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四章
三十五話 ~魚介、弾む舌~
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シャルを屋敷に連れて帰る道のりは、意図しない出来事の連続だった。エドモンと遭遇したことはその最たるものだったが、適当にあしらい誤魔化しその場を急いで立ち去ることは難しいことではなかった。
万事休すとおもわれた局面は、何度も潜り抜けている。思考を高速で回転させその場にふさわしい立ち回りをすることは体に染みついている。伊達や酔狂で騎士隊を率いてはいられないのだ。
あとは脱兎のごとく離脱する。そしてゆっくりと夕食をいただき風呂に入り、明日に備えて睡眠をとる。そうして今日の苦労を振り返り一日を終える。
そう。そのはずだった。
「どうしてこうなっているんだろうなぁ・・・・・・・・・」
「旦那様。どうかされまして?」
呑気に小首を傾げているシャルの横で、がっくり肩を落とし突っ伏する。
「ちょうどいい。付き合え」
その一言に対して、咄嗟に断る理由が浮かばなかった。半ば圧がある強引な誘い、そして引き摺られるようにエドモン行きつけの店にあれよあれよという間に案内されるしかなかった。
個室のある店だった。シャルも連れてくるしかなかったのでそこだけはありがたかった。酒を中心に楽しむ店だからか、夜ももう遅いというのに中々繁盛している。
「エドモン卿はこちらによく来られるんですの?」
「ああ、女を連れてくるのに都合がいいし。酒場宿のような場所は嫌いだ。品がないし騒がしい」
「さかばやど?」
「お前は辺境から来たのか?」
「シャルはド田舎から来たのです。それに王都に来てから働き詰めで外にも出れていないくらい熱心ですし」
「まあいい」
「しかし、エドモン卿。何故私達を?」
「敬語は使わなくていい」
「は?」
「敬語は抜きだ。少し調べたが、俺とお前は年齢がそう変わらんのだろう」
「しかし――――」
「今俺達は勤務外だろう。それに、食事中もそうへりくだられたくは不味くなる」
「エドモンはどうして私達を連れて来たんですの?」
「いやお前には言ってないぞ」
「あら、」
「エドモン?」
俺がそう言うと、彼はそれでいいとばかりに得意げな顔に。
「どうして俺達を?」
「むしゃくしゃしていた。それだけだ」
「だが、他にも知り合いはいるんじゃないのか?」
「なんだ? 不満か」
「そういうわけじゃないが。お前謹慎しているんじゃないのか」
「知っているのか。だったら尚更いい」
(なんだ?)
にやりと不敵に笑うエドモン。気持ち悪いというよりも得体のしれないという認識。意図を読めない。エドモンとは一悶着あったし、一度厳しく責めてしまった。そんな俺とわざわざ食事を一緒にするだなんて。それも女中であるシャルも共にしてだ。
「ここは酒だけでなく、魚介が美味しい」
「まあ、ジャンも一緒に来ればよかったのに。あの子そういうお料理好きなんですのよ」
主を置いてそそくさと帰宅したジャンヌを非難するでもなく、脳天気に意気投合している二人を見ていると、最後に目にした彼女を想起してしまう。
『先にマリーさんとサムさんに知らせて参りますね』
逃げやがった。そうおもった。
そうこうしていると、食事が運ばれて来た。
ロブスターのガーリックオイル丸焼きだ。エドモンは馴れた手つきでそのままとって、殻を割っていき、綺麗に出てきた身に齧りつく。
貴族でも甲殻類は人気だが、殻ごと調理されたのは好まれていない。優雅に食べられず、手を汚すことにもなるからだ。
(シャルには難しいんじゃないか?)
