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エピローグ
元勇者と幼なじみと元魔王、それから女神のその後
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『ごめんなさい』
夢の中みたいに穏やかで静かな、暗闇の世界。ぱちりと瞼を開くとどこまでも飲み込まれてしまいそうな黒一色に包まれている。なのに、恐怖はかんじない。不思議と安心感がある。
ここを知っている。来たことがある。まだ産まれる以前。遡れるだけの記憶を引っ張り出している最中、人の形をなした光が。
『あの子の記憶を見ました。あの子と語らいました。初めて女神であることの傲慢さを覚えました』
ああ、そうだ。ここには何度も来たことがあった。
『あなたとあの子の生きて来た時間は、私が守ろうとした世界の一部でした。人の営みが、あなたが求めた幸せが何代にも渡って世界を成立させている。それを奪ってまであなたに戦いの道へ戻そうとしていた自らを、今は恥じています』
遅ぇよ。もっと早く気づけよ。
『あの子の記憶にあったあなたは、心の底からの笑顔でした。勇者であった頃にはついぞ見たことのないものです。あなたを必要とする前に己で解決できる道を模索するべきでした』
そうだ、と安易に責めることは、どうしてかできない。
『異世界の問題は、私がなんとかします。もう二度と暴走しないように。いえ、いっそのこともう女神も勇者もいらない世界を目指します。あの子も私が戻れば大丈夫でしょう。命に危険はありません』
『是非そうしてくれ。できればこっちと異世界が行き来できないように』
『それは・・・・・・・・・私よりも異世界の魔法をなんとかしないと』
『いっそのこと異世界ぶっ壊して再創造しちまえよ。そのほうが簡単だろ』
『なんておそろしいことを・・・・・・・・・』
『じゃあいっそのこと世界中の人皆に忘却魔法かけたらどうだ? 勇者とか魔王とか争っていたこととか忘れられるし。なんだったら文章も歴史を示す資料も全部処分しちまうんだ』
『都合のいいように歴史を改竄しろなんて、私はどんな暴君ですか・・・・・・・・・』
「俺からしたらお前なんてとっくに暴君だよ』
ひどい、と呟きながら、シクシクと悲しんではいない。光が、一回り小さくか弱くなった。いよいよ別れのときが近づいているんだな。
清々する。こいつのせいでひどい目にあった。本当は文句を言いたいくらいだけど。
『・・・・・・・・・なぁ。お前は人として生きたことないのか?』
『? いえ。ありません』
『そうか。そうだな』
異世界が危機に陥る度、人の営みを守る度、復活と眠りを繰り返す女神フローラ。考えてみれば、彼女に自由なんてないんじゃないか? ひたすら世界を維持するために生き続ける存在。俺だったら耐えられない。初めて女神に哀れみを覚えた。
『やっぱり世界創り直せよ。天変地異おこして一部の人間だけ生き残らせて』
『私に大虐殺の女神になれと?』
『こっちの世界の神様だって同じようなことやったらしいぜ。そうやって宗教的な書物の中じゃ崇められてる。それで、あとは生き残った人達の自由にさせればいいんじゃねぇの?』
『無責任すぎます。そんな極悪非道なことやって崇められるなんてそちらの世界はどれだけ邪悪なんですか』
本当なんだけどなぁ。
『それに、そうなったらいよいよ私の存在価値が無くなってしまいます。昨今では捧げ物や供物、生け贄だって減ってきているのですよ。別に崇められたいわけでもないですし』
『だったら人として生きてみればいいんじゃねぇの?』
何気なしの一言に、人に取り憑いて、人の幸せを知った。人の記憶と営みを知った。それを奪うことの傲慢さを知った。それと同じことをすればいい。
俺も、知った。家族の温かさ。豊かさ。戦いでは得られない充実。だからこそ変われた。桃音も、そして白亜もそうだ。変ってしまった。不幸な人生を歩んできた人もこの世の中には多いだろう。
女神としてだけでなく、異世界で人間として生きる。そうすれば。
『実際にそうなって生きてみれば、人の幸せだけじゃなくて人の汚い部分とかだめな部分とかもっとよくわかるだろ。ある意味視点を変えれば見える景色も変るんじゃないか。なにが大切でなにがよくないかより理解できるんじゃないか。次どうすればいいかって悩んだときの参考にできる』
