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本編
策士と悪魔と生贄と-2
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嵐の車に乗るのは初めてではない。乗る時はいつだって助手席だった。
彼は専用などと言うが、それがどこまで本気なのかは何度乗ってもわからないものである。
策士はそう簡単に本心を見せてはくれない。
いつだって落ち着かないが、今日一段と落ち着かないのは後部座席から圭斗の視線を感じるからなのかもしれない。
そして、走り出してから空気が変わったことが何よりもの理由だった。
やがて黙って運転していた嵐が口を開く。
尋問の始まりとも言えるのかもしれない。
「榊、俺は君が何を隠したいのかも、目的も知らないし、ぶっちゃけそっちはどうでもいいんだけどさ、まだ隠すつもり?」
嵐が圭斗と自分を乗せた理由、それは圭斗の真意を確かめるため以外にはないだろうと紗綾は思う。
圭斗がサイキックであることを知っていながら、紗綾は彼との約束を守り続けていた。それが本当に正しいことなのか迷いながら。
でも、もう嵐はわかっているだろう。何も言ってこなかったが、昨夜の異変には気付いているはずだ。
「自分から言うのが嫌なんスよ。いつだって余計なものがついてくるんで」
「余計なもの、ね」
「それは、先生も気付いてるんじゃないっスか?」
「だって、俺、先生だもん」
余計なもの、それが何なのかは考えても紗綾にはわからない。
圭斗も全てを話してくれたわけではなく、サイキック同士にしかわからない領域があることは間違いない。
サイキックの苦悩は紗綾には知ることができないものだ。
「それに、普段は力を抑えるように言われてるんで。っていうか、ない方が幸せになれるっスからね。それはセンセーもよくわかってるっスよね。いや、センセーの方がよくわかってるって言うべきっスかね?」
「なら、何で、うちの部に来たの?」
嵐の問いは尤もで、それは紗綾も聞きたいことだった。
隠せるならば、近付かない方が幸せであったのは間違いない。
「そりゃあ、紗綾先輩を幸せにするために決まってるじゃないっスか」
圭斗は即答するが、今はそれが全ての真実だとは思えなかった。
最初から彼が何を考えているかはわからなかったが、それが今になってひどくなった。
「君は本当のことは全然話してないよね。月舘にも」
「お喋り男は格好良くないっスからね」
「そうやって、君は自分を作りすぎてる。その不自然な盾で自分を守ろうとしてるの?」
どこまでが本当の圭斗なのか、自分が彼のどれだけを知っているのか紗綾にはわかるはずもない。
だが、自分が見ている圭斗と嵐達が見ている彼が違うのではないかとは思っていた。
「まあ、俺もさ、こんな力なければ、って思ったことは何度もあるよ」
それは十夜も同じことだろうと紗綾は思っていた。
彼はいつも苦しげで、自分の力を望んでいないように見える。
「でも、君の場合、それが正解なのかもしれないね」
嵐は優しいようで、その言葉は彼に対する肯定ではないようだった。もっと別の意味を含んでいるように聞こえた。
「その力はかなり強いけど、君自身を守るためだけの力だから、他人を守るのには不向きだし、守る以上の力もない。盾としては心強いけど、矛にはなりきれない」
嵐の言葉は淡々としていた。
けれど、紗綾には納得できるものだった。
圭斗はあの時、退くしかなかったのだろう。
彼が持つ赤い石のアミュレットと思しきペンダントも彼を守るためのものなのだろう。
「それで俺を攻撃してるつもりなんスか? センセー。残念っスけど、俺、部長ほどメンタル弱くないんで全然効かないっスよ」
圭斗の声もまた冷たく聞こえたが、隣で嵐が小さく肩を竦めたのが紗綾にはわかった。
「俺は俺が感じたことを言ってるだけだよ。確かにあれはガラスのハートだけどさ」
「俺、他人を守りたいなんて思ったことないんスよ」
「守れるはずがないからね。まあ、賢明なんじゃない?」