特に女性は避ける傾向が強い。テーブルマナーから外れる料理なんて食べたこともないはず。
「はい?」
しかし杞憂だった。エドモンに倣って食べ進めている彼女はなんともおそれしらず。迷った素振りすらなかったんじゃないだろうか。
「旦那様、このお料理美味しいですわ!」
「美味しいのはわかる! けどなあ!?」
どう見ても気品なんてどこにもない。食べ方すら楽しんでいるようなシャルはまさに子供。気品や優雅とは対極にあって、とてもじゃないが王女とはおもえない。
「お前もせっかくだから食べたらどうだ? 食べたらそんな文句は言えなくなる」
「いや、文句どうこうじゃなく!」
「それとそのフード外せよ。それだと食べられないだろう」
「!? いや、しかし!」
「あ、」
シャルはなにを躊躇っているか見当がついたらしい。まずいことをしてしまったというバツの悪さで阿るようにシュンとしてしまった。
「お前の顔はもう慣れた。遠慮することはない」
言葉とともに、割られたロブスターが差し出された。ロブスターとエドモンを交互に見やり、
「俺達以外では見ている者もいない」
隣から投げかけられる、気まずそうな視線に押されたのもあった。やけくそ気味にフードをとる。新鮮な酸素と一緒に、食指を擽られる香りが鼻腔を刺激する。我慢できず、ロブスターに齧りついた。
・・・・・・・・・・たしかに美味い。
引き締まった身は弾力と噛みごたえがある。上品な甘さと濃縮された旨み、にんにく特有の強烈な風味が実によく合っている。
「気に入った、のか?」
「ああ、悪くない」
「素直に美味しいとおっしゃってもかまわないのではありませんか?」
「~~~!」
「お前はよくわかったな」
「旦那様は美味しいと感じたときと喜んでいるとき、尻尾がこのようになるんですのよ」
「ああ、成程な」
「おいシャル!」
「いいことを教えてもらったな。褒めてやろう」
馬鹿にされているという気持ちが強くなり、そのまま殻を割り食べ進めるということを繰り返していると、酒も運ばれて来た。炭酸入りの白葡萄酒だ。料理との相性は
抜群でどちらの良さも引き立たせている。
あっというまに食べ終わった。するとすぐに更に新しい料理、ムール貝のワイン蒸しが運ばれてくる。これも絶品で酒が進む。量自体は少ないが、充分満足できる味わいだった。
最後にきたのはユイットル(牡蠣)のアヒージョと香草が入っているバケットだ。
「そのままでもいけるが、バケットに載せて食べるとたまらないぞ」
薦められた食べ方をしてみると、おもわず感嘆が漏れる。ほんのりとした苦み、濃厚なコクのあるユイットル(牡蠣)。そしてカリカリのバケットの相性はたしかにたまらない。
「ほう・・・・・・・・・・」
シャルも、最早言葉にならないらしい。表情筋がすべて蕩けている。
「美味いか、美味いだろう! ここは俺のお気に入りだからな! なんだったらお前もこれからここに来るといい!」
「尻尾で判断するのはやめろ!」
元々魚を扱う仕事をしていた業者が、余った貝や魚介類・処分しなければいけない品々がもったいないと考えた。そしてここの店主が話を聞き、美味しさや食べ方を発見したのだとエドモンは語ってくれた。
なんとも面白い話だ。満腹気味ということもあって、すっかり緊張感が抜けてシャルと揃って感心した。
「他に食べたい物はあるか? ここは食後のデセール(甘味)もいいぞ」
「いや、俺はいい」
もう満腹になったので、渡してきた品目表を断ろうとした。しかし、何気なく映った値段にぎょっとした。
料理名の欄に値段が書かれていなかったのだ。
高級店は値段の表記がないところばかり。俺の普段の給与ではおいそれと通えない場所だったんだと初めてわかった。
(さっき食べた料理も合計いくらする!?)