『それはあなたが青井レオンになってしまったから言えることですよ』
『だから、言えるんじゃねぇか』
『ですが、そうですね。それも良いかもしれませんね』
光が、明滅を繰り返して弱々しくなっていく。シルエットが徐々に、徐々に小さくなっていく。
『最後にあなたに教えておいてあげましょう。青井レオン。女神としての啓示です。早く告白なさい。きっとうまくいきますよ』
・・・・・・・・・余計なお世話だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おはよう、レオン。早くご飯食べちゃいなさい」
朝だというのに、バタバタと忙しなく動き回っているママ。対照的に優雅にコーヒーを飲んでいるパパ。おはよう、といつものように挨拶するとチャイムが鳴る。誰かしら、とママが玄関へ。
ありふれたいつもどおりの風景、かけがえのない俺の生活の一部によかったと安心する。
「お前、高校はどうなんだ?」
「まぁ、普通かな。それとバイトしようとおもうんだけど」
クラスメイト達とゴールデンウィークにはどこかへ出掛けようと約束している。旅行は無理かもしれないけど。それには先立つお金が必要だ。
「そうか。まぁ今のうちから働いてお金を稼ぐことも知ったほうがいいかもな」
「ちょうどクラスメイトの子が働いている場所紹介してくれるって」
「学業優先だぞ。もし成績が下がったら本末転倒だからな。そろそろ試験もあるんじゃないか?」
「あ、ああ~~。そだね・・・・・・」
「そもそもお前、ゲームのしすぎじゃないのか? 夜遅くまでやっているだろう。ちゃんと規則正しい生活を身につけないと将来苦労するぞ。昔は神童かってママと話していたのに」
「あ、あははは・・・・・・」
「レオン、あかりちゃんよ~~!」
渡りに船。パパの説教から強制的に逃げ出せるチャンスだ。
「おはようございますおじさん。げ、レオンあんたまだ食べ終わってなかったの?」
「お前なんで入ってきてんだよ」
「おばさんが上がっていいっていうんだもん。早く食べ終わりなさいよ」
無茶言うなよ。大体昨日の今日でなんでお前はそんなに早いんだ。
「なんだったら私が食べさせてあげるわよ」
「アホか」
パパとママがそれぞれ窺ってるじゃねぇか。恥ずかしい。
「なに恥ずかしがってるのよ。なに? しちゃだめな理由でもあるわけ?」
「お前こそどうなんだよ」
「だって、幼なじみじゃない」
「・・・・・・ずるいぞ」
ドキッとした。かけがえのなさと大切さを再認識した俺からすれば、だしに使われている感が否めない。
体育館で桃音と力を使い果たすまで物理的にも口論的にもぶつかりあったあかりは、翌日から今までにないほど距離を詰めてきている。遠慮のなさと不躾のなさは、互いを知り尽くしていても戸惑ってしまうほどで。勘違いしてしまいそうで心臓が保たない。
『早く告白なさい。きっとうまくいきますよ』
「うるせぇ・・・・・・」
既に消え去っている女神フローラの声が聞こえた気がした。
「行ってきま~~す」
「ねぇ、レオン。あんたって勇者だったとき好きな子とかいたの?」
またか、とうんざりする。天気の話みたいな気軽さで転生絡みの話してくるようになってしまった。
「いない。そんな余裕なかったよ」
「へぇ~。ゲームだとあるじゃん。一緒に旅してる男女がいつの間にか、とか。あと助けた人と恋に落ちるとか。あと幼なじみとお金持ちのお嬢様どっちを選ぶのか、とか」
「ゲーム脳すぎるだろ」
「じゃあ恋人もいなかったわけ?」
「ああ。そうだよ」
「うっっっわ寂しい。それで死んだんでしょ? かわいそう~~~」
「馬鹿にしてんのか?」
とはいえ、転生前の俺も受け入れてくれたってことだから、ありがたいことには変わりない。何気ない日常の嬉しい変化ってことで、前向きに考えよう。
「あ、あそこにいるの・・・・・・・・・」
見知った顔とシルエットが、通学路で立っていた。あかりだけじゃなく、俺もつい身構えてしまう。
「おはようございますレオン君。そしてあかりさん」
「お、おはよう桃音」
「おはよう・・・・・・」
別に待ち合わせをしているわけではないけど、三人で登校するのがお決まりになってしまった。嬉しいことかどうかは微妙なところ。