冷淡なやりとりを紗綾はただ聞いていることしかできなかった。
「君さ、月舘がいなかったら、善美ちゃんのこと、助けなかったよね?」
「センセーって、本当に意地悪いっスよね。でも、答えはさっきあんたが言った。俺は守れない。その場凌ぎもいいところだって自分でもわかってる。だから、守らない。守ろうとするべきじゃないっスから」
冷たい嵐の問いに圭斗は否定しなかった。
そして、それは肯定であったのかもしれない。
「それでも、君が月舘を守ろうとした理由、当ててあげようか?」
自分の名前が出て、紗綾は動揺した。
どんな顔でそこにいればいいのかわからなくなってしまう。
一体、嵐は何を言おうと言うのだろう。
「それ言ったら、俺はセンセーの理由を当てるけど、それでも?」
圭斗も対抗する。
それは嵐を黙らせるのに十分だったらしい。
「まあ、俺はそれなりに君のことを認めてるつもりなんだよ。あいつのことよりはずっと、ね」
自分から持ち出した話を嵐は終結させようとしていた。
けれど、圭斗は素直に終わらせるつもりはないのかもしれない
「けど、センセーが認めてるのは俺じゃないってわかってるっスよ。本当は俺じゃないって」
圭斗ではない誰か、魔女もそんなことを言っていたと思い出す。
しかしながらその言葉の裏側が紗綾には見えない。
同じ空間にいながら、決して混ざることのないラインを惹かれているようで、苦しかった。
「君は逃げてるのか、立ち向かおうとしてるのかわからないね」
「俺は、ただぶち壊してやりたいだけっスから。俺が何もかもぶち壊されたのと同じように」
「若いのに復讐なんて精神的に良くないよ」
「センセーぶらないで下さいよ。それに、これは復讐心じゃない。ただ喧嘩の続きがしたいだけっスよ。それに、決着つけずに逃げたのは俺じゃないんで」
表情の見えない圭斗の声は寂しげで、どこか客観的に見ていた紗綾に本当に何もできない自分の存在を思い知らせた。
そして、何もわからないまま、歓迎会という名の洗礼は終わりを告げた。
それは紗綾にとって悪い夢にも似ていたのかもしれない。
しかしながら、これは、まだ始まりに過ぎないのだ。
彼は専用などと言うが、それがどこまで本気なのかは何度乗ってもわからないものである。
策士はそう簡単に本心を見せてはくれない。
いつだって落ち着かないが、今日一段と落ち着かないのは後部座席から圭斗の視線を感じるからなのかもしれない。
そして、走り出してから空気が変わったことが何よりもの理由だった。
やがて黙って運転していた嵐が口を開く。
尋問の始まりとも言えるのかもしれない。
「榊、俺は君が何を隠したいのかも、目的も知らないし、ぶっちゃけそっちはどうでもいいんだけどさ、まだ隠すつもり?」
嵐が圭斗と自分を乗せた理由、それは圭斗の真意を確かめるため以外にはないだろうと紗綾は思う。
圭斗がサイキックであることを知っていながら、紗綾は彼との約束を守り続けていた。それが本当に正しいことなのか迷いながら。
でも、もう嵐はわかっているだろう。何も言ってこなかったが、昨夜の異変には気付いているはずだ。
「自分から言うのが嫌なんスよ。いつだって余計なものがついてくるんで」
「余計なもの、ね」
「それは、先生も気付いてるんじゃないっスか?」
「だって、俺、先生だもん」
余計なもの、それが何なのかは考えても紗綾にはわからない。
圭斗も全てを話してくれたわけではなく、サイキック同士にしかわからない領域があることは間違いない。
サイキックの苦悩は紗綾には知ることができないものだ。
「それに、普段は力を抑えるように言われてるんで。っていうか、ない方が幸せになれるっスからね。それはセンセーもよくわかってるっスよね。いや、センセーの方がよくわかってるって言うべきっスかね?」
「なら、何で、うちの部に来たの?」
嵐の問いは尤もで、それは紗綾も聞きたいことだった。
隠せるならば、近付かない方が幸せであったのは間違いない。
「そりゃあ、紗綾先輩を幸せにするために決まってるじゃないっスか」
