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三章
二十九話 ~ふわふわな心~
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ふとした時に、シャルに尻尾を手入れされた夜を思い出す。
一つ一つが記憶にしっかりと刻まれている。彼女が紡いだ全ての一言も。触れていた優しげな手の柔らかさも。俺が抱いていた感情も余すことなく、思い出すたびにしっかりと蘇る。
そのたび、頭の中が爆発して顔の毛穴中から火が吹きそうな羞恥に悶えそうになる。とてつもなく・・・・・・恥ずかしいことをしてしまっていた・・・・・・! そうした後悔の底に沈んでいくのだ。
「どうかなさいましたか?」
「!? なんだマリーか」
朝食の給仕をしにきたのだろうマリーが小首を傾げている。シャルでなくてよかったと安心したが、これ以上醜態を晒したくはなく慌てながら居ずまいを直す。
「・・・・・・・・・・・・・」
しかし、マリーは不思議がっている様子のまま、配膳をしようとしない。じ~~~っと俺を、いや膝の上を見つめたままだ。
(なんだ?)
尻尾がとてつもなく奇妙な動きをしていた。
芋虫みたいにうようようよよ、と捩り捻れまくっていた。
「なんだ?」
ガシ!! と強く掴み無理やり動きを押さえながら問うた。
「いえ」
暫し見つめ合っていたが、テーブルの上にようやく朝食が並びはじめた。
(どうかしている・・・・・・・・・・)
今日も今日とて、騎士団の厳しい職務が待っているのだ。腑抜けている場合じゃないぞ、しっかりしろ。
「シャルとなにかあったのですか?」
カチャン! とスプーンとフォークが擦れた。
「急に、なんだ・・・・・・・・・・・・・!」
「いえ。おかしいので」
せっかく色々と立て直したというのに、台無しじゃないか。
「旦那様だけでなく、シャルもです。具体的には数日前の朝から。ちょうど旦那様がシャルと擦れ違ったり距離が近くなっただけで尻尾が奇妙になるようになったのと同じ時期ですね」
そんなときからおかしかったのか? くそ、この尻尾め。
「シャルがおかしいって、そうか? 俺の目からはいつもどおりに見えるが」
「旦那様の目もおかしくなっているのではありませんか?」
何気にマリーが酷い。感情が薄く、能面のように無表情だから冷淡な印象が強いのはいつものことだが。
「具体的には? どんな風なんだ」
「なにかを悩んでいるようで、それでいてぼ~~~っとしていることが増えました。それも深刻な様子で」
俺が想像していたおかしさとは真逆だった。てっきり尻尾の手入れの影響でホクホクと浮かれているとおもっていたのに。あの子はそういう子だ。
「マリーには心当たりがないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・ないから聞いています」
? なんだか今、変に間があった。
「俺にはない」
なんにしろ、そう言うしかなかった。
食事をいつもより早めに終わらせると、そのまま身支度を整える。用意されていた外套の上に、フードが置かれている。無くしてしまったとおもっていたが、気のせいだっただろうか?
尋ねようとしたが、早く行けという無言の圧があるためそのまま屋敷を出る。
「あ、」
出てすぐ、シャルに遭遇してしまった。持っている荷物から察するに洗濯物を洗っている途中だったんだろうが挨拶しかけて、また例のあれを思い出しそうになった。
そのまま気まずくなって黙りこんでいたが、シャルも無言になっている。いつもなら天真爛漫に挨拶をしてくれるというのに。
やはり、おかしい。マリーの言ったとおりだ。
「あ、あの旦那様。そのフード」
「ん、これがどうかしたのか?」
ぐぐ、となにかを内側に溜めこんでいっているようなシャルは、それから一言も発さない。
「・・・・・・・・・・行ってくる」
そそくさと逃げだすようにその場を離れた。自分への不甲斐なさ、シャルの思い出を想起しそうになって頭をブンブンと振るという奇行が騎士舎に着くまで続いた。
着替えを終えた段階で一切を振り切るように意気を取り戻す。職務に励むべしと。
「どうした? いつもと違うぞ」
職務の一つである部下達との訓練にも、一層引き締まるおもいで臨んだ。いつもより力が入りすぎたのか、全員ぐったりとバテている。少しの休憩を挟んでいるとアランが話しかけてきた。差し出された水を
「いつ何時なにがあるかわからんだろう」
「そうだけどさ。それでバテちまったら意味ないだろ。それになんかお前、気が立ってるというか。皆怯えてるぜ。噛みつかれそうだって」
「なにぃっ」
「おお、こわいこわい。それだよそれ」
「く、」
「なんだか昔を思い出すなぁ」
引き下がると、アランはカラカラと笑いながら隣に座りこんだ。