財布はあるが、足りるかどうか不安になってきたぞ。
「ではこれとこれとこれを食べてもよろしくて?」
「お前はこわいものしらずか!」
シャルはいつも金銭を払ったりする必要なんてなかったんだ。そんなこと気にせず食事をしていたに違いない。それどころか自身で買い物、いや金銭の概念すらない生活をしていたんだ。
今というときほどシャルが遠い存在におもえたことはない。
「おそろしい、シャル。お前はおそろしいな・・・・・・・!」
「どうして急に私に怯えるのですか!?」
「お前達は本当に主従か?」
「見ていると、なんだか面白いぞ。なんというか、恋人のようだ」
「な、」
「そ、そう見えます?」
「だから言っている」
「い、いえ、そう見えてしまったのなら、ねぇ?」
なにがねぇ? なんだ。
やめろ。エドモンに怪しまれるだろう。なにかあるとおもわれるだろう。
というか口の周りも汚いし。まだキチンと拭けていないところが残っている。
「気にする必要はない。今日は俺が出そう」
シャルの口元を拭っていると、酒を飲みながらエドモンが提案してくれた。なんともありがたい話だが、
「大変だったらしいじゃないか。財務大臣の元へ行ったんだろう?」
「! 何故知ってる?」
「父がそういう話をしていた。家にも騎士や役人が来て大臣のことを聞きに来たしな。共に仕事をする機会が多く、交流も持っていたし」
まったく、迷惑なことだと不満そうに酒を呷った。
「で? どうなんだ? 大臣は。見つかりそうなのか?」
「おいそれと機密を漏らせるわけがないだろう」
「いいじゃないか。奢ってやったし。同じ騎士だろう?」
「お前謹慎になってるじゃないか」
「なんだ、知ってたのか」
「ここで食事していることがバレたら、また大目玉を喰らうだろう。最悪、騎士も辞めることになるぞ」
「はっはっは! まさかそんなこと!」
こいつはどうしてここまで高を括っていられるんだろう。充分ありえるというのに。度重なる規律違反、そして問題行動を続けていれば爵位も父親の権力でも庇えない。
「あの、エロモン様?」
「エドモンだっっ失礼だろうっ」
「騎士様と役人が来られたのですよね?」
「ああ、そうだよっ。それがなんだっ」
「どんなお話をされたのでしょうか?」
「関係ないだろう! いや、聞いてはいるが使用人のお前には関係ない!」
「関係なくはございません」
「なにがだ!」
「シャル?」
一体どうしたのだろう。いやに執拗だ。さっきまでとは打って変わって真剣な眼差しをしている。
「もしかして疑われているかもしれませんでしょう?」
「なに?」
「あ」
そうだ。そのとおりだ。巡っていた酔いが覚めそうだ。
騎士を辞める辞めないどころではなく、それ以上に酷いことになりかけている。
陛下も殿下も、怪しい人物を挙げていき残ったのが財務大臣。それと交流を持っていたエドモンの父。そして見つかっていない大臣の行方。調査に来たというのは
怪しいとおもった人物は一人ではないはず。その中にエドモンの父親もいたら?
二人でグルになり、企てていたとしたら。
今回の一件に関わりがあると睨んでいる。そうおもっての行動では?
辻褄が合う。
「ち、違う! そんな大それたことするわけないだろう!」
だとするなら、命を狙われている本人シャルにとっても無関係ではない。
「じゃあどうして外に出歩いている?」
「ただ家にいてもつまらなかっただけだ! 父もピリピリしているし使用人達も暗い! 気が滅入る!」
「じゃあどうして俺達を誘った? シャルまでも」
「ひ!? な、なんだ急に近寄って! お前なんてこわくないぞ! 慣れたと言っただろうに!」
問い詰めなければ気が済まない。逃げられないように前のめりになって肩を掴む。
「それにどうして疑う!? 奢ってやっただろうに!」
「それは――――」
「それはエドモン様がそういう御方だからです!」
「!」
「な、俺が?」
「物で釣ったり人を顎で使ったりお金や権力でなんでもかんでも好き放題する御方です! そういう輩には同じ人しか寄ってこないとお母様がおっしゃっていました!」
「!!??」
「打算や見返り、栄華! それを求めている人はずる賢く! 本心と言葉はまったく別のところにあるのだと!」
「な、な、な、」
まさかもまさか。
シャルが俺の心を読んだかのように鋭い指摘をかましてきたじゃないか。
この子のこんな鋭い一面があったのか。信じられない。
「ひっく、」
酔っている?
まさか酒のせい?
