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第二章

永遠の花嫁 12

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「っ……!」

 急に捺樹の手が離れる。彼が呻いた。
 何があったのか確認したいのに、クロエは咳き込むばかりで目を開けられなかった。

「何が闇だ、バーカ! てめぇの闇が俺の光に勝てるのか? どでかい穴、派手にぶち開けてやるよ!」

 その声は大翔だった。絶対に来ない、来るはずがないと思った彼がなぜここにいるのだろうか。

「俺の邪魔をするな、龍崎!!」

 捺樹が声を荒らげる。彼がここまで大声を出すのは珍しい。

「いてっ!」

 捺樹がまた声を上げる。ぽとりと何かがクロエの上に落ちてくる。
 それは小さな三角――クロエには心当たりがあった。ギターのピックだ。大翔はそれを器用に狙って投げることができる。彼の数少ない特技だとクロエは思っていた。

「俺がてめぇを止める。絶対に止めてやるさ」

 大翔が捺樹を引き剥がす。捺樹は彼に力で勝てない。

「お前なんかに止められるわけないよ、不能探偵」

 捺樹は暴れるが、大翔は離さない。そのまま彼を強く抱き締めた。

「大丈夫だ、宝生。てめぇは大丈夫だ」

 大翔の声音はいつになく優しく感じられる。過去にしか興味を持たない彼らしからぬことだった。

「龍崎……」
「てめぇは俺のライバルなんだろ?」

 それは捺樹がずっと求めていた言葉だ。クロエは思った。
 捺樹は大翔を一方的にライバル視していた。現在と過去、全く別の方向を見ていながらも、一番仲間になりたかったのは捺樹なのだ。自分の反対側を渇望していた。
 クロエが見上げる先で捺樹は落ち着いたように見えた。

「暑苦しい、離せ。お前の臭いが移る」

 大翔の逞しい腕の中で捺樹は暴れた。捺樹も背は高いが、大翔の方がずっと体格がいい。

「それは俺の台詞でもある。てめぇは甘ったるすぎる」

 大翔が捺樹を解放する。結局この二人は本当に仲が悪いのではない。
 クロエはほっとするものの、ここまま自分が放置されるのではないかという不安もあった。

「さっきの言葉忘れないでよ」
「何の話だ?」
「俺のことライバルと認めたってことだよね? まあ、俺の方が格上だけど」

 ふふっ、と捺樹が笑う。すっかり満足してクロエのことなど頭から飛んだようだ。
 友情など見せ付けていないで助けてほしい。手錠を鳴らして、気付かせようとしたところで影が落ちてくる。もう一人いたのだろうか。


「御来屋……?」

 確かめるように顔を覗き込んでくる女にクロエは身動ぎした。
 わかっていたことだが、今見たい顔ではない。地味な格好に控えめなメイク、山岸蘭子の方だ。それでも、同じ顔はつい先程のことを思い起こさせる。

「……無事か?」

 思い出したように大翔が問いかけてくる。思い出しただけ褒めてやるべきなのかもしれない。蘭子がいなければ、そのまま捺樹を連れて帰ろうとした可能性がある。

「そう見えるならあなたの目は節穴、やっぱり今が見えてないわ」

 外傷はないが、ショックはある。拘束さえ解ければ彼に抱き付きたい気分だった。深い意味はない。単にそうすることで自分の無事を認識したいだけだ。本能的な行動である。そして、この場合、彼にしておくのが一番平和である。そうでなければ、自分が消えてしまいそうだった。

「嫌みが出るなら無事ってことだろ」

 クロエは大翔がどうにかしてくれるのではないかと思っていたが、彼は立ち上がる。もしかしたら、鍵を探してくれるのかもしれない。

「犯人はどうした?」

 捺樹に向き直る大翔はもうクロエを忘れていたのかもしれない。

「逃げた。あっち」

 そうか、と頷いて大翔は捺樹が示す方向を見る。それから歩き出してしまう。

「龍崎!」

 たまらずクロエは声を上げた。今、彼に犯人を追われるのは困る。

「ここで待ってろ」
「一人にしないで!」

 思わず叫んだ。大翔がぴたりと足を止める。

「一人じゃない。俺は残るよ」
「私もいるから。もう大丈夫よ。もう大丈夫だからね」

 捺樹と百合子が安心させるように笑う。
 それが嫌だと言うのだ。彼は山岸の双子の姉が犯人だということをまだ知らないのか。
 一人にするなと言うのは敵の中に置いていくなという意味だ。味方でありながら、今のクロエにとって彼らは敵だ。自分を殺そうとしていた女の双子の妹と自分を殺そうとした男なのだ。

「龍崎!」
「そいつは、もう大丈夫だ。それに担任がいれば安心だろ?」

 安心できないから呼んでいるのだが、それを彼に言っても無駄だろう。理解してもらえるとは思えない。彼は過去の事件のこと以外では、とんでもなく鈍感だ。クロエは諦めざるを得なかった。

「守るよ、俺のお姫様」

 一番、自分を死に近付けたくせにぬけぬけと言うものだ。睨んでも効果はない。

「これ、手錠の鍵じゃないかしら?」

 蘭子が小さな鍵を見せ、クロエはほっとする。手が自由になれば、どうにかなる。
 そして、手錠が外されるのも見届けず、大翔は出て行った。
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