「呪われたばっかりの頃。あのときのお前は今くらい荒れてたぜ。この世の理不尽全部を背負ったって奴が、苦しさを叫んでいるみたいだった」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「またあのときみたいに理不尽な目にでもあってるのか? ん? エリク隊長どの」
軽薄な口ぶり。わざとらしい隊長呼びが非常に腹立たしい。それでいて、アランが語った頃から変わらずにいてくれてということも同時に思い出し、やるせなくなる。
「しかし、シャルロット王女はいつ帰ってくるんだろうなあ」
「ブフォオオオ! ゲホゲッホ!」
「うわ、汚ぇな」
「お前がいきなり変なことほざくからだっ」
「けど、若い奴らも噂してるぜ。きっと王女は一人寂しく泣き過ごしているんだろうってな」
「そんな噂が?」
「ああ。刺客に襲われたんだ。きっとその日のことを思い出して怯えているに違いないとか」
いいや。あいつ、毎日楽しそうに暮らしているぞ。女中として働きながら。
最近は翳りが差しているみたいだが、命を狙われている国の重要人物とは信じられないくらい、基本朗らかだ。
「調査のほうは進んでいるのか?」
「さあな」
シャルが屋敷にいるということは置いておくとして。そちらのほうについては団長からも陛下達からも伝えられていない。
「俺達が調査に加わればもっと早く解決できるんじゃないのか?」
「なんだ、やけにやる気だな」
「そりゃあやる気も出るってもんさ。もしかしたら活躍して名が広まるかもしれないし。王女にも名前を覚えてもらえるかもしれないんだぜ」
それは、どうだろうか。なんたってシャルは小さいときから会っていたというエドモンも覚えていなかったくらいだ。親しくなったり毎日会っていなければ顔も覚えてもらえないんじゃないか?
「あ、でも王女はある騎士と仲を深めてるなんて噂もあるし」
「は?」
「多分、命を守っている親衛隊の騎士だろうけど。その騎士のおかげで王女は生きる気力を得られて、日々支えられているそうだ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「王女といえど騎士といえど、男と女だろ? それに身分差なんて障害があればあるほど二人の気持ちが昂ぶるのは昔から言い古されているし。それに離宮、一つ屋根の下で暮らしているときた」
「ああ・・・・・・・・・・・・・」
何故だろう。根拠のない噂だとわかってはいても。今の俺とシャルと重なって仕方がないのは。
「もしかして、結婚するのもすぐなんじゃないかってな」
「ねえええええよっっっっ!!!!」
「うを!? なんだよ!」
否定せずにはいられない。
「ねぇよ! そんなの!」
「だからそれだってお前! こわいって落ち着け!」
「誰だ、そんな根拠のない噂を流している輩は!」
「わ、若い隊員達だよ! いいじゃねぇか!」
納得がいかない。
急に休憩を終えたい気持ちになると、団長に呼ばれた。
「財務大臣の屋敷へむかう。君達の隊も付き合ってくれ」
いつになく真に迫る団長は、ある貴族への強制執行に関わることだと語ってくれた。
一体何が起こったのかと問うと、騎士団長の口から驚くべき事実が語られる。
「大臣が長年にわたり、改竄された書類を提出、報告していた」
「「!」」
詳しく語られると、ありもしない経費を支出している疑いがかかった。その経費の用途については不明だが、年数を考えるととんでもない額になる。
屋敷に赴いて強制執行と立ち入り調査、そして経費の行方についても調べにかかるとのことだ。シャルロット王女襲撃未遂が解決していないというのに、王都で新しい事件が発生したのだ。
今すぐ出動しなければいけないため、すぐに準備できる隊が良いということで選ばれた。他の隊も一緒だが、政務に携わる貴族の不祥事。突然の大事件に身が引き締まる。アランと共に、部下達に命令を下して迅速に装備を整える。
(しかし、こんなときにとは)
久しぶりである出動に、昂揚とも緊張とも違う、やるせなさがある。滞りなく進めば良いのにと考えるとシャルの顔がちらつき、出動の檄を飛ばした。
一つ一つが記憶にしっかりと刻まれている。彼女が紡いだ全ての一言も。触れていた優しげな手の柔らかさも。俺が抱いていた感情も余すことなく、思い出すたびにしっかりと蘇る。
そのたび、頭の中が爆発して顔の毛穴中から火が吹きそうな羞恥に悶えそうになる。とてつもなく・・・・・・恥ずかしいことをしてしまっていた・・・・・・! そうした後悔の底に沈んでいくのだ。
「どうかなさいましたか?」
「!? なんだマリーか」
朝食の給仕をしにきたのだろうマリーが小首を傾げている。シャルでなくてよかったと安心したが、これ以上醜態を晒したくはなく慌てながら居ずまいを直す。
「・・・・・・・・・・・・・」
しかし、マリーは不思議がっている様子のまま、配膳をしようとしない。じ~~~っと俺を、いや膝の上を見つめたままだ。
(なんだ?)
