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第一章
犯研 03
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「宝生、てめぇが答えてやったらどうだ? そっちの管轄だろ」
シューッという音に颯太が振り返れば、大翔がエスプレッソマシンでコーヒーを淹れたところだった。
捺樹がカップに注ぎ始めた紅茶は彼とクロエの二人分、どちらも颯太の分は用意してくれない。それについては既に諦めがついている。それにコーヒーも紅茶もあまり好きではない。
「クロエは聞きたい? 俺の口から、この事件のこと」
彼のような本物の王子様系イケメンに耳元で甘い声で囁かれ、自然に髪を撫でられれば頷かずにはいられないものだと颯太は思うが、クロエは例外だった。捺樹の手がぴたりと止まった。
その喉元には深紅の万年筆が突き付けられ、捺樹が「わお」と声を上げる。いい加減にして、という意味が込められているようだ。彼女は何もかもを許しているわけではない。度を超えれば、警告する。
「何も言わないなら、あなたがここに来る意味はない。そうでしょ? 勿体ぶるなら、あなたなんて価値のない邪魔なだけの派手な飾り物よ」
クロエは淡々と辛辣なことを言うのだが、そこまで言われても捺樹はニッコリと笑む。老若男女問わず虜にしてきた極上品だ。
「君のためだよ、クロエ。君だけのために俺は価値を持つ」
颯太はいつも不思議だった。自分が女だったならば、こんな笑みを見せられ、特別視する言葉を滑らかに口にされ続ければすぐに堕ちてしまうと思う。それなのに、クロエはいつも嫌そうな反応こそ見せるものの、決して頬を染めたりすることはない。今も冷ややかな目で捺樹を見ている。
その点では彼女は確かに特別な存在なのかもしれない。そこに悪い意味を込めれば、普通ではないとも言える。三人とも、颯太から見れば普通の部分など持ち合わせていないくらいなのだが、特にクロエは敬遠されるようなタイプだった。
「美少女が失踪ってよくあるけど、美少年とかイケメンって聞いたことない気がする」
「そう言えば……美人OLとかもよく聞きますけど……」
ぽつりと口にしたクロエに颯太も同意するように呟く。
失踪者など颯太にとっても他人事だ。現実のようにも思えず、報道される少女に対して美人でも何でもないという失礼極まりない感想を持ってしまう。人々の興味を引き付けて情報を集めようというものなのだろうが、クロエのような本物の美少女を知ってしまってからは好きだったアイドルの顔さえ崩れて見えてしまうようになった。
彼女は家庭のことは一切話さず、異国の響きを感じる名前も今時珍しくはないものの、純日本人ではないからかもしれないと颯太は日々勘繰っている。彼女の所作は丁寧で美しく、お嬢様であることは間違いないと睨んでいるが真相は謎のままだ。
「行方不明者の男女比は、男の方が多いんだ。自殺者もそうだが、女は性犯罪が絡んだりするからな……男なら、ただの家出ってとこになるんじゃねぇの? 旅に出たがったりするもんだろ」
そう分析するのは再びアームチェアに体を預けた大翔だ。あまり彼らの話題に加わりたがらず、いつもはずっと自分の世界に入り込んでいるのだが、統計的なことは彼の分野なのかもしれない。
彼らは仲間であって仲間ではないのだ。本当に、ただ同じ所にいるだけなのだと颯太はこういう時に思い知らされる。そして、自分は会話に加わっているようで、精神的に蚊帳の外なのだと。
「捺、試しに失踪してみてくれる?」
クロエが隣の捺樹を見上げた。自然に上目遣いになり、仮面のように普段から無表情が貼り付いた顔に笑みを浮かべ、妙に可愛らしい声を出す。恋人へのおねだりにも見えるが、内容は物騒である。
つまり、これは怒りの小爆発だ。よほど捺樹が鬱陶しかったのだろう。使い所を間違えているような気もするのだが、颯太が口を挟む余地はない。
「嬉しいなぁ、俺をそう認識してくれてるってことでしょ?」
勢いに任せて捺樹はクロエの肩を抱くが、その手の甲にブスリと万年筆が突き立てられた。
うっ、と小さく捺樹が呻くものの、芝居がかって見えたのは気のせいではないだろう。ペン先が出ているわけでもなく、クロエも非情になりきれないのだから元々の非力に加えて加減はなされているはずで、それほどのダメージがあるはずもないのだ。彼の何もかもが作り物のように思える。
「でも、俺はただのイケメンじゃない。人気モデル失踪って報道されるんじゃないかな? 普通にね。そこらの冴えない男どもとは格が違うよ」
失念していたと言うようにクロエが舌打ちする。
自分で言うのも凄いと颯太は思うが、実際、彼は人気だ。颯太のクラスにも彼のファンは多い。捺樹を知らない女子などこの学園にはほとんど存在しないだろうし、隠れている者も含めてかなり大勢のファンがいることだろう。
「だから、俺じゃなくて、おちびちゃんの方が適任だと思うよ」
ふふっ、と笑って捺樹が颯太を見る。
「えっ、何で、俺ですか!?」
なぜ、急に自分に振られるのだろうと颯太は瞠目した。
「さあ、何でだろうね」
