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四章

三十一話 ~露呈~

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隊舎に戻ってからも落ち着く暇もない。各隊への連携と情報交換、そして押収した証拠品の点検。連行した使用人の取り調べ。この頃の忙しさとはかけ離れた異常事態の空気が騎士団全体に張りつめている。

「俺達にもなにか命令あるかな」

 がらんとしている食堂でそんな話をしていると、この世界にはアランと二人しかいないという錯覚に陥ってしょうがない。夜食のスープも塩漬け肉の味気なさが際だってしまう。

 待機命令が下っているとはいえ、僅かながらの仮眠時間を交代で取っている。非番の騎士にも連絡が伝わり出勤してきて動いている。

「そりゃあな」
「もしかしたら離宮のほうに騎士団から何隊か増援出されるんじゃないか」
「それだったら、軍から一部の部隊を派遣する可能性が高い」
「そりゃそうか。あんなもん屋敷に運びこんでたんだもんなぁ。王都外だと軍のほうが動きやすいし」

 武器の量は、大臣の財力を考えれば不思議ではない。だが、あまりにも多すぎるし、屋敷にいた人数と合わない。軍の中隊規模にまで匹敵する。それで一体なにをしようとしていたのか。考えられることは一つ。

 反乱しか考えられない。

 王女の襲撃も、すべて大臣の手によるものだとすれば。王女の暗殺によって国全体が動揺している間に武装蜂起する。そうして王政を、国を転覆する。最初からそんな計画をたてていたとすれば。

「けどよ。万が一、暗殺も反乱が成功したとしてもさ。軍も各地に領地が持っている貴族も残ってるわけだろ? 国民もいる。それらを全部従わせられるか? 反乱者が」
「そういうのも事前に手回しできるまで、反乱はおこすつもりはなかったんじゃないか」
「じゃあどうして王女は暗殺されそうに?」
「それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 黙りこんでしまうと、アランはそれから自分の考えを述べだした。他の国と手を組んでいるんじゃないかとか。他にも仲間がいるんじゃないかとか。どれもありえそうだが、別のことが頭から離れない俺からすれば、相づちをなんとか打つだけで精一杯だ。

(シャルはどうしているだろう)

 そう。気になってしょうがないのは、彼女のことだ。

 今は隊舎を離れている団長に、襲撃者のことも伝えた。苦虫を噛み潰したようになった団長は、諸々の報告と打ち合わせのため王宮や関係各署を駆け回っている。ただ一つ、待機していろと命じられた。

「どうした? 妙にソワソワして」
「してない」
「いや。尻尾が――――」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「流石にお前でも緊張してるってことかシャルロット王女は・・・・・・・・・・・・・」
「ん?」
「いや、だから王女だよ王女」
「ああ、シャルか。彼女がどうした?」
「ん? シャル?」
「シャルロット王女のことだ。うん。すまん、間違えた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・それで?」

 少し怪訝がられた。あぶない。

 ふとしたとき、シャルのことが浮かんでしまう。今のように彼女のことを話しそうになってしまうほど。

 屋敷にいて大丈夫なのか? 居場所は知られていないか? 今こうしているうちにもシャルは。俺と一緒にいることを知られないようにという配慮。そして陛下達がどう動くか勝手な判断はできないというのは重々承知している。

 彼女の護衛をしているなら、ここで呑気に飯を食っている場合じゃないんじゃないか?  

