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第一章
犯研 05
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このままでは一向に本題に入りそうもない。颯太自身お預けに状態に限界が来ていた。
「お、俺からもお願いします! 御来屋先輩!」
クロエの的外れな、否、元より的を射る気のない考察を純粋に物語として聞いてみたかった。
「一度に二人殺せるから殺した。犯人はとにかく多く殺したい。妊婦なら一石二鳥」
ノートパソコンを閉じて、クロエは口を開いた。
玲瓏な声が静かに響き渡る。残酷なことをその美しい声で淡々と言うから颯太はこの語りが好きなのだ。
嫌悪がなかったと言えば嘘になるが、それは最初だけのことで、感覚はあっと言う間に麻痺してしまった。今では彼女のことを、ノンフィクションをフィクションに変える魔術師だと思っているほどだ。
事実は小説よりも奇なりとは言うが、颯太にとっては彼女の小説の方が面白く思えた。
「でも、生温い。もっと妊婦殺しをアピールするようにした方がいい。衝動的すぎる」
「確かに、妊婦を三連続で殺している割に手口は同一。ナイフで三回。それもかなり荒っぽい」
二件目が起きた時、連続したものだと明らかになるのに時間はかからなかった。妊婦ということを差し引いても凶器は同じ、三度刺している。彼らはそれが気に食わないのだ。
「腹に硫酸をかけるとか胎児を取り出して代わりの詰め物して縫合してみるとか」
それではもうただの殺人ではない。メッセージ性のある極めて猟奇的なものになるだろう。現実的ではない。
しかし、そこで彼女の妄想に浸りきれず、一割の理性が残ってしまうのが颯太である。
肝心なところで引き戻されてしまう。小説ならばフィクションだと頭が割り切ってくれるのだが、今は現実のことである。新聞などを目にしてしまえば嫌でも思い知る。
あるいは、グロというものに耐性がないのかもしれない。
犯研にハマっているのは嘘ではない。けれど、それは抜け出せなくなってしまっただけなのかもしれない。
「そ、それでも女性ですか!? 妊婦の敵です!」
同じ女でありながらよくもそこまで言えるものだ。彼女にとって事件はリアルであってアンリアルだとわかっているのに、颯太はまだ彼ら側の人間になりきることを、どこかでは拒んでいるのかもしれなかった。
「妊婦、嫌い」
「はい?」
「座ることを前提に電車選んで、角取った時に目の前に立たれると寝たふりしたくなる」
《スリーヤミーゴス》の一人であることを除けば、大人しそう、清楚、可憐、大和撫子などと言われる美少女らしからぬ台詞である。
「譲りましょうよ、若いんですから!」
「譲ってほしければ優先席に行けばいいだけ。譲るのが面倒だから絶対に優先席には座らない」
やはり彼女は社会の敵だ。颯太は思う。単に趣味で反社会的な小説を書いているだけではなく、心も体も社会に背を向けているのだ。
「大体、譲ろうとしても『大丈夫です』って言われるだろ。だから、優先席じゃねぇならいいんじゃねぇ? 堂々とふんぞり返ってろ」
思わぬところからのクロエに対する同意に颯太はショックを受けた。尊敬するバンドマンである大翔でさえ、妊婦の敵なのだ。
「ほ、宝生先輩はちゃんと譲りますよね? 女性には優しいですよね?」
彼に聞くのは正直怖いのだが、無視するとそれはそれで面倒になる。一応、問いかけておく。
「え、俺? 善意見せて惚れられでもしたらお腹の子が可哀想でしょ? それに、俺、多分妊娠したら女として見れなくなっちゃうタイプ。なんか将来子供欲しいとか思えないんだよね」
あぁ、と呻いて颯太は頭を抱えた。彼に至っては敵なのか味方なのかわからない発言だった。論外だったのかもしれない。《スリーヤミーゴス》に良心を求めるのは無駄なことだったのだ。だから、自分だけは善意の塊でいなければ、という思いがあるのかもしれない。
「龍崎、お前も意見を言ったらどうだ?」
脱線した話を捺樹が元に戻そうとする。彼は早く謎解きをしたいのではないだろう。
大翔へのライバル意識から自分の方が優れていることを思い知らせたいのだ。たとえ、大翔が自分のことを微塵も意識していないにしても常に優越感を持っていたいに違いないのだ。
「いつも言っている通り、俺は今の事件に興味はないが……」
前置きして大翔は渋々語り出す。
「大方犯人は女で、男を寝取られでもしたんじゃないか? 怨恨だ」
何と言ったらいいかわからず、颯太は唖然とした。颯太でも間違いがわかるほど、あまりにいい加減な推理だった。的外れである。
けれど、彼は興味がないからと適当に言っているのではなく、本当に思考が働いていないのだ。過去の事件にしか手を出さないのも、出せないと言った方が正しいだろう。それこそ解き明かされるはずの事件が迷宮に入ることになる。
「それじゃあ、点はあげられないな。ライバルとして嘆かわしい。つまらないよ、実に龍崎」
些か芝居がかった様子で捺樹が蔑む。既に真相を知っているという時点でフェアではないのだが、所詮遊びだ。
「憎ければ、もっとめった刺しにすると思うけど。それに、どれだけ寝取られてるのさ。しかも、復讐したい相手がみんな妊娠してるって? 妊娠ブームが起きてるとでも? 元カレ種馬すぎるでしょ」