圭斗は即答するが、今はそれが全ての真実だとは思えなかった。
最初から彼が何を考えているかはわからなかったが、それが今になってひどくなった。
「君は本当のことは全然話してないよね。月舘にも」
「お喋り男は格好良くないっスからね」
「そうやって、君は自分を作りすぎてる。その不自然な盾で自分を守ろうとしてるの?」
どこまでが本当の圭斗なのか、自分が彼のどれだけを知っているのか紗綾にはわかるはずもない。
だが、自分が見ている圭斗と嵐達が見ている彼が違うのではないかとは思っていた。
「まあ、俺もさ、こんな力なければ、って思ったことは何度もあるよ」
それは十夜も同じことだろうと紗綾は思っていた。
彼はいつも苦しげで、自分の力を望んでいないように見える。
「でも、君の場合、それが正解なのかもしれないね」
嵐は優しいようで、その言葉は彼に対する肯定ではないようだった。もっと別の意味を含んでいるように聞こえた。
「その力はかなり強いけど、君自身を守るためだけの力だから、他人を守るのには不向きだし、守る以上の力もない。盾としては心強いけど、矛にはなりきれない」
嵐の言葉は淡々としていた。
けれど、紗綾には納得できるものだった。
圭斗はあの時、退くしかなかったのだろう。
彼が持つ赤い石のアミュレットと思しきペンダントも彼を守るためのものなのだろう。
「それで俺を攻撃してるつもりなんスか? センセー。残念っスけど、俺、部長ほどメンタル弱くないんで全然効かないっスよ」
圭斗の声もまた冷たく聞こえたが、隣で嵐が小さく肩を竦めたのが紗綾にはわかった。
「俺は俺が感じたことを言ってるだけだよ。確かにあれはガラスのハートだけどさ」
「俺、他人を守りたいなんて思ったことないんスよ」
「守れるはずがないからね。まあ、賢明なんじゃない?」
冷淡なやりとりを紗綾はただ聞いていることしかできなかった。
「君さ、月舘がいなかったら、善美ちゃんのこと、助けなかったよね?」
「センセーって、本当に意地悪いっスよね。でも、答えはさっきあんたが言った。俺は守れない。その場凌ぎもいいところだって自分でもわかってる。だから、守らない。守ろうとするべきじゃないっスから」
冷たい嵐の問いに圭斗は否定しなかった。
そして、それは肯定であったのかもしれない。
「それでも、君が月舘を守ろうとした理由、当ててあげようか?」
自分の名前が出て、紗綾は動揺した。
どんな顔でそこにいればいいのかわからなくなってしまう。
一体、嵐は何を言おうと言うのだろう。
「それ言ったら、俺はセンセーの理由を当てるけど、それでも?」
圭斗も対抗する。
それは嵐を黙らせるのに十分だったらしい。
「まあ、俺はそれなりに君のことを認めてるつもりなんだよ。あいつのことよりはずっと、ね」
自分から持ち出した話を嵐は終結させようとしていた。
けれど、圭斗は素直に終わらせるつもりはないのかもしれない
「けど、センセーが認めてるのは俺じゃないってわかってるっスよ。本当は俺じゃないって」
圭斗ではない誰か、魔女もそんなことを言っていたと思い出す。
しかしながらその言葉の裏側が紗綾には見えない。
同じ空間にいながら、決して混ざることのないラインを惹かれているようで、苦しかった。
「君は逃げてるのか、立ち向かおうとしてるのかわからないね」
「俺は、ただぶち壊してやりたいだけっスから。俺が何もかもぶち壊されたのと同じように」
「若いのに復讐なんて精神的に良くないよ」
「センセーぶらないで下さいよ。それに、これは復讐心じゃない。ただ喧嘩の続きがしたいだけっスよ。それに、決着つけずに逃げたのは俺じゃないんで」
表情の見えない圭斗の声は寂しげで、どこか客観的に見ていた紗綾に本当に何もできない自分の存在を思い知らせた。
そして、何もわからないまま、歓迎会という名の洗礼は終わりを告げた。
それは紗綾にとって悪い夢にも似ていたのかもしれない。
しかしながら、これは、まだ始まりに過ぎないのだ。
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