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三章

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 待望の入学式。簡単な式と今後の説明を終えて、午前中に帰宅。本来ならウキウキ気分のはずだったのに、ズゥゥゥゥン、と落ち込み気味だ。

「あ、なぁあかり」
「!」

 仲良くなったクラスメイトと話していたあかりを発見して近づいたら野生動物かってくらいの勢いで逃げていってしまった。あれから適当に説明はしたけど、なんとなく気まずいまま会えない日が続いていた。今日が絶好のチャンスだったのに。

 澄んで明るい日差しが今は鬱陶しい。とぼとぼと歩いていると、そこかしこで遊ぶ約束をしている同級生と部活勧誘に忙しない人達がいるけど、できるだけ存在を消して、颯爽と帰宅する。

 フローラの件もそうだけど、あかりとの関係を修復しないと。あかりがいるのが当たり前になっているし、事情が事情とはいえ、このままだと申し訳ない。

〈この前は、ごめん。もう一度ちゃんと説明したい〉
〈だめだったら、携帯でもいい〉

 家に入る直前、携帯を開いてみるけど変化がない。何度も送っている連絡は既読すらならない。

「ちくしょう、それもこれも全部あのくそ女神のせいだ」

 というか、事情を説明したくてもまた女神に邪魔されたら・・・・・・・・・・・・・・・。

「あれ?」

 玄関には見覚えのない靴があった。ママはこの時間、入学式を終えた後パートに行ったはず。だとしたら、一体誰だろう。

「あ、お帰りなさい。勇者ジンよ」
「てめぇこのやろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ダイニングに移動したら、あかりの姿があったから驚いたけど、俺は騙されない。俺を勇者ジンなんて呼ぶのは一人しかいないからだ。

「なに勝手にいやがんだ! 不法侵入しやがって!」
「落ち着きなさい。見苦しいですよ。それに、むこうの世界にいたときはよく民家に入ってよくタンスや壺を割っていたではないですか」

 そうだ。勇者特権の一つとして、そんなことをしてアイテムや所持金を増やしてたっけ。いやぁ、懐かしいいなぁ。・・・・・・・・・・ってそうじゃねぇ。
 
「てめぇのせいで俺はレイプ未遂の犯人にされそうなんだぞ。どうしてくれんだ」
「え? そうなのですか? では帰還する気になりました?」
「人の不幸聞いてなに嬉しそうにしてやがる! 最低だなお前は! 帰れ! お前だけ異世界に帰れ! あかりの体から出ていけ! あかりにも迷惑かけてんだぞ!」
「あなたが意地を張らずに素直に従えばよいのですよ。この子のためにも、早く帰りましょう」

 だめだ話が通じねぇ。

「そういえば、この家の奥さんが書き置きを残していましたよ」
「あ? ママが?」
「ママ・・・・・・・・・・・・その年齢でママ呼びしているのですか? 勇者としてのイメージが悪くなります。即刻直しなさい」

 うるせぇ。孤児舐めんな。家族愛に飢えまくってたんだぞこっちは。

「親の呼び方一つでイメージが悪くなるんだったらそもそも意味ねぇよ。よって絶対変えねぇよ。そもそも俺はもう青井レオンだ。勇者じゃねぇ」
「むう。強情ですねぇ。では――――」
「?」

 フローラはいきなりブレザーとリボンを脱ぎだした。そのままワイシャツのボタンを外して、可愛らしい下着が露わに。そしてそのままスカートのチャックを下に――――

「じゃねぇ!! なにしてんだってばよお前はあああああああああああ!!」

 すっぽんぽんとまではいかないけど、ほぼ肌と下着姿になっている。幼なじみのあられもない姿ということもあって、狼狽しながらタオルケットを投げつけて簀巻きみたいにして隠した。

「これ以上あかりの体で好き勝手やることは許さんぞ! てめぇと刺し違えてでも!」
「私はただこの子が裸になってあなたと二人っきりの状態のときに人格を引っ込めたらどうなるのかという実験をしたかっただけです」
「なにおそろしい実験企ててやがる! マッドサイエンティストか!」

 もしそうなったら今度こそ俺とあかりの関係は終わる。


「というか、あなたは勇者である前に精神的には成人なんですよ? 未成年の女の子の裸と下着一つでなにを狼狽えているのですか。みっともない。年下好きなのですか?」
「うるせぇ! ろくな青春送ってなかった分刺激が強いんだよ! それにむこうじゃ恋愛経験もなんもないウブだったこととこっちで過ごした時間が濃密で楽しすぎたから未熟な子供の心に引っ張られてるんだよ!」 
「そうですか。わかりました。ではやめます」
「本当か!? だったらすぐにやれ!」
「あなたが帰還すると約束するのならですが」

