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第一章
犯研 06
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「それで、退屈な真相は?」
そう問うクロエは既に興味を失っているのだろうが、颯太は聞きたかった。ニュースや新聞ではなく、彼の口から聞いてこそ終わるような気がしていた。
「犯人は衝動的に一人目の女を殺した。それは犯人の中のスイッチを入れた。だから、二人目はもっと慎重に選んで殺そうと思った」
殺しの快楽は甘い蜜なのだろうか。
颯太はふと考える。殺すことに恐怖を感じなければ、それはきっと人の道から外れてしまったということなのだろう。
犯研が注目するのはそういった道を踏み外した人間、中でも逸脱した者だ。
「でも、二人目を殺す前に知ってしまったんだ。彼女の腹の中にもう一つの命があったことを」
一人目の妊婦はまだ三ヶ月だった。お腹が膨らんでいるとはわからなかっただろう。
「だから、二件目も妊婦を選ばざるを得なくなった。それが間違いの素、細かいこと気にせず適当に殺せば良かったんだよ。誰でも、無差別に。別段、相手に何かをするわけでもなければ、妊婦にこだわりがあるわけでもなかったのに。計画性のなさが陳腐な事件を生み出した。お粗末すぎて俺が出るまでもなかったよ」
結局、捺樹はこの事件を追わなかった。
その方が平和だと颯太は思う。捺樹はすぐには動き出さない。一番面白い時に手を出して、つまらなくなれば見向きもしなくなる。
早い段階で自分が出るまでもなく、警察でどうにかできるものだと判断していたのだろう。それでも、三件起きてしまった。その結果など彼にはどうでもいいことなのだろう。
「そういうわけで、今回は何も買ってあげられないんだ」
悲しそうな表情で捺樹がクロエの首筋を一撫でする。指先に引っかけられて露わになるのは彼とペアのネックレスだ。事件を解決する度に捺樹が記念に買っては贈っているものである。
「何もいらないんだけど」
一体、ネックレスはいくつになったのかはわからない。クロエはうんざりしているようだったが、捺樹は全く気にしない様子だった。
「こんな事件ばっかだと鬱るよね。欲求不満でどうにかなっちゃいそう――」
彼にとって事件は女性と同じなのかもしれない。
アンニュイな溜息が妙に色っぽいが、すぐにその目にギラついた欲望が宿る。
「――ホテルか俺の部屋か君の部屋、どれか選んでくれないかな? 俺は学校でも構わないんだけどね……たとえば、あのベッドとか」
妖艶なオーラを全開に捺樹がクロエに迫る。クロエはノートパソコンを盾にして逃れようとしている。
犯研の部室には他にはあるはずのない物が多々あり、一つは部屋の隅にある捺樹専用ベッドである。大翔のアームチェアがあるならと休息用に運び込ませたものだ。彼らには事件を解決して得た謝礼金などもある。ある程度は学園側も容認してしまっているのだ。
三足の草鞋を履いているからということで、決していかがわしい目的ではなかったはずなのだが、今の捺樹は危険だ。
颯太は大翔の鋭い視線を感じた気がした。
「いやいや、こんな事件はやっぱり起きちゃダメですよ!」
どうにか捺樹の気分を変えなければまずいことになる。颯太は本心であるが、敢えて水を差すようなことを言った。
そんな事件でも、彼は起きてほしい側の人間だ。文句こそ言うが、何もないよりはいいということだ。
しかし、捺樹は止まらない。クロエはついに捺樹の首を絞めて抵抗を始める。
「龍崎先輩!」
校内で、それも部内で殺人は勘弁してほしい。彼女は死体を作る側であってはいけない。尤も絞め殺すほどの力は入っていないだろう。
縋るように颯太が目を向ければ、彼は無理にでも引き剥がせとばかりに手をひらつかせる。
