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四章

四十話 ~輝かしい日々~

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エリクの日常に、エレオノーラの時間が加わった。

 最初は出会ったときのこと、交した会話をなんとなく思い出すだけだった。

 ある休日にアランと出掛けたとき。通りかかった店にエレオノーラがいたときは驚いた。ガラス窓越しに目が合ったエレオノーラに招き入れられ、家業で作った香水を売る店だと教えてもらった。

 エリクとエレオノーラが知り合った経緯を説明するとアランは口笛を吹いてニヤニヤとした目つきになった。口説きともからかいともとれるやりとりを窘め、お礼と挨拶を兼ねて、ともらった香水をそして挨拶をして別れた。

 翌日に忘れ物を届けに隊舎に来て。そしてエレオノーラのいる店に尋ねにいって。

 それから度々会うようになった。他愛ない話だった。お互いの家族や故郷、訓練中の出来事、エレオノーラが作っているという香水の試作品に付き合う。夢。話せば話すほど夢中になって帰るときが惜しく感じる。

 エレオノーラのことを考える時間が増えた。一日に一回か二回。段々と回数が多くなり、数え切れなくなった。今なにをしているのか、もしかしたらこの前言っていたことをしているのではと考えるようになった。

 夢にもエレオノーラが出てくるのに、時間はかからなかった。

 訓練にも身が入っていないと叱責された。食事中の手も止まりアランの呼びかけに気づいて慌ててかっこむ。入浴しているときも浴槽で転んで頭を打ち。周囲から心配されるようになった。

 おかしくなっている。自分でもわかっている。引き締めなければと、気合いを入れるが少し経つとぼけ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っとおかしくなってしまう。

 エレオノーラに会いたい。休日が待ち遠しい。ただ煩悶とするしかなかった。

それから更に半年後。訓練期間を終えて正式な騎士として叙任した。

 まず、アランや仲間達と喜びあった。故郷の皆にも喜びを伝えた。だが、エレオノーラからのお祝いは格別だった。

「素敵。どこからどう見ても一人前ね」

 それまで着用していた緑色の制服から蒼の制服に代った自分を褒めてくれた。証として受け取った銀の時計、そしてマントを見せると自分のことのように祝福を述べ、余計エリクは誇らしくなった。

「もう騎士見習い様、とは呼べないのね」

 出会ったばかりの名乗りをからかうエレオノーラに、憮然となりながらエリクも返す。

「ありがとう。そうしてくれると助かる。小鳥ちゃん」
「ふふ。やぁだ、もう。そんなにこわい顔で」

 なにがおかしいのか。冗談を冗談で返したつもりだったエリクだが、エレオノーラの笑顔を前にすると一緒に頬が緩んでしまう。

 二人で会うときに利用するカフェで、またいつものように夢中で話す。話した内容も、正直覚えていないくって、時が過ぎるのも忘れてしまうくらいに

「もうこんな時間か。そろそろ帰ろう」
「あ・・・・・・・・・・。そうね」

 窓の外が暗くなっているのに気づいたが、同意したエレオノーラは、名残を惜しんでいるようだ。もしかして、もっと自分と一緒にいたいのだろうか。

 自分と同じ気持ちなのかと、期待してしまう。

「送るよ」

 そう告げると、花が咲いた。

 エレオノーラの表情に。そしてエリクの心に。

 冬と春の隙を縫うような寒さが残っている季節だ。雲は厚く、空をどんよりとした灰色に彩っている。

 夕日が沈むのは遅くなったが、風が通り抜けていくと手が凍るように冷たくなり、頬が斬られたかのようだ。息をするたびに漏れる息も道ばたに積もっている雪に重なって消えていく。

 ぽつりぽつりとしたやりとりが静かになり、やがて互いに沈黙した。気まずいというわけでなく、話題が尽きたというわけでもない。もっとずっと一緒にいたいという寂寥の念が滲んでいる自分を肌で感じる。