「レオン君、バイトの件どうなりましたか?」
「ああ、うん。親父はいいってさ」
「そうですか。じゃあ早速今日二人っきりでバイト先にいきましょう」
あかりの反対側、左側を陣取る。その素早さ、さすがは元魔王。
「ちょっと。距離近すぎでしょ。離れなさいよ」
「仕方がありません。私は魔王でレオン君は勇者ですから」
「理由になってないからね? 逆にそれじゃあ一番側にいちゃいけないじゃないの」
「それに、こうしないと使えるようになった魔力が暴走してしまうことはご存じですよね? レオン君の側にいるのが一番安定するんです。それと女神フローラの影響を受けていたあかりさんも」
「う・・・・・・」
「私の魔法を安定させられるお二人の側にいるのが一番いいのです」
「だったら私の隣にくればいいでしょ」
「それは遠慮します。影響が強すぎて私の魔王の力が根こそぎ消えちゃいます。私の自我も記憶も全部根こそぎ」
これには、本当かと首を捻らざるをえない。魔法にはとんと疎い自分が恨めしい。かつて魔王だった桃音が過去のわだかまりを乗り越えて、普通の友達として接してくれるようにはなった。純粋に喜ばしい。
けど、そのせいであかりが不機嫌になるという悪循環に陥っている。今まで人と関わってこず、距離感がわかっていない桃音に俺がデレデレしていると勘違いしてしまっている。
あかりに告白することもできず、クラスメイト達にからかわれるという日々が多くなっている。そして、些細なことがきっかけで二人が魔法で争うということが増えている。
人目を気にしてほしい。聖剣も使えずに無力な俺じゃ止めることもできないから二人に挟まれているときは生きた心地がしない。爆弾がいつ隣で爆発するかという恐怖に似ているだろう。
「じゃあ私も二人と同じところでバイトするわ」
「悪いですけど、うちのアルバイトは二人が限界なんです」
「どんなブラックよ!?」
まぁ、それでも。異世界絡みの問題はすべて解決した。桃音とあかりの関係も、桃音の距離感も、あかりへの告白も、ちょっとずつ解決できていけばいい。
もう邪魔する者も頭を悩ませられることはない。もしも異世界からの新しい転生者が現われないかぎりは。これも平和すぎる問題で。そしてなんとか乗り越えられた俺達になら。
そんな自信が、あるんだから。
夢の中みたいに穏やかで静かな、暗闇の世界。ぱちりと瞼を開くとどこまでも飲み込まれてしまいそうな黒一色に包まれている。なのに、恐怖はかんじない。不思議と安心感がある。
ここを知っている。来たことがある。まだ産まれる以前。遡れるだけの記憶を引っ張り出している最中、人の形をなした光が。
『あの子の記憶を見ました。あの子と語らいました。初めて女神であることの傲慢さを覚えました』
ああ、そうだ。ここには何度も来たことがあった。
『あなたとあの子の生きて来た時間は、私が守ろうとした世界の一部でした。人の営みが、あなたが求めた幸せが何代にも渡って世界を成立させている。それを奪ってまであなたに戦いの道へ戻そうとしていた自らを、今は恥じています』
遅ぇよ。もっと早く気づけよ。
『あの子の記憶にあったあなたは、心の底からの笑顔でした。勇者であった頃にはついぞ見たことのないものです。あなたを必要とする前に己で解決できる道を模索するべきでした』
そうだ、と安易に責めることは、どうしてかできない。
『異世界の問題は、私がなんとかします。もう二度と暴走しないように。いえ、いっそのこともう女神も勇者もいらない世界を目指します。あの子も私が戻れば大丈夫でしょう。命に危険はありません』
『是非そうしてくれ。できればこっちと異世界が行き来できないように』
『それは・・・・・・・・・私よりも異世界の魔法をなんとかしないと』
『いっそのこと異世界ぶっ壊して再創造しちまえよ。そのほうが簡単だろ』
『なんておそろしいことを・・・・・・・・・』
『じゃあいっそのこと世界中の人皆に忘却魔法かけたらどうだ? 勇者とか魔王とか争っていたこととか忘れられるし。なんだったら文章も歴史を示す資料も全部処分しちまうんだ』
『都合のいいように歴史を改竄しろなんて、私はどんな暴君ですか・・・・・・・・・』
「俺からしたらお前なんてとっくに暴君だよ』
ひどい、と呟きながら、シクシクと悲しんではいない。光が、一回り小さくか弱くなった。いよいよ別れのときが近づいているんだな。
