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第二章
永遠の花嫁 06
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《ウェディングドレス殺人事件》は捺樹の予想通り、既に二件目が起きていた。
二人目が冷凍倉庫の中で見つかったのは翌日のことだった。
クロエならば出せば溶けるから意味がないと言うだろうか。
だが、彼女の見解はまだ聞くことができない。今、部室にいるのは颯太と大翔だけだ。
「一体、犯人はどんな人なんですかね……本当に偶然なんでしょうか?」
大翔に問えば煩わしそうな表情をされる。興味の欠片もないといった様子で今日もコーヒーを用意して過去の事件に関するファイルを眺めていた。
「肝心なことを忘れてないか?」
「肝心なこと……ですか?」
颯太は考えを巡らせて見るが、わからない。
「御来屋本人の犯行だって場合だ」
「そ、そんなっ……!」
何てことを言うのだろうか。颯太はショックを受ける。
「俺に言わせれば、あいつほど危うい奴もいねぇよ」
仲が良くないことはわかっていた。けれど、これではあんまりだ。悲しみが颯太の胸の内に広がる。
「あいつがしてることがプロファイリングの類じゃねぇことはわかってんだろ?」
颯太は頷く。入ったばかりの頃は犯罪分析だと思っていたが、まるで違うのだ。
「ひどい妄想癖だ」
だから敬遠するんですか――颯太の喉元まで出かかったが、聞けなかった。
「いいか、あいつが言うことはな、自分が犯人だったらこうしたい、ってことなんだよ。物語は現実で自分が殺せないから書くんだ。空想世界の殺人は自由だ。誰でもスーパーマンになれる。神にでもな」
確かに彼女の物語は自身の美学に基づいている。
「もし、事件が起きて、あいつが犯人だったら、そりゃあもう凄惨だ。だが、あいつにできることは限られてる」
ありえない、颯太は心の中で打ち消す。彼女は物語からは飛び出さない。
彼はやはり的外れなのだ。彼女ならばたとえ物語通りにすることが不可能だと悟ってもあれほど劣化させはしない。捺樹が酷評するのを黙って聞いていられるわけがない。
「その先生はまだですか?」
随分と経つのに未だクロエが来ない。捺樹もいない。
「そういや、今日は来なかったな……」
クロエが休みならば捺樹は来ない。颯太も見解を聞くことができないということになる。
「仮にあの人が犯人だったとしたら、平然と学校に来る気がするんです」
そりゃそうだな、と大翔が頷く。
「だが、俺は別にあいつが犯人だって言ってるわけじゃねぇ。現時点で全くの無関係だと除外することはできねぇってだけだ」
大翔の言葉は時に誤解を招くことがある。彼が現在に興味を持たないからそういうことになるのだが、改める気はないようだ。
「あいつのアイデアが使われてるのも間違いねぇ。何らかの関与はあるだろ」
「そうですね……」
本人は関係なさげにしていたが、大翔は違うようだ。犯人だと断言はしないものの、疑っている。それは興味ではなく、迷惑を被りたくないからなのだろう。
「あの、先生はどうして休みなんですか? また風邪とかですかね……」
「さあな。無断らしいぜ。担任にも聞いてないかって言われたが……んなもん知るか、ってところだ」
クロエと大翔は同じクラスであり、捺樹は常々羨ましがっているのだが、教室で話すこともほとんどないと言う。
担任教師やクラスメート達から部活仲間として扱われることを迷惑がっているほどだ。そして、悪いことを全て彼女のせいにしている。ファイルを見ては内心ニヤニヤしているくせに、自分は単なるミステリー好きだと言い張るというのはクロエの談だ。
「電話してみたりは……」
「めんどくせぇ。担任にも言われたが、どうして、俺がそこまでしなきゃなんねぇんだ?」
「それ、担任の先生にも言ったんですか?」
「興味がねぇ、ってな」
颯太は彼らの担任に同情した。教師としては非常に扱いにくい生徒だろう。その上、犯罪マニアと噂されるクロエまでいるのだ。彼女は教室でも小説を打ち込んでいるか、怪しげな本を読んでいるのだという。
捺樹が一緒でないだけまだ平和なのかもしれない。そもそも、同じ学年に厄介な天才が三人もいるという状況が普通ではない。
心配になった颯太は彼女の番号を呼び出してみたが、通じない。
「先生、出ません」
「いつでも出るわけじゃねぇだろ」
確かにそうかもしれないが、颯太は不安でいっぱいだ。
もう一度、かけてみるが、駄目だった。仕方なく、メールを打ってみる。
「先生のアイデアで、二人殺されて、その先生が今日は連絡がつかなくて……」
クロエは体が弱いというほどでもないようだが、健康というイメージからは少し遠いというのが颯太の見解だ。完全なインドア系、一言で表すならば引きこもりだ。彼女は外には出ていると言うのだが。
「あ、そう言えば、宝生先輩は……」
「それも、知るか、だ。あいつは女と絡んでるか、仕事か警察だろ」
明らかに面倒臭がっている。聞くだけ無駄なのだ。
颯太は恐る恐る捺樹にもかけてみる。出てほしくないのだが、出てくれないと困る。コール音は虚しく響くばかりだ。
