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本編
選択肢のない選択-2
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「名前を入れるだけでいいんですか……?」
「紗綾! ダメダメ、絶対ダメ!」
一応、確認しておこうと思って紗綾は聞いてみたのだが、香澄は声を上げる。
「そう、これは月舘の問題なんだよ」
「むぅ……」
嵐に宥められて、それでも、香澄は不満げだった。
「基本的には幽霊部員でもいいんだ。たまに呼び出しがあるから、それにさえ出てくれれば、後は来ても来なくても構わない」
「俺達はいつもここにいるけどね! だって、お菓子も漫画もあるし」
「それはお前が勝手に持ち込んだんだろ? 部室を私物化するな!」
「だってさ、こんなにいいソファーがあるのに、勿体ないじゃん!」
どうやら嬉々として来ているのは光だけのようだった。
本当は名前を入れるだけなどという甘い話はないのかもしれない。
生贄などという言葉を使い、誰もがなりたくないと言うのだから。
否、香澄はもっと早くに気付いている。
「……怪しい、ぜぇーったいに怪しい! 怪しすぎる! 怪しい以外の何者でもない!」
ぶつぶつと言っていた香澄が突然叫ぶ。
そんな香澄をじっと見て笑ったのは嵐だ。
「なんなら、俺が、田端のこと、霊視してあげようか?」
見透かそうとするように真っ直ぐ見る目、決して冗談などではなく、本当にできるのだろうと紗綾は感じた。
自分には見えない彼女の何かを見抜くことが。
「結構です。そういうの信じませんから」
香澄はきっぱりと断る。微塵の揺らぎもない答えだった。
「視られるのが怖い?」
嵐は問う。どこか挑発するようでもあるが、香澄は退かなかった。尚も嵐に疑いの眼差しを向ける。
「どうせ、視る時は勝手に見てるんじゃないですか? 紗綾のことだって、そうやって探ったんですよね?」
「人聞きが悪いな。俺達は覗き屋じゃないんだ。でも、視えちゃうものは仕方ないでしょ? 視たくなくても視えちゃうの。幼少の折からどれだけ酷い目に遭ったことか……」
嵐は肩を竦める。その目には確かな苦悩が宿っているように見えたが、一瞬のことだった。
「ねぇ、紗綾、やっぱり一緒に陸上やらない? 気持ちいいよ!」
香澄は何としてでも阻止したいらしい。
しかし、紗綾は喜んでその誘いを受けることができない。
「私、運動神経悪いから……走るとすぐ息切れするし」
「それは立派な運動不足だわ。たるんでるわよ!」
紗綾は運動というものが苦手だ。体育の授業の時はいつも憂鬱になる。
「インドア派にはぴったりだよ。基本、何もなければ遊んでるだけだし」
「その基本っていうのが物凄く怪しいんですよ。悪徳商法の匂いを感じます。不都合なことは隅っこに小さく見えないような字で書いてあるんです」
「君はさっきから、ひどいことを言うね。まあ、俺達のことなんて誰も理解しようとしないけどさ」
悲しいことを言っている。そう紗綾は思った。
他人と違った能力を持った彼らがどんな人生を歩んだかはわからない。気味悪がられたのかもしれない。迫害を受けたのかもしれない。
けれど、理解し合えないのは辛いだろう。本当はきっと、理解されたいはずだ。
そして、光もまたそう感じたのかもしれない。
「いや、でもさ、クロちゃんもクッキーも本当に凄いんだよ? 俺は視えるわけじゃないんだけど、しょっちゅう体が重かったりしてね、そういう時はいっつも何かくっついてるって言って、外してくれるの。そうすると体が楽になって……まあ、結局、その後、また何か拾っちゃうみたいなんだけど。あと、たまに体乗っ取られちゃうらしいんだけど、記憶が飛んじゃってるんだよねー。いやあ、二人がいなかったら、俺、死んでるかも」
光は一気に喋り出す。彼にとって二人は恩人なのだろう。
