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第二章
永遠の花嫁 02
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その日、颯太が部室に入ると何やらヒヤッとしたものを感じた気がした。本物の冷気ではなく、限りなくそれに近い空気の悪さだ。あるいは、殺気というものなのかもしれない。
アームチェアにはいつも通り大翔がいて、ソファーには捺樹だけが座っている。
大翔がいるということは大抵同じクラスのクロエもいるということなのだが、その姿は見当たらない。彼女がいないだけでこれほどまでに空気が悪いものなのだろうか。
大翔とクロエだけでも気まずさがあるが、その比ではない。彼女が休みならば捺樹はここには来なかったはずだ。《スリーヤミーゴス》が一人欠ければ、犯研は活動しないこともある。
初めての状況ではないが、今日は随分と捺樹の機嫌が悪いようだ。
「せ、先生はまだですか……?」
日直か何かだろうかと颯太は首を傾げる。颯太も今正にその仕事を終えてきたところであった。
「この前休んだせいで小テスト受けなきゃなんだって」
そう言えば、そんな日もあったかと颯太は思い出す。
「だから、俺は終わるまで待ってるの」
捺樹はクロエが学校にいる以上、放課後に会わなければ気が済まないようだ。用があって遅い時は律儀にここで待っている。
「今日はお仕事ですか?」
ビクつきながら颯太は聞いてみる。このまま黙って椅子に座るのも失礼な気がしてしまうのだ。常に注目される彼は無視されることが嫌いなようである。
「警察、彼らには俺の頭脳が必要なんだよ」
またか、と颯太は思う。近頃、彼はモデルよりも学業よりも探偵業が忙しいらしい。妙に警察通いが増えている。クロエと会う時間を減らしてまで、というのは気にかかる。趣味であって、それほど熱心ではなかったはずだ。それとも、この前の事件でクロエとお揃いのネックレスを買えなかったから自棄になっているのだろうか。
そこで颯太は何を話していいかわからなくなってしまう。
大翔としては静かならばそれで構わないのだろうが、颯太としては気まずすぎる。しかし、切り出す話題も浮かばない。下手な話をすれば身の危険を感じることになってしまう。何もしないのは息が詰まるが、何かをしても息ができなくなる可能性がある。
「龍崎」
静寂を、捺樹はその声で破く。声だけではない。射抜くような鋭い眼光に颯太は圧倒されそうになる。
ソファーに座っている人間が大翔に話しかける時、大抵はその間に颯太がいる。
颯太としては椅子の位置を変えたいのだが、許されない。部室内の共有エリアと大翔のエリアを隔てるものが必要なのだとクロエは言った。つまり、颯太は口のついた壁である。
だから、捺樹の視線は大翔に向けられているのに、颯太をも貫くのだ。まるで颯太が来るのを、そこに座るのを待っていたかのように。
「俺はクロエのこと、本気だから」
「は?」
わけがわからないと言った表情で大翔が颯太の向こうの捺樹を見る。
不穏な空気と居たたまれなさに颯太は自分がここにいるべきではないと感じた。彼らは既にいないものとして扱っているのかもしれない。
「あ、お、俺、席外しますね!」
ガタッと音を立てて腰を上げれば捺樹の視線に刺される。彼の目力は妙に強い。金縛りにあったような、それどころか石にされてしまうのではないかと思うほどだ。
「待って、おちびちゃんもよく聞いて覚えておきなよ。後で痛い目に遭いたくなかったらね」
どこかをグサリと突き刺されたような、あるはずのない痛みを感じて颯太は再び席に座るが、どちらを見ればいいのかはわからなかった。
「クロエは絶対に渡さない。誰にもね」
なぜ、自分にも敵意が向けられるのか、颯太にはまるでわからない。
彼がクロエに向ける異常とも思えるほどの愛情が本物であることを否定するつもりはない。彼にとっては自分を愛するようなものだろう。あるいは、家族愛のようなものなのかもしれない。
邪魔するつもりも毛頭ない。颯太が彼女に抱く感情は尊敬や羨望であり、それ以上ではないからだ。
彼女を美人だとは思うが、恋人になってほしいなどというのとは全く違う感情だ。敢えて言うならば、絶対に恋人にはしたくないタイプである。
彼女を神聖視しているのかと言われればまた違う気がする。彼女が捺樹や他の男と付き合うとしても構わない。それは彼女が誰とも付き合わないとわかっているからだろうか。
そもそも、颯太は捺樹にストレス発散の相手としていじめられても、恋のライバルとして牽制されることはあり得ないと思っていた。欠陥的な性格の悪さ、異常を覗けば総合的にどこまでも勝っている捺樹が自分を敵として認識することがあるのかが甚だ疑問だった。
