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九章

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 二重三重に囲んでいた一団の一部が、ザッと割れた。ゆったりと、それでいてしっかりとした足音とともに異質な衣装を纏った誰かが近づいてきた。

 コスプレにしては重々しく飾り立てられている鎧。相当な実力者に備わっている佇まい。同じ年齢のはずなのに険しい顔つきは、生半可な修羅場を潜り抜けてきたからじゃない。重すぎる責任を背負わされた者特有の凄みがある。

 懐かしい。どことなく、昔をおもいだしてしまった。

「あなたが、先代勇者様ですか」

 敬語だけど、どことなく冷たくて機械的な、上辺だけの言葉を一旦切ると委員長と白亜をじろりと睥睨する。

「そして先代魔王に・・・・・・なるほど。ダークエルフですか。連絡どおりですね」
「君は、一体誰だ?」

「初めまして。私はエレクリオット・フォン・ダスタンヴァールと申します。あなたの死後、新たに選定された勇者です」
「新たな勇者だって? どういうことだ」

 やれやれとばかりに小さく嘆息をはきだしたあと、ゆったりと説明をはじめた。

「あなたはご存じないでしょう。勇者ジンの死後、こちらの世界はいまだ争乱が続いております。その争乱を終わらせるために勇者という存在が必要とされたのですよ」

 そういえば女神フローラが最初のほうでそんなことを・・・・・・・・・言ってたような言ってなかったような。

「ちょち待つし。でも、勇者は女神に選ばれるんじゃね?」

 白亜のいうとおり。女神フローラは今あかりの中にいる。その間、異世界に戻って新たな勇者を選定する余裕なんてないんじゃないか
 
「肝心の女神様は長い間現われません。私が産まれる前よりずっと以前から。よって、人々は女神をただの伝説、お伽噺的存在だと語るようになったのです。偶像崇拝とでもいえばよろしいでしょうか。ゆえに、人間達の手によって勇者が新たに作られたのですよ」

 俺とは違う方法で。俺のときとは全然違うやりかたで現われた勇者に、親近感も感動もない。ただ、とてつもない疑問と衝撃を味わっただけだ。 

「愚かな人間のやりそうなことですね。真実かどうかは問題じゃない。単なる象徴として、お飾りの勇者を用意したのでしょう。どうせ女神フローラのお告げが~とか聖剣を引き抜いて~~とか。わかりやすく目で見えない情報を大袈裟に宣伝して事実として広めたんでしょう」

 委員長、さっきから悪意しかないよ。けど、もしそうだとしたら。新しい勇者の反応から確実に図星なのはあきらかだけど。それは果たして正しいことなのか?

 騙しているってことにならないか?

「肝心なときに姿を現さず、争いをとめることもしない。いるかどうかもわからない。あやふやで現実味のない女神などという存在に縋りお祈りを捧げ今の世を呪って生きるより、自分たちで解決する方法をと模索した結果です。利用してなにが悪いのですか? げんに先代がご存命のときより、神殿も神官もそれを利用して悪だくみを散々していましたよ。というよりも、魔族で、そして今こちらの世界に生きているあなたになんの関係がありますか?」
「・・・・・・・・・」
 
 すごい。言い負かされた。

「後ろめたくないのかと問われれば返答は困るでしょう。ですが、そうでもしなければ我々は滅んでいたでしょう。それほどギリギリだったのです。国も、人も。国民も世界の人々は信じていますよ。中身なんて関係ないのです。私が本物か偽物か。ただわかりやすく脚色した情報を与えれば喜びます。そして、次に実践すればそれだけで真実になるのです。勇者様が助けてくれた、勇者様が勝った、と。争乱を終わらせるため平和を維持するために戦っている私を皆は勇者だと信じると決めた。背景なんてどうでもよいのです。真実などなくとも。勝手に意味を見いだしてくれるのですよ。いるかどうかわからない偶像の女神に選ばれるか。目の前で戦っている人物を勇者だと世界の人々が認められるか。どちらかでしかないと私はおもっております」

 言いたいことは山ほどある。けど、それで納得しているんなら、勇者ジンをやめて逃げた俺が言えることはない。

「それで、二代目の勇者だっけ?」
「いえ、五代目です」
「・・・・・・・・・こいつらは君が操っているのか?」
 
 五代目だろうが何代目だろうがどうでもいい。

「厳密には違います。私の仲間がかつて魔王軍で研究されていた魔法を改良したのです。ダークエルフが完成させた転生魔法の術式を逆解析してこの世界と、転生した者を突きとめるために捜索していたのですよ」
「え、ウチの!?」
「ダークエルフの死後、発見されました」

 く、と悔しそうなのはこんな状況に導いてしまったからじゃない。自分の魔法を解析されるなんて、という魔法を極めるやつ特有のなんだろう。

「なんのためにそんなことをしたんですか? 転生した者を・・・・・・いえ。私達を突きとめる捜索だなんて」

 ここに及んでは、最早探索していた転生者達は俺達のこと以外ありえない。

「もちろん殺すためです」

 殺す。長い間聞いたことのない物騒な単語。ドラマや漫画、創作物上でしか見聞きせず、それでもありふれた言葉だ。けど、かつて勇者だった経験があるからだろうか。殺して殺されて、ということを実際に体験してきた血なまぐさい前世が、囁いている。