 こ、この野郎! この場で交換条件突きつけるなんて。

「もしこの場で元に戻ったら。このあかりという子はどうなってしまうでしょうか。どえらいことになってしまいます。まぁ私はそうなればあなたがここの生活から解き放たれる理由の一つになるのでどちらでもよいのですが。この子の心にはきっと大きな傷となるでしょう」
「なにふざけた駆け引きしようとしてんだ! 勇者を脅すとかお前本当に女神か!」
「十秒~~。九、八、七・・・・・・・・・・・」
「人生終了のカウントダウン数えはじめてんじゃねぇえええええええええ!! 少し時間をくれええええ!!」
「ふう。わかりました。それでは一時間で決めてください」

 くそ、このくそ女神め。今は我慢。なんにしても、一時間の間に対策を考えないと。先延ばし&こいつを滅殺する方法を。少し冷静さを取り戻すため、水を飲もうとしてキッチンへ。その途中ママの書き置きを発見した。

 昼食は冷蔵庫の中。おやつは桃の缶詰。風呂掃除、トイレ掃除をやっておいてくれ、という内容。普段と変わらない文面だけど、あと一時間であかりだけじゃなく、ママとパパともお別れになるかもしれない。そう実感するとなんだか涙が。ぐすん。

 手早く冷蔵庫からおかずを出して温める。その間に缶詰を開ける準備を。

「ちょ、ちょっとお待ちなさい勇者ジン。あなたなにをしようとしているのですか?」

 なんだかフローラが慌てているけど、なにかおかしいことでもあっただろうか。あ、そうか。今の俺でも聖剣を出せることに驚いているんだな。

 聖剣を扱う訓練はとっくにやめているけど、別の使い方があるからよく出している。そう、例えば鋭さを利用してこうやって缶詰を開けたり。

「聖剣をなんてことに使っているのですか! この罰当たり!」
「やめなさい! 聖剣に桃の汁が付いて匂いがとれなくなります! 元は私が与えた物なのですよ! もっと敬意を払った扱いをしなさい!」
「なんだよ。いつもやってることだし」
「いつも!? いつも聖剣で缶詰を開けているんですか!?」
「いや。だって切れ味いいし。訪朝代わりにもできるし。でも洗濯物を部屋干しにするときよく物干し竿代わりにしてるし今更だろ?」
「聖剣をなんて雑なことに! あなたと幾たびもの戦いを潜り抜けた大切な剣ですよ!」
「あと、棚の後ろに物が落ちたとき拾うのに便利なんだよな」
「埃塗れになるでしょう! やめなさい!」
「あと雑巾とかティッシュとか巻きつけて掃除道具にも活用できて、戦い方以外にも使えるし」
「他の物で代用できるでしょう! わざわざ私の与えた聖剣でやることではありません! 恥をしりなさい!」
「けど、この世界じゃ他に使い道ないし」
「ですからもっと有意義に使える世界に戻るべきだと!」

 どうもフローラは、俺が聖剣を変なことに使うのが許せないらしい。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと試してみるか。

「あ、そうだ。ママからトイレ掃除しろって頼まれてたな」

 わざとらしい棒読みの大声のあと、掃除道具を用意する。

「あ、でもブラシがないや。ママめ、買い忘れたなあのうっかりさんめ」

 しょうがないなぁ、と布を聖剣に巻いて洗剤を染みこませる。

「よし」
「待ちなさい! どこに行くつもりですか!」

 がっしりと掴まれた。ち、目敏い。

「なにって掃除だよ掃除。トイレの」
「やめてください! 聖剣が汚くなります! 生きていけません!」
「なんだよ。代々魔を払ってきたんだろこの剣。魔王を唯一滅ぼせる剣なんだろ。だったらトイレにこびりついている魔(汚れ)だって簡単にとれるだろ」
「いやああああああああああああああ!! やめてえええええええええええええええええ!!」

 腰にすがりついた女神を、無視してそのまま引きずりながら進む。やっぱり。効果てきめんだ。聖剣が雑に扱われるのがどうしても許せない。というか嫌がってる。

「聖剣が錆びてしまいます! ある意味使い物にならなくなります!」
「でもなぁ~~。だったらそれ相応の態度とか見返りとかないとなぁ~~」
「お願いします勇者ジン! いえ、青井レオン様!」

 どうしても嫌なのか、とうとう様付けしだしたよこのくそ女神。

「だったら! わかるだろ?」
「うう、わかりました・・・・・・・・・・・・幼なじみの意識を戻します・・・・・・・・・・・」
「あかりの家に戻ってからだぞ。この場でするな。というか一週間は出てくるな」
「うう、やり方が魔族よりあくどい・・・・・・・・・・・・昔はこんな子じゃなかったのに・・・・・・・・・・・・・・」
 
 フローラはそれからしくしくと泣きながら家を後にした。ひとまず脅威は去ったし時間は確保できた。一週間の間にあかりに謝罪して許してもらわないと。なにはともあれ、腹が減っては戦ができぬと、昼食を食べ始める。

 昼食後、聖剣を交渉材料にしてにして出て行かせればよかったんじゃ? と気づいて激しく後悔してしまった。
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