魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

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二十六章

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 魔物達が一斉にグレフレッドへ。俺もルウとともに駈けだす。グレフレッドの周りが、突如として慌ただしく荒れ狂う。そよ風程度の弱々しさが目まぐるしく激しさを増し、姿が見えなくなるほどの小規模の竜巻と化し、魔物達が弾かれる。

 竜巻はそのまま縦横無尽な移動が、そのまま攻撃と防御にも繋がっている。地面を抉るほどの暴風が直撃するたび、飲み込まれ、吹き飛ばされ、弾かれる。それだけじゃない。濛々といた、白い雲にしか見えない、が、がいつの間にやら上方に出現していた。それが分裂を繰り返し、あっという間に埋め尽くさんばかりの数に。

 飛んでいるワイバーンのそこかしこに雲が覆い被さっていく。そこから雷特有の轟音が響いて、ワイバーンがプスプスと黒煙を発しながら落下した。ケルベロスが突風に閉じ込められて、頭上から激しい雨を振らされて溺れてしまう。

 ヤテベオは氷の上下前後左右から氷の礫に襲われている。ルウとアンナが件の雲に囲まれそうになったところを、『紫炎』で防ごうとするけどただ貫通してしまうか霧散するのみで、また再生する。

 『固定』でとめたあと、『炎獣』と『天啓』で対処するけど、なんにしろ圧倒的に数が多い。むしろいつまでも数が増え続けている。

「どうだ、『紫炎』の。貴様にこの魔法が創れるか!?」

 自らに雲を纏い、宙から見下ろしてくるグレフレッド。舌打ち混じりに『紫炎』で剣と槍を形成し、射出。防がれ、弾かれ、荒れ狂う風に呑まれかき消されていく。

 悔しいが、こいつの実力は本物だ。

「まさかお前が天候を操れるなんてな!」

 ふ、と小さく笑ったのは余裕の表れか。自分の魔法の正体を突きとめられたにも関わらず。腹立たしくはあるけど、こいつの実力は本物だ。遺跡の罠を突破してきた知識と技術は伊達じゃない。


 天候の再現。自然現象、世界の一部を小規模であろうと再現する。それがどれだけ複雑なものか。誰にでもできることじゃない。けど、完全にというわけじゃない。

 辺り一面に、雷鳴が轟き稲妻がそこかしこから。身を斬り裂くほど鋭い竜巻、そして視界を覆い、行動を制限する激しい雨。そして凍えるほどの降雪。一つ一つの威力はそれほどではない。けど十個、二十個、下手すれば百個もあったら。対応しきれない。

 現に魔法の手段である雲はそこかしこから増殖を繰り返している。正確な数の把握はもちろん移動も素早く位置関係も掴みづらい。

 どこからどんな攻撃がくるか。変幻自在に応用がなされて、対応が取りづらい。攻撃は『紫炎』で防げはしても、こちらの攻撃はつうじず、弾かれる。雲を直接攻撃しても貫通するだけだし、形が歪んだように崩れてもすぐ元に戻る。

「誰に金を渡して創ってもらった?」

 わざと挑発しながら、思考を加速させる。地形的に不利。狭まったこの閉じられた空間で『紫炎』を使いまくれば、魔物達も、アンナもルウも巻き添えにしてしまう。

 逆にグレフレッドは見境なく発動しまくっても困ることはない。こうして逃げまくらざるを得なくなっている。

「ふん、減らず口を」

 けど、それが隙になる。俺が放ち、己の魔法を破壊できなかった『紫炎』が消えたとおもいこんでいる。水底に沈み発動したままの『炎球』、こっそりと一部の雲の中に留めておいた『紫炎』を構築しなおす。それぞれ視界外で『発火』による爆音、そして『炎球』をグレフレッドめがけて襲いかからせる。

「こざかしいな」

 気づいていたグレフレッドは僅かに身を翻しただけで避けた。もしくは突風で身を守った。一切の無駄がない防御のまま、暴風に稲妻を纏わせて、雷風を俺へと突撃させた。

 『炎波』で防ぎつつ、後方に下がる。すんでのところで横方向に『発火』で大きく跳び距離をとる。安心する間なんてない。すぐに次の場所へ逃げようとして、そして己の体が濡れていることに気づいた。すぐ目の前に雲がちょろちょろと雨を垂らしていて、水たまりを形成していた。

 ここだけではない。そこかしこに雲が床から雨を垂らしていて床一面、いや。室内全面に渡って靴が浸るほどの雨量となっている。ゾッとする。
 
 遅かった。逃げる暇もなく、雷風が地面に落ちると同時に散っていく。そこかしこにけたたましく水が飛び散り、電撃が刹那的速度で水面を伝って体に届いてしまった。

 身を焦すだけではない。体の内部、臓器、血管、神経が沸騰し焼けるほどの電撃。思考そのものが痺れる。

 第二撃の雷風をかんじながらも、まともに動くには至らない。リヴァイアサンに乗っかったルウが雷風より速く俺を救出し、抱きつくような体勢のまま抱える。

「あ、アンナは?」
「大丈夫でございますか?」

 ひょっこりとルウの後ろから顔を出した。ほっと安心する間もなく、グレフレッドの魔法が襲いかかる。

 見誤っていた。グレフレッドは戦闘経験が浅い男なんかじゃない。魔法に驕らず、才能と地位に溺れていない極めて強く、危険なやつだ。

「なぁ、ルウ。あいつ凄いな・・・・・・・・・」
「ここに及んでも己の探究心に素直なのですか。いい加減になさってください。どのようにして戦うか」
「無理だな」
「え?」
「無理だ。勝てない」