尻尾がとてつもなく奇妙な動きをしていた。
芋虫みたいにうようようよよ、と捩り捻れまくっていた。
「なんだ?」
ガシ!! と強く掴み無理やり動きを押さえながら問うた。
「いえ」
暫し見つめ合っていたが、テーブルの上にようやく朝食が並びはじめた。
(どうかしている・・・・・・・・・・)
今日も今日とて、騎士団の厳しい職務が待っているのだ。腑抜けている場合じゃないぞ、しっかりしろ。
「シャルとなにかあったのですか?」
カチャン! とスプーンとフォークが擦れた。
「急に、なんだ・・・・・・・・・・・・・!」
「いえ。おかしいので」
せっかく色々と立て直したというのに、台無しじゃないか。
「旦那様だけでなく、シャルもです。具体的には数日前の朝から。ちょうど旦那様がシャルと擦れ違ったり距離が近くなっただけで尻尾が奇妙になるようになったのと同じ時期ですね」
そんなときからおかしかったのか? くそ、この尻尾め。
「シャルがおかしいって、そうか? 俺の目からはいつもどおりに見えるが」
「旦那様の目もおかしくなっているのではありませんか?」
何気にマリーが酷い。感情が薄く、能面のように無表情だから冷淡な印象が強いのはいつものことだが。
「具体的には? どんな風なんだ」
「なにかを悩んでいるようで、それでいてぼ~~~っとしていることが増えました。それも深刻な様子で」
俺が想像していたおかしさとは真逆だった。てっきり尻尾の手入れの影響でホクホクと浮かれているとおもっていたのに。あの子はそういう子だ。
「マリーには心当たりがないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・ないから聞いています」
? なんだか今、変に間があった。
「俺にはない」
なんにしろ、そう言うしかなかった。
食事をいつもより早めに終わらせると、そのまま身支度を整える。用意されていた外套の上に、フードが置かれている。無くしてしまったとおもっていたが、気のせいだっただろうか?
尋ねようとしたが、早く行けという無言の圧があるためそのまま屋敷を出る。
「あ、」
出てすぐ、シャルに遭遇してしまった。持っている荷物から察するに洗濯物を洗っている途中だったんだろうが挨拶しかけて、また例のあれを思い出しそうになった。
そのまま気まずくなって黙りこんでいたが、シャルも無言になっている。いつもなら天真爛漫に挨拶をしてくれるというのに。
やはり、おかしい。マリーの言ったとおりだ。
「あ、あの旦那様。そのフード」
「ん、これがどうかしたのか?」
ぐぐ、となにかを内側に溜めこんでいっているようなシャルは、それから一言も発さない。
「・・・・・・・・・・行ってくる」
そそくさと逃げだすようにその場を離れた。自分への不甲斐なさ、シャルの思い出を想起しそうになって頭をブンブンと振るという奇行が騎士舎に着くまで続いた。
着替えを終えた段階で一切を振り切るように意気を取り戻す。職務に励むべしと。
「どうした? いつもと違うぞ」
職務の一つである部下達との訓練にも、一層引き締まるおもいで臨んだ。いつもより力が入りすぎたのか、全員ぐったりとバテている。少しの休憩を挟んでいるとアランが話しかけてきた。差し出された水を
「いつ何時なにがあるかわからんだろう」
「そうだけどさ。それでバテちまったら意味ないだろ。それになんかお前、気が立ってるというか。皆怯えてるぜ。噛みつかれそうだって」
「なにぃっ」
「おお、こわいこわい。それだよそれ」
「く、」
「なんだか昔を思い出すなぁ」
引き下がると、アランはカラカラと笑いながら隣に座りこんだ。
「呪われたばっかりの頃。あのときのお前は今くらい荒れてたぜ。この世の理不尽全部を背負ったって奴が、苦しさを叫んでいるみたいだった」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「またあのときみたいに理不尽な目にでもあってるのか? ん? エリク隊長どの」