大翔に対するライバル心はわかるのだ。タイプが違う彼はやはり人格に欠損しているものがあれど、総合評価で捺樹に劣るとも言い難い。むしろ互角だろう。
アームチェアにはいつも通り大翔がいて、ソファーには捺樹だけが座っている。
大翔がいるということは大抵同じクラスのクロエもいるということなのだが、その姿は見当たらない。彼女がいないだけでこれほどまでに空気が悪いものなのだろうか。
大翔とクロエだけでも気まずさがあるが、その比ではない。彼女が休みならば捺樹はここには来なかったはずだ。《スリーヤミーゴス》が一人欠ければ、犯研は活動しないこともある。
初めての状況ではないが、今日は随分と捺樹の機嫌が悪いようだ。
「せ、先生はまだですか……?」
日直か何かだろうかと颯太は首を傾げる。颯太も今正にその仕事を終えてきたところであった。
「この前休んだせいで小テスト受けなきゃなんだって」
そう言えば、そんな日もあったかと颯太は思い出す。
「だから、俺は終わるまで待ってるの」
捺樹はクロエが学校にいる以上、放課後に会わなければ気が済まないようだ。用があって遅い時は律儀にここで待っている。
「今日はお仕事ですか?」
ビクつきながら颯太は聞いてみる。このまま黙って椅子に座るのも失礼な気がしてしまうのだ。常に注目される彼は無視されることが嫌いなようである。
「警察、彼らには俺の頭脳が必要なんだよ」
またか、と颯太は思う。近頃、彼はモデルよりも学業よりも探偵業が忙しいらしい。妙に警察通いが増えている。クロエと会う時間を減らしてまで、というのは気にかかる。趣味であって、それほど熱心ではなかったはずだ。それとも、この前の事件でクロエとお揃いのネックレスを買えなかったから自棄になっているのだろうか。
そこで颯太は何を話していいかわからなくなってしまう。
大翔としては静かならばそれで構わないのだろうが、颯太としては気まずすぎる。しかし、切り出す話題も浮かばない。下手な話をすれば身の危険を感じることになってしまう。何もしないのは息が詰まるが、何かをしても息ができなくなる可能性がある。
「龍崎」
静寂を、捺樹はその声で破く。声だけではない。射抜くような鋭い眼光に颯太は圧倒されそうになる。
ソファーに座っている人間が大翔に話しかける時、大抵はその間に颯太がいる。
颯太としては椅子の位置を変えたいのだが、許されない。部室内の共有エリアと大翔のエリアを隔てるものが必要なのだとクロエは言った。つまり、颯太は口のついた壁である。
だから、捺樹の視線は大翔に向けられているのに、颯太をも貫くのだ。まるで颯太が来るのを、そこに座るのを待っていたかのように。
「俺はクロエのこと、本気だから」
「は?」
わけがわからないと言った表情で大翔が颯太の向こうの捺樹を見る。
不穏な空気と居たたまれなさに颯太は自分がここにいるべきではないと感じた。彼らは既にいないものとして扱っているのかもしれない。
「あ、お、俺、席外しますね!」
ガタッと音を立てて腰を上げれば捺樹の視線に刺される。彼の目力は妙に強い。金縛りにあったような、それどころか石にされてしまうのではないかと思うほどだ。
「待って、おちびちゃんもよく聞いて覚えておきなよ。後で痛い目に遭いたくなかったらね」
どこかをグサリと突き刺されたような、あるはずのない痛みを感じて颯太は再び席に座るが、どちらを見ればいいのかはわからなかった。
「クロエは絶対に渡さない。誰にもね」
なぜ、自分にも敵意が向けられるのか、颯太にはまるでわからない。
彼がクロエに向ける異常とも思えるほどの愛情が本物であることを否定するつもりはない。彼にとっては自分を愛するようなものだろう。あるいは、家族愛のようなものなのかもしれない。
邪魔するつもりも毛頭ない。颯太が彼女に抱く感情は尊敬や羨望であり、それ以上ではないからだ。
彼女を美人だとは思うが、恋人になってほしいなどというのとは全く違う感情だ。敢えて言うならば、絶対に恋人にはしたくないタイプである。
彼女を神聖視しているのかと言われればまた違う気がする。彼女が捺樹や他の男と付き合うとしても構わない。それは彼女が誰とも付き合わないとわかっているからだろうか。
そもそも、颯太は捺樹にストレス発散の相手としていじめられても、恋のライバルとして牽制されることはあり得ないと思っていた。欠陥的な性格の悪さ、異常を覗けば総合的にどこまでも勝っている捺樹が自分を敵として認識することがあるのかが甚だ疑問だった。
大翔に対するライバル心はわかるのだ。タイプが違う彼はやはり人格に欠損しているものがあれど、総合評価で捺樹に劣るとも言い難い。むしろ互角だろう。
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