「……宝生先輩も繋がりません」
「あいつはもっと不思議じゃねぇだろ。気にするだけ無駄だ」
確かに捺樹には学生業の他にモデル業がある。しかし、それで不安がなくなるわけではない。
二人目が冷凍倉庫の中で見つかったのは翌日のことだった。
クロエならば出せば溶けるから意味がないと言うだろうか。
だが、彼女の見解はまだ聞くことができない。今、部室にいるのは颯太と大翔だけだ。
「一体、犯人はどんな人なんですかね……本当に偶然なんでしょうか?」
大翔に問えば煩わしそうな表情をされる。興味の欠片もないといった様子で今日もコーヒーを用意して過去の事件に関するファイルを眺めていた。
「肝心なことを忘れてないか?」
「肝心なこと……ですか?」
颯太は考えを巡らせて見るが、わからない。
「御来屋本人の犯行だって場合だ」
「そ、そんなっ……!」
何てことを言うのだろうか。颯太はショックを受ける。
「俺に言わせれば、あいつほど危うい奴もいねぇよ」
仲が良くないことはわかっていた。けれど、これではあんまりだ。悲しみが颯太の胸の内に広がる。
「あいつがしてることがプロファイリングの類じゃねぇことはわかってんだろ?」
颯太は頷く。入ったばかりの頃は犯罪分析だと思っていたが、まるで違うのだ。
「ひどい妄想癖だ」
だから敬遠するんですか――颯太の喉元まで出かかったが、聞けなかった。
「いいか、あいつが言うことはな、自分が犯人だったらこうしたい、ってことなんだよ。物語は現実で自分が殺せないから書くんだ。空想世界の殺人は自由だ。誰でもスーパーマンになれる。神にでもな」
確かに彼女の物語は自身の美学に基づいている。
「もし、事件が起きて、あいつが犯人だったら、そりゃあもう凄惨だ。だが、あいつにできることは限られてる」
ありえない、颯太は心の中で打ち消す。彼女は物語からは飛び出さない。
彼はやはり的外れなのだ。彼女ならばたとえ物語通りにすることが不可能だと悟ってもあれほど劣化させはしない。捺樹が酷評するのを黙って聞いていられるわけがない。
「その先生はまだですか?」
随分と経つのに未だクロエが来ない。捺樹もいない。
「そういや、今日は来なかったな……」
クロエが休みならば捺樹は来ない。颯太も見解を聞くことができないということになる。
「仮にあの人が犯人だったとしたら、平然と学校に来る気がするんです」
そりゃそうだな、と大翔が頷く。
「だが、俺は別にあいつが犯人だって言ってるわけじゃねぇ。現時点で全くの無関係だと除外することはできねぇってだけだ」
大翔の言葉は時に誤解を招くことがある。彼が現在に興味を持たないからそういうことになるのだが、改める気はないようだ。
「あいつのアイデアが使われてるのも間違いねぇ。何らかの関与はあるだろ」
「そうですね……」
本人は関係なさげにしていたが、大翔は違うようだ。犯人だと断言はしないものの、疑っている。それは興味ではなく、迷惑を被りたくないからなのだろう。
「あの、先生はどうして休みなんですか? また風邪とかですかね……」
「さあな。無断らしいぜ。担任にも聞いてないかって言われたが……んなもん知るか、ってところだ」
クロエと大翔は同じクラスであり、捺樹は常々羨ましがっているのだが、教室で話すこともほとんどないと言う。
担任教師やクラスメート達から部活仲間として扱われることを迷惑がっているほどだ。そして、悪いことを全て彼女のせいにしている。ファイルを見ては内心ニヤニヤしているくせに、自分は単なるミステリー好きだと言い張るというのはクロエの談だ。
「電話してみたりは……」
「めんどくせぇ。担任にも言われたが、どうして、俺がそこまでしなきゃなんねぇんだ?」
「それ、担任の先生にも言ったんですか?」
「興味がねぇ、ってな」
颯太は彼らの担任に同情した。教師としては非常に扱いにくい生徒だろう。その上、犯罪マニアと噂されるクロエまでいるのだ。彼女は教室でも小説を打ち込んでいるか、怪しげな本を読んでいるのだという。
捺樹が一緒でないだけまだ平和なのかもしれない。そもそも、同じ学年に厄介な天才が三人もいるという状況が普通ではない。
心配になった颯太は彼女の番号を呼び出してみたが、通じない。
「先生、出ません」
「いつでも出るわけじゃねぇだろ」
確かにそうかもしれないが、颯太は不安でいっぱいだ。
もう一度、かけてみるが、駄目だった。仕方なく、メールを打ってみる。
「先生のアイデアで、二人殺されて、その先生が今日は連絡がつかなくて……」
クロエは体が弱いというほどでもないようだが、健康というイメージからは少し遠いというのが颯太の見解だ。完全なインドア系、一言で表すならば引きこもりだ。彼女は外には出ていると言うのだが。
「あ、そう言えば、宝生先輩は……」
「それも、知るか、だ。あいつは女と絡んでるか、仕事か警察だろ」
明らかに面倒臭がっている。聞くだけ無駄なのだ。
颯太は恐る恐る捺樹にもかけてみる。出てほしくないのだが、出てくれないと困る。コール音は虚しく響くばかりだ。
「……宝生先輩も繋がりません」
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