清々する。こいつのせいでひどい目にあった。本当は文句を言いたいくらいだけど。
『・・・・・・・・・なぁ。お前は人として生きたことないのか?』
『? いえ。ありません』
『そうか。そうだな』
異世界が危機に陥る度、人の営みを守る度、復活と眠りを繰り返す女神フローラ。考えてみれば、彼女に自由なんてないんじゃないか? ひたすら世界を維持するために生き続ける存在。俺だったら耐えられない。初めて女神に哀れみを覚えた。
『やっぱり世界創り直せよ。天変地異おこして一部の人間だけ生き残らせて』
『私に大虐殺の女神になれと?』
『こっちの世界の神様だって同じようなことやったらしいぜ。そうやって宗教的な書物の中じゃ崇められてる。それで、あとは生き残った人達の自由にさせればいいんじゃねぇの?』
『無責任すぎます。そんな極悪非道なことやって崇められるなんてそちらの世界はどれだけ邪悪なんですか』
本当なんだけどなぁ。
『それに、そうなったらいよいよ私の存在価値が無くなってしまいます。昨今では捧げ物や供物、生け贄だって減ってきているのですよ。別に崇められたいわけでもないですし』
『だったら人として生きてみればいいんじゃねぇの?』
何気なしの一言に、人に取り憑いて、人の幸せを知った。人の記憶と営みを知った。それを奪うことの傲慢さを知った。それと同じことをすればいい。
俺も、知った。家族の温かさ。豊かさ。戦いでは得られない充実。だからこそ変われた。桃音も、そして白亜もそうだ。変ってしまった。不幸な人生を歩んできた人もこの世の中には多いだろう。
女神としてだけでなく、異世界で人間として生きる。そうすれば。
『実際にそうなって生きてみれば、人の幸せだけじゃなくて人の汚い部分とかだめな部分とかもっとよくわかるだろ。ある意味視点を変えれば見える景色も変るんじゃないか。なにが大切でなにがよくないかより理解できるんじゃないか。次どうすればいいかって悩んだときの参考にできる』
『それはあなたが青井レオンになってしまったから言えることですよ』
『だから、言えるんじゃねぇか』
『ですが、そうですね。それも良いかもしれませんね』
光が、明滅を繰り返して弱々しくなっていく。シルエットが徐々に、徐々に小さくなっていく。
『最後にあなたに教えておいてあげましょう。青井レオン。女神としての啓示です。早く告白なさい。きっとうまくいきますよ』
・・・・・・・・・余計なお世話だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おはよう、レオン。早くご飯食べちゃいなさい」
朝だというのに、バタバタと忙しなく動き回っているママ。対照的に優雅にコーヒーを飲んでいるパパ。おはよう、といつものように挨拶するとチャイムが鳴る。誰かしら、とママが玄関へ。
ありふれたいつもどおりの風景、かけがえのない俺の生活の一部によかったと安心する。
「お前、高校はどうなんだ?」
「まぁ、普通かな。それとバイトしようとおもうんだけど」
クラスメイト達とゴールデンウィークにはどこかへ出掛けようと約束している。旅行は無理かもしれないけど。それには先立つお金が必要だ。
「そうか。まぁ今のうちから働いてお金を稼ぐことも知ったほうがいいかもな」
「ちょうどクラスメイトの子が働いている場所紹介してくれるって」
「学業優先だぞ。もし成績が下がったら本末転倒だからな。そろそろ試験もあるんじゃないか?」
「あ、ああ~~。そだね・・・・・・」
「そもそもお前、ゲームのしすぎじゃないのか? 夜遅くまでやっているだろう。ちゃんと規則正しい生活を身につけないと将来苦労するぞ。昔は神童かってママと話していたのに」
「あ、あははは・・・・・・」
「レオン、あかりちゃんよ~~!」
渡りに船。パパの説教から強制的に逃げ出せるチャンスだ。
「おはようございますおじさん。げ、レオンあんたまだ食べ終わってなかったの?」
「お前なんで入ってきてんだよ」
「おばさんが上がっていいっていうんだもん。早く食べ終わりなさいよ」
無茶言うなよ。大体昨日の今日でなんでお前はそんなに早いんだ。
「なんだったら私が食べさせてあげるわよ」
「アホか」
パパとママがそれぞれ窺ってるじゃねぇか。恥ずかしい。
「なに恥ずかしがってるのよ。なに? しちゃだめな理由でもあるわけ?」