「そ、それとこれとどう関係があるんだ! もし万が一! 俺になにか目的があってこいつに近づいたとしても! たかが使用人のお前に関係ないだろう!」
「関係あります!」
本格的にまずい。
酔ったシャルがなにを口走るのか、たまらずエドモンから離れて止めようと動き。
「そのような御方と旦那様が一緒にいることが知られたら、旦那様もいらぬ疑いをかけられます!」
「!!」
そして、体が硬直した。
「そうなったら旦那様は騎士を辞めることになるかもしれませんのよ!? 旦那様は一生懸命お役目に努めているのに!」
厳しく激しく糾弾するシャルに、エドモンは一言一言ごとに斬られたときのようなリアクションをしている。
「第一貴方はそこまで近くに寄られてどうして怯えるのですか! 代ってほしいくらい羨ましいというのに!」
「シャル・・・・・・・」
「私だってまだそんな風にお顔を間近で見られたことはございませんのに!」
「シャル・・・・・・・・・・!」
「それに、 たしかにお料理は美味しかったですが旦那様が一番お好きなのはお肉のお料理と甘い物です!」
「シャル!!」
いよいよ関係のなくなってきたところで止める。
エドモンは大変なショックを受けたようで、項垂れている。哀愁が漂っていて触れるだけで崩れてしまいそうな、脆い印象しかない。
「シャル。お前、そんなことを考えていたのか?」
「それ以外になにがございます?」
「いや、だって、お前、お前・・・・・・・・・・」
「?」
言葉にならなかった。
だってそうだろう。この子は、危ういときだというのに俺のことを考えていた。
エドモンを問いただしたのも。今怒っていたのも。
ただひとえに、俺のため。
ふつふつとした嬉しさは、隠しようがない。
「旦那様?」
ひょっこりと下から覗きこもうとしてくる。赤らんだ頬ととろんとした目尻、やや焦点が合ってないふわふわとしたシャルが視界いっぱいに広がる。彼女を捉えたままでいると嬉しさだけでない感情が占めていく。
「詫びがしたかった・・・・・・・」
「え?」
「ただ、詫びたかった。それだけだ・・・・・・」
それだけ絞り出すと、エドモンは物言わぬ置き象と化し、店内の騒々しい静けさが再び戻ってきた。
万事休すとおもわれた局面は、何度も潜り抜けている。思考を高速で回転させその場にふさわしい立ち回りをすることは体に染みついている。伊達や酔狂で騎士隊を率いてはいられないのだ。
あとは脱兎のごとく離脱する。そしてゆっくりと夕食をいただき風呂に入り、明日に備えて睡眠をとる。そうして今日の苦労を振り返り一日を終える。
そう。そのはずだった。
「どうしてこうなっているんだろうなぁ・・・・・・・・・」
「旦那様。どうかされまして?」
呑気に小首を傾げているシャルの横で、がっくり肩を落とし突っ伏する。
「ちょうどいい。付き合え」
その一言に対して、咄嗟に断る理由が浮かばなかった。半ば圧がある強引な誘い、そして引き摺られるようにエドモン行きつけの店にあれよあれよという間に案内されるしかなかった。
個室のある店だった。シャルも連れてくるしかなかったのでそこだけはありがたかった。酒を中心に楽しむ店だからか、夜ももう遅いというのに中々繁盛している。
「エドモン卿はこちらによく来られるんですの?」
「ああ、女を連れてくるのに都合がいいし。酒場宿のような場所は嫌いだ。品がないし騒がしい」
「さかばやど?」
「お前は辺境から来たのか?」
「シャルはド田舎から来たのです。それに王都に来てから働き詰めで外にも出れていないくらい熱心ですし」
「まあいい」
「しかし、エドモン卿。何故私達を?」
「敬語は使わなくていい」
「は?」
「敬語は抜きだ。少し調べたが、俺とお前は年齢がそう変わらんのだろう」
「しかし――――」
「今俺達は勤務外だろう。それに、食事中もそうへりくだられたくは不味くなる」
「エドモンはどうして私達を連れて来たんですの?」
「いやお前には言ってないぞ」
「あら、」
「エドモン?」
俺がそう言うと、彼はそれでいいとばかりに得意げな顔に。
「どうして俺達を?」
「むしゃくしゃしていた。それだけだ」
「だが、他にも知り合いはいるんじゃないのか?」
「なんだ? 不満か」
「そういうわけじゃないが。お前謹慎しているんじゃないのか」
「知っているのか。だったら尚更いい」
(なんだ?)