軽薄な口ぶり。わざとらしい隊長呼びが非常に腹立たしい。それでいて、アランが語った頃から変わらずにいてくれてということも同時に思い出し、やるせなくなる。
「しかし、シャルロット王女はいつ帰ってくるんだろうなあ」
「ブフォオオオ! ゲホゲッホ!」
「うわ、汚ぇな」
「お前がいきなり変なことほざくからだっ」
「けど、若い奴らも噂してるぜ。きっと王女は一人寂しく泣き過ごしているんだろうってな」
「そんな噂が?」
「ああ。刺客に襲われたんだ。きっとその日のことを思い出して怯えているに違いないとか」
いいや。あいつ、毎日楽しそうに暮らしているぞ。女中として働きながら。
最近は翳りが差しているみたいだが、命を狙われている国の重要人物とは信じられないくらい、基本朗らかだ。
「調査のほうは進んでいるのか?」
「さあな」
シャルが屋敷にいるということは置いておくとして。そちらのほうについては団長からも陛下達からも伝えられていない。
「俺達が調査に加わればもっと早く解決できるんじゃないのか?」
「なんだ、やけにやる気だな」
「そりゃあやる気も出るってもんさ。もしかしたら活躍して名が広まるかもしれないし。王女にも名前を覚えてもらえるかもしれないんだぜ」
それは、どうだろうか。なんたってシャルは小さいときから会っていたというエドモンも覚えていなかったくらいだ。親しくなったり毎日会っていなければ顔も覚えてもらえないんじゃないか?
「あ、でも王女はある騎士と仲を深めてるなんて噂もあるし」
「は?」
「多分、命を守っている親衛隊の騎士だろうけど。その騎士のおかげで王女は生きる気力を得られて、日々支えられているそうだ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「王女といえど騎士といえど、男と女だろ? それに身分差なんて障害があればあるほど二人の気持ちが昂ぶるのは昔から言い古されているし。それに離宮、一つ屋根の下で暮らしているときた」
「ああ・・・・・・・・・・・・・」
何故だろう。根拠のない噂だとわかってはいても。今の俺とシャルと重なって仕方がないのは。
「もしかして、結婚するのもすぐなんじゃないかってな」
「ねえええええよっっっっ!!!!」
「うを!? なんだよ!」
否定せずにはいられない。
「ねぇよ! そんなの!」
「だからそれだってお前! こわいって落ち着け!」
「誰だ、そんな根拠のない噂を流している輩は!」
「わ、若い隊員達だよ! いいじゃねぇか!」
納得がいかない。
急に休憩を終えたい気持ちになると、団長に呼ばれた。
「財務大臣の屋敷へむかう。君達の隊も付き合ってくれ」
いつになく真に迫る団長は、ある貴族への強制執行に関わることだと語ってくれた。
一体何が起こったのかと問うと、騎士団長の口から驚くべき事実が語られる。
「大臣が長年にわたり、改竄された書類を提出、報告していた」
「「!」」
詳しく語られると、ありもしない経費を支出している疑いがかかった。その経費の用途については不明だが、年数を考えるととんでもない額になる。
屋敷に赴いて強制執行と立ち入り調査、そして経費の行方についても調べにかかるとのことだ。シャルロット王女襲撃未遂が解決していないというのに、王都で新しい事件が発生したのだ。
今すぐ出動しなければいけないため、すぐに準備できる隊が良いということで選ばれた。他の隊も一緒だが、政務に携わる貴族の不祥事。突然の大事件に身が引き締まる。アランと共に、部下達に命令を下して迅速に装備を整える。
(しかし、こんなときにとは)
久しぶりである出動に、昂揚とも緊張とも違う、やるせなさがある。滞りなく進めば良いのにと考えるとシャルの顔がちらつき、出動の檄を飛ばした。
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