大翔の推理の穴を捺樹は指摘するが、大翔はどうでもいいようだった。別段憤りを感じるわけでもなく、感心するわけでもない。本当に無関心、宝生捺樹のトークショーを仕方なく聞いていると言った体だ。
「お、俺からもお願いします! 御来屋先輩!」
クロエの的外れな、否、元より的を射る気のない考察を純粋に物語として聞いてみたかった。
「一度に二人殺せるから殺した。犯人はとにかく多く殺したい。妊婦なら一石二鳥」
ノートパソコンを閉じて、クロエは口を開いた。
玲瓏な声が静かに響き渡る。残酷なことをその美しい声で淡々と言うから颯太はこの語りが好きなのだ。
嫌悪がなかったと言えば嘘になるが、それは最初だけのことで、感覚はあっと言う間に麻痺してしまった。今では彼女のことを、ノンフィクションをフィクションに変える魔術師だと思っているほどだ。
事実は小説よりも奇なりとは言うが、颯太にとっては彼女の小説の方が面白く思えた。
「でも、生温い。もっと妊婦殺しをアピールするようにした方がいい。衝動的すぎる」
「確かに、妊婦を三連続で殺している割に手口は同一。ナイフで三回。それもかなり荒っぽい」
二件目が起きた時、連続したものだと明らかになるのに時間はかからなかった。妊婦ということを差し引いても凶器は同じ、三度刺している。彼らはそれが気に食わないのだ。
「腹に硫酸をかけるとか胎児を取り出して代わりの詰め物して縫合してみるとか」
それではもうただの殺人ではない。メッセージ性のある極めて猟奇的なものになるだろう。現実的ではない。
しかし、そこで彼女の妄想に浸りきれず、一割の理性が残ってしまうのが颯太である。
肝心なところで引き戻されてしまう。小説ならばフィクションだと頭が割り切ってくれるのだが、今は現実のことである。新聞などを目にしてしまえば嫌でも思い知る。
あるいは、グロというものに耐性がないのかもしれない。
犯研にハマっているのは嘘ではない。けれど、それは抜け出せなくなってしまっただけなのかもしれない。
「そ、それでも女性ですか!? 妊婦の敵です!」
同じ女でありながらよくもそこまで言えるものだ。彼女にとって事件はリアルであってアンリアルだとわかっているのに、颯太はまだ彼ら側の人間になりきることを、どこかでは拒んでいるのかもしれなかった。
「妊婦、嫌い」
「はい?」
「座ることを前提に電車選んで、角取った時に目の前に立たれると寝たふりしたくなる」
《スリーヤミーゴス》の一人であることを除けば、大人しそう、清楚、可憐、大和撫子などと言われる美少女らしからぬ台詞である。
「譲りましょうよ、若いんですから!」
「譲ってほしければ優先席に行けばいいだけ。譲るのが面倒だから絶対に優先席には座らない」
やはり彼女は社会の敵だ。颯太は思う。単に趣味で反社会的な小説を書いているだけではなく、心も体も社会に背を向けているのだ。
「大体、譲ろうとしても『大丈夫です』って言われるだろ。だから、優先席じゃねぇならいいんじゃねぇ? 堂々とふんぞり返ってろ」
思わぬところからのクロエに対する同意に颯太はショックを受けた。尊敬するバンドマンである大翔でさえ、妊婦の敵なのだ。
「ほ、宝生先輩はちゃんと譲りますよね? 女性には優しいですよね?」
彼に聞くのは正直怖いのだが、無視するとそれはそれで面倒になる。一応、問いかけておく。
「え、俺? 善意見せて惚れられでもしたらお腹の子が可哀想でしょ? それに、俺、多分妊娠したら女として見れなくなっちゃうタイプ。なんか将来子供欲しいとか思えないんだよね」
あぁ、と呻いて颯太は頭を抱えた。彼に至っては敵なのか味方なのかわからない発言だった。論外だったのかもしれない。《スリーヤミーゴス》に良心を求めるのは無駄なことだったのだ。だから、自分だけは善意の塊でいなければ、という思いがあるのかもしれない。
「龍崎、お前も意見を言ったらどうだ?」
脱線した話を捺樹が元に戻そうとする。彼は早く謎解きをしたいのではないだろう。
大翔へのライバル意識から自分の方が優れていることを思い知らせたいのだ。たとえ、大翔が自分のことを微塵も意識していないにしても常に優越感を持っていたいに違いないのだ。
「いつも言っている通り、俺は今の事件に興味はないが……」
前置きして大翔は渋々語り出す。
「大方犯人は女で、男を寝取られでもしたんじゃないか? 怨恨だ」
何と言ったらいいかわからず、颯太は唖然とした。颯太でも間違いがわかるほど、あまりにいい加減な推理だった。的外れである。
けれど、彼は興味がないからと適当に言っているのではなく、本当に思考が働いていないのだ。過去の事件にしか手を出さないのも、出せないと言った方が正しいだろう。それこそ解き明かされるはずの事件が迷宮に入ることになる。
「それじゃあ、点はあげられないな。ライバルとして嘆かわしい。つまらないよ、実に龍崎」
些か芝居がかった様子で捺樹が蔑む。既に真相を知っているという時点でフェアではないのだが、所詮遊びだ。
「憎ければ、もっとめった刺しにすると思うけど。それに、どれだけ寝取られてるのさ。しかも、復讐したい相手がみんな妊娠してるって? 妊娠ブームが起きてるとでも? 元カレ種馬すぎるでしょ」
大翔の推理の穴を捺樹は指摘するが、大翔はどうでもいいようだった。別段憤りを感じるわけでもなく、感心するわけでもない。本当に無関心、宝生捺樹のトークショーを仕方なく聞いていると言った体だ。
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