にやりと不敵に笑うエドモン。気持ち悪いというよりも得体のしれないという認識。意図を読めない。エドモンとは一悶着あったし、一度厳しく責めてしまった。そんな俺とわざわざ食事を一緒にするだなんて。それも女中であるシャルも共にしてだ。
「ここは酒だけでなく、魚介が美味しい」
「まあ、ジャンも一緒に来ればよかったのに。あの子そういうお料理好きなんですのよ」
主を置いてそそくさと帰宅したジャンヌを非難するでもなく、脳天気に意気投合している二人を見ていると、最後に目にした彼女を想起してしまう。
『先にマリーさんとサムさんに知らせて参りますね』
逃げやがった。そうおもった。
そうこうしていると、食事が運ばれて来た。
ロブスターのガーリックオイル丸焼きだ。エドモンは馴れた手つきでそのままとって、殻を割っていき、綺麗に出てきた身に齧りつく。
貴族でも甲殻類は人気だが、殻ごと調理されたのは好まれていない。優雅に食べられず、手を汚すことにもなるからだ。
(シャルには難しいんじゃないか?)
特に女性は避ける傾向が強い。テーブルマナーから外れる料理なんて食べたこともないはず。
「はい?」
しかし杞憂だった。エドモンに倣って食べ進めている彼女はなんともおそれしらず。迷った素振りすらなかったんじゃないだろうか。
「旦那様、このお料理美味しいですわ!」
「美味しいのはわかる! けどなあ!?」
どう見ても気品なんてどこにもない。食べ方すら楽しんでいるようなシャルはまさに子供。気品や優雅とは対極にあって、とてもじゃないが王女とはおもえない。
「お前もせっかくだから食べたらどうだ? 食べたらそんな文句は言えなくなる」
「いや、文句どうこうじゃなく!」
「それとそのフード外せよ。それだと食べられないだろう」
「!? いや、しかし!」
「あ、」
シャルはなにを躊躇っているか見当がついたらしい。まずいことをしてしまったというバツの悪さで阿るようにシュンとしてしまった。
「お前の顔はもう慣れた。遠慮することはない」
言葉とともに、割られたロブスターが差し出された。ロブスターとエドモンを交互に見やり、
「俺達以外では見ている者もいない」
隣から投げかけられる、気まずそうな視線に押されたのもあった。やけくそ気味にフードをとる。新鮮な酸素と一緒に、食指を擽られる香りが鼻腔を刺激する。我慢できず、ロブスターに齧りついた。
・・・・・・・・・・たしかに美味い。
引き締まった身は弾力と噛みごたえがある。上品な甘さと濃縮された旨み、にんにく特有の強烈な風味が実によく合っている。
「気に入った、のか?」
「ああ、悪くない」
「素直に美味しいとおっしゃってもかまわないのではありませんか?」
「~~~!」
「お前はよくわかったな」
「旦那様は美味しいと感じたときと喜んでいるとき、尻尾がこのようになるんですのよ」
「ああ、成程な」
「おいシャル!」
「いいことを教えてもらったな。褒めてやろう」
馬鹿にされているという気持ちが強くなり、そのまま殻を割り食べ進めるということを繰り返していると、酒も運ばれて来た。炭酸入りの白葡萄酒だ。料理との相性は
抜群でどちらの良さも引き立たせている。
あっというまに食べ終わった。するとすぐに更に新しい料理、ムール貝のワイン蒸しが運ばれてくる。これも絶品で酒が進む。量自体は少ないが、充分満足できる味わいだった。
最後にきたのはユイットル(牡蠣)のアヒージョと香草が入っているバケットだ。
「そのままでもいけるが、バケットに載せて食べるとたまらないぞ」
薦められた食べ方をしてみると、おもわず感嘆が漏れる。ほんのりとした苦み、濃厚なコクのあるユイットル(牡蠣)。そしてカリカリのバケットの相性はたしかにたまらない。
「ほう・・・・・・・・・・」
シャルも、最早言葉にならないらしい。表情筋がすべて蕩けている。
「美味いか、美味いだろう! ここは俺のお気に入りだからな! なんだったらお前もこれからここに来るといい!」