 素直に負けることを肯んじたことに、耳を疑ったと驚倒しているルウ。けど、事実だ。

「ここじゃあな」

 場所が、圧倒的に不利すぎる。

「この先に行けば、勝てるかもしれない」

 扉の先は、未知数だ。俺だけじゃなくグレフレッドだって対策はできていない。そこへ移動できれば。それに、俺達が先に進もうとすればグレフレッドも追わざるをえない。

「では、次の場所へ?」
「ああ」
「図らずとも、ご主人様とご一緒できるのですね」

 グレフレッド達と再会する前のやりとりをおもいだして、ああそうだったと。こんな場面なのに喜んでいるのかとほんわかした。

「ああ。そうだな」
 
 そして自分のする行為が、この子を怒らせることになるだろうなって苦笑いを浮かべる。

「それではこのまま皆さんで?」
「いや。アンナと魔物達はここへ残ってくれ」

 魔物達は想定以上に苦戦している。野生と感情に任せた理性とは対照的な戦い方では難しいだろう。

「わかりました。それでは。ペガちゃん! お願い!」

 リヴァイアサンに並走しながら、宙を駈けるペガサスに飛び乗った。その拍子にルウとの前後も入れ替わった。

 そのまま双方ともに扉へと走る。グレフレッドが察したのか、猛追してくる。けど、自らの進む通路を破壊することを懸念してか、積極的に攻撃はしてこない。リヴァイアサンと俺とルウの周りに拳大の雲を纏わせるのみ。

 痛いほどの冷気が、皮膚と筋肉を凍らせはじめた。刺されるほどの鋭い痛み。別の箇所では常に雷が発生させている。頭上から雨が激しすぎる雨が降りしきり、呼吸が難しくなる。『固定』でとめて『紫炎』で破壊しても、次から次へと襲いかかってくるので歯止めがきかない。

「合図したら飛び降りるぞ」
「はい」

 リヴァイアサンが先に力尽きたのか。床の上を滑り、スピードを失っていく。ルウが気をとられた隙に、そのままの勢いで『炎縛』を左右で一つずつ扉へと伸ばし、『固定』を発動した。



  ――――――――――――ごめん――――――――――――――


「え?」

 いきなり『念話』で語りかけたことに驚いたルウ。そのまま先端が固定された『炎縛』を持ち手側から収縮させる。飛び降りながらだったから勢いがついていたためにひゅん、と矢のように素早く飛んでいく。

「ちょ、ご主人様っ」

 合図がなかったことと『念話』から、なんにしろルウとペガサスはもう俺には追いつけない。ごめん。もう一度謝った。

扉を潜り抜ける間際、『固定』と『炎縛』を解除した。そのまま穴から落下していく。グレフレッドも侵入したのをたしかめる。浮遊感に包まれ自由がきかないながらも向きを変える。

 通路めいた穴は意外と狭かったため、魔力を調整した『炎塊』を両手でおもいきりぶつける。通路を塞ぎ、どこにも逃げ場がないほどの『炎塊』を前にして、不遜な笑みを。

 直撃した。なんなく雲で全身を覆って『炎塊』を通り抜けたグレフレッドは綽々な態度をとっている。けど、俺が攻撃したのはこいつではない。

 爆発、炎上。けたたましい破壊音と衝撃音。グレフレッドをやり過ごした『炎塊』は狙い通り遙か後方となった穴の入り口と扉付近に直撃したのだ。

 背後から迫る崩れる瓦礫や岩盤をすいすいと華麗に避けた。広がりつつある火炎が急速に近づく前に、爆風と熱風がグレフレッドの自由を奪った。

 安定性を欠いた浮遊は、どちらかというと落下している俺と似ている。なんとか制御を取り戻そうとしているグレフレッドの足に『炎縛』で捕らえ、グンと力いっぱい引っ張った。

 全身の至る所から発動している『発火』の、一時的な爆発で上昇と位置の調整を繰り返し、待ち構える。そのまま『紫炎』を発動したままの拳を振り抜く。

 顔面を殴られ、そのまま横の壁に激突して錐揉み状に落ちていくグレフレッド。本来の目的のついでではあったけど、ようやく一発入れられて、少し溜飲が下がった。

 と目的が果たせたことを、『眼』でたしかめる。しっかりと出入り口を塞がれていることにひとまず安心する。あの状態だったら、例えルウ達であっても簡単には撤去できない。ルウとアンナ達が来る心配はない。俺とグレフレッド、二人だけだ。

 アンナと魔物達はまだしも、この先にはルウにとってよくないなにかがある。例えグレフレッドに負けても、認められない相手ではあっても、にそこにルウを連れていくわけにはいかない。

 ぽつぽつ、と肌に水滴が当たった。それがぴりっとした電流を含んでいて肌がじっくりと焼けていく。雷を内包した雨粒らしい。グレフレッドが殴られた傷などおかまいなしに睨んでいる。そこには余裕さも傲慢さもない。敵を見定める目だった。

 こいつなりに真剣に俺と対峙する気になったんだろう。

 今更。

「紫炎んん・・・・・・・・・!」
「ふ、はっはっっは!」
「なにがおかしい! 紫炎んんんんん!」

 おかしいんじゃない。腹がたっただけだ。

 つくづく、こいつと俺は合わない。認識も、やり方も。

「来いよ、グレフレッド!」

 ぽぽぽぽぽぽぽ、と軽快に雲が分裂していく。両手に『紫炎』を発動し、初めて敵同士だと認識した相手と、相対する。

 
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