけようとするのをクロエは阻止した。
あの時は本当に殺されると思った。それは気のせいではない。だから、今は首に触れて欲しくなかった。
クロエにショックがあるとすれば、全て捺樹のせいだ。
「あ、あれは俺の愛情表現かな? 興奮しちゃって、つい」
あはは、と捺樹は笑う。
しかし、つい、で殺されたくないものである。
常人ならば、あんな風に興奮するはずもない。彼はどうかしていると思っていたが、警戒心は強まった。
それでも、どこかでは許してしまっているのだが、きっと彼が好きだからではない。同じように自分もどこかが壊れているからだ。
「失った信頼は必ず回復するから」
捺樹は諦めたようにネックレスをクロエの手に握らせた。それから立ち上がり、大翔の方へと進む。
「はい、これは大翔の」
同じように捺樹は大翔の前にネックレスを垂らす。石の色は黒、大翔にふさわしい色だろう。
「何のつもりだ?」
大翔は眉を顰め、訝しげに捺樹を見る。
「俺とお前はライバルなんだろ?」
あれは自分を助けるための嘘ではなかっただろうとクロエは思う。不器用な男なのだ。いつでも本心を告げないが、あの時は確かに捺樹を見ていた。
真っ直ぐに捺樹を、捺樹だけを見ていた。やっと、きちんと向き合ったのだ。捺樹の求めに応えた。
「勘違いしないで、今回だけだから」
捺樹は彼なりに反省しているのかもしれない。大翔がいなければ彼は黒の世界に足を踏み入れて戻ってこられなかった。
それこそホームズに対するモリアーティになったかもしれない。大翔にそんな存在は必要ない。
「仕方ねぇな……迷惑料としてもらっといてやるよ」
大翔は満更でもないようだ。元々、大翔と捺樹はそれほど趣味が違うわけでもない。
クロエはいつも思っている。二人は対極にいるようで同一線上に存在するのだ。互いに背を向けているだけだ。白いか黒いかそれだけのようで、結局はどちらも灰色だ。
けれど、今回のことでお互いに背後にあるものを感じただろう。捺樹の方は顕著にそれが表れている。大翔の呼び方が変わっているのもそうだ。
クロエはそれを少し寂しく感じる。クロエも灰色だが、彼らと同じ線上には立てていない。
「俺のは、これね」
捺樹が見せるネックレスにはクリアーの石が輝いている。
いつもペアになったものを買ってくる時は大抵捺樹が黒でクロエがクリアーだが、今回は色違いでそれぞれ買ってきたようだ。
「あ、あの、一応、聞きますけど、俺にはないんですよね……?」
おずおずと颯太が問う。彼もまだまだだ、とクロエは思い、視線を外す。ここまで蔑ろにされれば自分はいないものと思った方がいいというのに。
「あるわけないでしょ、おちびちゃんが一体何をしたって言うの?」
捺樹の颯太への態度は相変わらずだ。目の前で犯人に自殺されたからと言って心のケアをしてやる術を彼らは持たない。
本来の活動が不謹慎なのも彼らの心に欠陥があるからだ。それぞれ、人の死には鈍感すぎる。
自分を殺そうとしておきながら何も変わらない捺樹も、その様子を見て動揺しなかった大翔も、殺されそうになりながら彼を許してしまう自分も、犯研を辞めることはありえないだろう。これからも変わらないだろう。《スリーヤミーゴス》は誰も代わらない。
クロエの隣に座り直した捺樹は少し距離を取ったようだが、それもすぐに縮んで、自分も何とも思わなくなるのだろうとクロエは感じている。
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