これも後輩いじめの一環なのだろうが、あんまりである。いなくなれと言われているようなものだ。彼ならば、そのつもりなのだろう。
シューッという音に颯太が振り返れば、大翔がエスプレッソマシンでコーヒーを淹れたところだった。
捺樹がカップに注ぎ始めた紅茶は彼とクロエの二人分、どちらも颯太の分は用意してくれない。それについては既に諦めがついている。それにコーヒーも紅茶もあまり好きではない。
「クロエは聞きたい? 俺の口から、この事件のこと」
彼のような本物の王子様系イケメンに耳元で甘い声で囁かれ、自然に髪を撫でられれば頷かずにはいられないものだと颯太は思うが、クロエは例外だった。捺樹の手がぴたりと止まった。
その喉元には深紅の万年筆が突き付けられ、捺樹が「わお」と声を上げる。いい加減にして、という意味が込められているようだ。彼女は何もかもを許しているわけではない。度を超えれば、警告する。
「何も言わないなら、あなたがここに来る意味はない。そうでしょ? 勿体ぶるなら、あなたなんて価値のない邪魔なだけの派手な飾り物よ」
クロエは淡々と辛辣なことを言うのだが、そこまで言われても捺樹はニッコリと笑む。老若男女問わず虜にしてきた極上品だ。
「君のためだよ、クロエ。君だけのために俺は価値を持つ」
颯太はいつも不思議だった。自分が女だったならば、こんな笑みを見せられ、特別視する言葉を滑らかに口にされ続ければすぐに堕ちてしまうと思う。それなのに、クロエはいつも嫌そうな反応こそ見せるものの、決して頬を染めたりすることはない。今も冷ややかな目で捺樹を見ている。
その点では彼女は確かに特別な存在なのかもしれない。そこに悪い意味を込めれば、普通ではないとも言える。三人とも、颯太から見れば普通の部分など持ち合わせていないくらいなのだが、特にクロエは敬遠されるようなタイプだった。
「美少女が失踪ってよくあるけど、美少年とかイケメンって聞いたことない気がする」
「そう言えば……美人OLとかもよく聞きますけど……」
ぽつりと口にしたクロエに颯太も同意するように呟く。
失踪者など颯太にとっても他人事だ。現実のようにも思えず、報道される少女に対して美人でも何でもないという失礼極まりない感想を持ってしまう。人々の興味を引き付けて情報を集めようというものなのだろうが、クロエのような本物の美少女を知ってしまってからは好きだったアイドルの顔さえ崩れて見えてしまうようになった。
彼女は家庭のことは一切話さず、異国の響きを感じる名前も今時珍しくはないものの、純日本人ではないからかもしれないと颯太は日々勘繰っている。彼女の所作は丁寧で美しく、お嬢様であることは間違いないと睨んでいるが真相は謎のままだ。
「行方不明者の男女比は、男の方が多いんだ。自殺者もそうだが、女は性犯罪が絡んだりするからな……男なら、ただの家出ってとこになるんじゃねぇの? 旅に出たがったりするもんだろ」
そう分析するのは再びアームチェアに体を預けた大翔だ。あまり彼らの話題に加わりたがらず、いつもはずっと自分の世界に入り込んでいるのだが、統計的なことは彼の分野なのかもしれない。
彼らは仲間であって仲間ではないのだ。本当に、ただ同じ所にいるだけなのだと颯太はこういう時に思い知らされる。そして、自分は会話に加わっているようで、精神的に蚊帳の外なのだと。
「捺、試しに失踪してみてくれる?」
クロエが隣の捺樹を見上げた。自然に上目遣いになり、仮面のように普段から無表情が貼り付いた顔に笑みを浮かべ、妙に可愛らしい声を出す。恋人へのおねだりにも見えるが、内容は物騒である。
つまり、これは怒りの小爆発だ。よほど捺樹が鬱陶しかったのだろう。使い所を間違えているような気もするのだが、颯太が口を挟む余地はない。
「嬉しいなぁ、俺をそう認識してくれてるってことでしょ?」
勢いに任せて捺樹はクロエの肩を抱くが、その手の甲にブスリと万年筆が突き立てられた。
うっ、と小さく捺樹が呻くものの、芝居がかって見えたのは気のせいではないだろう。ペン先が出ているわけでもなく、クロエも非情になりきれないのだから元々の非力に加えて加減はなされているはずで、それほどのダメージがあるはずもないのだ。彼の何もかもが作り物のように思える。
「でも、俺はただのイケメンじゃない。人気モデル失踪って報道されるんじゃないかな? 普通にね。そこらの冴えない男どもとは格が違うよ」
失念していたと言うようにクロエが舌打ちする。
自分で言うのも凄いと颯太は思うが、実際、彼は人気だ。颯太のクラスにも彼のファンは多い。捺樹を知らない女子などこの学園にはほとんど存在しないだろうし、隠れている者も含めてかなり大勢のファンがいることだろう。
「だから、俺じゃなくて、おちびちゃんの方が適任だと思うよ」
ふふっ、と笑って捺樹が颯太を見る。
「えっ、何で、俺ですか!?」
なぜ、急に自分に振られるのだろうと颯太は瞠目した。
「さあ、何でだろうね」
これも後輩いじめの一環なのだろうが、あんまりである。いなくなれと言われているようなものだ。彼ならば、そのつもりなのだろう。
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