 そんな不安がふと過ぎると、サムとの話にも集中ができなくなってしまう。騎士としてなら当たり前の行動が。部下達の手前とらなければ行動、態度の一つ一つが焦れったい。戻ってこない団長、陛下と殿下に早くなにか命令してきてくれと願わずにいられない。

 無事をたしかめたい。そんな衝動を騎士らしくあれ、と自制するたび、反発するような苛立ちとも不甲斐なさ。形容できない感情が疼く。疼いてしょうがないんだ。

(変だ、俺)

「王女は、離宮にいるままか?」
「どうだろうな。もしかして、どこかに移るかもしれないけど。でも、それこそ次はどこに移すかって話よ」
「そうか・・・・・・・・・・・・・・・そうだな」
「あ。でも良いことおもいついた」
「なんだ?」
「正体を隠してどこかの貴族のところに行ってもらうとか」
「!?」
「それか平民とかに変装させてこっそりどこかで暮らしてもらうっていうのは?」
「!?!?」
「あ、それかどこかの使用人に紛してもらうってのもありじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まさか王女がそんなことするなんて誰もおもわんだろー」
「 ソ ウ ダ ナ 」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・こいつもう全部知ってるんじゃないか? 今のシャルの境遇を言い当てているぞ。

「ま、まぁ俺達がここで言っていても。決めるのは上だ」
「それもそうだな。なぁエリク」
「ん?」
「お前、ナイフでスープ飲むの?」
「・・・・・・・・・・・・・」

(しっかりしろ俺)

「あの、失礼いたします」
「ん?」

 スープに浸して柔らかくしたパンを詰め込んでいるところで困った様子の騎士がやってきた。普段は出入り口の警備、出入りした人間を記録している者だ。

「隊長に会いたいという人が来ているのですが」
「誰だ?」
「屋敷の使用人だと。荷物を届けに来たそうですが」
「・・・・・・・・・・・・・わかった」

 緊急事態ということで、入り口の前で待ってもらっているらしい。残っている夜食をすべて平らげてからそのまま向う。

「いや~~。できた使用人だね~~~。俺んところの実家の奴らにも見習ってもらいたいぜ」
「なんでついてくる?」
「だってマリーちゃんかもしれないじゃん」
「お前なぁ・・・・・・・・・・・・今がどういうときか。うん?」

 入り口に近づくにつれて、緊張とも緊迫した空気が薄れていく。それだけじゃなく、妙な熱気、浮かれているような明るい話し声が大きくなってくるじゃないか。

(賑わっている?)

 だが、その原因はすぐに判明した。

「君可愛いね」
「どこの子?」
「恋人いる?」
「何歳?」
「え、ええ~~~~っと・・・・・・・・・・・・・・・・」

 入り口で佇んでいる女の子に、数人の隊員達が群がっていた。

 男所帯である騎士団に、隊舎に、女性が訪れることは少ない。そしてここ最近の忙しさ、異常事態で殺気立っている隊員達。色々な条件が重なったが故に隊員達の微妙な琴線が刺激されたんだろう。

 勿論悪い意味でだが。

「たく、あいつらしょうがねぇなぁ」

 呆れを含んでいる小さな笑いをするアランに、いつもなら同意できただろう。そして一喝して若い隊員達を追い払ってしまえば済むだけのこと。

 そう。そうなんだ。

「あれ、マリーちゃんじゃないな。誰だ? おいエリク」
「                       」
「エリク!?」

 失神しそうになった。

 取り囲まれている女性がただの女性だったならだ。

「あ、旦那様っ」

 今、どうしようもなく顔を見たかった、しかしこんな状況では会いたくなかった。どうしていいかわからず困惑していたシャルが、パアアッと表情を一変させた。失神しかけている俺からはなにも応えることができず、アランや隊員達の視線を一身に浴びるのを感じているだけだ。

 なんで来ているんだ。

「こんばんはっ。あの、これお着替えでございますっ。それとこれはもしよければですが簡単に食べられるようにとマリー様が」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・シャル」
「それにしても、大変なのでございますね。今晩はいつ帰れるかもわからないのでございましょう?」
「シャル・・・・・・・・・・・・・・・」
「」
「シャルウゥゥゥ・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

 なんで来ているんだ。

 そう聞きたくてしょうがないのに、頭が痛くてしょうがない。

(本当にこの子はぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・!)