「尻尾で判断するのはやめろ!」
元々魚を扱う仕事をしていた業者が、余った貝や魚介類・処分しなければいけない品々がもったいないと考えた。そしてここの店主が話を聞き、美味しさや食べ方を発見したのだとエドモンは語ってくれた。
なんとも面白い話だ。満腹気味ということもあって、すっかり緊張感が抜けてシャルと揃って感心した。
「他に食べたい物はあるか? ここは食後のデセール(甘味)もいいぞ」
「いや、俺はいい」
もう満腹になったので、渡してきた品目表を断ろうとした。しかし、何気なく映った値段にぎょっとした。
料理名の欄に値段が書かれていなかったのだ。
高級店は値段の表記がないところばかり。俺の普段の給与ではおいそれと通えない場所だったんだと初めてわかった。
(さっき食べた料理も合計いくらする!?)
財布はあるが、足りるかどうか不安になってきたぞ。
「ではこれとこれとこれを食べてもよろしくて?」
「お前はこわいものしらずか!」
シャルはいつも金銭を払ったりする必要なんてなかったんだ。そんなこと気にせず食事をしていたに違いない。それどころか自身で買い物、いや金銭の概念すらない生活をしていたんだ。
今というときほどシャルが遠い存在におもえたことはない。
「おそろしい、シャル。お前はおそろしいな・・・・・・・!」
「どうして急に私に怯えるのですか!?」
「お前達は本当に主従か?」
「見ていると、なんだか面白いぞ。なんというか、恋人のようだ」
「な、」
「そ、そう見えます?」
「だから言っている」
「い、いえ、そう見えてしまったのなら、ねぇ?」
なにがねぇ? なんだ。
やめろ。エドモンに怪しまれるだろう。なにかあるとおもわれるだろう。
というか口の周りも汚いし。まだキチンと拭けていないところが残っている。
「気にする必要はない。今日は俺が出そう」
シャルの口元を拭っていると、酒を飲みながらエドモンが提案してくれた。なんともありがたい話だが、
「大変だったらしいじゃないか。財務大臣の元へ行ったんだろう?」
「! 何故知ってる?」
「父がそういう話をしていた。家にも騎士や役人が来て大臣のことを聞きに来たしな。共に仕事をする機会が多く、交流も持っていたし」
まったく、迷惑なことだと不満そうに酒を呷った。
「で? どうなんだ? 大臣は。見つかりそうなのか?」
「おいそれと機密を漏らせるわけがないだろう」
「いいじゃないか。奢ってやったし。同じ騎士だろう?」
「お前謹慎になってるじゃないか」
「なんだ、知ってたのか」
「ここで食事していることがバレたら、また大目玉を喰らうだろう。最悪、騎士も辞めることになるぞ」
「はっはっは! まさかそんなこと!」
こいつはどうしてここまで高を括っていられるんだろう。充分ありえるというのに。度重なる規律違反、そして問題行動を続けていれば爵位も父親の権力でも庇えない。
「あの、エロモン様?」
「エドモンだっっ失礼だろうっ」
「騎士様と役人が来られたのですよね?」
「ああ、そうだよっ。それがなんだっ」
「どんなお話をされたのでしょうか?」
「関係ないだろう! いや、聞いてはいるが使用人のお前には関係ない!」
「関係なくはございません」
「なにがだ!」
「シャル?」
一体どうしたのだろう。いやに執拗だ。さっきまでとは打って変わって真剣な眼差しをしている。
「もしかして疑われているかもしれませんでしょう?」
「なに?」
「あ」
そうだ。そのとおりだ。巡っていた酔いが覚めそうだ。
騎士を辞める辞めないどころではなく、それ以上に酷いことになりかけている。
陛下も殿下も、怪しい人物を挙げていき残ったのが財務大臣。それと交流を持っていたエドモンの父。そして見つかっていない大臣の行方。調査に来たというのは
怪しいとおもった人物は一人ではないはず。その中にエドモンの父親もいたら?
