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第二章
永遠の花嫁 09
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眩しい。
無遠慮に照らし付けてくる光にクロエは目を細める。
太陽ではない。もっと人工的で悪意を感じる。光に目が慣れれば、正体がわかる。煌々と焼き尽くすような光はライトだ。セッティングされている。いかがわしい動画でも撮るつもりだろうか。
体は動かない。頭上で括られた腕が軋む。足に枷はないようだが、もたもたして自由には動かせない。妙に重い頭を動かして見れば光を反射する白が輝かしい。
そして、光が陰り、気付く。白いドレス――ウェディングドレスを着ている。手首には手錠だろうか、擦れて硬い感触を伝えてくる。
「暴れちゃダメじゃない。ドレスが乱れるから」
クスクスと笑う声にただでさえ息苦しい胸が不快感で満たされていくようだった。
「ねぇ、こっちを見て。笑って?」
目の前にはデコレーションの施されたケースに入ったピンクの携帯電話、キラキラ光るストラップがぶら下がったそれは間違いなくクロエのものだ。撮影しようとしているのだろうか。
要求には答えなかった。レンズ越しに相手に軽蔑の眼差しを送る。
「笑ってって言ったのに」
シャッター音の後、画像を確認したのだろう。その声は不満げだったが、笑いたくもない。笑えるはずがない。
なぜ、こんなことになったのだろうとクロエは記憶を遡る。
あれは朝のことだ。いつも通りに家を出て、登校するはずだった。しかし、急に背後から腕が伸びてきて、口元に布を当てられた。薬品臭いと思った時にはもう何もできなかった。
「どう? 綺麗でしょ?」
携帯電話の画面を見せられてもクロエは頷く気にはなれなかった。
第一印象は目付きの悪い花嫁、それは紛れもなく今の自分の姿だった。
目の前にいるのは《ウェディングドレス連続殺人事件》の犯人のようだが、連続殺人犯との対面は全く嬉しくない。怖いというよりは気持ち悪いと言った方がしっくり来るかもしれない。
クロエにも人並みの恐怖心はあるが、今は妙に落ち着いているのを感じる。感覚は眠りに就いたままなのだろうか。こうなった以上、遅かれ早かれ自分は殺されるとわかっているのに震えもない。
「前の二件は実験?」
まるで取材気分だった。知りたくはなかったが、聞いてやるべきだと思ったのだ。聞いたところで、記録に残せるわけでもないし、凡庸な人殺しの独白に興味はない。
「その通り」
「私が本番?」
「そう。どうやるのが一番か、実際に試してみるのが一番でしょ?」
実験にしては前の二件は手抜きだった。クロエは分析する。
「自分の理想通りに殺されるってどんな気分?」
「勘違いしてない?」
何かを間違えている、クロエは思う。
たとえば、凡人の殺しと天才の殺しがあるとして、クロエが求めるのは後者であるが、彼女は紛れもなく前者である。
「冷たいカレシに見放されちゃったけど」
話が噛み合わない。彼氏というものはクロエには存在しない。それを悲しい、寂しいと思ったことはない。
敬遠されがちで同性の友達すらいないほどだ。言い寄ってきた男と言えば捺樹ぐらいだ。それも純粋な愛だとは言い難い。
ウェーブのかかった黒髪が揺れる。女の色香に満ち溢れた体がのしかかってくる。
「それ、誰のこと?」
クロエは彼女を見上げる。その顔を知っている気がした。声にも聞き覚えがある。
「龍崎大翔、かっこいいわよね。《ドラグーン》のリュウだっけ? 歌もうまいじゃないの」
「全然」
クロエにとって大翔は《安楽椅子探偵》でしかない。化粧した顔に興味はない。彼の歌をまともに聴いたこともない。今後、彼のライヴに行くこともないだろうと思っているくらいだ。
彼との関係は部の中でも希薄だった。利用されている、ただそれだけのことだ。
「あれ、録音しておけば良かったかしら? 勃たないだの、興奮しないだの、失礼よね? 折角、助けるチャンスをあげようと思ったのに。王子様失格ね」
全く訳がわからない。クロエはそれ以上、彼の話を聞いても無駄だと思った。
