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本編

異邦人はゴーストがお好き-1

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 煉獄――カトリック教において死者が天国に入る前に火によって罪を浄化されると信じられている場所。天国と地獄の間。

 背中には地獄への扉、目の前には天使のような少年。
 その状況で紗綾はここが自分にとっての煉獄なのかもしれないなどと考えていた。
 けれど、少年が自分を天国に導いてくれる使者だとは思えなかった。
 馬鹿なことを考えているとは思うが、とにかく紗綾の頭は現実逃避しようとしていた。


「サヤ」

 笑顔を見せられると妙に緊張する。
 金縛りのように動けないが、手は扉に触れている。
 後ろ手に開けようとすれば可能だ。
 けれども、悪魔に助けを求めれば、天使はどうなってしまうのか。
 紗綾の脳裏に数々の犠牲者の影が浮かんだ気がした。
 顔も名前もよくわからないが、彼らは隣の部屋で日本文化研究同好会を名乗り、散っていった。
 存続していれば、この天使も喜んだかもしれないのに。


 そんな時、ガラリと扉が開き、「おい」と不機嫌な声が降ってくる。
 振り返れば十夜が眉を顰めて立っていた。普段はあまり動かないくせに、どうやら耐えかねたらしい。

「何をしている?」
「わ、わからないです」

 紗綾の返答を聞くなり、十夜の表情は険しさを増した。
 だが、この状況を解説して欲しいのは紗綾も同じだった。

「サヤ、あなたはボクの運命の人です!」

 魔王と呼ばれ、恐れられる男を前にしてもリアムは態度を変えなかった。
 新入生だろうと誰であろうと、知っていようといなかろうと、本能的な恐怖を相手に与えるこの男を前にして。
 やはりただ者ではない、と紗綾は思う。
 天使と悪魔の対峙、自分ではどうにもならないと判断して、紗綾はさっと十夜の後ろに隠れた。

「さっきからこんな調子で困ってるんです」
「貴様は自分では何もできないのか」
「ここに逃げ込めばどうにかなると思ったんです」
「貴様の駆け込み寺にするな」
「だって……」

 十夜の言うことは尤もかもしれない。
 だが、これは紗綾にとって一番使いたくない最後の手段だったのだ。
 こんなことをせずに済むなら、心も痛まなかった。

「面倒事は持ち込むな。ただでさえ貴様は役に立たないんだ」
「わかってます。でも、助けてくれたっていいじゃないですか……! 私が廊下を歩いていて後ろ指刺されるのは先輩のせいですからね?」
「知るか。とにかく、俺の後ろに隠れるな。離れろ」

 十夜は恐ろしく不機嫌だったが、紗綾は制服の裾を掴んで離れるつもりはなかった。
 今、離れればどうなるかは考えられない。考えたくなかった。見放されたくはなかった。
 大体、いつもは呪うなどと言うくせに、と紗綾は思う。

「今は先輩しか頼れる人がいないんです!」

 そっと室内を見てももう一人の悪魔はいない。
 策士は策士で後が物凄く恐いのだが、頼みやすいという利点はある。
 言いたくないが、今、天使に対抗出来るのはこの悪魔だけだ。
 たまには頼れるところを示して欲しいものだ。

「先生はまだなんですか?」
「知るか。貴様の担任だろう?」
「教室を出たら先生が何をしてるかなんて知らないです」
「俺とて同じだ。俺とあれの関係など忌々しいだけで貴様が思っているようなことは何一つない」

 聞けば十夜の機嫌が悪くなる一方だとわかっていたが、早く嵐が来ることを祈るしかない。

「あの、ボクはサヤとお話したいです」

 眉を八の字にしてリアムは目の前に立ちはだかる十夜に言う。
 すると、十夜はくるりと振り返る。

「だそうだ。出て行け」

 吐き出されたのは無情な言葉、紗綾は思わず心の中で「人でなし!」と叫んでみたが、効果のある言葉ではない。人の心も何も、悪魔なのだ。
 オカ研の悪魔、あるいは魔王、それが一番的確だ。そう言われるだけの理由は確実にある。

「きょ、今日は打ち合わせがあるって聞きました」
「貴様がいなくても問題はない。どうせ、貴様の予定などないだろう」
「うっ……」

 紗綾は反論できなかった。
 打ち合わせには絶対参加が原則、特に歓迎会は部にとって重要な行事であり、これも参加必須である。
 だが、最早自分の都合など完全に無視されていることを紗綾は今まで忘れていた。

「活動を妨害しなければ貴様が何をしようと関係ない。貴様はただの生贄に過ぎないからな」

 今日は妙に冷たい。紗綾は思うものの、やがて気付いた。フォローする嵐がいないからそう感じるだけなのだと。


「どうしたんスか?」

 ふらりと現れたのは圭斗、彼は十夜の後ろに隠れる紗綾を見て顔を顰めた後、リアムを見て更に眉間の皺を深くした。
 この際、見た目が不良の圭斗なら、第三の悪魔としてどうにかしてくれるかもしれないと紗綾はこっそり思ってしまった。悪魔に縋りたいほど困った状況なのだ。

「何してんの、リアム」
「ケイト!」
「し、知り合い……?」

 お互いを知っている口ぶりに紗綾は十夜の背後から顔を出す。
 問えば、圭斗は顔を顰める。

「まあ、一応……ただの、クラスメイトっスけど」
「ボク達、フレンドじゃないか!」

 歯切れの悪い圭斗の答え、リアムの方は納得できないようだった。

「それで、何? 何でリアムがこんなところにいるの? 紗綾先輩に何したの?」

 あからさまに面倒臭そうに圭斗は問う。
 フレンドと言うにはあまりに冷たい態度である。

「ボク、フォーリンラブしました」
「はぁ?」
「ヤマトナデシコ見付けました!」

 リアムは興奮した面持ちで語るが、圭斗の反応は冷たいものだ。

「ああ、そう。紗綾先輩は俺達のだから帰れよ」
「ケイト、ハクジョーです!」
「薄情じゃねぇよ」

 圭斗は冷たくあしらうが、リアムにはあまり効果はないようだった。
 尤も、圭斗も似たようなものなのだが。


「あっれー? 何してんの?」

 妙に明るい声でやってきたのは嵐だ。
 部室の前には圭斗と外国人、部室には十夜とその後ろに隠れる紗綾、その状況に彼は首を傾げた。

「こいつ、紗綾先輩のストーカーっス」

 ビシッと圭斗はリアムを指さす。

「ノーッ! 違います!」

 リアムは叫ぶが、「ああ、そう」と嵐が呟いた瞬間、紗綾は強い力で部室の中へと追いやられた。
 理由もわからずに、十夜を見ればソファーを指さされる。
 そこには星の形をしたクッションが置かれている。前部長八千草が紗綾のために持ち込んだ物であり、そこが紗綾の指定席になっているのだ。
 そして、ぴしゃりと扉が閉められ、後ろめたい思いのまま紗綾は大人しくソファーに座り、クッションを抱えた。
 どうにも「ハウス」と言われた気分だったが、そうしているしかなかった。


 * * *
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