 もしかしてエレオノーラも自分の気持ちを察したのだろうか。空気がほんの少しでも裂かれれば身が保たないほどの緊張が、二人の間に立ちこめていく。

「くしゅんっ」

 裂かれた。

 心臓と目玉が飛びだしてしまうくらいの衝撃波がエリクを襲う。警戒する猫、あるいは猛獣のような様相を呈しながら爆心地へと意識をむける。

 暖かそうな外套を着ているエレオノーラがぶるりと震えている。少し赤らんだ手に息を溜めて暖を取る仕草、指先を擦っている。

 自らが着ているマントを、被せた。エリクの体格に合わせたのだからエレオノーラにはだいぶ大きめだ。

「一緒にいる女性に風邪を引かせたら、騎士の名折れだ」

 エレオノーラの表情に、じんわりと温もりに満ちていく。彼女の瞳の中に自分が映っているのを見て耐えられず、視線を前に戻した。

「春はまだ先だな」

 建物の軒先から垂れる氷柱の細さと短さを眺めていると、今から待ち遠しい。

「来なくてもいいわ。春なんて」
「え?」

 意外な返答だった。たしか春が好きだと彼女から言っていたのに。
 
「だって、そうしたらエリクにこうしてもらえないでしょう?」
「っっっ。けど、春になったら色々行けるだろうっ」
「ふふ、」

 それから意地のようになって、野遊び(ピクニック)や野駈け、おもいつくかぎりの提案をしていくがエレオノーラのふふ、ふふふふ、という笑みが大きくなっていく。

 だが、いつしかその気になったらしい。家に着いたら春に行く場所について決めようと言いだしたのだ。夜になれば気温はもっと下がる。お茶を飲みながら温まってから帰ればよいと。

 魅力的なことだが、ぐっっっと耐えた。歯を食いしばるほど。そして考えこむ。まだ定められた刻限よりはだいぶあるが、それでも予感があるのだ。きっと彼女と一室にいたら、帰れなくなると。

 自分がとんでもないことになると。

 叙任して早々、そんなことをして規則を破ったら位を取り上げられてしまう。入団に伴って訓示を行った副団長にこってり絞られるのが想像できてしまうのだ。

「エリク?」
 
 立ち止まった自分に合わせて、くるりと踵を返そうとしたエレオノーラが不安定に揺れた。雪解けの水が石畳の上で冷えて凍ってしまった弊害か。足を滑らせた彼女におもわず抱きとめに入った。

「あぶ――――」

 腕の中で身動ぎもしないですっぽりと収まっている。大胆なことをしてしまったと後悔し。

 固まり、そして爆発した。

 頭が。血管が。神経が。心臓が。

 それでいて、エリクはどこか冷静だった。

 未婚女性は夜会の舞踏などを除いて、夫以外の殿方が触れていい相手ではないという常識もどこかで誰かが囁いている。おずおずと慎重にこちらを見上げるエレオノーラの可愛らしさ、美しさ、顔のパーツ、造詣の一つ一つを解説できるほどに。

 しかし、離れない。離したくない。
 
(ああ、そうか)

「エ・・・・・・・・・・リク?」

 エリクはこのとき理解した。

 たしかに、これはダメだ。どれだけ高い志を胸に抱いていても。どれだけ厳しい罰則と規則があってもこれは破ってしまう。

 彼らも皆同じだったのだ。

「愛している」

 これほど好きになった相手と一緒なら、誰だって帰れなくなって当たり前だと。

 エレオノーラは、一瞬ビクリとした。力を抜けた両腕を背中へと回し、そのままゆっくりと抱きしめ返してくる。

 胸に当てて隠れていた瞼を閉じさせながらこちらに顔を近づけてくる。同様にエリクも引き寄せられていくのをとめられない。

 唇を重ねた。

 溶ける。痺れる。焼かれる。心地よい。間髪なく味わう苦しい快感は波のように押し寄せ、意識が幸福な海の底に溺れていく。

(愛している)

 もう一度心の中で唱えた。
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