「お前こそどうなんだよ」
「だって、幼なじみじゃない」
「・・・・・・ずるいぞ」
ドキッとした。かけがえのなさと大切さを再認識した俺からすれば、だしに使われている感が否めない。
体育館で桃音と力を使い果たすまで物理的にも口論的にもぶつかりあったあかりは、翌日から今までにないほど距離を詰めてきている。遠慮のなさと不躾のなさは、互いを知り尽くしていても戸惑ってしまうほどで。勘違いしてしまいそうで心臓が保たない。
『早く告白なさい。きっとうまくいきますよ』
「うるせぇ・・・・・・」
既に消え去っている女神フローラの声が聞こえた気がした。
「行ってきま~~す」
「ねぇ、レオン。あんたって勇者だったとき好きな子とかいたの?」
またか、とうんざりする。天気の話みたいな気軽さで転生絡みの話してくるようになってしまった。
「いない。そんな余裕なかったよ」
「へぇ~。ゲームだとあるじゃん。一緒に旅してる男女がいつの間にか、とか。あと助けた人と恋に落ちるとか。あと幼なじみとお金持ちのお嬢様どっちを選ぶのか、とか」
「ゲーム脳すぎるだろ」
「じゃあ恋人もいなかったわけ?」
「ああ。そうだよ」
「うっっっわ寂しい。それで死んだんでしょ? かわいそう~~~」
「馬鹿にしてんのか?」
とはいえ、転生前の俺も受け入れてくれたってことだから、ありがたいことには変わりない。何気ない日常の嬉しい変化ってことで、前向きに考えよう。
「あ、あそこにいるの・・・・・・・・・」
見知った顔とシルエットが、通学路で立っていた。あかりだけじゃなく、俺もつい身構えてしまう。
「おはようございますレオン君。そしてあかりさん」
「お、おはよう桃音」
「おはよう・・・・・・」
別に待ち合わせをしているわけではないけど、三人で登校するのがお決まりになってしまった。嬉しいことかどうかは微妙なところ。
「レオン君、バイトの件どうなりましたか?」
「ああ、うん。親父はいいってさ」
「そうですか。じゃあ早速今日二人っきりでバイト先にいきましょう」
あかりの反対側、左側を陣取る。その素早さ、さすがは元魔王。
「ちょっと。距離近すぎでしょ。離れなさいよ」
「仕方がありません。私は魔王でレオン君は勇者ですから」
「理由になってないからね? 逆にそれじゃあ一番側にいちゃいけないじゃないの」
「それに、こうしないと使えるようになった魔力が暴走してしまうことはご存じですよね? レオン君の側にいるのが一番安定するんです。それと女神フローラの影響を受けていたあかりさんも」
「う・・・・・・」
「私の魔法を安定させられるお二人の側にいるのが一番いいのです」
「だったら私の隣にくればいいでしょ」
「それは遠慮します。影響が強すぎて私の魔王の力が根こそぎ消えちゃいます。私の自我も記憶も全部根こそぎ」
これには、本当かと首を捻らざるをえない。魔法にはとんと疎い自分が恨めしい。かつて魔王だった桃音が過去のわだかまりを乗り越えて、普通の友達として接してくれるようにはなった。純粋に喜ばしい。
けど、そのせいであかりが不機嫌になるという悪循環に陥っている。今まで人と関わってこず、距離感がわかっていない桃音に俺がデレデレしていると勘違いしてしまっている。
あかりに告白することもできず、クラスメイト達にからかわれるという日々が多くなっている。そして、些細なことがきっかけで二人が魔法で争うということが増えている。
人目を気にしてほしい。聖剣も使えずに無力な俺じゃ止めることもできないから二人に挟まれているときは生きた心地がしない。爆弾がいつ隣で爆発するかという恐怖に似ているだろう。
「じゃあ私も二人と同じところでバイトするわ」
「悪いですけど、うちのアルバイトは二人が限界なんです」
「どんなブラックよ!?」
まぁ、それでも。異世界絡みの問題はすべて解決した。桃音とあかりの関係も、桃音の距離感も、あかりへの告白も、ちょっとずつ解決できていけばいい。
もう邪魔する者も頭を悩ませられることはない。もしも異世界からの新しい転生者が現われないかぎりは。これも平和すぎる問題で。そしてなんとか乗り越えられた俺達になら。
そんな自信が、あるんだから。
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