しかし、それを理解するのは容易いことではない。香澄は腕組みをして難しい表情をしていた。
「黒羽ももう一度違う方法で試してみてよ」
「俺のやり方に間違いはない」
十夜はまた同じ言葉を吐く。サイキックとしてのプライドというものがあるのだろう。
嵐は困り顔で溜め息を吐く。もう何度目か。
若いのに苦労していそうだと紗綾は思う。
「認めるのはムカつくけど……多分、回避できないと思うから月舘も覚悟決めておいてよ」
紗綾は頷こうとしたが、香澄がずいっと身を乗り出して、制した。
「私が全力で回避させます!」
「さすがに君でも、いや、誰でもこればっかりは無理だよ。俺でも逆らえない事情がある。その辺は察してほしいんだけど」
何かとても普通ではないことに巻き込まれている。それだけが漠然とわかっていた。
「私は大丈夫。悪い人達じゃないって思うから」
「あんたね、そうやってると将来、変な人にカモにされるわよ? ここで将来がなくなるかもしれない」
香澄はすっかり呆れているようだった。
お人好しだと言いたいのかもしれなかったが、紗綾は彼女のようにはなれない。
「大丈夫、何があっても俺達が守る。危険なことはさせない。誓うよ」
嵐は言う。顧問としての責任が彼にはあるのだろう。
できれば心霊体験はしたくないというのが紗綾の本音だが、それも運命だと思うしかないだろう。
「そうそう、何があっても絶対にクッキーとクロちゃんは助けてくれるよ! 俺は何にもできないけど……どうせ、俺はトラブルホイホイですよー。どうせ、俺なんか、俺なんか……うおぉぉぉぉぉんっ!」
盛大に頷いた光は急に叫び出したが、誰も彼を慰めようとはしなかった。
香澄も気にも止めずに、嵐と十夜をじっと見る。
「なら、もしものことがあれば、私はあなた方を殴ります。先輩でも、先生でも関係ありません。いいですね?」
「わかった。ただし、殴るなら、黒羽にしてよ。一番悪い奴だから」
殴るとは物騒だ。けれど、その条件で両者とも納得してしまったようだった。
尤も、十夜は全く納得していないようだったが。
「紗綾! ダメダメ、絶対ダメ!」
一応、確認しておこうと思って紗綾は聞いてみたのだが、香澄は声を上げる。
「そう、これは月舘の問題なんだよ」
「むぅ……」
嵐に宥められて、それでも、香澄は不満げだった。
「基本的には幽霊部員でもいいんだ。たまに呼び出しがあるから、それにさえ出てくれれば、後は来ても来なくても構わない」
「俺達はいつもここにいるけどね! だって、お菓子も漫画もあるし」
「それはお前が勝手に持ち込んだんだろ? 部室を私物化するな!」
「だってさ、こんなにいいソファーがあるのに、勿体ないじゃん!」
どうやら嬉々として来ているのは光だけのようだった。
本当は名前を入れるだけなどという甘い話はないのかもしれない。
生贄などという言葉を使い、誰もがなりたくないと言うのだから。
否、香澄はもっと早くに気付いている。
「……怪しい、ぜぇーったいに怪しい! 怪しすぎる! 怪しい以外の何者でもない!」
ぶつぶつと言っていた香澄が突然叫ぶ。
そんな香澄をじっと見て笑ったのは嵐だ。
「なんなら、俺が、田端のこと、霊視してあげようか?」
見透かそうとするように真っ直ぐ見る目、決して冗談などではなく、本当にできるのだろうと紗綾は感じた。
自分には見えない彼女の何かを見抜くことが。
「結構です。そういうの信じませんから」
香澄はきっぱりと断る。微塵の揺らぎもない答えだった。
「視られるのが怖い?」
嵐は問う。どこか挑発するようでもあるが、香澄は退かなかった。尚も嵐に疑いの眼差しを向ける。
「どうせ、視る時は勝手に見てるんじゃないですか? 紗綾のことだって、そうやって探ったんですよね?」
「人聞きが悪いな。俺達は覗き屋じゃないんだ。でも、視えちゃうものは仕方ないでしょ? 視たくなくても視えちゃうの。幼少の折からどれだけ酷い目に遭ったことか……」