あの男が王子なら世が終わるし、所詮は過去の事件がなければ自慰もできない男だとクロエは思っているのだから。
無遠慮に照らし付けてくる光にクロエは目を細める。
太陽ではない。もっと人工的で悪意を感じる。光に目が慣れれば、正体がわかる。煌々と焼き尽くすような光はライトだ。セッティングされている。いかがわしい動画でも撮るつもりだろうか。
体は動かない。頭上で括られた腕が軋む。足に枷はないようだが、もたもたして自由には動かせない。妙に重い頭を動かして見れば光を反射する白が輝かしい。
そして、光が陰り、気付く。白いドレス――ウェディングドレスを着ている。手首には手錠だろうか、擦れて硬い感触を伝えてくる。
「暴れちゃダメじゃない。ドレスが乱れるから」
クスクスと笑う声にただでさえ息苦しい胸が不快感で満たされていくようだった。
「ねぇ、こっちを見て。笑って?」
目の前にはデコレーションの施されたケースに入ったピンクの携帯電話、キラキラ光るストラップがぶら下がったそれは間違いなくクロエのものだ。撮影しようとしているのだろうか。
要求には答えなかった。レンズ越しに相手に軽蔑の眼差しを送る。
「笑ってって言ったのに」
シャッター音の後、画像を確認したのだろう。その声は不満げだったが、笑いたくもない。笑えるはずがない。
なぜ、こんなことになったのだろうとクロエは記憶を遡る。
あれは朝のことだ。いつも通りに家を出て、登校するはずだった。しかし、急に背後から腕が伸びてきて、口元に布を当てられた。薬品臭いと思った時にはもう何もできなかった。
「どう? 綺麗でしょ?」
携帯電話の画面を見せられてもクロエは頷く気にはなれなかった。
第一印象は目付きの悪い花嫁、それは紛れもなく今の自分の姿だった。
目の前にいるのは《ウェディングドレス連続殺人事件》の犯人のようだが、連続殺人犯との対面は全く嬉しくない。怖いというよりは気持ち悪いと言った方がしっくり来るかもしれない。
クロエにも人並みの恐怖心はあるが、今は妙に落ち着いているのを感じる。感覚は眠りに就いたままなのだろうか。こうなった以上、遅かれ早かれ自分は殺されるとわかっているのに震えもない。
「前の二件は実験?」
まるで取材気分だった。知りたくはなかったが、聞いてやるべきだと思ったのだ。聞いたところで、記録に残せるわけでもないし、凡庸な人殺しの独白に興味はない。
「その通り」
「私が本番?」
「そう。どうやるのが一番か、実際に試してみるのが一番でしょ?」
実験にしては前の二件は手抜きだった。クロエは分析する。
「自分の理想通りに殺されるってどんな気分?」
「勘違いしてない?」
何かを間違えている、クロエは思う。
たとえば、凡人の殺しと天才の殺しがあるとして、クロエが求めるのは後者であるが、彼女は紛れもなく前者である。
「冷たいカレシに見放されちゃったけど」
話が噛み合わない。彼氏というものはクロエには存在しない。それを悲しい、寂しいと思ったことはない。
敬遠されがちで同性の友達すらいないほどだ。言い寄ってきた男と言えば捺樹ぐらいだ。それも純粋な愛だとは言い難い。
ウェーブのかかった黒髪が揺れる。女の色香に満ち溢れた体がのしかかってくる。
「それ、誰のこと?」
クロエは彼女を見上げる。その顔を知っている気がした。声にも聞き覚えがある。
「龍崎大翔、かっこいいわよね。《ドラグーン》のリュウだっけ? 歌もうまいじゃないの」
「全然」
クロエにとって大翔は《安楽椅子探偵》でしかない。化粧した顔に興味はない。彼の歌をまともに聴いたこともない。今後、彼のライヴに行くこともないだろうと思っているくらいだ。
彼との関係は部の中でも希薄だった。利用されている、ただそれだけのことだ。
「あれ、録音しておけば良かったかしら? 勃たないだの、興奮しないだの、失礼よね? 折角、助けるチャンスをあげようと思ったのに。王子様失格ね」
全く訳がわからない。クロエはそれ以上、彼の話を聞いても無駄だと思った。
あの男が王子なら世が終わるし、所詮は過去の事件がなければ自慰もできない男だとクロエは思っているのだから。
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