「……確かに、殺したいだけでも、もっと美学を持った方がいい」
捺樹の首に手を伸ばしたまま、クロエがぽつりと言う。ピタリと捺樹が動きを止める。理性が戻りつつあるようだ。
「そんなの現実ではダメですって!」
「これは私の妄想の話」
絶対に本気だったと颯太は思う。
いつも彼女は妄想と現実の狭間を漂っているようだった。彼女が醸し出す儚さの正体なのかもしれない。
「お前も好き者なくせにいい子ぶるのはいい加減にしなよ、おちびちゃん」
正気を取り戻したらしい捺樹が颯太に冷たい視線を向けてくる。
否定しきれないのは事実だ。
美しい彼女が作り出す醜く残酷な物語の虜なのか、本物の事件が背景にあるとわかっているから面白いと感じてしまうのか、わかっていない。けれど、小説は集中して読めるが、話を聞いている時には入り込み切れないことがある。それでも、聞かずにはいられないのだが、事件が起きてほしいのとは全く別の話である。
「ターゲットにするなら、もう少し若い方がいい。十六から十八歳くらいの女の子。成熟する前の綺麗な時で時間を止めるの」
クロエが続ければ捺樹はすっかり大人しくなって聞き入っている。もしかしたら、彼も本気ではなかったのかもしれない。
「殺し方はできるだけ綺麗な方法で、死体にはウェディングドレスを着せて、ヘアメイクも丹念に……敢えて言うならエンバーミングがいいわ。手にはブーケ、花を敷き詰めた棺に入ってるといい。でも、白を着せるのは純潔の乙女だけでいい。純潔でなければ黒……そこまでやる犯人ならいっそ子宮を取り出したりしてもいいと思う。穢れたものは要らない」
いつもは口数の少ないクロエがこういう時ばかりは饒舌になる。こうして他人に語る時が一番楽しいのかもしれない。
「君は殺人に強烈な猟奇性やアート性を求めるね」
嬉しそうな捺樹は自慢の恋人を見るかのような暖かい眼差しをしている。
しかし、この二人が本当に恋人同士になれば美男美女で人目を引くだろうが、内面的には最悪のカップルになるだろう。
そう問うクロエは既に興味を失っているのだろうが、颯太は聞きたかった。ニュースや新聞ではなく、彼の口から聞いてこそ終わるような気がしていた。
「犯人は衝動的に一人目の女を殺した。それは犯人の中のスイッチを入れた。だから、二人目はもっと慎重に選んで殺そうと思った」
殺しの快楽は甘い蜜なのだろうか。
颯太はふと考える。殺すことに恐怖を感じなければ、それはきっと人の道から外れてしまったということなのだろう。
犯研が注目するのはそういった道を踏み外した人間、中でも逸脱した者だ。
「でも、二人目を殺す前に知ってしまったんだ。彼女の腹の中にもう一つの命があったことを」
一人目の妊婦はまだ三ヶ月だった。お腹が膨らんでいるとはわからなかっただろう。
「だから、二件目も妊婦を選ばざるを得なくなった。それが間違いの素、細かいこと気にせず適当に殺せば良かったんだよ。誰でも、無差別に。別段、相手に何かをするわけでもなければ、妊婦にこだわりがあるわけでもなかったのに。計画性のなさが陳腐な事件を生み出した。お粗末すぎて俺が出るまでもなかったよ」
結局、捺樹はこの事件を追わなかった。
その方が平和だと颯太は思う。捺樹はすぐには動き出さない。一番面白い時に手を出して、つまらなくなれば見向きもしなくなる。
早い段階で自分が出るまでもなく、警察でどうにかできるものだと判断していたのだろう。それでも、三件起きてしまった。その結果など彼にはどうでもいいことなのだろう。
「そういうわけで、今回は何も買ってあげられないんだ」
悲しそうな表情で捺樹がクロエの首筋を一撫でする。指先に引っかけられて露わになるのは彼とペアのネックレスだ。事件を解決する度に捺樹が記念に買っては贈っているものである。