嵐は肩を竦める。その目には確かな苦悩が宿っているように見えたが、一瞬のことだった。
「ねぇ、紗綾、やっぱり一緒に陸上やらない? 気持ちいいよ!」
香澄は何としてでも阻止したいらしい。
しかし、紗綾は喜んでその誘いを受けることができない。
「私、運動神経悪いから……走るとすぐ息切れするし」
「それは立派な運動不足だわ。たるんでるわよ!」
紗綾は運動というものが苦手だ。体育の授業の時はいつも憂鬱になる。
「インドア派にはぴったりだよ。基本、何もなければ遊んでるだけだし」
「その基本っていうのが物凄く怪しいんですよ。悪徳商法の匂いを感じます。不都合なことは隅っこに小さく見えないような字で書いてあるんです」
「君はさっきから、ひどいことを言うね。まあ、俺達のことなんて誰も理解しようとしないけどさ」
悲しいことを言っている。そう紗綾は思った。
他人と違った能力を持った彼らがどんな人生を歩んだかはわからない。気味悪がられたのかもしれない。迫害を受けたのかもしれない。
けれど、理解し合えないのは辛いだろう。本当はきっと、理解されたいはずだ。
そして、光もまたそう感じたのかもしれない。
「いや、でもさ、クロちゃんもクッキーも本当に凄いんだよ? 俺は視えるわけじゃないんだけど、しょっちゅう体が重かったりしてね、そういう時はいっつも何かくっついてるって言って、外してくれるの。そうすると体が楽になって……まあ、結局、その後、また何か拾っちゃうみたいなんだけど。あと、たまに体乗っ取られちゃうらしいんだけど、記憶が飛んじゃってるんだよねー。いやあ、二人がいなかったら、俺、死んでるかも」
光は一気に喋り出す。彼にとって二人は恩人なのだろう。
しかし、それを理解するのは容易いことではない。香澄は腕組みをして難しい表情をしていた。
「黒羽ももう一度違う方法で試してみてよ」
「俺のやり方に間違いはない」
十夜はまた同じ言葉を吐く。サイキックとしてのプライドというものがあるのだろう。
嵐は困り顔で溜め息を吐く。もう何度目か。
若いのに苦労していそうだと紗綾は思う。
「認めるのはムカつくけど……多分、回避できないと思うから月舘も覚悟決めておいてよ」
紗綾は頷こうとしたが、香澄がずいっと身を乗り出して、制した。
「私が全力で回避させます!」
「さすがに君でも、いや、誰でもこればっかりは無理だよ。俺でも逆らえない事情がある。その辺は察してほしいんだけど」
何かとても普通ではないことに巻き込まれている。それだけが漠然とわかっていた。
「私は大丈夫。悪い人達じゃないって思うから」
「あんたね、そうやってると将来、変な人にカモにされるわよ? ここで将来がなくなるかもしれない」
香澄はすっかり呆れているようだった。
お人好しだと言いたいのかもしれなかったが、紗綾は彼女のようにはなれない。
「大丈夫、何があっても俺達が守る。危険なことはさせない。誓うよ」
嵐は言う。顧問としての責任が彼にはあるのだろう。
できれば心霊体験はしたくないというのが紗綾の本音だが、それも運命だと思うしかないだろう。
「そうそう、何があっても絶対にクッキーとクロちゃんは助けてくれるよ! 俺は何にもできないけど……どうせ、俺はトラブルホイホイですよー。どうせ、俺なんか、俺なんか……うおぉぉぉぉぉんっ!」
盛大に頷いた光は急に叫び出したが、誰も彼を慰めようとはしなかった。
香澄も気にも止めずに、嵐と十夜をじっと見る。
「なら、もしものことがあれば、私はあなた方を殴ります。先輩でも、先生でも関係ありません。いいですね?」
「わかった。ただし、殴るなら、黒羽にしてよ。一番悪い奴だから」
殴るとは物騒だ。けれど、その条件で両者とも納得してしまったようだった。
尤も、十夜は全く納得していないようだったが。
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