二人でグルになり、企てていたとしたら。
今回の一件に関わりがあると睨んでいる。そうおもっての行動では?
辻褄が合う。
「ち、違う! そんな大それたことするわけないだろう!」
だとするなら、命を狙われている本人シャルにとっても無関係ではない。
「じゃあどうして外に出歩いている?」
「ただ家にいてもつまらなかっただけだ! 父もピリピリしているし使用人達も暗い! 気が滅入る!」
「じゃあどうして俺達を誘った? シャルまでも」
「ひ!? な、なんだ急に近寄って! お前なんてこわくないぞ! 慣れたと言っただろうに!」
問い詰めなければ気が済まない。逃げられないように前のめりになって肩を掴む。
「それにどうして疑う!? 奢ってやっただろうに!」
「それは――――」
「それはエドモン様がそういう御方だからです!」
「!」
「な、俺が?」
「物で釣ったり人を顎で使ったりお金や権力でなんでもかんでも好き放題する御方です! そういう輩には同じ人しか寄ってこないとお母様がおっしゃっていました!」
「!!??」
「打算や見返り、栄華! それを求めている人はずる賢く! 本心と言葉はまったく別のところにあるのだと!」
「な、な、な、」
まさかもまさか。
シャルが俺の心を読んだかのように鋭い指摘をかましてきたじゃないか。
この子のこんな鋭い一面があったのか。信じられない。
「ひっく、」
酔っている?
まさか酒のせい?
「そ、それとこれとどう関係があるんだ! もし万が一! 俺になにか目的があってこいつに近づいたとしても! たかが使用人のお前に関係ないだろう!」
「関係あります!」
本格的にまずい。
酔ったシャルがなにを口走るのか、たまらずエドモンから離れて止めようと動き。
「そのような御方と旦那様が一緒にいることが知られたら、旦那様もいらぬ疑いをかけられます!」
「!!」
そして、体が硬直した。
「そうなったら旦那様は騎士を辞めることになるかもしれませんのよ!? 旦那様は一生懸命お役目に努めているのに!」
厳しく激しく糾弾するシャルに、エドモンは一言一言ごとに斬られたときのようなリアクションをしている。
「第一貴方はそこまで近くに寄られてどうして怯えるのですか! 代ってほしいくらい羨ましいというのに!」
「シャル・・・・・・・」
「私だってまだそんな風にお顔を間近で見られたことはございませんのに!」
「シャル・・・・・・・・・・!」
「それに、 たしかにお料理は美味しかったですが旦那様が一番お好きなのはお肉のお料理と甘い物です!」
「シャル!!」
いよいよ関係のなくなってきたところで止める。
エドモンは大変なショックを受けたようで、項垂れている。哀愁が漂っていて触れるだけで崩れてしまいそうな、脆い印象しかない。
「シャル。お前、そんなことを考えていたのか?」
「それ以外になにがございます?」
「いや、だって、お前、お前・・・・・・・・・・」
「?」
言葉にならなかった。
だってそうだろう。この子は、危ういときだというのに俺のことを考えていた。
エドモンを問いただしたのも。今怒っていたのも。
ただひとえに、俺のため。
ふつふつとした嬉しさは、隠しようがない。
「旦那様?」
ひょっこりと下から覗きこもうとしてくる。赤らんだ頬ととろんとした目尻、やや焦点が合ってないふわふわとしたシャルが視界いっぱいに広がる。彼女を捉えたままでいると嬉しさだけでない感情が占めていく。
「詫びがしたかった・・・・・・・」
「え?」
「ただ、詫びたかった。それだけだ・・・・・・」
それだけ絞り出すと、エドモンは物言わぬ置き象と化し、店内の騒々しい静けさが再び戻ってきた。
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