 襲撃犯が。反乱を企てた者が判明したときに。護衛対象が出歩いてきてしまったという不測の事態に、言葉も出ない。

「あの、旦那様?」
「んんんんんんんん・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
「おいお前等、散れ! 命令は待機だぞ!」
「「「「「は、はい・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 若い隊員達が駈けながら去っていった。俺の隣まで来たアランにお礼を言いたい気分だが、そんなこともできずしゃがんだ姿勢を崩せない。

「おい、エリク。この子は、お前の女中か?」
「あ? ああ、そうなんだ・・・・・・・・・・・・・が?」

 血の気が引いていく。何故ならアランはシャルロット王女の顔を知っている。シャルロットはアランを覚えているかどうかたしかではないが、アランは確実に知っている。例え使用人に扮していただけでわからなくなるエドモンとは違って優秀な男だ。

「シャルと申します。一月程前から――――」
「馬鹿!」
「わぷ!?」

 自分が被っていたフードでシャルの顔を隠した。

「だ、旦那様、ふがほご?」
「静かにしていろっ。大変なことになるぞっっ」

 後ろからジタバタと藻掻きかけていたシャルを抱きとめ、言い聞かせる。するとなにかを察したのかピタッと静かになった。

「旦那様のかおり・・・・・・・・・・・・旦那様がわたくしをだきしめて・・・・・・・・・・・・♡」

 なにかブツブツ呟いているが、今はこれでよし。あとはぽかんとしているアランをなんとか誤魔化して。

 誤魔化して・・・・・・・・なんとか、なんとか・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 いやどう誤魔化す!?

 傍目からすればいきなり使用人の顔を塞ぎ、後ろから抱きついているだけ。怪しい、なにかある、と疑われるしかない状況だぞ!

「なにをなさっているんですか」
「な、ジャン!」
「ああ。どうぞそのままで。きっとこの子にとってはそれで喜んでいるとおもうので。それに」
「どうしてお前もいる!?」
「なぁ、エリク。その子もお前の家の?」
「あ、ああ。そうだが、いやそんなことよりも!」

 今はそれどころではない。

「・・・・・・・・・・・・なんで?」
「いやなんでって、ん?」
「どうも」

 挨拶するジャン、返しながら不思議そうなアランを交互に見ると、対照的だがどこか違和感を感じる。

(その子?)

「もしかしてアラン。ジャンと会ったことがあるのか?」
「ああ。というかお前もだろ」

 知っている様子を感じたが、ますます意味がわからなくなる。

「忘れたのか?この子王女の侍女じゃん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「前に隊舎に来た。それから王宮に行ったときにも王女の側にいただろ?」
「え? え、え?」
「・・・・・・・・・・・・・・・もう隠す必要もありませんね」

 一つ結びで纏めていた髪の毛を解き、布巾で顔をゴシゴシと拭う。再び顔を上げる。

「改めまして、エリク・ディアンヌ様。こちらのシャルロット王女殿下の身の周りのお世話をしております。ジャンヌです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 丁寧で、そして礼を失していない。徹底して身につけた自然な作法に則った恭しい挨拶。ただの平民にはできない気品さがある。いつもの日焼けした肌、そばかす、中性的な男性らしさは消えている。どこからどう見ても女性にしかおもえない顔つき、唇。

「国王陛下と殿下から連絡を頂き、シャルロット王女殿下をお連れいたしました」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
「これも預かっております。隊長への勅書です。どうぞこれより、共に王宮へ参りましょう」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「ああ、ご安心ください。サムさんにもマリーさんにも伝えてあります。それに屋敷も無事ですよ。そうでなかったら、ついでとはいえこうしてここに来ることもできませんので」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

 力が緩んでいく。押さえているシャルが、ズルズルと体から離れ、地面へと降り立ち、

「つまりはそういうことです」
「「どういうこと?」」

 アランの声と重なった。
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