 本気だと。五代目勇者は元・魔王だけじゃない。元・ダークエルフだけじゃない。元・勇者である俺を含めたここにいる全員を殺すつもりだ。

「残念におもいますよ。一時とはいえ世界を救った勇者ジンに二度目の死を与えなければならないとは。しかし、勇者として異世界に戻ることもせず、元・魔王達と遊びほうけている姿を見れば肯んじざるをえません」
「くっ・・・・・・おもっくそ身からでた錆じゃねぇか・・・・・・!」

「つまりこれは青井君、元・勇者ジンのせいということですね」

 余計なことに巻きこみやがって、とおもっくそ委員長に睨まれた。ですよね―、と我が事ながら同意せざるをえない。

「元々は魔王達のみを殺害するつもりでしたが。今後あなた達が異世界に帰還する可能性が少しでもあるのに放置できないのです。加えて先代勇者が魔王と仲間になっている事実。とてつもない脅威です」
「もし私達を殺されたことをしれば魔族が黙っていないのでは? また争乱がおこりますよ」

 一縷の望みを託したのか。どこか含みがある言い方。まだ魔族が滅んだかどうか聞いていない。もしもの可能性に賭け、動揺を誘って状況打破を目論んだ。

「誰も今のあなたを魔王だなんて信じる魔族はいないでしょう。魔法も使えず姿さえ違うただの人間なんて。私のように信じる者達が生きているなら別ですが」

 こざかしい、忌々しい、と的を射た五代目勇者にせめてもの抵抗とばかりに力いっぱい悪感情をこめた表情と視線を。

「少なくとも、魔族は同意見でした」

 委員長のすべてが崩れた。虚勢、意地、誇り。根底にあった、今の委員長を支えていたものは取り払われてただの弱々しい少女は目を見開き、口をぽかんとさせている。

「え?」
「我々人間側と同盟を結び、友好関係を維持している魔族側のも会議に参加していたのです。今更大昔の異物に、台無しにされたくないと討滅に賛成したのですよ」
「そ、そんな・・・・・・・・・」

 がっくりと肩を落とし、頭を垂らしている。猫背になったまま前のめりでいる体勢は、それだけショックだったということだろう。白亜が気遣わしげにオロついているけど五代目勇者の手前下手な動きをしたら、と動けずにいる。

「古きものは淘汰される。適応できなければ生き残れない。ある意味貴方達は今のこちらにとっては、異物なのですよ。ただ存在しているだけで危険なのです」

 鞘を払い、頭上に掲げられた、おぼろな闇の中でも光を放つ剣が、まず俺にむけられた。

「なにか言い残すことはありますか? 勇者としての誼で情けはかけましょう」

 情け、か。情けか。

「お前は、立派だな。生きて勇者としての責務を果たそうとしている」
「当然です」
「俺はもう、どうでもよくなったよ。本当に」

 この世界で生きようとおもった。異世界で得られなかった幸せがほしいと願った。好き勝手やってたのも、こいつからしたら許せることではなかったんだろう。願ったことが間違いだったのか。

「なぁ五代目。君には好きな人はいるか?」

 前世の俺にはいなかった。けど、好きな人がいるだけで変われることができた。それだけで勇者なんて捨ててしまえるくらいに。


「くだらない。そんな人無用です」

 そうか。くだらないか。乾いた笑いしかない。

「言いたいことはそれだけですか? おさらばです」

 まっすぐ振り下ろされる剣は、空気を切る独特の音を発しながら、実に軽やかに迫ってくる。
 
「違う」

 金属が爆ぜ、火花が散った。五代目が驚いたのは俺が聖剣を使えたからじゃない。このごに及んで抵抗したことに対してだ。

「な!?」

 刃を支えていた左手を、雄叫びを上げた勢いと全身の筋力をフルに使って、立ち上がる。まともな斬り合い、戦いのための体作りなんてしていない。五代目の攻撃をなんとか防いだのだけで精一杯。そこから俺をなおも斬ろうとする力を払い除けきることはできない。

「今の俺は、青井レオンだ」

 アキレス腱に、太ももに過重がかかる。とてつもなく重く大きいものを持ちあげる要領で立ち上がろうとしているから、節々が痛い。

「それでこの子はクラスメイトの神田川桃音。こっちは新藤白亜。後ろにいるのは俺の幼なじみだ」
「こ、この!」

 くだらなくなんかない。俺の好きになった女の子は、あかりを好きになったことは、あかりと一緒に生きてきた時間は、くだらなくなんかない。


「くだら・・・・・・なく・・・・・・なんか・・・・・・・・・」

 そして、委員長も新藤白亜も。俺の友達だ。この世界で生きてきた、そして俺と同じく変って、変ろうとしている子達だ。

 この世界で出会った人達は、得られたものの価値もわからないやつに、否定されて死んで終わりなんて。

「ねええええええええええええええええんだよおおおおおおおおおおお!!!」

 一気に立ち上がりながら、五代目の剣圧を、押し返した。
 
「まさか勇者が魔王達を庇うなんて。世も末ですね」
「なんたって先代勇者を五代目勇者が殺そうとする世だからな」

 五代目は、あきらかに手慣れているかんじで、かまえなおした。

「残念です。ですが、道を誤った先人を正すのも勇者の役目とあれば」

 気配が、変る。氷をおもわせる背中がぞくりとする冷徹な目つき、殺意を隠さず、しかし決してそれだけに囚われていない戦う者特有の、殺し殺され慣れた、戦う者が放つ気配だ。

「五代目勇者エレクリオット・フォン・ダスタンヴァール。参る」
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