「何もいらないんだけど」
一体、ネックレスはいくつになったのかはわからない。クロエはうんざりしているようだったが、捺樹は全く気にしない様子だった。
「こんな事件ばっかだと鬱るよね。欲求不満でどうにかなっちゃいそう――」
彼にとって事件は女性と同じなのかもしれない。
アンニュイな溜息が妙に色っぽいが、すぐにその目にギラついた欲望が宿る。
「――ホテルか俺の部屋か君の部屋、どれか選んでくれないかな? 俺は学校でも構わないんだけどね……たとえば、あのベッドとか」
妖艶なオーラを全開に捺樹がクロエに迫る。クロエはノートパソコンを盾にして逃れようとしている。
犯研の部室には他にはあるはずのない物が多々あり、一つは部屋の隅にある捺樹専用ベッドである。大翔のアームチェアがあるならと休息用に運び込ませたものだ。彼らには事件を解決して得た謝礼金などもある。ある程度は学園側も容認してしまっているのだ。
三足の草鞋を履いているからということで、決していかがわしい目的ではなかったはずなのだが、今の捺樹は危険だ。
颯太は大翔の鋭い視線を感じた気がした。
「いやいや、こんな事件はやっぱり起きちゃダメですよ!」
どうにか捺樹の気分を変えなければまずいことになる。颯太は本心であるが、敢えて水を差すようなことを言った。
そんな事件でも、彼は起きてほしい側の人間だ。文句こそ言うが、何もないよりはいいということだ。
しかし、捺樹は止まらない。クロエはついに捺樹の首を絞めて抵抗を始める。
「龍崎先輩!」
校内で、それも部内で殺人は勘弁してほしい。彼女は死体を作る側であってはいけない。尤も絞め殺すほどの力は入っていないだろう。
縋るように颯太が目を向ければ、彼は無理にでも引き剥がせとばかりに手をひらつかせる。
「……確かに、殺したいだけでも、もっと美学を持った方がいい」
捺樹の首に手を伸ばしたまま、クロエがぽつりと言う。ピタリと捺樹が動きを止める。理性が戻りつつあるようだ。
「そんなの現実ではダメですって!」
「これは私の妄想の話」
絶対に本気だったと颯太は思う。
いつも彼女は妄想と現実の狭間を漂っているようだった。彼女が醸し出す儚さの正体なのかもしれない。
「お前も好き者なくせにいい子ぶるのはいい加減にしなよ、おちびちゃん」
正気を取り戻したらしい捺樹が颯太に冷たい視線を向けてくる。
否定しきれないのは事実だ。
美しい彼女が作り出す醜く残酷な物語の虜なのか、本物の事件が背景にあるとわかっているから面白いと感じてしまうのか、わかっていない。けれど、小説は集中して読めるが、話を聞いている時には入り込み切れないことがある。それでも、聞かずにはいられないのだが、事件が起きてほしいのとは全く別の話である。
「ターゲットにするなら、もう少し若い方がいい。十六から十八歳くらいの女の子。成熟する前の綺麗な時で時間を止めるの」
クロエが続ければ捺樹はすっかり大人しくなって聞き入っている。もしかしたら、彼も本気ではなかったのかもしれない。
「殺し方はできるだけ綺麗な方法で、死体にはウェディングドレスを着せて、ヘアメイクも丹念に……敢えて言うならエンバーミングがいいわ。手にはブーケ、花を敷き詰めた棺に入ってるといい。でも、白を着せるのは純潔の乙女だけでいい。純潔でなければ黒……そこまでやる犯人ならいっそ子宮を取り出したりしてもいいと思う。穢れたものは要らない」
いつもは口数の少ないクロエがこういう時ばかりは饒舌になる。こうして他人に語る時が一番楽しいのかもしれない。
「君は殺人に強烈な猟奇性やアート性を求めるね」
嬉しそうな捺樹は自慢の恋人を見るかのような暖かい眼差しをしている。
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